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陽子を含まない原子核の痕跡を原子炉で探す 原子核物理×放射化学の新手法で「0番元素」を探求

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要点

  • 中性子だけから構成される多中性子原子核の存在の実証研究が近年活発。
  • 多中性子原子核の一種であるテトラニュートロンを原子炉で探索する手法を確立。
  • 炉心内で中性子による放射化が起こりにくい試料の選定が鍵となった。

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の藤岡宏之准教授と友松竜太郎学士課程4年(研究当時)、京都大学 複合原子力科学研究所および同大学院工学研究科の高宮幸一教授からなる研究チームは、中性子だけから構成される多中性子原子核を探索する手法として、原子炉の燃料に含まれるウラン235の核分裂における多中性子原子核の放出の有無を調べる実験の原理実証に成功した。

ストロンチウム88を同位体濃縮した炭酸ストロンチウムの試料を原子炉の炉心に長時間挿入し、照射後の試料にストロンチウム91が含まれているかどうかを高純度ゲルマニウム検出器で調べた。その結果、有意な信号は観測されず、ウランの核分裂における4つの中性子からなるテトラニュートロン[用語1]の生成率の上限を決定した。

これまでに知られている全ての原子核は正の電荷を持ち、陽子と同じ数の電子を伴って原子を形成するが、電荷を持たない多中性子原子核は異質の存在と言える。本研究手法によって、炉心に長時間挿入しても中性子によって放射化しにくい試料の選定が鍵となることがわかったため、今後は原理実証の次の段階として多中性子原子核の探索感度の向上を目指す。

本研究成果は日本時間11月23日付けのPhysical Review C 誌に掲載された。

図1 原子炉を用いたテトラニュートロン探索手法の概念図。

図1. 原子炉を用いたテトラニュートロン探索手法の概念図。

背景

物質を構成する原子の中心に位置する原子核は、陽子と中性子から成り立っており(陽子1個だけで出来ている水素原子核を除く)、原子の化学的性質は、原子核中の陽子の数、すなわち原子番号によって決定づけられる。これまでに、原子番号1の水素から原子番号118のオガネソンに至るまで、118種類の元素が発見されている。また、身の回りの安定な原子核はおよそ300種類あり、原子番号の大きな元素を例外として原子核中の陽子の数と中性子の数はほぼ等しい。陽子と中性子の数が釣り合っていない不安定な原子核も含めると3,000種類以上の原子核の存在がこれまでに確認されるなど、原子核に関する理解は次第に深まっている。

一方、複数の中性子だけで構成される原子核(多中性子原子核)に関しては1950〜60年代から研究されてきたものの、多中性子原子核の存在を示す有力な結果は得られていなかった。しかし21世紀に入り、4つの中性子で構成されるテトラニュートロンを観測したという報告が相次いだ。特に2022年には、ミュンヘン工科大学などの研究グループにより束縛状態[用語2]のテトラニュートロンの存在を示唆する論文が発表された。また、同年、理化学研究所・ダルムシュタット工科大学・東京大学・東京工業大学などからなる研究グループが共鳴状態[用語3]のテトラニュートロンを観測したとNature 誌で発表した。多中性子原子核は、原子番号を規定する陽子数が0個の、いわば「0番元素」と言え、その一種であるテトラニュートロンの探索研究は、原子核物理コミュニティにおいて再び脚光を浴びている。

しかしながら、陽子・中性子を結びつける核力に関する現状の理解のもとでは、テトラニュートロンの束縛状態は存在しないと理論的に考えられている。また実験的に観測可能な共鳴状態の有無については理論計算の手法によって異なる結果が得られており、テトラニュートロンの存在を実証するためには、さらなる研究が必要である。仮にテトラニュートロンの束縛状態が実在するならば、3個以上の中性子の間に働く未知の核力が存在することを示唆する。その場合、安定な原子核よりも中性子を多く持つ中性子過剰核や、約1057個の中性子でできた中性子星[用語4]の内部構造に関する研究に大きな影響を及ぼす。

これまでのテトラニュートロンに関する実験的研究では、加速器により加速された原子核のビームを用いた原子核反応を用いるのが一般的であった。それに対し、束縛状態にあるテトラニュートロンは、弱い相互作用を通じてβ崩壊[用語5]するまでの半減期[用語6]が長いという特徴を持つことに着目し、テトラニュートロンと別の原子核でさらなる反応を起こし不安定な原子核を作る「放射化法」を用いて、テトラニュートロンの存在を実証できる可能性がある。本研究では、原子炉においてウラン235の核分裂[用語7]によって束縛状態のテトラニュートロンが放出されるという仮説を立て、放射化法によりテトラニュートロンを検出する手法の提案と実証を図った(図1)。

