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圧電体の複雑な結晶構造変化の高速応答を直接測定 ―IoTセンサーの高性能化に期待―

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要点

  • IoTセンサー等で利用される圧電体の結晶構造が高速で変化する様子を観察
  • 圧電性の発現機構解明に貢献
  • 新規の圧電性物質の探索や非鉛圧電体材料の開発を加速

概要

東京工業大学 物質理工学院(同大学 元素戦略研究センター兼任)の舟窪浩教授と同大学 大学院総合理工学研究科の江原祥隆博士後期課程学生(当時)、同大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の安井伸太郎助教、名古屋大学 大学院工学研究科(科学技術振興機構さきがけ研究者兼任)の山田智明准教授、高輝度光科学研究センター (JASRI)の今井康彦主幹研究員、物質・材料研究機構 技術開発・共用部門(先端材料解析研究拠点シンクロトロンX線グループ グループリーダー併任)の坂田修身ステーション長、ニューサウスウエールズ大学(オーストラリア)のナガラジャン・バラノール教授らの研究グループは、電圧によって形状が変化する圧電体結晶について、原子の変位、単結晶領域の再配列などの複雑な現象が、1億分の4秒(40ナノ秒[用語1])の短時間に高速で起きていることを、大型放射光施設SPring-8[用語2]の高輝度放射光を用いた時間分解X線回折実験によって、世界で初めて解明しました。

圧電体は、インクジェットプリンタや3次元プリンタ、カメラの手振れ防止機構等に幅広く用いられ、最近では、身の回りにある振動から発電する“振動発電”や建物等の異常振動のセンサー等への応用が期待されるなど、永続的に使用できる自立電源としてIoTセンサーネットワークへの応用も期待されています。

今回の成果は、英国のオンライン科学雑誌「サイエンティフィックレポート(Scientific Reports)」に8月29日付で掲載されます。

研究の背景

結晶が外力に応じて誘電分極を生じる効果を圧電効果、結晶に電圧を加えることで結晶が歪む効果を逆圧電効果と言います。このような現象を示す物質が圧電体です。これは、電気的エネルギーを機械的エネルギーに、逆に機械的エネルギーを電気エネルギーに変換するエネルギー変換物質とも言えます。ライターの着火石(機械的エネルギーの電気エネルギーへの変換)からプリンタのインクジェットヘッドや自動車のエンジンへの燃料の噴射ノズル(電気エネルギーを機械的変位に変換)、さらにはデジタルカメラの手ぶれ防止機構(機械的エネルギーの電気エネルギーへの変換)まで、我々の暮らしの中で広く使用されています。

最近では、自動車のエンジンや高速道路の車の走行による振動で発電し、振動を検出する機能と組み合わせて、安全安心を支えるバッテリー不要のIoTセンサーネットワークとして注目を集めています。

この圧電性は、電圧を加えることや機械的な力を加えることによって起きる結晶自身の伸びの他に、ドメインと呼ばれる微小領域の結晶の向きの変化等の複数の現象が同時に起きることが知られていましたが、個々の現象がどのくらいの速度で起きるかはわかっていませんでした。

研究手法・成果

我々は、大型放射光施設SPring-8表面界面構造解析ビームラインBL13XU、および同施設の物質・材料研究機構のビームラインBL15XUの数マイクロメートルに集光した高輝度単色パルスX線を、最も広く使用されている圧電体であるチタン酸ジルコン酸鉛膜上に形成した電極に照射し、200ナノ秒幅のパルス電圧を印加して観察。回折データを、電荷量の変化とともに高速で記録しました(図1)。ここでは電圧を加えると、結晶の伸びや電圧印加方向へのドメインの再配列等が起こっていることが判明しました。またこの際、結晶の単結晶領域(図2で赤と青で示した領域)の傾斜角度が同時に変化していることも明らかになりました(解析した現象のモデル図を図2に示す)。

電圧を加えた時の結晶の伸びや、電圧印加方向へのドメインの再配列と電気特性を直接測定できる測定システム(数マイクロメートルに集光した高輝度X線を電極上に照射し、電圧印加しながら回折X線強度と電荷量の変化を20ナノ秒の時間分解能で同時に測定できるシステム。今回の測定では、200ナノ秒幅のパルス電圧を印加している際の回折プロファイルと電荷量の変化について、加える電圧を固定して、高速で記録することに成功しました)。
図1.
電圧を加えた時の結晶の伸びや、電圧印加方向へのドメインの再配列と電気特性を直接測定できる測定システム(数マイクロメートルに集光した高輝度X線を電極上に照射し、電圧印加しながら回折X線強度と電荷量の変化を20ナノ秒の時間分解能で同時に測定できるシステム。今回の測定では、200ナノ秒幅のパルス電圧を印加している際の回折プロファイルと電荷量の変化について、加える電圧を固定して、高速で記録することに成功しました)。
試料に電圧を印加した時に起きる結晶の構造変化の模式図

