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超短パルス光を用いてダイヤモンドの光学フォノン量子状態を制御 量子メモリー開発につながる成果

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要点

  • 超短パルス光を用いてダイヤモンドの光学フォノン量子状態を制御
  • コヒーレント光学フォノンに対するコヒーレント制御理論モデルを構築し、実験結果を再現
  • 光学フォノン状態を使ったテラヘルツで動作する量子メモリーへ応用の可能性

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の中村一隆准教授らは、慶應義塾大学 大学院理工学研究科の鹿野豊特任准教授、自然科学研究機構 分子科学研究所の岡野泰彬技術職員と共同で、超短パルス光により生成した40テラヘルツ(THz、40兆 Hz)の周期で原子が集団振動するダイヤモンドのコヒーレント光学フォノン[用語1]の量子状態制御に成功し、その理論モデルを構築した。

10フェムト秒(fs)[用語2]以下の時間幅を持つ近赤外光パルスにより生じた25 fs周期で振動するダイヤモンドコヒーレントフォノンにより変化する透過率を実時間計測した。さらに高精度に時間制御したパルス対を励起に用い、ダイヤモンドコヒーレント光学フォノンの量子状態を制御することに成功した。また振動準位および電子準位で構成される系において光応答過程を計算し、ダイヤモンドのコヒーレント光学フォノンに対するコヒーレント制御[用語3]の理論モデルを構築し、実験結果を再現した。

近年、ダイヤモンドの光学フォノンは振動数が高く熱的な影響を受けにくいことから、室温で動作する量子メモリー[用語4]への応用に向けた研究が行われている。今回の研究により動作原理が明らかになり、高精度の量子状態制御が可能になることが期待される。

研究成果は6月25日(英国時間)に国際科学雑誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)」オンライン版に掲載された。

研究成果

中村准教授らは、10 fs以下のパルス幅をもつ近赤外光を用いた時間分解透過光強度測定[用語5]を行った。ポンプ(励起)パルスを照射することでコヒーレント光学フォノンを励起し、それによって引き起こされる物質内の分極を、時間を遅らせて照射するプローブ(計測)パルスの透過率変化として検出した。振動周期25 fsの透過率の振動は、40 THzのコヒーレント光学フォノンによるものである。

次に、励起パルスをこれまでに中村准教授のグループで製作した高精度干渉計を用いて、時間差が制御されたパルス対をダイヤモンドに照射した。パルス対の時間間隔を変化させることで、発生するコヒーレント光学フォノンの量子状態を制御することができた。

図1は中村准教授らの行った典型的な実験結果を示している。第2パルス励起後の透過率強度が、第1パルス励起後に比べて237.9 fsでは振幅が小さくなり、251.4 fsで振幅が増大していることがわかる。透過率振動の振幅を励起パルス対の時間間隔に対して表示したものが図2(a)で、光学フォノン周期の整数倍のときに強く、半整数倍のときに弱くなっていることが分かった。また、振幅だけでなく位相も変化していることも分かった(図2(b))。

この現象を説明するために、振動準位を2準位、電子準位を2準位の合計4準位レベル[用語6]のモデルを考え、光と物質の相互作用に関してフォノンの生成・制御・計測過程まで含めた計算を行った。ガウス関数型パルス波形[用語7]を仮定した計算で、実験結果を良く再現することができた(図2)。理論計算から、今回の実験結果は、コヒーレント光学フォノンが第1パルスで励起される量子状態と第2パルスが励起されるコヒーレント光学フォノンの量子状態の干渉によるものであり、ダイヤモンドのコヒーレント光学フォノンに対するコヒーレント制御が実現されたことが示された。

時間分解透過光強度の測定結果。超短パルス光対を用いてコヒーレント光学フォノンを励起することにより、透過光強度の振幅が第2パルス励起後に変化していることが分かる。
図1
時間分解透過光強度の測定結果。超短パルス光対を用いてコヒーレント光学フォノンを励起することにより、透過光強度の振幅が第2パルス励起後に変化していることが分かる。
第2ポンプパルス励起後の透過光強度の振幅とその初期位相のポンプ対時間間隔(横軸)依存性。中村准教授らが構築した理論モデルから計算される結果と一致していることが分かる。
図2
第2ポンプパルス励起後の透過光強度の振幅とその初期位相のポンプ対時間間隔(横軸)依存性。中村准教授らが構築した理論モデルから計算される結果と一致していることが分かる。

