リベラルアーツが動き出す シリーズ講演会 第3回 開催報告
「東工大発、世界を見据えたリベラルアーツとはなにか。」多彩なゲストを迎え、さまざまな視点から考えていく全7回の講演会シリーズです。東工大は現在教育改革を進めており、2016年4月から新しい教育がはじまります。この改革の取り組みのなかで、東工大の教養、語学、健康教育などを司る「リベラルアーツ研究教育院」が同じく2016年4月に発足します。この講演会シリーズは同研究教育院の発足に向け、準備を進めている同研究教育院ワーキンググループが、スーパーグローバル創成支援事業の支援を受け、実施しています。
このシリーズ講演会は主に東工大の大学院生、教職員を対象としていますが、今回の講演会から一般にも公開しています。
第3回 |
日時 |
3月4日(水)14:00~17:00 |
場所 |
西8号館10階情報理工学研究科大会議室 |
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タイトル |
「大学の反省―新しい教養教育を目指して」 |
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講師 |
猪木武徳(青山学院大学特任教授、大阪大学名誉教授) |
猪木武徳氏の講演では、(1)大学と大学論の歴史、(2)日本の大学について論じる際の注意点、(3)知の性格、(4)フマニタス[用語1]を指す概念としての「人文学」、(5)今後の大学で残っていくもの、という五つの観点から、今日の大学教育の問題点が指摘されるとともに、大学での教養教育の重要性が述べられました。講演の焦点は、特に研究大学における教養教育の意義をめぐるものでした。
指摘された問題点のひとつは、今日の日本の大学における行き過ぎた成果主義や実利主義の追求です。
学部教育において、早い段階でカリキュラムが専門分化するため、学生には、一般教養科目(外国語や数学といった基礎科目を含む)を勉強する時間が十分に与えられていません。また大学院に進学すると、学生は就職を目指していち早く業績をあげねばならず、学業は専門領域だけに限られてきます。この成果主義は、大学教員の世界でも同様で、イギリスでは大学教員の採用にポイント制が導入されており、専門分化の進みすぎた環境で領域横断的な発想が出にくくなることが懸念されています。
この問題の裏を返せば、教養を培うことは、長期的には好奇心や知識欲、高度な文章読解力、持続する豊かな発想力を育むことになるのです。この点が猪木氏自身の経験や様々な大学の事例、さらには古代ローマの文人キケローなどからの引用も交えて説き明かされました。
発想力とともに強調されたのは、「社会あるいは人へのまなざし」と「自分へのまなざし」です。あらゆる学問はなんらかの形で人間に関わっており、学生が人間の複雑さに気づくことは、学問への取り組みを豊かにします。人間の複雑さや多様な営みに気づくためには、古典や文学に触れることほど効果的なものはありません。こうした気づきの場を用意するのが教養教育であり、気づきの積み重ねは学生の想像力や歴史意識を涵養し、「人へのまなざし」を育みます。こうした提言が、福沢諭吉の「智徳の弁」の議論に基づいて説明されました。
講演後には活発な質疑応答が交わされ、講演会は盛況のうちに幕を閉じました。
用語説明
[用語1] フマニタス(humanitas) : ラテン語では人類や人間性のこと。古代ローマ時代には品行方正であること、またそれを身につけるのに必要な教養を意味した。ルネサンス期にはイタリアで古代ギリシアや古代ローマの古典文献精読を通して人間性について研究する「人間学(studia humanitatis)」が始まり、近代以降の学問領域としての人文学の礎が築かれた。