要点
- 水中で2ナノメートルサイズのカプセルを自己組織化で作製
- 水に不溶な化合物をナノカプセルに内包することで水溶化
- 短時間の光照射でナノカプセルから内包物を水中に放出
- 水溶性と光応答性を持つ分子フラスコとしての利用に期待
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所のロレンツォ・カッティ博士研究員、岸田夏月大学院生(物質理工学院 応用化学系 修士課程1年)、吉沢道人准教授らの研究グループは、水中で光刺激に応答する2ナノメートル(nm)サイズ[用語1]のカプセルの作製に成功した。このナノカプセルは、水に不溶な化合物を内包して水溶化し、また、短時間の光照射で内包物を水中に放出することができる。本成果は、水中で使用可能な“光スイッチ”を持つナノカプセルの最初の例であり、大小様々な化合物の内包と放出が簡便にできることから、生化学や臨床医学の分野での応用が期待される。
ナノメートルサイズのカプセルは、その内部空間に分子を取り込むことで、物性や反応性を変化させることができるため、革新的な材料機能や触媒反応の開発を目指した研究が盛んに行われている。しかしながら、水中で使用でき、様々な分子を取り込むだけでなく、簡単に取り出すこともできるカプセルは未開発であった。本研究では、2つのアントラセン[用語2]環を含むV型の両親媒性分子[用語3]を新たに合成し、それらが水中で自己組織化することで、約2ナノメートルの球状カプセルが100%収率で形成することを見出した。このナノカプセルは、水に不溶な化合物(ナイルレッドや銅フタロシアニンなど)を内包により効率良く水溶化した。注目すべきは、得られた内包体に紫外光を短時間照射すると、カプセルの骨格変形により内包物を水中に完全に放出できることである。
上記の成果は、2019年4月24日付でNature Communications誌(Nature姉妹誌)にオープンアクセス論文として掲載された。
研究の背景とねらい
水と光は、私たちの日常生活に必須である。これらの自然資源を合成化学や材料化学の分野で利用することは、持続可能な科学技術社会の発展に必要不可欠である。これまでに、ナノメートルサイズの人工カプセルは数多く合成されており、その特異な機能(分離や安定化、反応など)が見出されている。しかしながら、水中で使用でき、なおかつ、刺激応答性、とりわけ光に応答するナノカプセルは未開発であった。水溶性と光応答性を合わせ持つナノカプセルが合成できれば(図1a)、生化学や臨床医学分野での幅広い応用が期待できる。
2013年に近藤圭博士と吉沢道人准教授らは、2つのアントラセンを120度の角度で連結した両親媒性分子(図1b)が水中で自己集合して、水溶性のナノカプセルが形成することを報告した[参考文献1]。このナノカプセルは高い分子内包能を有するが、光などの外部刺激に対する応答性を持たない[参考文献2]。また、これまでに他の研究グループから、溶媒の変化や酸・塩基の添加に応答するナノカプセルが報告されているが、これらは溶液の性質を変えるため、生体応用などに問題があった。
今回、カッティ研究員らは、2つのアントラセン環を60度で連結したV型両親媒性分子1o(図1c)を新たに設計し、その光照射で閉環体1c(図1d)に変換することで、ナノカプセルを容易に分散状態にできると考えた。また、この閉環体を加熱または光照射することで、ナノカプセルの再生が期待できる。あらかじめナノカプセル内に化合物を閉じ込めることで、光照射による内包物の放出も可能になると考えた。
- 図1.
