10月26日、リベラルアーツ研究教育院の山崎太郎教授による連続講演会の第3回「ライトモチーフ-ワーグナーの音楽技法」が、大岡山キャンパス西5号館で開催されました。 全5回のうち、3回目となる今回は、これまでの講座内容をコンパクトに解説するところからスタートしました。山崎教授は映像と音楽を交えながら、『ニーベルングの指環』※のあらすじと、「ライトモチーフ」と呼ばれる音楽技法、登場人物ジークリンデに起きた心理現象「フラッシュバック」などを、詳しく複合的に語りました。
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- ニーベルングの指環:リヒャルト・ワーグナーが、1848年(35歳)から1874年(61歳)まで26年かけて作曲した4部作の音楽劇。上演に約15時間を要する長大な作品で、序夜『ラインの黄金』、第1日『ヴァルキューレ』、第2日『ジークフリート』、第3日『神々の黄昏(たそがれ)』から成立しています。
物語は、ジークリンデとジークムントの愛、歓喜と絶望、狂乱、ブリュンヒルデの自我の目覚め、ジークムントの死、ジークリンデの受胎告知、ジークフリート命名へと展開していきます。全作を通じて、ワーグナーの「人は神よりも尊く、人間は神の完成態である」という考えが貫かれていると山崎教授は語ります。
その作品に用いられている「ライトモチーフ」とは、舞台上にはない事物・人物・観念などを聞き手の意識に呼び起こす、特定のメロディー・リズム・和音とされています。作品の中に繰り返し現れ、聴き手の無意識の次元に働きかけて、深々としたイメージを作り上げます。山崎教授は、ライトモチーフの技法があってこそ、ワーグナーの音楽が成立するとし、また、その中でのオーケストラの存在について、「オーケストラは実際の舞台が立脚する硬く凍り付いた動かざる地面をいわば、流れるように柔らかく、感受性に富む、霊気に満ちた水面へと溶解する」(『未来の芸術作品』1849年 ワーグナー著)という文章を引用し、ワーグナーの最上の文章の一部であると紹介しました。また、ジークリンデの激しい言動、狂乱については、その時点までに起きたことに対して彼女が抱いてきた絶望に、幼児期の体験のフラッシュバックが一気に加わったことを説明しました。彼女自身が自分自身を守るために、思い返すことも言葉にすることさえもなく来た恐怖の体験が、心身の極限状態の中で一気に表出し、彼女を突き動かしたのです。
今回の講座は、ワーグナーファンでなくとも、音楽や心理学の理論としても堪能できる内容でした。来場者は、ワーグナー自身の深層心理から物語が創出されて音楽作品となり、その音楽が聴き手の深層心理に働きかけること、それによって、聴き手がそれぞれのワーグナーの物語の世界を作り上げていくことを認識しました。また、聴き手は、作品をストーリーとして表面的に楽しむだけではなく、心の奥底から揺り動かされ感動し、そのみずみずしい心の動きに身を委ねることができる、これこそがワーグナーの音楽の魅力であると改めて感じ入りました。 最後の質疑応答の際、ライトモチーフについて山崎教授からの回答を聞いた男性は、「40年以上、ずっと疑問に思っていたことが、今日はっきり理解できました。本当にありがとうございます。」と語りました。
次回講座のテーマは、「『ジークフリート』-森と世界のトポロジー」です。いよいよジークフリートの登場へとストーリーが展開していきます。
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