要点
- 強誘電体は現代産業の基幹材料の一つで、強誘電機能の抜本的向上が求められている。
- イッテルビウムと鉄を含むセラミックス材料で、結晶内の電子の秩序が室温で強誘電性を生み出すことを第二次高調波発生と中性子散乱実験から見出した。
- 結晶のひずみを用いず電子移動を起源とする新しい強誘電体が、低抗電場、高耐久性、超高速応答を示す新材料として期待される。
概要
東京工業大学 理学院 化学系の沖本洋一准教授、岡山大学大学院自然科学研究科の池田直教授、量子科学技術研究開発機構の藤原孝将研究員らの研究グループは、イッテルビウム[用語1]と鉄を含むセラミックス化合物において、結晶内の電子の秩序が室温で強誘電性[用語2]を生み出すことを発見した。
通常の強誘電体では、結晶中の「原子位置の偏り」によって電気分極を発現するため、分極の方向を反転させるためには原子自身を動かさなくてはならない。これが強誘電体の持つ機能性向上の本質的な妨げとなっていた。
今回の発見は、上記の鉄セラミックス材料の強誘電性が、鉄イオン中の電子の秩序により室温で発現することを第二次高調波[用語3]発生と中性子散乱実験[用語4]から見出したものである。電子移動を起源とするこの強誘電性は、低い抗電場[用語5]、高い耐久性、そしてテラヘルツスケールに及ぶ高速の応答などといった従来型強誘電体では達成しえない新機能とその応用が期待される。
この研究成果は2月19日発行の英国科学誌Scientific Reports(サイエンティフィックリポーツ)オンライン版に掲載された。
背景
強誘電体は、メモリ、キャパシタ、アクチュエータなど現代産業において不可欠のエレクトロニクス機能を担う基幹材料である。これらの機能は、主に強誘電体の持つ分極の反転過程を利用するが、現在までに知られている強誘電体は結晶中の原子やイオンが変位しない限り分極が応答せず、耐久性や動作電圧、超高速動作周波数に上限があった。
そのため、新しい機構によって発現する新規強誘電体の開発は重要な研究テーマとなっていた。その中でも、図1に示したようなイッテルビウムと鉄を含む複合酸化物(YbFe2O4)は、原子の位置の変化ではなく図中の鉄-酸素二重層内の「異なる価数の鉄イオン(Fe2+とFe3+)の秩序と偏り」によって強誘電分極を示す可能性が提唱されていたが、その直接の証拠はこれまで見つかっていなかった。
研究成果
東京工業大学の沖本洋一准教授らの研究グループは、量子科学技術研究開発機構の藤原孝将研究員、岡山大学の池田直教授らの研究グループと協力し、イッテルビウムと鉄を含む複合酸化物YbFe2O4結晶が第二次高調波発生(SHG)を示し、この結晶が分極(電荷の偏りを持つ構造)を持つことを初めて明らかにした。
図2は観測されたSHGシグナルの入射偏光角度依存性[用語6]であり、これよりYbFe2O4の持つ電気分極の方向を定めることに成功した。さらに、SHG強度と中性子散乱からみた超格子反射強度[用語7]の温度依存性の比較から、YbFe2O4の分極状態が「Fe2+とFe3+の秩序の相関距離」にともなって変化することを見出し、この系が電子の秩序により強誘電性を示す初めての証拠を得た。図3はこれらの実験結果から得られる結論をまとめたもので、鉄-酸素二重層Fe2+とFe3+の存在数の不均化により黄色矢印の方向に分極が発生すること、および二重層間の電子移動により分極の方向がスイッチできることを示している。
今後の展開
電子強誘電体は主に電子の配列と移動のみで分極を実現するため、従来型の強誘電体より高速かつ低エネルギーでの動作が可能となることが期待される。具体的には、分極反転にともなう疲労の軽減、反転に必要な電場(抗電場)の低減が可能な高性能強誘電体や、ギガヘルツ帯を大きく超えた屈折率スイッチ(テラヘルツ~ペタヘルツ情報通信)の実現、更には強誘電体分極をメモリとして用いる際の書き込み・読み出しの時間スケールを大幅に高速化できるなど、現状と比較し100倍以上高性能な電子部品を提供できる可能性を持っている。これによりIoT社会の実現を強力に推進できることが期待される。
付記
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(19H01827、18H05208、18J10004)の一環として行ったものである。
用語説明
[用語1] イッテルビウム : 周期律表の下にある「ランタノイド元素」の列にある原子の一つでYbと表される。3価の安定な陽イオンになりやすい。
[用語2] 強誘電性 : 強誘電体の持つ性質のこと。強誘電体とは、結晶を構成する原子やイオンが偏りをもって配列し、結果として結晶がプラスとマイナスの方向性(分極)を持つこと、およびその分極の方向を電場で反転できることが特長である。
[用語3] 第二次高調波 : 強いレーザ光を用いた時に見られる非線形光学効果の一種で、入射光の周波数の2倍(波長の半分)の光が発生する現象。強誘電体などの結晶試料で観測される。Second Harmonic Generation、または頭文字をとってSHGとも呼ばれる。
[用語4] 中性子散乱実験 : 中性子線の波動性を利用した回折を用いた構造解析法。
[用語5] 抗電場 : 強誘電体の分極を反転させるのに最低限必要な電場(電界)の大きさ。
[用語6] 入射偏光角度依存性 : SHG測定では、SHGを発生させるための入射レーザ光のもつ電場の方向(偏光)と、測定する結晶試料の結晶軸の間の角度の関係のこと。図2はその関係を表しており、入射偏光方向が特定の結晶軸に一致したときにSHGが強く放射されることを示している。
[用語7] 超格子反射強度 : 結晶の単位格子よりも長いサイズの「何かの秩序」が存在する場合、それに由来する回折ピークは超格子反射と呼ばれる。本研究では、図1のc軸方向の鉄-酸素二重層の相関距離をこの超格子反射強度を用いて解析した。
論文情報
掲載誌 : |
Scientific Reports |
論文タイトル : |
Direct Evidence of Electronic Ferroelectricity in YbFe2O4 Using Neutron Diffraction and Nonlinear Spectroscopy |
著者 : |
K. Fujiwara, Y. Fukada, Y. Okuda, R. Seimiya, N. Ikeda, K. Yokoyama, H. Yu, S. Koshihara, and Y. Okimoto |
DOI : |
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