- (a)水溶性と光応答性をあわせ持つナノカプセルの集合と分散(b)既報の両親媒性分子(c)今回設計した新規なV型両親媒性分子1o(d)光照射によって得られる閉環体1c
研究内容
光応答性ナノカプセルの形成と解離
2つのアントラセン環と2つの親水基を持つV型両親媒性分子1o(図1c)は、1,2-ジメトキシベンゼンを出発原料にして、6段階の反応で合成した。1oを水中、室温で5分間撹拌することで、アントラセン部位の分子間でのπ-スタッキング相互作用および疎水効果[用語4]により自己組織化し、選択的にナノカプセル2が形成した(図2a左)。これをNMR(核磁気共鳴装置)、DLS(動的光散乱法)およびAFM(原子間力顕微鏡:図2b)で分析したところ、ナノカプセルは、約5分子の1oからなる約2ナノメートルの球状集合体であることが判明した(図2a右)。
次に、ナノカプセル2の水溶液に380 nmの紫外光を10分間照射したところ、カプセルが完全に分散状態になることがNMR、DLSおよびUV-vis(紫外可視分光光度計)分析で明らかになった。この現象はまず、ナノカプセルを構成する1oの2つのアントラセン環が光照射により結合し、すべてが閉環体1cに変換された。その結果、分子間でのπ-スタッキング相互作用が立体的に阻害され、集合状態を維持できずに分散した。また、1cの水溶液を160 ºCで30分間加熱すると結合が切断され、1oの再生によりナノカプセルが再生した。同様に、1cに短波長の光照射(287 nm)することで、約80%の効率でカプセル構造が再生した。ナノカプセル2の安定性は高く、光照射による分散と加熱による集合は5回以上の繰り返しが可能であった。
ナノカプセルによる分子の内包と放出
親水性のナノカプセル2は内部に疎水性の空間を持つことから、水に不溶な疎水性の色素のナイルレッド(NR)や顔料の銅フタロシアニン、1ナノサイズの球状のフラーレンC60などを効率良く内包し、水中に溶かすことができた。例えば、V型両親媒性分子1oとNRを乳鉢と乳棒で2分間の磨りつぶした後、水を加えてから混合物をろ過することで、赤色の均一溶液が得られた(図3a、b)。その水溶液のUV-visおよびDLS、NMR分析からNR内包体の構造を明らかにした。次に、この赤色溶液に紫外光(380 nm)を10分間照射した結果、ナノカプセルの分散に伴い内包物のNRが水中に完全に放出され、ろ過によりNRを分離することで無色の1c溶液が得られた(図3c)。
同様の方法で、銅フタロシアニンやフラーレンC60の内包体の水溶液も作成することができ、紫外光を照射することで内包物を放出して青色や黄色の溶液が無色となった。さらに、ナノカプセルに蛍光性のクマリン314を内包することで蛍光がオフに、一方、光照射によりクマリンを放出することで蛍光がオンになった。水中で、ナノカプセルによる大小様々な化合物の内包と光刺激による放出を初めて達成した。。
- 図3.
- ナノカプセル2によるナイルレッド(NR)の内包と放出のスキーム:(a)NRの内包の手順(b)NRの内包体の生成(c)光照射によるナノカプセルの分散とNRの放出
今後の研究展開
本研究では、光スイッチを持つV型両親媒性分子を新たに設計し、それらが水中で自己集合し、ナノサイズのカプセルが選択的に形成することを明らかにした。また、そのナノカプセルは様々な化合物を効率良く内包した。さらに、短時間の光照射で内包物を水中に完全に放出することに成功した。水溶性と光応答性を兼ね備えた新種の分子フラスコとして、今後、生化学や臨床医学の分野での利用が期待される。
参考文献
[1] K. Kondo, A. Suzuki, M. Akita, M. Yoshizawa, Angew. Chem. Int. Ed., 2013, 52, 2308–2312.
[2] K. Kondo, J. K. Klosterman, M. Yoshizawa, Chem. Eur. J., 2017, 23, 16710–16721 (Minireview).
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
Polyaromatic Nanocapsules as Photoresponsive Hosts in Water (分子内包/放出能を有する光応答性の芳香環ナノカプセル) |
著者 : |
Lorenzo Catti, Natsuki Kishida, Tomokuni Kai, Munetaka Akita, and Michito Yoshizawa* |
DOI : |
用語説明
[用語1] ナノメートル(㎚)サイズ : 1メートルの10億分の1の長さ
[用語2] アントラセン : 3つのベンゼン環を連結した形のパネル状有機分子
[用語3] 両親媒性分子 : 水に馴染む親水性と水を避ける疎水性の両方を持つ分子
[用語4] π-スタッキング相互作用および疎水効果 : 分子間で働く比較的弱い相互作用
- プレスリリース 光スイッチを持つナノカプセル ―水中、様々な化合物の内包と光照射による放出に成功―
- 性ホルモンの男女を見分ける分子カプセル|東工大ニュース
- “甘さ”を見分ける分子カプセル|東工大ニュース
- 蛍光性の「殻」をもつ新型ミセルを作製|東工大ニュース
- 夢中になって研究していたら、面白い分子ができていた。~分子の自己組織化から見えてきた、化学の新しい可能性~ ― 吉沢道人|研究ストーリー|研究
- 穐田・吉沢研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 吉沢道人 Michito Yoshizawa
- 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
- 東京工業大学 科学技術創成研究院 (IIR)
- 物質理工学院 応用化学系
- 研究成果一覧
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
准教授 吉沢道人
E-mail : yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5284
取材申し込み先
東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門
E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661