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入れ子状にした物質への光照射で生じる新しいエネルギー現象を観測

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カーボンナノチューブを窒化ホウ素ナノチューブで包んで入れ子状にした筒形の構造体に光を照射すると、両者の間に電子の抜け道が発現することを発見しました。超高速光デバイスの開発や光照射で生じる電子などの超高速操作、デバイスの効率的排熱など、幅広い分野への応用が期待できます。

概要

近年、厚さが1原子分しかない層状や筒状の材料(低次元材料)を重ねると、新しい性質が発現することが報告されています。こうした構造体の静的な性質、例えば電気伝導特性などは数多く調べられていました。しかし、光を照射することで生じる層間の電子移動や、その後に続く原子の運動など動的な性質については、ほとんど調べられていませんでした。

本研究では、カーボンナノチューブ(CNT)を窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)で包み、入れ子にした筒状の構造体を合成し、そこに光を照射した時に生じる電子と原子の運動を観測しました。電子の運動については、光の照射によって生じる瞬間的な分子構造や電子構造の変化を10兆分の1秒の精度で捉えられる広帯域の超高速過渡透過率測定で観測しました。また原子の運動については、1兆分の1秒の精度で観測可能な超高速時間分解電子線回折法を用いて観測しました。

その結果、異種の低次元材料を重ね合わせると、電子の抜け道(チャネル)が発現することを発見しました。さらに、CNTに光を当てることで生じた電子が、このチャネルを通してBNNT中に移動することが分かりました。この励起された電子のエネルギーは、BNNTの中で熱エネルギーへと速やかに変わるため、熱エネルギーを極めて速く輸送することが可能となります。
本研究により、二つの異なる物質の界面で生じる新しい物理現象が明らかになりました。この現象は、熱エネルギーの超高速輸送に加え、超高速の光デバイス開発や、光照射で生じた電子や正孔の超高速操作などさまざまな新技術に応用できる可能性があります。

本研究は、筑波大学 数理物質系の羽田真毅准教授を中心とするフランス・レンヌ大学との日仏国際共同研究機構(Dynacom)チーム、岡山大学、広島工業大学と東京工業大学 理学院 化学系の腰原伸也教授の共同研究グループにより実施され、5月30日に「Nature Communications」に掲載されました。

背景

電子が物質の間や物質中を移動する電子移動は、物質がその機能を発現する上で基本的な現象の一つとなっています。この現象は自然界でも生じています。例えば、光合成に用いられるタンパク質や視神経の中のタンパク質では、電子移動現象により、原子の位置や結合する原子同士の距離が変わる原子変位が生じます。この原子変位が生じることで、光合成や視覚信号の伝達などの機能がもたらされます。また、太陽電池内での発電や発光ダイオードの発光なども電子移動が関与しています。

この、電子移動で現在注目されているのが「ファンデルワールスヘテロ構造体」における現象です。異種の低次元材料[用語1]を層状あるいは筒状に重ね合わせた材料がファンデルワールスヘテロ構造体です。異種の物質を重ねるだけでさまざまなバンドギャップ[用語2]を持つ半導体に変化したり、超電導体として働いたりするものなどがあり、こうした機能の発現メカニズムの解明が求められています。そのためには、異種の物質同士の界面で生じる電子の移動や、それによって生じる原子変位について研究することが重要でしたが、技術的な課題もありほとんど調べられてきませんでした。

研究成果

本研究は、日本と仏レンヌ大学による共同研究の枠組み(日仏国際共同研究所:Dynacom)の下で行われました。レンヌ大の研究チームが広帯域の超高速過渡透過率測定[用語3]を行い、日本の研究チームが材料合成、超高速時間分解電子線回折法[用語4]を用いた実験、理論計算を行いました。

これまで、ファンデルワールスヘテロ構造体の静的な性質や光照射下における分光計測による励起子のダイナミクス計測は行われてきました。しかし、同構造体の機能を考える上で最も重要な、光照射下における界面構造の変化に関する情報は報告されていませんでした。層状のファンデルワールスヘテロ構造体では、透過型の電子線回折実験でその界面構造の変化に関する情報を得ることが困難だったからです。これは、電子線が界面に対して垂直に入ることにより、その構造情報が失われることが原因でした。

そこで、本研究チームは、カーボンナノチューブ(CNT)[用語5]窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)[用語6]で包んだ筒状のファンデルワールスヘテロ構造体(内側がCNTで外側がBNNT)を合成し、試料に用いました(図1)。筒状の構造では、電子線が界面に対して一部平行に入ります。このため、光照射下の界面での原子変位(ここでは振動するような原子変位)を直接的に観測することができます。

