東京工業大学リベラルアーツ研究教育院は「池上彰先生に『いい質問』をする会」を7月5日にオンライン形式で開催しました。5回目を迎える恒例イベントの今年のトピックスは、「戦争」「経済」「仮想空間」です。ロシアによるウクライナ侵攻や収束しない新型コロナウイルス感染症問題、またそれらの影響を受けて激変する世界と日本の経済状勢などを中心に、学生たちが抱く素朴な疑問や不安を反映した質問が50件ほど集まりました。その中から池上彰特命教授がいくつかを選び、丁寧に回答しました。
正しい回答を求めすぎず、参加者みんなで考えていく
イベントの冒頭で池上特命教授は「『いい質問』というと変な質問をしてはいけないとハードルが高くなる感じもあるが、いろいろな疑問をどんどん質問してほしい。特に東工大生は『正しい回答』を求めがちだが、私の回答を『正しい回答』と思い込むことなく、みんなと一緒に考えていこうという場にしたい」とコメントしました。
最初に取り上げた質問は、ロシアとウクライナ問題についてでした。池上特命教授は「国際法では独立国に軍事侵攻したロシアに非があるのは明らか」としながら、「西側諸国とウクライナが善」という報道傾向をうのみにするのではなく、侵攻に至るその背景に何があるのかを探ることが必要であるとし、両国間で締結された過去の紛争停戦合意などを紹介しました。これらを踏まえた2国間をめぐる経緯から、「ロシアだけが悪いという一方的な判断ができないが、侵攻による人的被害が拡大しているのも事実。そのため、『どちらが悪い』と単純に決めつけることはできない。そのバランスを見極めるのは本当に難しいね。だから報道情報だけで善悪を判断するのは危険なのでは?という質問者の視点こそが重要」と述べました。
さらに、各国の対ロシアへの経済制裁やウクライナへの軍事支援が、将来的に日本経済に及ぼす影響の可能性などにも触れ、現状だけで判断できないグローバル社会の複雑な実情についても解説しました。
ものごとを冷静に、客観的に見ることの重要性
続いて、「メタバース」「世界経済」「核軍縮」「投資」「環境問題対策としての電気自動車」など、多岐にわたる質問が寄せられ、池上特命教授は時間の許す限り質問に答えました。
最後に池上特命教授は寄せられた質問すべてに通じることとして「何かもてはやされているものがある。自分が疑問に思うものがある。そういう時こそ、『ちょっと待てよ』と冷静になって立ち止まり、物事を客観的に見ていく視線を皆さんそれぞれの立場で形成していってほしい」と締めくくりました。
閉会にあたり、リベラルアーツ研究教育院長の山崎太郎教授があいさつし、ドイツの哲学者による「啓蒙の弁証法」を引用し、進歩し続けているはずの人類が野蛮な戦争を繰り返すという不可解な状況においては、人間は立ち止まって客観的に考え、理想を頭に描きながら現実に対処することが大事だと述べました。その上で、「今の世の中で人類にとっての希望の原理とは?信念、希望をどこに託せばいいのか?」と最後の質問をしました。池上特命教授は「人のために何かをする『利他』という精神があるからこそ、世の中は回っていく。人は誰しも自分が第一と考える一方で、世界で困っている人々がいるという現実には罪悪感を抱く。これは人間の本質。そういう遺伝子を持っているからこそ人類が生き延びることができた。それをどう発展させるのかという気持ちを忘れないことが希望になっていくと思います」と答えました。
当日のイベントの記録は下記からご覧いただけます。
リベラルアーツ研究教育院 ―理工系の知識を社会へつなぐ―
2016年4月に発足したリベラルアーツ研究教育院について紹介します。