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新材料設計指針により世界最高の臨界電流密度を有する鉄系超伝導薄膜を創製 銅酸化物高温超伝導薄膜に匹敵する磁場中臨界電流密度を達成

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要点

  • 新しい材料設計指針により鉄系超伝導材料SmFeAsO1-xHx[用語1]薄膜を創製し、液体ヘリウム沸点温度(−269度)下で鉄系超伝導材料における世界最高の臨界電流密度(電気抵抗ゼロで流せる電流密度)を達成した。
  • 本研究で創製したSmFeAsO1–xHx薄膜は、25テスラ[用語2]の高磁場下において鉄系超伝導材料の中で最も高い臨界電流密度を達成。この特性は、すべての超伝導材料の中で最も臨界電流密度が高い銅酸化物高温超伝導材料YBa2Cu3Oy[用語3]薄膜に匹敵する特性である。
  • 本材料設計指針を用いることでSmFeAsO1–xHxとは異なる超伝導材料(YBa2Cu3Oy, BaFe2(As1–xPx)2, FeSe1–xTex)においても飛躍的な臨界電流密度向上に成功。今後、本材料設計指針が幅広い超伝導材料の臨界電流密度向上に大いに貢献することが期待される。

図1 新材料設計指針により飛躍的に増大した超伝導電流(臨界電流)がSmFeAsO1–xHx薄膜内を流れる様子

図1. 新材料設計指針により飛躍的に増大した超伝導電流(臨界電流)がSmFeAsO1–xHx薄膜内を流れる様子

概要

東京工業大学の細野秀雄栄誉教授(国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター 特命教授)、科学技術創成研究院の平松秀典教授らは、成蹊大学大学院理工学研究科の三浦正志教授と共に、図1に示す新材料設計指針である『キャリア密度[用語4]制御と磁束ピン止め点[用語5]制御の融合』により鉄系超伝導材料SmFeAsO1–xHx薄膜を創製し、液体ヘリウム沸点温度(−269度)で25テスラの高磁場下まで鉄系超伝導材料の中で最も高い臨界電流密度を達成。また、本材料設計指針により種類の異なる超伝導材料においても世界最高レベルの臨界電流密度を達成し、幅広い超伝導材料への本材料設計指針の有効性を確認しました。

本研究成果は、英国科学誌Nature姉妹論文誌「Nature Materials」(オンライン:2024年7月18日午後6時(日本時間))に掲載されました。

背景

超伝導材料は、電気抵抗ゼロで大電流(臨界電流)を流せる唯一の材料です。そのため、大型ハドロン衝突型加速器、核融合発電、核磁気共鳴装置、磁気共鳴断層撮影装置、リニアモーターカー、超伝導送電、超伝導電力貯蔵装置、航空機用超伝導モーターや発電機などさまざまな応用が期待されています。電気抵抗ゼロで流せる電流密度である臨界電流密度を使った応用に実用可能な領域は、図2(a)に示すように臨界温度、不可逆磁場および臨界電流密度[用語6]の三つのパラメータによって定められ、図中の緑色の線で囲われた領域のように図示できます。よって、いかにこの領域を広げることができるかが応用の幅を広げます。特に、多くの超伝導材料において磁場中臨界電流密度の飛躍的な向上が大きな課題となっています。これまでの研究より、超伝導体内に侵入する量子化磁束[用語7]の運動を抑制する磁束ピン止め点(非超伝導相)の導入が臨界電流密度向上に有効であることが知られていました(図2(b))。一方、本研究グループは、臨界電流密度の理論上の限界である対破壊電流密度[用語8]の向上が臨界電流密度の向上に大きく影響することを銅酸化物高温超伝導材料YBa2Cu3Oy薄膜について明らかにしてきました。また、近年の研究により、対破壊電流密度を向上させるためにはチューニングパラメータであるキャリア密度、化学圧力やひずみなどを制御することが鍵であることが分かってきました。

そこで、本研究では、SmFeAsO1–xHx薄膜の水素注入量を調整しキャリア(電子)密度を制御し、その上で磁束ピン止め点を導入する新しい材料設計指針『キャリア密度制御と磁束ピン止め点制御の融合』による飛躍的な磁場中臨界電流密度の向上を目指しました(図2(c))。

