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水素と触媒反応を利用して低接触抵抗IGZO-TFTを実現 界面の選択的還元による高安定性を持つ次世代メモリへの応用に期待

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要点

  • 触媒反応のアイディアを活用してIGZO-TFTと電極の接触抵抗を大幅に低減
  • 水素透過能と触媒作用を有する電極材料を用いて界面領域の選択的な還元を実証
  • ナノスケールのTFTを集積した安定な次世代メモリデバイスの実現を加速

概要

東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センターの辻昌武特任助教、Shi Yuhao(施宇豪)大学院生、細野秀雄特命教授らの研究チームは、IGZO-TFTの電極に触媒金属を用いることで電極界面が選択的に還元されることを見出し、IGZO-TFTの安定性を維持したまま接触抵抗を約3桁低減させることに成功した。

当研究グループが以前の研究で開発したアモルファス酸化物半導体InGaZnOxのトランジスタ(IGZO-TFT)は、室温で作製が可能で、アモルファスシリコンの数十倍の移動度を示すことから、フラットパネルディスプレイ(FPD)に広く使われている。さらに近年、オフ電流とプロセス温度の低さから、次世代のキャパシタが不要なメモリデバイス向けへの応用が有望視されている。しかし高密度に集積されたnmスケールのTFTには、金属・半導体界面の接触抵抗がデバイス駆動の大きな障壁となるという、FPD用TFTにない問題がある。一方で、従来のプラズマを用いた処理方法は表面にのみしか適用できないため、複雑に積層されたデバイスの内部界面の接触抵抗を改善する技術的なアプローチが求められている。

今回の研究では電極として、高い水素透過能を有し、かつ水素分子を解離する触媒金属であるパラジウム(Pd)を用いた。デバイス外部から内部界面へ高活性な原子状水素を輸送して界面を効率的に還元し、金属中間層を生成することで、低接触抵抗(6.1 Ω·cm) IGZO-TFTを実現した。また今回開発した手法は、界面近傍のみを選択的に反応させることが可能なため、チャネル層へのダメージを防ぐことができる。そのためデバイスの安定性を維持したまま、低接触抵抗に加えて、副次的に材料本来の高電界効果移動度が得られることも特徴である。

本研究成果は、3月22日(現地時間)に米国科学誌「ACS Nano」にオンライン掲載された。

背景

5Gや次世代の6Gが普及したIOT社会では、人工知能(AI)やクラウドコンピューティング、大規模シミュレーションなどで膨大なデータを同時に取り扱うメモリデバイスが重要な役割を果たすことが期待されている。しかしプロセッサ(CPU)の開発速度はムーアの法則に従うため、半導体チップの集積度が向上しているのに対して、データを読み書きする外部のメモリの性能の伸びは緩やかである。そのため、「フォンノイマンボトルネック」や「メモリウォール問題」と呼ばれる、CPUとメモリ間の性能の不一致が年々拡大しており、高速で大容量のデータを低消費電力で読み書き可能な高性能メモリデバイスが必要とされている。

このような背景のもと、FPD用途で広く用いられてきたアモルファス酸化物半導体InGaZnOx(IGZO)[参考文献1]を基調とした薄膜トランジスタ(IGZO-TFT)は、高速化と大容量化を実現できる次世代2T0Cメモリ用材料として有望視されている。これは移動度が高いため、高速での読み書きが可能であることと、オフ電流とプロセス温度が低いため、長いデータ保持時間(tret)とキャパシタフリーデバイスのSi半導体回路上への直接三次元集積が実現できることによる[参考文献2]。しかしながらIGZOをメモリに応用するには、FPDでは数十μmオーダーであったTFTのチャネル長を、数nmスケールまで微細化することが要求される。このような微細なTFTでは、直列抵抗成分に対する接触抵抗の寄与が非常に大きくなり、移動度向上と低消費電力化の大きな妨げとなっている。そのため、次世代メモリ用には低接触抵抗のIGZO-TFTが必須である。

研究成果

戦略

従来の接触抵抗問題の解決方法は、高導電性中間層の導入や、高温アニールによる接触面への高濃度酸素欠陥[用語1]の導入、酸化物半導体層へのプラズマ処理による表面処理が主であった。しかし高エネルギーで多段階プロセスを伴うこれらの手法は、露出された上面に対しては効果的ではあるものの、nmスケールの複雑な構造内の内部界面に対して適応することはほとんど不可能であった。

