要点
- 安価な試薬を用いて10 ℃の条件下において、4.8秒でアミド結合を形成
- 副生物は二酸化炭素とアミンの塩酸塩のみのクリーンなプロセス
- 副反応を起こしやすいアミノ酸を一残基ずつ連結してペプチド鎖を伸長することに成功
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院の布施新一郎准教授、御舩悠人大学院生、中村浩之教授、物質理工学院の田中浩士准教授は、非常に副反応(ラセミ化[用語1])を起こしやすいアミノ酸を多数含む抗HIV・抗菌ペプチド「フェグリマイシン」を迅速・安価・クリーンに合成できる手法を開発した。置換フェニルグリシンは、臨床で利用されている重要な抗菌剤を構成するアミノ酸だが、全てのアミノ酸の中でも最も副反応を起こしやすいため、その連結は困難であった。今回の目的化合物であるフェグリマイシンは極めて副反応を起こしやすい置換フェニルグリシンを5つも含み、副反応の進行し易さから、一残基ずつペプチド鎖を伸長する一般的な合成手法は適用不可能とされてきた。本研究では、マイクロフロー合成法[用語2]を駆使して、この不可能とされてきたペプチド鎖伸長を実現することに成功。開発した手法により副反応を起こしやすい有用ペプチドの大量・低コスト供給が可能になると考えられる。この成果は、11月28日付け(日本時間)の英国学術誌「Nature Communications」に掲載された。
研究成果
今回、安価・高活性・低毒性の試薬・トリホスゲンを用いて、穏和な温度条件下(10 ℃)で、わずか0.5秒でカルボン酸を迅速に活性化し、副反応を抑制しつつアミンと反応させて高収率で目的のペプチドを得る手法を確立した。本手法を駆使することで、最もラセミ化しやすいアミノ酸を5つも含む抗HIV・抗菌ペプチドのフェグリマイシンの合成に成功した。この化合物は非常にラセミ化しやすいアミノ酸を多数含むことから、最も一般的な、1残基ずつペプチド鎖を伸長する方法(直線的合成法)では合成が不可能とされてきた。しかしながら今回、マイクロフロー法を駆使することで、世界初となる直線的合成法による全合成に成功した。
背景
バンコマイシンやラモプラニンなど臨床で利用されている重要なペプチド系薬剤の中には置換フェニルグリシンを構成要素とするものが多数存在する。近年、ペプチド系薬剤は脚光を浴びており、承認医薬品数も大きな伸びを示しているため、その高効率な合成法の開発が強く求められている。しかしながら、置換フェニルグリシンが非常にラセミ化を起こしやすいことから、迅速かつ低コストな大量合成法の確立が求められていた。
研究の経緯
布施准教授らの研究グループは、これまでのペプチド合成の常識を覆す、マイクロフローリアクター中での「短時間の迅速な活性化」という新しい概念に基づくペプチド合成法を開発してきた(S. Fuse, Y. Mifune, T. Takahashi, Angew. Chem. Int. Ed. 53, 851, (2014))。この経験から開発した手法を、非常にラセミ化しやすいアミノ酸を含むペプチドの合成に生かすことを着想した。反応条件検討の結果、使用する溶媒、反応温度、保護基等を工夫することにより、活性化0.5秒とアミド化[用語3]4.3秒の計4.8秒で、ラセミ化しやすいアミノ酸を連結することに成功した。副生成物は除去が簡単なため、簡便な分液精製と再結晶操作でペプチドを精製できる点が大きな利点となる。
今後の展開
マイクロフロー合成法は、連続・並列運転により容易にスケールアップ可能であることから工業法への展開も十分に期待できる。今後、産業利用を目指して反応の自動化に向けた研究を推進する。
将来的には、副反応を起こしやすいアミノ酸を自在に連結し、医薬品として重要なペプチドを大量・低コストに供給できると期待される。
用語説明
[用語1] ラセミ化 : 多くの天然アミノ酸は4つの異なる置換基をもつ不斉炭素を有するため、右手と左手の関係に似た対掌体が存在する。置換基の配置が変わって、一方の対掌体がもう片方の対掌体に変換される反応をラセミ化と呼ぶ。
[用語2] マイクロフロー合成法 : 微小な流路を反応場とするマイクロフローリアクターを駆使する合成法。旧来のフラスコ等を用いるバッチ合成法と比較して、反応時間(1秒未満も可)、反応温度の厳密な制御が可能である。
[用語3] アミド化 : ペプチドはアミノ酸がアミド結合により連結された構造をもつ。このアミド結合を形成する反応のことをアミド化と呼ぶ。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
Total Synthesis of Feglymycin based on a Linear/Convergent Hybrid Approach using Micro-flow Amide Bond Formation |
著者 : |
Shinichiro Fuse1, Yuto Mifune1, Hiroyuki Nakamura1, and Hiroshi Tanaka2 |
所属 : |
1Laboratory for Chemistry and Life Science, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology, 4259 Nagatsuta-cho, Midori-ku, Yokohama 226-8503, Japan 2Department of Chemical Science and Engineering, School of Material and Chemical Technology, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1 Ookayama, Meguro, Tokyo 152-8552, Japan |
DOI : |
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