図2 (a) 高品質薄膜, (b) 磁束ピン止め点導入および(c) キャリア密度制御と磁束ピン止め点制御の融合が 超伝導材料の実用可能領域(Jc≠0)に及ぼす影響

図2. (a) 高品質薄膜, (b) 磁束ピン止め点導入および(c) キャリア密度制御と磁束ピン止め点制御の融合が超伝導材料の実用可能領域(Jc≠0)に及ぼす影響

研究成果

本研究では、注入する元素として従来のフッ素ではなく水素を選択することにより鉄系超伝導SmFeAsO1–xHx薄膜への3倍以上のキャリア密度(電子)注入に成功し、図3(a)、(b)に示すように対破壊電流密度および臨界電流密度(外部磁場無し)を飛躍的に向上させることに成功しました。さらに、プロトンビームを照射することで高密度な磁束ピン止め点導入に成功した結果、図3(b)に示すように磁束ピン止め点導入SmFeAsO1–xHx薄膜(赤色★)は、鉄系超伝導材料の中で世界最高の臨界電流密度を得ることに成功しました。本材料設計指針である❶キャリア密度制御と❷磁束ピン止め点制御の融合により創製したSmFeAsO1–xHx薄膜は、図4に示すように液体ヘリウム沸点温度(−269度)で25テスラの高磁場下においても、鉄系超伝導材料の中で最も高い磁場中臨界電流密度を達成しました。これは、超伝導材料の中で最も臨界電流密度が高い銅酸化物高温超伝導材料YBa2Cu3Oy薄膜に匹敵する特性です。

図3 SmFeAsO1–xHx薄膜におけるキャリア密度が (a) 対破壊電流密度および (b) 臨界電流密度に及ぼす影響

図3. SmFeAsO1–xHx薄膜におけるキャリア密度が (a) 対破壊電流密度および (b) 臨界電流密度に及ぼす影響

図4 液体ヘリウム沸点温度(−269度)におけるさまざまな超伝導材料の磁場中臨界電流密度

図4. 液体ヘリウム沸点温度(−269度)におけるさまざまな超伝導材料の磁場中臨界電流密度

さらに、SmFeAsO1–xHxと異なる超伝導材料であるFeSe1–xTex薄膜、BaFe2(As1–xPx)2薄膜、YBa2Cu3Oy薄膜においても本材料設計指針が臨界電流密度の向上に有効であるかを検討しました。具体的には、❶チューニングパラメータ制御としてFeSe1–xTex薄膜においてTe(テルル)量を変えることで化学圧力を制御、BaFe2(As1–xPx)2薄膜においてP(リン)量を変えることで化学圧力を制御、YBa2Cu3Oy薄膜においてはO(酸素)量を変えることでキャリア(正孔)密度を制御することで対破壊電流密度を向上させました。その結果、図5に示すようにいずれの材料でも❶チューニングパラメータ制御により対破壊電流密度および磁場中臨界電流密度の向上が確認されました。さらに❶と❷磁束ピン止め点を融合することで、BaFe2(As1–xPx)2薄膜(緑色◆)およびYBa2Cu3Oy薄膜(青色◆)においても飛躍的な臨界電流密度の向上に成功しました。以上のことより、本材料設計指針が今後、幅広い超伝導材料の臨界電流密度向上に貢献することが大いに期待されます。

図5 本材料設計指針による異なる超伝導材料の磁場中臨界電流密度向上

図5. 本材料設計指針による異なる超伝導材料の磁場中臨界電流密度向上

今後の展開

本研究で革新的高臨界電流密度を有するSmFeAsO1–xHx薄膜創製に成功したことにより、液体ヘリウムを冷媒とした大型ハドロン衝突型加速器 [~20 T]、核融合発電 [~20 T]、分子構造解析に用いられる核磁気共鳴(NMR)装置 [~24 T]、研究用磁気共鳴断層撮影(MRI)装置 [~10 T]、医療用MRI装置 [~3 T]やリニアモーターカー [~1.5 T]などへの応用が期待されます。また、液体水素(−253度)を冷媒とする超伝導送電、超伝導電力貯蔵装置 [~9 T]、航空機用超伝導モーター [~3 T]や発電機 [~3 T]などへの応用が期待されます。