そこで本研究では水素化触媒からアイディアを得て、酸化物半導体中のキャリア生成で重要な役割を果たす水素を、電極を介して外部から内部界面へと導入することで、電極–半導体界面のみを選択的に還元し、高導電性金属中間層を生成する手法を着想した。この手法を用いて、内部の接触界面問題を解決するための戦略を立てた(図1)。内部に埋もれた界面に対して効果的に水素を作用させるためには、以下の条件を満たす水素化触媒金属電極と保護膜材料を選択することが鍵となる。

1.
低温プロセスで反応を促進させるために、H2分子を活性な原子状水素へと解離させる触媒能を有する金属電極
2.
速やかに活性な水素を界面へと輸送するための水素の高速拡散と、水素の容易な吸収・放出に有利な適度な溶解度を有する水素透過性金属電極
3.
実効チャネル部を水素と隔離するための、電子構造的に水素耐性のある緻密な酸化物保護膜

本研究ではこの戦略に最適な電極として、柔軟な格子を持ち、水素に対して脆性を示さずに水素透過能を有するユニークな特性を示すPd[参考文献3]を選択した。また保護膜としては、直流のスパッターリング法[用語2]で容易に成膜が可能なアモルファスZnSiOx(ZSOx[参考文献4]を用いた。

図1 内部接触界面の問題を解決する戦略。 (a)水素輸送電極の水素解離触媒能を用いた、高活性原子状水素と酸化物の反応の模式図。(b, c)金属中の水素の拡散係数および水素溶解度の実験値。Pdの高い水素拡散能と適度な溶解度が活性水素の高速輸送を可能とする。

図1. 内部接触界面の問題を解決する戦略。

(a)水素輸送電極の水素解離触媒能を用いた、高活性原子状水素と酸化物の反応の模式図。(b, c)金属中の水素の拡散係数および水素溶解度の実験値。Pdの高い水素拡散能と適度な溶解度が活性水素の高速輸送を可能とする。

IGZO-TFTの特性評価

本研究ではこの手法に基づいてボトムコンタクト型IGZO-TFTを作製し、その接触抵抗と実効チャネル長の偏差の水素アニール処理依存性を評価した(図2)。保護膜を含むボトムコンタクト型の素子構造は、電極–半導体界面が埋もれているために、通常の方法では界面への後処理が難しい。しかしながら今回新たに提案した手法では、埋もれた界面に対しても効果的に処理を行うことができ、接触抵抗は、未処理時に3 kΩ·cmであったのが処理後には6 Ω·cmへと劇的に改善された。また、最適な温度(150 ℃)と時間(10分)で水素処理を行うことで、パターニングされたチャネル長に対する実効チャネル長の偏差は44 nmに抑えられており、界面近傍のみを選択的に変質させることができた。

図2 作製したIGZO-TFTの構造と接触特性。 (a)ボトムコンタクト型TFTの構造。電極にはPd金属を用い、Arで希釈した5%H2ガス雰囲気化でアニールを行うことで、デバイス外部から埋もれた界面へと水素を輸送した。(b)伝送長法(transmission line measurement, TLM)によって測定した接触抵抗(実線)と実効チャネル長の偏差(点線)の水素処理依存性。

図2. 作製したIGZO-TFTの構造と接触特性。

(a)ボトムコンタクト型TFTの構造。電極にはPd金属を用い、Arで希釈した5%H2ガス雰囲気化でアニールを行うことで、デバイス外部から埋もれた界面へと水素を輸送した。(b)伝送長法(transmission line measurement, TLM)によって測定した接触抵抗(実線)と実効チャネル長の偏差(点線)の水素処理依存性。

また、TFTがON時(VG = 20 V)に約80%あった抵抗成分中の接触抵抗の寄与が、水素処理によって無視できるほど小さくなり、結果としてTFTの電界効果移動度は20 cm2/Vsまで向上した(図3 (a–c))。一方、デバイスの安定性は水素処理前後で大きな変化は見られず、チャネルとして働く半導体内部へのダメージが少ない温和な処理であることも実証された(図3 (d))。さらにボトムコンタクト型TFTとトップコンタクト型TFTで同等の性能を示したことから、本手法は埋もれた電極–半導体界面を有する多様なデバイス構造に対して応用が可能であることが示唆された。