背景

コヒーレント制御技術はレーザーを用いて様々な量子状態を制御する技術の総称で、分子の振動回転状態の制御、化学反応の制御、固体中の原子運動の制御などに応用されている。これまでに、中村准教授らは超短パルス光を使ったコヒーレント光学フォノンのコヒーレント制御により二次元方向の原子運動を制御する技術も開発してきた。しかし、コヒーレント制御の対象となっているコヒーレント光学フォノンの多くは振動数20 THz以下に限られていたので、10 fs以下のパルス幅をもつ超短パルス光を用いる必要がなかった。

また、コヒーレント光学フォノン生成や制御についての理論的説明のほとんどは現象論的なものであり、光と物質の相互作用に基づく微視的なメカニズムの詳細は明らかになっていなかった。中村准教授らは、現象論的に知られていた生成過程を統一的に扱うモデルを提唱してきた。今回の研究において、計測過程まで含めて取り扱うことが出来た。

更に、今回の研究対象としたダイヤモンドの光学フォノンは、40 THzの高い周波数を保つために室温でも熱的な擾乱を受けにくいため、フォノン量子状態は室温で動作する量子メモリーへの応用が期待され、研究が行われてきた。

今後の展開

今回、40 THzの速い振動数を持つダイヤモンドのコヒーレント光学フォノンをコヒーレント制御することができ、そのメカニズムを量子論的に説明することができた。今後、照射する光電場波形を計測・制御することにより、光学フォノン生成・制御・計測過程を実験的に明らかにすることができると期待される。これらの知見を基にして、ダイヤモンド光学フォノンを利用した室温で動作する量子メモリー開発への応用にもつながると期待される。

用語説明

[用語1] コヒーレント光学フォノン : 光学フォノンは光による直接生成することの出来る結晶を構成する原子の集団振動である格子振動を量子化したもの。コヒーレント光学フォノンは、光学フォノンの振動周期よりも短いパルス幅の光パルスで励起することにより、振動のタイミングが揃った光学フォノンの集団が形成され、物質の反射率・透過率などのマクロな物理量を変化させるもの。

[用語2] フェムト秒 : フェムト秒は1,000兆分の1秒のことで、アト秒はフェムト秒のさらに1,000分の1の時間である。

[用語3] コヒーレント制御 : コヒーレント制御はレーザーを使って物質の量子状態を制御する技術の総称。はじめは化学反応の制御に用いられた。最近では、固体中の電子、スピンやフォノンの量子状態制御に用いられている。

[用語4] 量子メモリー : 量子コンピューターなどの量子情報技術で使われる「0」と「1」の重ね合わせを許した状態(量子ビット)を記憶する装置。

[用語5] 時間分解透過光強度測定 : 励起パルスを照射することで時々刻々と変化する透過率を、励起パルスから遅れて照射される観測パルスの透過光の強度変化として測定する方法のこと。

[用語6] 4準位レベル : 量子力学によれば、エネルギーはとびとびの値を取りうる。その離散化されたエネルギーの状態をエネルギー凖位レベルと呼び、ここでは4つのエネルギー準位レベルを用いている。

[用語7] ガウス関数型パルス波形 : ガウス関数は釣鐘型をした関数であり、パルス強度の時間変化の釣鐘型として計算に用いた。

また本成果は、以下の研究支援により得られた。

科学研究費補助金挑戦的研究(萌芽)

研究期間:
平成29年度~30年度
研究課題:
「ダイヤモンド光学フォノンを用いたTHz量子メモリー」
研究代表者:
中村一隆(東京工業大学 科学技術創成研究院 准教授)

科学研究費補助金基盤研究(B)

研究期間:
平成29年度~31年度
研究課題:
「干渉型過渡反射率測定による電子・フォノン結合量子系のコヒーレント制御」
研究代表者:
中村一隆(東京工業大学 科学技術創成研究院 准教授)

科学研究費補助金基盤研究(C)

研究期間:
平成28年度~30年度
研究課題:
「複素誘電率の直接測定によるコヒーレントフォノン生成機構の解明」
研究代表者:
岡野泰彬(自然科学研究機構 分子科学研究所 技術職員)
研究分担者:
鹿野豊(慶應義塾大学大学院 理工学研究科 特任准教授)

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Coherent control theory and experiment of optical phonons in diamond
著者 :
佐々木寛弥、田中利歩、岡野泰彬、南不二雄、萱沼洋輔、鹿野豊、中村一隆
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所 准教授
中村一隆

E-mail : nakamura.k.ai@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5387

慶應義塾大学 大学院理工学研究科

特任准教授 鹿野豊

E-mail : yutaka.shikano@keio.jp

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

慶應義塾 広報室

Email : m-pr@adst.keio.ac.jp
Tel : 03-5427-1541 / Fax : 03-5441-7640


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