図1. カーボンナノチューブ(CNT)と窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)のファンデルワールスヘテロ構造体とそのエネルギー輸送現象(内側がCNT、外側がBNNT)。
図1.
カーボンナノチューブ(CNT)と窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)のファンデルワールスヘテロ構造体とそのエネルギー輸送現象(内側がCNT、外側がBNNT)。

一般に物質に光を照射する際、その物質のバンドギャップエネルギー以上のエネルギーの光は物質に吸収され、それより小さいエネルギーの光は物質に吸収されません。物質の機能は主に光が吸収されたときに生じます。BNNTのバンドギャップは約6 eV(波長:205 nm)で、CNTのバンドギャップエネルギーは1 eV以下(波長:1,200 nm以上)です。ここに約3 eV(波長:400 nm)の近紫外光を当てるとCNTだけが光を吸収します(図2)。

図2. 超高速過渡透過率計測(a, プローブ波長900 nm(エネルギー:1.4 eV)、b, プローブ波長230 nm(エネルギー:5.4 eV))と、c, カーボンナノチューブ(CNT)から窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)へのバンド構造上での電子の輸送現象とプローブ波長の関係。プローブ波長900 nmは赤四角、プローブ波長230 nmは紫四角でそれぞれ表している。
図2.
超高速過渡透過率計測(a, プローブ波長900 nm(エネルギー:1.4 eV)、b, プローブ波長230 nm(エネルギー:5.4 eV))と、c, カーボンナノチューブ(CNT)から窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)へのバンド構造上での電子の輸送現象とプローブ波長の関係。プローブ波長900 nmは赤四角、プローブ波長230 nmは紫四角でそれぞれ表している。

しかし、超高速時間分解電子線回折実験では、バンドギャップが広く近紫外光のエネルギーを吸収していないBNNTの方が、光を当てた直後に速く振動するような原子変位を生じることが分かりました(図3)。広帯域の超高速過渡透過率計測により、この現象は光を当てたことで励起されたCNTの電子がBNNTの方へ移動し、その電子のエネルギーがBNNT内で熱へと速やかに変化したことに起因することが分かりました。CNTとBNNTを重ねることでできた、このような特異な電子の抜け道(チャネル)は本実験によって初めて確認されたものです(図4)。

図3. 超高速時間分解電子線回折実験の結果、a, カーボンナノチューブ(CNT)からの回折像とb, CNTと窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)のファンデルワールスヘテロ構造体からの回折像、c, 光照射によって起こった層間距離の時間変化。CNTにBNNTを重ねた方が変化は早くなっており、速い振動が起きていることが分かる。
図3.
超高速時間分解電子線回折実験の結果、a, カーボンナノチューブ(CNT)からの回折像とb, CNTと窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)のファンデルワールスヘテロ構造体からの回折像、c, 光照射によって起こった層間距離の時間変化。CNTにBNNTを重ねた方が変化は早くなっており、速い振動が起きていることが分かる。
図4. エネルギー輸送のメカニズムの模式図(上が電子ダイナミクス、下が原子ダイナミクス)。青いマルが電子を表している。下の図では、電子の移動によってBNNTの振動が引き起こされている。
図4.
エネルギー輸送のメカニズムの模式図(上が電子ダイナミクス、下が原子ダイナミクス)。青いマルが電子を表している。下の図では、電子の移動によってBNNTの振動が引き起こされている。

この結果は、物質を重ねることによってできた電子の移動チャネルによって、CNTのようなバンドギャップの狭い物質にエネルギーの低い光を当てることで、BNNTのようなよりバンドギャップの広い物質を駆動できる可能性を示しています。また、この界面にできた特異な電子の移動チャネルは、時間依存密度汎関数法[用語7]を用いた理論計算によっても、その形成が裏付けられました。

今後の展開

本研究の結果は、筒状のファンデルワールスヘテロ構造体だけでなく、炭素でできた低次元材料と窒化ホウ素でできた低次元材料のファンデルワールスヘテロ構造体の界面で生じる普遍的な現象だと考えられます。窒化ホウ素は、ワイドバンドギャップ半導体と呼ばれる、高温で動作し、高出力が期待できる半導体です。ただし、この半導体に電子などのキャリアを導入するには、非常に高い電圧を加えるか、非常にエネルギーの高い(波長の短い)光を照射することが必要でした。この物質に炭素でできた低次元材料を作用させ、電子を注入できたことは、超高速の光デバイスの開発や超高速の光キャリア[用語8]の操作などの新技術に応用できる可能性を示すものです。また、この仕組みを利用することで熱エネルギーを効率よく輸送あるいは排熱することも可能となり、幅広い応用が期待されます。

