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電気分極の回転による圧電特性の向上を確認―圧電メカニズムを実験で解明、非鉛材料の開発に道―

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概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の北條元助教、東正樹教授、清水啓佑大学院生、東京大学大学院 工学系研究科の幾原雄一教授の研究グループは、圧電体[用語1]の結晶中で、電気分極[用語2]の方向が回転することにより圧電特性が向上することを、実験的に確認することに成功した。分極の回転は、実用材料であるジルコン酸チタン酸鉛(PZT)の巨大圧電特性の起源といわれながら、これまで実際に圧電特性向上に寄与することが実験的に確認されたことがなかった。

本研究グループは、PZTを模して新しく開発したコバルト酸鉄酸ビスマス圧電体を、圧電特性の評価が可能な薄膜形態で安定化させ、その結晶構造と圧電特性を詳しく調べた。その結果、分極回転の起こりうる結晶構造で圧電特性が向上することを見いだした。また、圧電特性は、結晶歪みの大きな構造、すなわち分極が回転する余地のある構造ほど向上した。今回の結果は環境に有害な鉛を使わない新圧電材料の開発につながると期待される。この成果は独国科学誌「Advanced Materials」のオンライン版で8月24日に公開される。

研究の背景

力を加えると電荷が発生し、電圧をかけると変形する圧電体は、電気と運動(変形)を変換する物質であり、センサーやアクチュエーター(駆動装置)[用語3]として、超音波診断機やインクジェットプリンター、カメラなどさまざまな電子機器に使われている。現在の主流はPZTと呼ばれる、チタン酸鉛とジルコン酸鉛が混ざりあった固溶体材料だが、毒性元素である鉛を重量で68%も含むため、国際社会からは非鉛の代替物質の開発が望まれている。

PZTの優れた圧電特性は、菱面体晶ペロブスカイト[用語4]のジルコン酸鉛と正方晶ペロブスカイト[用語5]のチタン酸鉛との相境界に、単斜晶相[用語6]と呼ばれる対称性の低い結晶相が存在し、そこでは電気分極の方向が結晶構造内で変化(回転)できることによると考えられている(図1)。すなわち分極の回転によって大きな歪みが生じる。しかし、こうした分極回転が実際に圧電特性向上に寄与することが、実験によって確認されたことはなかった。

正方晶(左)、菱面体晶(中央)と、MA型の単斜晶圧電体の結晶構造(右)。

図1. 正方晶(左)、菱面体晶(中央)と、MA型の単斜晶圧電体の結晶構造(右)。

正方晶相と菱面体晶相では矢印で示した電気分極の方向が固定されているのに対し、単斜晶相では分極の方向がピンクの面内で回転できる。

研究成果

東教授ら研究グループは、結晶構造の類似性から、菱面体晶ペロブスカイトの鉄酸ビスマスと正方晶ペロブスカイトのコバルト酸ビスマスとが混ざり合った固溶体、BiFe1-xCoxO3に着目した。その詳細な結晶構造の解析を行うことにより、PZTで見つかっているのと同様のMA[用語7]の単斜晶相が同固溶体に存在すること、またその結晶構造において電気分極の回転が実際に起こりうることを示してきた。

今回、北條助教、東教授ら研究グループは、BiFe1-xCoxO3を圧電特性の評価が可能な薄膜形態で安定化させることに成功した。薄膜X線回折[用語8]走査透過電子顕微鏡[用語9]を用いた詳細な結晶構造解析を実施し、コバルト量の増加に伴いその結晶構造がPZTとは分極の方向が異なるMC[用語10]の単斜晶相からMA型の単斜晶相へ、さらに正方晶相へと変化することを見いだした。

詳細な圧電特性評価の結果、MA型の単斜晶相において圧電特性が向上することが明らかとなった(図2)。また、結晶歪みの大きな構造、すなわち分極が回転する余地のある構造ほど圧電特性が向上した。このことは、電気分極の方向が回転することによって圧電特性が向上することを意味している。