本研究では30 μmのチャネル長のデバイスを用いたが、メモリ用途のnmスケールの微細なTFTデバイスでは、この接触抵抗を低くするなどの効果はより顕著に表れることが想定される。

図3 作製したIGZO-TFTの特性評価。 (a)全抵抗のうち接触抵抗の寄与率。(b, c)ボトムコンタクト、トップコンタクト構造における水素処理前後のTFT特性。(d)TFTの電圧、温度に対する閾値電圧の安定性。

図3. 作製したIGZO-TFTの特性評価。

(a)全抵抗のうち接触抵抗の寄与率。(b, c)ボトムコンタクト、トップコンタクト構造における水素処理前後のTFT特性。(d)TFTの電圧、温度に対する閾値電圧の安定性。

社会的インパクト

現在、IGZO研究のメインフォーカスは、ディスプレイから次世代メモリへと移り始めている。本研究で開発した手法は、デバイス構造を選ばずに、温和な後処理によって金属–半導体界面のみを選択的に変質させることができるため、酸化物メモリの実現に向けて産業的に重要な技術であると考えられる。

今後の展開

本研究のベースとなったアイディアは、触媒と半導体デバイスを結びつける視点から着想した。水素化触媒のアイディアを電子デバイスへと応用することで、超小型TFT中の埋もれた界面の接触抵抗を劇的に改善する手法を実証した。今回の研究では、金属–半導体界面の触媒反応を用いることで、チャネルとして機能する箇所にはダメージを与えずに、選択的な領域のみを還元することに成功した。これはTFTの良質な接触界面の作製に向けて、大きなインパクトを与える結果であるといえる。今後は、nmスケールのIGZO-TFTを集積したメモリデバイスの創製に向けて、産学のデバイス研究がさらに加速されると期待できる。

付記

本成果は、主に文部科学省 データ抽出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト(JPMXP1122683430)の支援によって得られた。放射光実験はSPring-8一般研究課題(2023A1720, 2023A1917, 2023B1051, and 2023B1851)として行われた。

参考文献

[1] K. Nomura, H. Ohta, A. Takagi, T. Kamiya, M. Hirano, H. Hosono, Nature 432 (2004) 488–492.

[2] A. Belmonte, H. Oh, N. Rassoul, G. L. Donadio, J. Mitard, H. Dekkers, R. Delhougne, S. Subhechha, A. Chasin, M. J. van Setten, L. Kljucar, M. Mao, H. Puliyalil, M. Pak, L. Teugels, D. Tsvetanova, K. Banerjee, L. Souriau, Z. Tokei, L. Goux, G. S. Kar, 2020 IEEE International Electron Devices Meeting (IEDM), 28.2.1–28.2.4.

[3] H. Mizoguchi, S. W. Park, H. Hosono, J. Am. Chem. Soc. 143 (2021) 11345–11348.

[4] N. Nakamura, J. Kim, H. Hosono, Adv. Electron. Mater. 4 (2018) 1700352.

用語説明

[用語1] 酸素欠陥 : 化合物を構成している原子のうち、酸素が欠乏している状態。酸化物中のO2−が中性分子として脱離する過程で、電子が2個ドーピングされる。一般的に酸化物半導体の電子キャリアは酸素欠陥によって生成し、導電性を示すようになる。

[用語2] スパッターリング法 : 薄膜化したい物質に真空下・高電圧でイオン化したアルゴンなどを衝突させることで製膜する汎用の技術。量産性に優れていることから、工業的に最も使われている。

論文情報

掲載誌 :
ACS Nano
論文タイトル :
Approach to Low Contact Resistance Formation on Buried Interface in Oxide TFTs: Utilization of Palladium-Mediated Hydrogen Pathway
(酸化物TFTの埋もれた界面における低接触抵抗形成へのアプローチ:パラジウムを介した水素経路の利用)
著者 :
Yuhao Shi(施宇豪)1 、Masatake Tsuji*(辻昌武)1、Hanjun Cho(趙漢埈)1、Shigenori Ueda(上田茂典)2、Junghwan Kim*(金正煥)1, 3、Hideo Hosono*(細野秀雄)1, 2
(1: 東京工業大学、2: 物質・材料研究機構、3: 蔚山科学技術院)
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 栄誉教授/同 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター 特命教授

細野秀雄

Email hosono@mces.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924-5009

東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター 特任助教

辻昌武

Email ma-tsuji@mces.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924-5197

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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