研究成果

テトラニュートロン照射による試料放射化実験の提案と試料選定

京都大学複合原子力科学研究所の研究用原子炉KURには、放射化学において確立した元素分析手法の一つである中性子放射化分析[用語8]のための設備が備わっている。中性子放射化分析では、調べたい試料に対して原子炉の熱中性子[用語9]を照射することで、試料に含まれる原子核が中性子を捕獲し、陽子数はそのままで中性子が1個多い別種の原子核が作られる。作られた原子核が不安定であれば、放射性崩壊の際に放出されるγ線を高純度ゲルマニウム検出器で測定することにより、試料に含まれていた原子核の量を評価することができる。

本研究では、上記の中性子放射化分析の手法を応用して、熱中性子ではなくテトラニュートロンの照射による試料の放射化を試みた。もしテトラニュートロンに含まれる3個の中性子が試料中の原子核に移行した場合、中性子が3個も増えた不安定な原子核が作られる。そのような試料の放射化を調べることで、逆算的にテトラニュートロンの存在を実証することができると予想した。なお、一般に中性子捕獲は高頻度で起こり試料は容易に放射化してしまうため、テトラニュートロンによる放射化に由来する信号を観測するためには中性子の遮蔽が重要となる。熱中性子はカドミウムにより遮蔽することができるが、熱外中性子[用語10]はカドミウムを通り抜けるため、熱外中性子の捕獲による放射化がなるべく起こりにくい試料を選定することが、テトラニュートロンに起因する試料の放射化の有無を調べる上で重要となる。

詳細な検討や予備測定の結果、ストロンチウム88を99.99%にまで同位体濃縮した高純度の炭酸ストロンチウムの粉末を試料として用いることとした。ストロンチウム88が中性子捕獲することでつくられるストロンチウム89はβ崩壊したあとにほとんどγ線を放出しないこと、ストロンチウム88がテトラニュートロンと反応して作られると期待されるストロンチウム91の半減期が9.65時間と長すぎず短すぎず程よいこと、などがストロンチウム88を選択した大きな要因である。

テトラニュートロン照射による試料放射化の評価

中性子放射化分析と同様の手法により、炭酸ストロンチウム (88SrCO3) を入れた石英管にカドミウムを巻いた上で、炉心の中心部に挿入し2時間の中性子照射を実施した。テトラニュートロンがウラン燃料から放出されていれば、テトラニュートロンを試料に照射したことになる。照射後、約11時間水中で保管し放射能を十分低下させた上で、試料を取り出した。その後、高純度ゲルマニウム検出器を用いたγ線の測定を24時間かけて行った。図2は得られたγ線スペクトルの一例である。ナトリウム、マンガン、臭素などの微量元素を示すピークがスペクトルに観測された一方で、ストロンチウム91起因のγ線のピークは観測されず、今回の実験においては束縛状態のテトラニュートロンの存在を実証する結果は得られなかった。なお、スペクトルの詳細な解析の結果、ウラン235の1回の核分裂あたりテトラニュートロンが放出される確率は8×10−7未満であると結論づけた。

図2. 24時間の測定で得られたγ線のスペクトル。横軸はγ線のエネルギーに対応する。観測されたピークの上に、γ線を放出した原子核の種類とγ線のエネルギーを記した。S.E. と D.E. はエスケープピークを表し、実際のγ線のエネルギーからそれぞれ511 keV、1022 keV低い位置に現れる。
図2.
24時間の測定で得られたγ線のスペクトル。横軸はγ線のエネルギーに対応する。観測されたピークの上に、γ線を放出した原子核の種類とγ線のエネルギーを記した。S.E. と D.E. はエスケープピークを表し、実際のγ線のエネルギーからそれぞれ511 keV、1022 keV低い位置に現れる。

本研究を通じて、生物学、環境科学、材料科学、地球化学など多方面に活用されている中性子放射化分析と全く同じ手法を採りつつ、「試料を放射化させない」という真逆の発想により、原子核物理学の最新のトレンドであるテトラニュートロンの存在に迫る研究手法を確立した。予備測定では、ストロンチウム88を天然存在比83%で含む非濃縮の炭酸ストロンチウムの照射も試みたが、ストロンチウム84, 86, 87の中性子捕獲による放射化が顕著であった。このように、試料の放射化の要因となる不純物を極力含まない高純度の試料を準備することが測定の感度の良し悪しに大きく影響することが確認された。

社会的インパクト

テトラニュートロンあるいは一般に多中性子原子核は、束縛状態であったとしても不安定な原子核であるため、身の回りに存在しているとは考えられない。しかしながら、多中性子原子核は電気的に中性であるために、電子を束縛させて原子を作ることができない異質の原子核であり、多中性子原子核の束縛状態の存在が実験により裏付けられれば、教科書の記述を書き換えるような発見となる。今回の研究は、テトラニュートロンの存在を実証するための実験として、加速器を用いた既存法以外の手法を提案したものであり、今後の科学の進展に大きく寄与できると考えられる。