研究代表者

  • 筑波大学 数理物質系/エネルギー物質科学研究センター 羽田真毅 准教授
  • 岡山大学 学術研究院 環境生命自然科学学域 鈴木弘朗 研究准教授
  • 広島工業大学 工学部 環境土木工学科 大村訓史 准教授
  • レンヌ大学 理学部 物理学科 ロマン・ベルトーニ 准教授

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業<JPMJFR211V>「高コヒーレンス・極短パルス電子線創出によるナノ構造体の動的構造解析の新展開(代表者:羽田真毅)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)<JP23H01101>「THz波ポンプ電子線回折プローブ実験系の開発と物質の強電場誘起現象の開拓的研究(代表者:羽田真毅)」、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))<JP22KK0225>「超高速回折法と分光法の相補利用で見るファンデルワールスヘテロ構造のエネルギー輸送(代表者:羽田真毅)」、特別推進研究<JP18H05208>「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦(代表者:腰原伸也)」などの支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 低次元材料 : 従来の三次元材料ではなく、厚さが1原子層となる二次元(面)の物質、数個の原子がチューブ状に連なった一次元(線)物質、量子ドットなどの0次元(点)物質などの総称。二次元物質の代表例としては、炭素原子の原子層物質であるグラフェン、一次元物質の代表例としては、[用語5] で述べるカーボンナノチューブがある。

[用語2] バンドギャップ : 電子や正孔が価電子帯(半導体において価電子で満たされたエネルギーバンド)から伝導電子帯(半導体においてエネルギーギャップ直上の空のエネルギーバンド)へ遷移するために必要なエネルギー。代表的な値としては、シリコンで1.1 eVなど。

[用語3] 超高速過渡透過率測定 : 物質に光照射をすることで生じる瞬間的な分子や電子の状態の変化を、その光の透過率の変化から観測する測定手法。ここでは、波長が230 nmから1,650 nmにわたる非常に広帯域(紫外線、可視光線、赤外線)の光の透過率を計測した。

[用語4] 超高速時間分解電子線回折法 : 物質への光照射によって生じる瞬間的な原子・分子の立体構造の変化を直接的に観測することが可能な測定手法。観測された構造の変化を時系列順につなぐことで、「分子動画」を撮影する。

[用語5] カーボンナノチューブ(CNT) : 炭素原子だけから成るチューブ状の一次元物質。層数が1層の単層カーボンナノチューブと、単層カーボンナノチューブが入れ子になった多層カーボンナノチューブがある。本研究では多層カーボンナノチューブを用いた。

[用語6] 窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT) : カーボンナノチューブの炭素原子が窒素原子とホウ素原子に置き換わった形をしている一次元物質。窒素原子とホウ素原子はそれぞれが最近接(結晶格子の隣の格子点)の原子となるように配置している。

[用語7] 時間依存密度汎関数法 : 密度汎関数法は、電子系のエネルギーなどの物性を電子の密度から計算できる。計算化学で用いられる手法の中で、最も汎用性が高い。この密度汎関数法に、時間に依存した概念を導入したものが時間依存密度汎関数法である。

[用語8] 光キャリア : 光を半導体に照射したときに生じる電子や正孔のこと。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Photoinduced dynamics during electronic transfer from narrow to wide bandgap layers in one-dimensional heterostructured materials.(光照射によって生じる一次元ヘテロ構造体のナローギャップ層からワイドギャップ層への電子移動に伴う動的構造計測)
著者 :
齋田友梨(研究当時 筑波大学大学院生)、トマ・ゴーティエ(レンヌ大学大学院生)、鈴木弘朗(岡山大学 研究准教授)、大村訓史(広島工業大学 准教授)、四方諒(研究当時 筑波大学大学院)、岩崎ゆい(筑波大学大学院生)、野山豪大(筑波大学大学院生)、岸淵美咲(研究当時 岡山大学大学院)、田中祐一郎(同)、矢嶋渉(研究当時 筑波大学大学院生)、二コラ・ゴダン(レンヌ大学)、ゲール・プリバール(研究当時 レンヌ大学)、徳永智春(名古屋大学 助教)、小野頌太(研究当時 東北大学 准教授)、腰原伸也(東京工業大学 教授)、鶴田健二(岡山大学 教授)、林靖彦(岡山大学 教授)、ロマン・ベルトーニ(レンヌ大学 准教授)、羽田真毅(筑波大学 准教授)
DOI :

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