M<sub>C</sub>型単斜晶、M<sub>A</sub>型単斜晶、正方晶構造の模式図と、圧電特性のCo置換量依存性

図2. MC型単斜晶、MA型単斜晶、正方晶構造の模式図と、圧電特性のCo置換量依存性

今後の展開

今回の成果はPZTの優れた圧電特性の起源であるとされていた、単斜晶相における電気分極の回転が実際に圧電特性向上に寄与することを実験的に証明したものである。これにより、ペロブスカイト圧電体の圧電特性向上のためガイドラインが示され、新しい非鉛圧電体の開発に拍車がかかるものと期待されている。

付記

本研究の一部は、神奈川科学技術アカデミー・戦略的研究シーズ育成事業「革新的巨大負熱膨張物質の創成」(代表・東正樹東京工業大学教授)、文部科学省・科学研究費補助金・新学術領域研究「ナノ構造情報のフロンティア開拓?材料科学の新展開」(代表・田中功京都大学教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・若手研究B「電界誘起の構造相転移を用いた巨大な圧電応答の実現」(代表・北條元東京工業大学助教)、基盤研究A「ビスマス・鉛ペロブスカイトのs-d軌道間電荷分布変化解明と巨大負熱膨張への展開」(代表・東正樹東京工業大学教授)、挑戦的萌芽研究「分極回転機構による巨大圧電材料の実現」(代表・東正樹東京工業大学教授)、旭硝子財団研究助成「ナノ構造の解析と制御によるBi系ペロブスカイト圧電体の開発」(代表・北條元東京工業大学助教)の援助を受けて行った。

用語説明

[用語1] 圧電体 : 応力をかけると表面に電荷が現れ、電界を印加すると、変形する物質。電気分極を持っているためにこうした性質が表れる。

[用語2] 電気分極 : 物質中で陽イオンと負イオンの重心がずれていることから生じる、電荷の偏り。

[用語3] アクチュエーター : 伸縮・屈伸・旋回といった、単純な運動をする駆動装置。

[用語4] 菱面体晶ペロブスカイト : ペロブスカイトは一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。結晶構造中の原子の繰り返し周期である単位格子が、立方体ではなく、頂点方向に伸びたものを菱面体晶と呼ぶ。

[用語5] 正方晶ペロブスカイト : 単位格子が、立方体ではなく、一方向に伸びた直方体であるペロブスカイト。

[用語6] 単斜晶相 : 単位格子の持つ3つの角の内、1つが90°からずれた結晶相。

[用語7] MA : 電気分極を持った単斜晶相の分類。単斜晶歪み、すなわち電気分極の傾斜方向が、ペロブスカイトセル底面の対角方向である構造。

[用語8] 薄膜X線回折 : 薄膜の構造を調べる方法。X線を薄膜試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

[用語9] 走査透過電子顕微鏡 : 電子顕微鏡の一種。0.1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で試料中の原子を直接観察する。

[用語10] MC : 単斜晶歪み、すなわち電気分極の傾斜方向が、ペロブスカイトセル底面の一辺方向である構造。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Materials
論文タイトル :
Enhanced piezoelectric response due to polarization rotation in cobalt-substituted BiFeO3 epitaxial thin films
著者 :
Keisuke Shimizu, Hajime Hojo, Yuichi Ikuhara, and Masaki Azuma
DOI :

問い合わせ先

本研究全般に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
教授 東正樹

Email : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 080-4402-5315、045-924-5315 / Fax : 045-924-5318

東京大学問い合わせ先

東京大学 大学院工学系研究科
教授 幾原雄一

Email : ikuhara@sigma.ac.jp
Tel : 03-5841-7688 / Fax : 03-5841-7694

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京大学 大学院工学系研究科 広報室

Email : kouhou@pr.t.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-1790 / Fax : 03-5841-0529


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