研究支援

本研究は、主に科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業 研究課題JPMJFR202G「新材料設計指針により対破壊電流密度に挑む(研究代表者:三浦正志 成蹊大学 大学院理工学研究科 教授/リーディングリサーチャー)」の支援を受けて行われました。また、東京工業大学における研究は、文部科学省 元素戦略プロジェクト/研究拠点形成型 東工大元素戦略拠点 研究課題JPMXP0112101001の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 鉄系超伝導材料SmFeAsO1–xHx : 2008年に東京工業大学の細野秀雄栄誉教授のグループにより発見された鉄を含む一連の超伝導体群(鉄系超伝導体)の一つでLnFeAsO(Lnはランタノイド)を母相とした超伝導体。SmFeAsOの最高臨界温度は、55ケルビン(摂氏-218度)に達し、これは銅酸化物系を除くと常圧下での超伝導材料としては最も高い値である。

[用語2] テスラ : 磁場(磁束密度)の強さを表し、Tで表記される。

[用語3] 銅酸化物高温超伝導材料YBa2Cu3Oy : 1987年にアラバマ大学のマウケン・ウー博士とヒューストン大学のポール・チュウ博士により発見された超伝導材料。超伝導転移温度は、95ケルビン(摂氏-178度)に達する。

[用語4] キャリア密度 : 体積あたりの電荷キャリアの個数である。鉄系超伝導SmFeAs1–xOxのキャリアは、電子(物質中で負の電荷を運ぶ担体として振る舞う)である。一方、銅酸化物高温超伝導YBa2Cu3Oyや鉄系超伝導BaFe2(As1–xPx)2およびFeSe1–xTexにおけるキャリアは、ホール(物質中で正の電荷を運ぶ担体として振る舞う)である。

[用語5] 磁束ピン止め点 : 磁場下の超伝導体内には、量子化された磁束(量子化磁束)が侵入する。この量子化磁束は、超伝導に流れる超伝導電流と磁場によるローレンツ力(電磁場中で運動する荷電粒子が受ける力)を受け、超伝導体内を運動するため、この運動により超伝導電流が流れにくくなる。そこで、超伝導電流向上を目的に、量子化磁束の運動を抑制(ピン止め)するために導入する非超伝導相のことを磁束ピン止め点とよぶ。

[用語6] 臨界温度、不可逆磁場および臨界電流密度 : 臨界温度は、電気抵抗ゼロとなる温度である。臨界電流密度は、電気抵抗ゼロで流すことができる電流密度の限界値である。不可逆磁場は、臨界電流密度がゼロとなる磁場である。

[用語7] 量子化磁束 : 超伝導体を貫く量子化された磁束。その大きさは、φ0=h/2e=2.07×10-17 ウェーバー(hはプランク定数, eは電子の電荷)で表される。量子化磁束のサイズはナノサイズである。

[用語8] 対破壊電流密度 : クーパー対が壊れるまで流すことのできる電流密度の最大値で、臨界電流密度の理論上の限界値と考えることができる。対破壊電流密度(Jd=φ0 /(3√3πμ0ξabλab 2))は、キャリア密度、化学圧力やひずみなどのチューニングパラメータを調整することで制御可能である。ここで、μ0は真空中の透磁率、λabは磁場侵入長、ξabはコヒーレンス長である。

論文情報

掲載誌 :
Nature Materials
論文タイトル :
Quadrupling the depairing current density in the iron-based superconductor SmFeAsO1–xHx
著者 :
Masashi Miura, Serena Eley, Kazumasa Iida, Kota Hanzawa, Jumpei Matsumoto, Hidenori Hiramatsu, Yuki Ogimoto, Takumi Suzuki, Tomoki Kobayashi, Toshinori Ozaki, Hodaka Kurokawa, Naoto Sekiya, Ryuji Yoshida, Takeharu Kato, Tatsunori Okada, Hiroyuki Okazaki, Tetsuya Yamaki, Jens Hänisch, Satoshi Awaji, Atsutaka Maeda, Boris Maiorov and Hideo Hosono
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター 特命教授(東京工業大学 栄誉教授)

細野秀雄

Email hosono@msl.titech.ac.jp
Tel 045-924-5009

東京工業大学 科学技術創成研究院 教授

平松秀典

Email hiramatsu.h.aa@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5855

成蹊大学大学院 理工学研究科 教授/リーディングリサーチャー(称号)

三浦正志

Email masashi-m@st.seikei.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661

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