図2.試料に電圧を印加した時に起きる結晶の構造変化の模式図

赤で示した結晶の伸び、青で示した結晶の一部が赤で示した結晶へ変化、青および赤で示した結晶の角度の変化といった複雑な現象が同時に起こっている。

注目すべき点は、こうした複雑な現象は同時に起こっており、そのスピードは今回試料で測定可能な1億分の4秒(40ナノ秒)よりも速いことを世界で初めて明らかにしたことです(図3)

図2の赤と青の結晶の伸びや縮み、青の結晶の赤の結晶への変化、青および赤の結晶の角度の変化といった複雑な現象が測定システムの分解能40ナノ秒よりも速いスピードで同時に起きていることがわかりました。
図3.
図2の赤と青の結晶の伸びや縮み、青の結晶の赤の結晶への変化、青および赤の結晶の角度の変化といった複雑な現象が測定システムの分解能40ナノ秒よりも速いスピードで同時に起きていることがわかりました。

期待される波及効果

今回の成果は、以下に述べる波及効果が期待できます。

a)圧電性の発現機構の解明

圧電性はこれまで、結晶内の複雑な現象で発現していることがわかっていましたが、それぞれの現象がどのように起こっているか、どのくらいの速度まで追随するかといったことは、十分にわかっていませんでした。本研究では、個々の効果を直接的に高速で測定できるようになったことで、チタン酸ジルコン酸鉛以外の物質における圧電性の発現機構の解明が飛躍的に進むと見込まれます。

b)圧電体の性能向上への貢献

本研究で、複雑な現象が同時に測定可能になったことで、新規物質を探索した場合にどのような現象が圧電体内で起きているか、また、その応答速度が変化したかを直接測ることができ、これまでトライ&エラーで行ってきた圧電体の物質探索が飛躍的に進むと考えられます。

c)非鉛圧電体開発の加速による環境問題への貢献

i)現在使われている圧電体は、毒性がある鉛を重さで50%以上含有しており、環境への配慮から非鉛圧電体の開発が強く求められています。

ii)今回の成果により、現在使われている鉛を含有した圧電体のチタン酸ジルコン酸鉛がどのような機構で大きな圧電性を発現しているかを明らかにできたことで、現在盛んに開発されている鉛を含まない新規な非鉛圧電体材料の開発が加速されると期待できます。

d)IoTセンサーの開発加速への貢献

圧電体は、圧力や振動、加速度、さらには温度等のセンサーとして使用可能です。またセンシングの際に発電を行うことも可能ですので、電源を必要としないセンサー端末を作れる可能性があります。こうしたセンサーをビルや橋に取り付けることで、電池交換不要なセンサー端末を作製でき、この端末をネットワークにつなぐことで“安全で安心な社会”の構築に貢献することが期待できます。

特記事項

今回の研究は、日本学術振興会の科学研究費、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業さきがけ研究の一環として行われました。また構造解析は、SPring-8の共用ビームライン(BL13XU)および物質・材料研究機構の専用ビームライン(BL15XU)で実施。研究成果の一部は、文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム課題として、物質・材料研究機構微細構造解析プラットフォームの支援を受けて行われたものです。

用語説明

[用語1] ナノ秒 : 10億分の1秒のこと。

[用語2] 大型放射光施設 SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。その運転と利用者の支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。SPring-8は、日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間延べ1万6千人以上の研究者に利用されています。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :

In-situ observation of ultrafast 90° domain switching under application of an electric field in (100)/(001)-oriented tetragonal epitaxial Pb(Zr0.4Ti0.6)O3 thin films

※日本語訳:(100)/(001)配向した正方晶Pb(Zr0.4Ti0.6)O3エピタキシャル薄膜の電界印加時の90°ドメインの高速応答のその場観察

著者 :
Yoshitaka Ehara, Shintaro Yasui, Takahiro Oikawa, Takahisa Shiraishi, Takao Shimizu, Hiroki Tanaka, Noriyuki Kanenko, Ronald Maran, Tomoaki Yamada, Yasuhiko Imai, Osami Sakata, Nagarajan Valanoor, and Hiroshi Funakubo
掲載日 :
2017年8月29日18:00(日本時間)
DOI :

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物質理工学院

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お問い合わせ先

研究に関すること(全般)

東京工業大学 物質理工学院/元素戦略研究センター
教授 舟窪浩

E-mail : funakubo.h.aa@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5446

測定に関すること

物質・材料研究機構 技術開発・共用部門
高輝度放射光ステーションステーション長
先端材料解析研究拠点シンクロトロンX線グループ
グループリーダー
坂田修身

E-mail : SAKATA.Osami@nims.go.jp
Tel : 045-924-5446

高輝度光科学研究センター (JASRI) 主幹研究員
今井康彦

E-mail : imai@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-0802

名古屋大学 大学院工学研究科 エネルギー理工学専攻
准教授 山田智明

E-mail : t-yamada@energy.nagoya-u.ac.jp
Tel : 052-789-4689

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所
助教 安井伸太郎

E-mail : yasui.s.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5626

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

名古屋大学 総務部総務課広報室

E-mail : kouho@adm.nagoya-u.ac.jp
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