リベラルアーツ研究教育院の山崎太郎教授による連続講演会「ワーグナー『ニーベルングの指環』のコスモロジー」の最終回となる第5回「『神々の黄昏』―末世の諸相~救済のパラドクス」が、11月16日、大岡山キャンパス西5号館で開催されました。
当日午前中に降った雪にもかかわらず、4回、5回連続参加という聴講者も多く、その熱意が改めて感じられました。聴講者は、会場に映し出される映像や資料、音楽とともに、回を重ねるごとに盛り上がっていくワーグナーの世界に入っていきました。
今回の題材である「神々の黄昏」は、近未来劇であり現代性のある作品だという山崎教授の紹介から講座は始まりました。
「神々の黄昏」の中で、ジークフリートは、ギービヒの治める王国とブリュンヒルデの岩山の間を行き来しますが、その次元の異なる世界の往来の中で、何が正しいのかわからなくなるような感覚の乱れを感じます。山崎教授はこれについて、科学や資本主義などの文明の発展によって人間性が疎外され、自然が破壊され、絶対的な規範が喪失していく中で、自分たちの「内なる自然」が悲鳴を上げ、精神が変調していく現代の状況を表現していると説明しました。この作品の中の「ねじれ」や「ゆがみ」は、音楽とともに、登場人物だけでなく聴衆の意識をも無意識のうちに攪乱していきます。
また、山崎教授は本作品のメインストーリーは、憎悪の化身ともいえるハーゲンが、愛し合うジークフリートとブリュンヒルデのふたりの運命を変えていく陰謀劇である解説しました。 ハーゲンによって仕組まれたジークフリートの裏切りを知ったブリュンヒルデ。彼女の強い愛は凄まじい怒りに変容します。その様を表現する衝撃的な音楽は、観ている私たちに悪寒と不安をもたらします。
さらに、山崎教授は、父親からの憎悪の念を植え付けられて育ったハーゲンの自己愛の欠如が、世の中への憎悪となっていく様子とその精神の闇を、ドストエフスキーの「カラマゾフの兄弟」と比較しながらひもといていきました。ライトモチーフ※の重なりで作り上げられた黒々とした陰惨な音楽で、ハーゲンの憎悪が世界を汚染していく様子が見事に表現されている場面です。
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- オペラ・標題音楽などで、特定の人物・理念・状況などを表現するために繰り返し現れる楽節・動機。ワーグナーの楽劇によって確立された。「主導動機」「示導動機」とも呼ばれる。
そして、ジークフリートがハーゲンの陰謀の果てに殺され、未来へ託した希望がついえたかのように思えるこの場面で、ワーグナーは「希望」に大きな意味を与えます。ここで演奏される「葬送行進曲」の輝かしい音楽は、よき未来への絶えざる問いかけの中にこそ救いがあることの表現であり、悲惨な現実の中にワーグナーが投げかけた異議申し立てであると、山崎教授は語ります。
その後、物語はブリュンヒルデの自己犠牲、神々の城の炎上、ライン河の氾濫と展開していき、世界が無に帰してしまうかに見えます。しかし、最後に山崎教授が紹介した舞台映像では、舞台には生まれたばかりの子供を抱いたブリュンヒルデが登場します。新たに芽生える命への希望を残して、本講座は拍手とともに締めくくられました。
山崎教授の精緻に構築された講座は、教授の選び抜かれた言葉となめらかな声で奏でる「音楽」そのもののようでした。この5回の連続講座を通して、来聴者は、多層性や多義性を持つワーグナーの壮大な世界に奥深く入り込み、ワーグナーの作品やオペラが、全く異なる演出や解釈で幾重にも楽しめることを実感しました。
聴講者は、「東工大は理工系の大学と思っていたので、このような講座が開催されているというのは意外でしたが、とにかく面白かったです」「1月に出版予定の“『ニーベルングの指環』教養講座”を必ず読みます」「これからもこのような企画を、ぜひ続けてください」と語り、本講座の満足度の高さがうかがえました。
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