要点
- 遠赤外線の一種であるテラヘルツ波を可視光に変換
- 石灰とアルミナのみで構成される結晶(C12A7)が波長変換の機能
- ありふれた元素を使って有用な機能を創出(元素戦略)
概要
赤外線[用語1]より波長の長い電磁波であるテラヘルツ波[用語2]は、金属以外の物質を良く透過することから空港等のセキュリティー検査に応用されている他、核融合プラズマの高周波加熱装置や次世代の大容量無線通信帯域としての利用も期待されています。しかしながら、テラヘルツ波は分子の非常に弱い振動や回転にのみ作用するので検出が困難です。
このような背景の中、東京工業大学の細野 秀雄 教授、戸田 喜丈 特任講師らのグループは、弘前大学の石山 新太郎 教授、福井大学の出原 敏孝 特命教授、パシフィックノースウェスト国立研究所(PNNL)のピーター・スシュコ 博士らと共同で、石灰(CAO)とアルミナ(AL2O3)から構成される化合物12CaO・7Al2O3(以下、C12A7)がテラヘルツ波を吸収し、容易に視認できる可視光に変換できることを見出しました。この特性は、ナノサイズのケージ中に閉じ込められている酸素イオンの振動がテラヘルツ波を吸収することにより誘起されるため生じることが分かりました。酸素イオンは狭いケージの中で強制的に振動させられることにより、ケージの内壁と繰り返し衝突し、励起され発光します。C12A7はアルミナセメントの構成成分の一つで、安価で環境にやさしい物質です。室温・空気中で安定な電子化物は、そのケージ中の酸素イオンを電子で置き換えることで初めて実現するなど、いろいろな機能が見出されてきました。それらの機能に加えて今回、遠赤外光の可視光変換という新しい機能が見出されたことになります。
本成果は、文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>、福井大学 遠赤外領域開発研究センターの公募型共同研究の支援も一部受けたものです。
また本成果は、11月3日に米国化学会の論文誌ACS Nano(エイシーエス ナノ)のオンライン速報版に掲載されました。
本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。
JST戦略的創造研究推進事業 ACCEL
研究開発課題名 |
:「エレクトライドの物質科学と応用展開」 |
研究代表者 |
:細野 秀雄(東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授、元素戦略研究センター長) |
プログラムマネージャー |
:横山 壽治(科学技術振興機構) |
研究開発期間 |
:平成25年10月~平成30年3月 |
研究の背景
遠赤外線の一種であるテラヘルツ波は、金属以外の物質を良く透過し、X線よりも照射による人体への影響が格段に小さいことから、空港等のセキュリティー検査に応用されています。また、テラヘルツ波は従来の無線通信で利用されているギガヘルツ帯域よりも高周波数なので、核融合プラズマの高周波加熱装置や次世代の大容量無線通信への応用も期待されています。しかしながら、テラヘルツ波は分子の振動や回転のような非常に微弱なエネルギーの運動にしか作用しないため、検出が困難という問題点がありました。
本研究で得られた結果と知見
C12A7は、アルミナセメントの成分の一つで、クラーク数が1、3、5の酸素、アルミニウム、カルシウムという極めてありふれた元素のみから構成されています。図1のように内径0.4ナノメートル程度の籠(かご)状の骨格が面を共有して繋がった結晶構造をしており、この籠には1/6の割合で酸素イオン(O2-)が含まれています。この酸素イオンは結晶骨格よりも弱い力で籠の中に閉じ込められています。
このC12A7にジャイロトロン[用語3]により生成される0.1~0.3 THzのテラヘルツ波を照射したところ、図2の写真に示すように通常の明るさの下で、十分な視認ができるほどの可視光の発光が生じることを見出しました。この発光はテラヘルツ波照射の停止と同時に速やかに停止します。発光のスペクトルの解析から、その由来は酸素イオンであることが分かりました。第一原理計算[用語4]の結果から、テラヘルツ波によりC12A7の籠の中の酸素イオンの振動が優先的に誘起されることが分かりました(図3)。この振動の誘起により酸素イオンはC12A7の籠の内壁に連続的に衝突を繰り返すことになります。この衝突のエネルギーが蓄積することにより、以下のような2種類の酸素の励起状態が生成し、そこから可視発光することが分かりました。
- 1.
- 酸素イオンO2-が酸素原子O0と2つの電子が解離する寸前までに至った励起状態
- 2.