今後の展開

本研究のように膨大な背景事象の中から微小な信号を探し出す作業は「干し草の山から針を探す」ようなものである。針を探しやすくするためには、針の本数を増やし、また干し草の量を減らす必要がある。そのためには、放射化しにくい試料を大量に、かつ長時間照射を行うのが望ましい。今後もテトラニュートロンの探索に適した試料の選定ならびに照射実験を継続して行う。また、市販されている高純度の試料から、必要な元素だけを分離・精製することでさらに高純度化させることも視野に入れている。

またテトラニュートロンに対してさらに中性子を加えていったときに安定性が増し、束縛状態となりうるかも興味深い問題である。6個以上の中性子を持つ多中性子原子核の存在についても、本研究で実証した手法で探索可能である。

現在、⽇本原⼦⼒研究開発機構・京都大学・福井大学が福井県の「もんじゅ」サイトに新試験研究炉を建設する検討を進めている。反電子ニュートリノをはじめて観測したのは、ライネスとコーワンによる原子炉における測定であることに象徴されるように、原子炉は基礎物理(原子核物理・素粒子物理)にも活用できる。そこで「原子炉を用いた基礎物理を推進する有志の会」では、多中性子原子核を含む多種多様な基礎物理の研究を中長期的に展開していくための議論を行っている。

付記

本研究は、公益財団法人住友財団の基礎科学研究助成「中性子放射化分析を応用した中性原子核の探索」の支援により行われた。

用語説明

[用語1] テトラニュートロン : 4つの中性子から構成される原子核のこと。本記事では、特に記載のある場合を除き、4つの中性子が結合した束縛状態 [用語2] を指す。

[用語2] 束縛状態 : 陽子と電子がクーロン力によって結合した水素原子のように、複数の粒子からなる系の質量が、個々の粒子の質量の合計よりも小さいとき、束縛状態にあるという。

[用語3] 共鳴状態 : 束縛状態とは逆に、複数の粒子からなる系の質量が、個々の粒子の質量の合計よりも大きい状態のこと。共鳴状態は、構成粒子が分離してバラバラになることができる。不確定性原理により、質量は特定の値を持たず、状態の寿命に反比例した不確かさを持つ。崩壊までの寿命が比較的長い共鳴状態は、質量スペクトルにおいて幅の狭いピーク構造として観測される。

[用語4] 中性子星 : 太陽より8倍以上重い恒星の超新星爆発に残される天体。10 kmほどの半径に対し質量は太陽の1.4倍から2倍程度もあり、中性子星の内部は原子核の密度を超える超高密度となっている。

[用語5] β崩壊 : 原子核に含まれる中性子が、弱い相互作用により電子と反電子ニュートリノを放出して陽子に変化する、原子核の放射性崩壊の一種。

[用語6] 半減期 : 不安定な原子核の個数は時間とともに指数関数的に減少していく。個数が半分になるまでに要する時間を半減期と呼ぶ。

[用語7] 核分裂 : 質量数の大きな原子核は分裂しエネルギーを放出する。ウラン235は中性子を吸収し、質量数95付近の原子核と質量数140付近の原子核に分裂し、平均2.4個の中性子を放出する。約0.2%の確率で稀に3つの原子核に分裂する3体核分裂を起こすことも知られている。本研究では3体核分裂においてテトラニュートロンの束縛状態が分裂片として生じるという仮説を立てている。

[用語8] 中性子放射化分析 : 微量元素分析の一手法。中性子を試料に照射することで、試料に含まれる元素が放射化し、特定のエネルギーのγ線が放出される。γ線のエネルギーや半減期をもとに試料に含まれる元素を特定するとともに、γ線の強度から試料に含まれる元素の量を評価することができる。

[用語9] 熱中性子 : 高いエネルギーを持つ中性子が常温の物質に含まれる原子核と衝突を重ね、原子の熱運動と平衡状態になった中性子のこと。熱中性子の平均速度は約2,200 m/sである。原子炉の場合には、冷却水が中性子の減速材の役割を兼ね、ウラン235の核分裂で生じた高速中性子が熱中性子にまで減速された後、別のウラン235に吸収されることで核分裂を繰り返す臨界状態が保たれている。

[用語10] 熱外中性子 : 熱中性子と比較してやや高いエネルギーを持つ中性子のこと。原子炉においては熱外中性子のフラックス(単位時間に単位面積を通過する量)はエネルギーに反比例して減少する。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review C
論文タイトル :
Search for particle-stable tetraneutrons in thermal fission of 235U
著者 :
Hiroyuki Fujioka, Ryutaro Tomomatsu, Koichi Takamiya
DOI :

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