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タンパク質カゴの中で踊る金原子を観る―タンパク質結晶を使った金属イオン集積過程の観察―

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要点

  • 金属原子が内部で動き回れるカゴ型タンパク質の結晶化に成功
  • 化学反応で複数の金原子が集まっていく様子を原子分解能で観察
  • タンパク質内で生じる化学反応、骨など生体材料の形成過程解明に向けた応用に期待

概要

東京工業大学生命理工学院のMaity Basudev(マイティ・バスデブ)博士研究員、安部聡助教、上野隆史教授の研究グループは、生体中で鉄を貯蔵するタンパク質「フェリチン[用語1]」が金属を集めるカゴとして利用できることに着目。その結晶内で、金原子が集積していく様子を原子分解能で追跡することに成功した。この結晶は、タンパク質が形成するカゴの内部で金属原子を自由に動かすことができる。通常、X線構造解析に用いられるタンパク質結晶は、非常に脆く、反応試薬等を添加するだけで容易に壊れてしまう。

研究グループは今回、結晶内で隣り合うカゴ型タンパク質を架橋化させる(補強する)ことで、頑丈な結晶を作製。その結果、カゴ内部に結合していた金の原子が、還元剤を添加することで、タンパク質を構成するアミノ酸と手をつなぎながら踊るように移動していった。その様子をX線結晶構造解析によるスナップショット追跡で捉えることができた。

タンパク質と結合する金属は、光合成や酸素運搬に必要不可欠で、ミネラルの貯蔵や骨などの形成にも重要な役割を果たす。この成果は、これらの生体に重要な反応を解明する上でも重要な手法になると考えられる。

今回の成果は、日本学術振興会の最先端・次世代研究開発支援プログラムおよび科学研究費補助金の支援によるもので、英国のNature Publishing Groupのオンライン誌「Nature Communications」に3月16日(日本時間)に公開された。

研究背景

バイオミネラル[用語2]とよばれる貝殻や真珠、歯や骨などの無機材料は、タンパク質や微生物によって作り出され、生命活動を支えている。これらのバイオミネラルは、金属イオンがタンパク質表面に集積し、いくつかの反応を経由して合成される。近年では、これらの金属集積化反応をヒントに、カゴ型タンパク質「フェリチン」や、ウイルスの内部で金、パラジウム、白金、酸化鉄、硫化カドミウムなど様々な金属化合物が作製されている。これらは、触媒、光学、磁気機能やイメージング能を有するバイオマテリアルとして利用され、材料分野のみならず医薬分野でも利用されている。

タンパク質内で合成されるこれらの金属微粒子は、金属表面への集積と核化反応により形成されると考えられている。しかしながら、これらの反応過程におけるナノレベルでの詳細な形成過程については、構造情報を追跡することが困難なため、明らかにされていない。

研究内容

研究グループは、X線結晶構造解析により、タンパク質「フェリチン」(図1)のカゴの中で金イオンが化学反応により、サブナノクラスター[用語3]と呼ばれる塊を形成する様子を観察することに成功した。フェリチンは内部に8ナノメートル(nm)の空洞を持つカゴ型タンパク質で、多数の金属イオンや金属錯体を取り込むことできる。

今回、フェリチン内部での金属イオンの動きを観察するため、金イオンを含んだフェリチン複合体を作成した。一般に、タンパク質結晶は非常に脆く、化学反応などで容易に分解してしまう。そこで、結晶内の隣り合うフェリチン分子同士をグルタルアルデヒドで架橋化することで、水中での化学反応で溶けない結晶を作製した。架橋した結晶を2.5、5、250 mMの濃度が異なる水素化ホウ素ナトリウム溶液に浸漬させ、金イオンを還元した。その結晶のX線結晶構造解析を大型放射光施設SPring-8[用語4]BL38B1、BL26B1で行い、還元前の構造との比較を行った(図1)。

フェリチンの結晶構造

図1. フェリチンの結晶構造:(a)全体構造と(b)3回対称軸チャネル、(c)金イオンを内包したフェリチン結晶の架橋化と還元反応

4種類のフェリチン複合体をX線結晶構造解析した結果、3つの単量体で形成される3回対称軸チャネルで、還元剤の濃度をあげていくと、アミノ酸残基に固定化されていた金イオンが3回対称軸を中心に集積し、サブナノクラスターを形成することが観察された。またその際、還元前に金イオンが結合していたヒスチジン残基の側鎖の向きが変わることで、サブナノクラスターを安定化していることがわかった(図2)。

フェリチン3回対称軸チャネルにおける金イオン還元反応の構造変化の詳細

図2. フェリチン3回対称軸チャネルにおける金イオン還元反応の構造変化の詳細。還元前はアミノ酸側鎖に結合していた金イオンが還元反応により、3回対称軸チャネルの中心に移動している様子が確認できる。

今後の展開

本手法は、金属イオンを内包するフェリチン結晶を架橋安定化することにより、はじめて還元反応による金属イオンの動きを追跡することに成功した。

タンパク質と結合する金属は、金属酵素の活性中心を形成する金属クラスターなどの反応触媒を形成したり、ミネラルの貯蔵や骨など生体無機材料の形成にも重要な役割を果たす。今回得られた成果は、これらの反応メカニズムの解明につながると期待される。

用語説明

[用語1] フェリチン : 24個の単量体から構成される外径12 nmのカゴ状のたんぱく質であり、天然では、そのカゴの内部に細胞内の鉄を貯蔵する役割を果たしている。フェリチンには、3つの単量体で形成される3回対称軸チャネルが8個あり、そこから金属イオンがフェリチン内部に取り込まれる。近年、フェリチンのカゴを用いて、鉄以外の天然に存在しない金属化合物を集積させ、化学反応に利用する研究が進められている。

[用語2] バイオミネラル : 生物によって作られる無機化合物。珪藻がつくるシリカ被殻、真珠や貝殻を構成する炭酸カルシウムや磁性細菌がつくりだす磁性微粒子、フェリチンが形成する酸化鉄などが知られている。

[用語3] サブナノクラスター : 1ナノメートル未満のサイズの金属集合体(1ナノメートルは10億分の1メートル)。このサイズでの金属クラスターは特異な物性をもつと期待される。

[用語4] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高品質の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前は、Super Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。タンパク質の結晶構造解析の分野でも大きな成果をあげている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Observation of gold sub-nanocluster nucleation within a crystalline protein cage
著者 :
Basudev Maity, Satoshi Abe and Takafumi Ueno
DOI :

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