- 1で生じたO0がケージの壁を越えて結合しO2を形成し、さらにそこに電子が捕らえられることで生じるO2-の電子レベルの励起状態
すなわち、テラヘルツ波をケージ中の酸素イオンが吸収し、それによって酸素イオンのケージ内での振動が生じます。そうすると、ケージの壁と衝突することになります。この衝突によって、酸素イオンから酸素原子、酸素分子と電子に過渡的に変換されます。そして、そこから元に戻る際に可視発光が生じると考えられます。波長の長い光をナノ空間に閉じこめられた酸素イオンが吸収し、それによって空間内の運動が活発化し、壁との衝突のエネルギーによって、酸素イオンの電子を高いエネルギー状態にし、そこから元に戻るときに波長の短い可視光を発するということです。照射したテラヘルツ波の波長は3,000~9,000 μM、発光波長は0.6 μMですので、波長を約1万分の1まで短くすることができたことになります。稀にみる光の波長のアップコンバージョン(上方変換)といえます。
研究の今後の展開と波及効果
今回の成果は、セメントの構成成分でもある、安価な化合物C12A7のみを使用し、検出の困難なテラヘルツ波を可視光に変換できることを示しました。これにより、テラヘルツ波検出のための装置の簡略化が期待できます。また、C12A7のナノケージには酸素イオンの他、水素物イオンやハロゲンや金のアニオンなども取り込むことが可能です。これらのイオンの振動を励起する波長のテラヘルツ波を照射すれば、酸素イオンの場合とは異なった色の発光や元素プラズマ[用語5]が得られるものと考えられます。
これまでC12A7というありふれた元素から構成される物質を舞台に、電気伝導性、超伝導、電子放出源、アンモニア合成触媒、二酸化炭素再資源化のための還元作用などいろいろな機能を開拓してきました(元素戦略)が、今回は遠赤外光の可視光への波長変換という新しい機能が見出されました。ありふれた元素から構成されていても、そのナノ構造由来の多種多様な機能を有していることが分かります。我々はC12A7に限らず、元素の組み合わせとナノ構造に着目することで未知の新しい機能を見出すことができるのではないかと期待しています。
用語説明
[用語1] 赤外線 : 赤色光で波長0.74~1,000 μm領域に相当する電磁波。
[用語2] テラヘルツ波 : 遠赤外線領域の特定の範囲内(0.1~10 THz)の光の帯域の総称。電子レンジや現在の無線通信で主に使用されている帯域は2.5~5 GHzでテラヘルツ波の約1/1,000の周波数です。
[用語3] ジャイロトロン : 福井大学遠赤外領域開発研究センターで開発された「ジャイロトロン」はテラヘルツ光を高効率に出力することができる唯一の装置。電子レンジで使用されているマグネトロンと同様に真空の中で電子を高速回転(ジャイロ運動)させることにより特定の周波数の光を高出力で連続的に生成することができます。
[用語4] 第一原理計算 : 実験データなどを使わないで非経験的に構造、物性予想や、物理、化学機構の解明を行う計算手法。
[用語5] プラズマ : 高温加熱や電気的衝撃などによって正、負の荷電粒子に乖離された電離気体状態。
論文情報
掲載誌 : |
ACS Nano(エイシーエス ナノ) |
論文タイトル : |
"Rattling of Oxygen Ions in a Sub-Nanometer Sized Cage Convert Terahertz Radiation to Visible Light." 和訳:サブナノメータ―サイズの籠内での酸素イオンのラトリングによるテラヘルツ波の可視光への変換) |
著者 : |
戸田喜丈、石山新太郎、Khutoryan Eduard、出原敏孝、松石聡、Sushko Peter V.、細野秀雄 |
DOI : |
- プレスリリース ありふれた物質でテラヘルツ波を可視光に変換 ―ナノ空間に閉じ込められた酸素イオンを振動させて発光―
- 最高の超伝導転移温度(Tc)を持った鉄系超伝導物質の新たな特徴を発見│東工大ニュース
- 低温で高活性なアンモニア合成新触媒を実現│東工大ニュース
- ガラスの新しい物性制御法を開発―微量の電子を混ぜただけで、ガラスの転移温度が100℃以上も低下―│東工大ニュース
- 希少元素を使わずに赤く光る新窒化物半導体を発見│東工大ニュース
- 細野・神谷・平松・片瀬研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 細野秀雄 Hideo Hosono
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 戸田喜丈 Yoshitake Toda
- 顔 東工大の研究者たち 特別編 細野秀雄(上)│研究|研究ストーリー
- 顔 東工大の研究者たち 特別編 細野秀雄(下)│研究|研究ストーリー
- 細野・平松研究室 ―研究室紹介 #45―│材料系 News
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