要点
- 副産物をつくることなく芳香族アミンだけを合成する触媒を開発
- エネルギー消費を3分の1に低減し繰り返し使用できる
- この触媒性能は特異的な構造によって発現する
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院の原亨和教授、チャンドラ・デブラジ特任准教授らの研究グループは、「面心立方ルテニウムナノ粒子触媒(FCC–Ru)[用語1]」により、工業的に有用な芳香族アミン[用語2]を副産物なく製造する方法を開発した。この新触媒を使うと、芳香族アミンの製造で生じるエネルギーを3分の1まで低減できる。
研究グループではFCC–Ruについて、電子を与える力を弱めること、反応に寄与するルテニウム原子が多いことに着目した。この新触媒は、副反応を完全に防ぐだけでなく、反応効率を3倍以上に高められる。このアプローチは、芳香族アミンの製造だけでなく、再生可能なバイオマスの利用に一石を投じると期待される。
医農薬、ゴム、ポリマー、接着剤、染料などの様々な化成品に使われる芳香族アミンは重要な化学品だ。しかし、これらアミンを芳香族アルデヒド[用語3]原料から製造する還元的アミノ化[用語4]では、従来の触媒では、電子を与える力が強く、芳香環の分解や副産物の生成を完全に防ぐことはできなかった。このため、製品の製造に多大なエネルギーが必要となり、コストも押し上げていた。
本研究成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ALCAにおいて得られたもので、「英国王立化学会誌(Chemical Science)オンライン速報版」に6月18日に公開された。
研究背景
医農薬、ゴム、ポリマー、接着剤、染料などの様々な化成品に使われる芳香族アミンは工業的に有用だが、既存の触媒を使った製造法では副産物を多く出してしまい、コスト高を生じさせていた。
研究成果
研究グループは、「面心立方ルテニウムナノ粒子触媒(FCC–Ru)」(図1)という新たな新触媒を開発した。これは従来の触媒とは大きく異なった構造を持ち、芳香族アルデヒドの還元的アミノ化によって副産物を作ることなく、有用な芳香族アミンだけを合成できる。
複素環式の芳香族化合物であるフルフラール(用語3参照)からフルフリルアミン(用語2参照)を合成する場合、従来の触媒では、原料の10%以上が使い道の無い副産物になっていた(図2)。このような不純物を取り除き、フルフリルアミンだけを得るには多大なエネルギーが必要だった。
一方、FCC–Ruでは、フルフリルアミンの収量が99%に達した。また、様々な芳香族アルデヒドを原料とした有用芳香族アミンの合成でも同様の結果が得られた。これは開発した触媒を使うことで、医農薬品として大量生産される芳香族アミンの生産を限界まで高効率化できることを意味している。また、この触媒は、製品と副産物の分離が容易な固体材料で、繰り返しかつ連続的に使用しても触媒の性能が低下しないことを確認した。
研究グループは昨年、世界最高性能の還元的アミノ化触媒を発表している。しかし今回、昨年発表した触媒の反応効率を3倍も上回る触媒を新たに開発したことになる。またこれは、開発した新触媒のエネルギー消費が、昨年発表した触媒の3分の1未満という画期的な研究成果であることを示している。
このような開発触媒の高い性能は以下に記す新しい考え方とそれを実現する新しい設計に基づいている。
新しい考え方:これまでの還元的なアミノ化促進触媒の開発指針は還元能力を強くすること、つまり、水素を供与する能力を高めることが主眼にあった。この指針は有効だが、芳香族アルデヒドでは芳香環が還元されやすいため、触媒の水素供与能力を高めた場合、芳香環に結合したアルデヒドを還元するだけでなく、芳香環までも還元して壊してしまうという問題があった。そこで今回、触媒の水素供与能力を適切に制御することにした。
新しい設計:六方最密充填構造のルテニウムナノ粒子は、還元力が高い触媒であり、還元的アミノ化促進触媒として以外では利用できない。しかし、研究グループでは、ルテニウムが本来はとらない面心立方構造のナノ粒子をつくることができれば、水素供与能力を低減すると同時に多くのルテニウム原子が反応に寄与するであろうということを情報科学から着想していた。研究グループでは今回、このルテニウムナノ粒子を容易につくる技術確立できたことで本成果を得ることができた。
今後の展開
今回開発した触媒は、芳香族アミン生産を限界まで高効率化するだけにとどまらない。現状では、神経作用薬、抗がん剤などの医薬品、殺虫殺菌剤を含めた農薬、肥料、油脂、ゴム・ポリマー、バイオ航空燃料といった多くの化成品が遷移金属の還元触媒能力を利用して生産されている。開発した触媒のベースとなっている新しい考え方や設計方針は、これらの化成品の生産を革新するポテンシャルを持つと考えられる。
本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ALCA
研究開発課題名: |
「多機能不均一系触媒の開発」 |
研究代表者: |
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 原亨和 |
研究開発実施場所: |
東京工業大学 |
研究開発期間: |
平成28年4月~平成33年3月 |
用語説明
[用語1] 面心立方ルテニウムナノ粒子触媒(FCC–Ru) : 面心立方構造の金属ルテニウムのナノ粒子(2~5ナノメートル)のこと。一般的に、金属ルテニウムは六方最密充填構造である。
[用語2] 芳香族アミン : ベンゼンを代表とする環状不飽和化合物にアミノ基が結合した化合物。医農薬品から大量製造される化成品の原料として使われている。下にその一例を示す。
アニリン
年間500万トン以上生産される合成ゴム原料-
ドーパミン
アドレナリン
神経伝達物質
ベンジルアミン
フルフリルアミン
抗がん剤等の医薬品、様々な農薬と化成品の原料
[用語3] 芳香族アルデヒド : ベンゼンを代表とする環状不飽和化合物にホルミル基が結合した化合物。それ自体、香料などに使われているが、多くの化成品の原料でもある。
ベンズアルデヒド
香料(杏子)
染料、医薬品の原料
フルフラール
熱硬化樹脂、ナイロンの原料
ヒドロキシメチルフルフラール
ブドウ糖から合成される
高付加価値な化成品の原料
[用語4] 還元的アミノ化: : アルデヒド、ケトンを1ステップでアミンに変換する反応の総称。アルデヒド、あるいはケトンを窒素源(アンモニアなど)と還元剤(水素ホウ素試薬など)に接触させることによって反応が進む。触媒の存在下、水素を還元剤として用いる反応はアミン類の工業的合成法として最も有効は手法の一つ。
論文情報
掲載誌 : |
Chemical Science |
論文タイトル : |
A high performance catalyst of shape-specific ruthenium nanoparticles for production of primary amines by reductive amination of carbonyl compounds |
著者 : |
Debraj Chandra, Yasunori Inoue, Masato Sasase, Masaaki Kitano, Asim Bhaumik, Keigo Kamata, Hideo Hosono and Michikazu Hara |
DOI : |
- プレスリリース 副産物ほぼゼロの特異構造のナノ粒子触媒による有用物合成 ―様々な化成品の製造に革新もたらす新触媒―
- 低温で高効率にアンモニアを合成できる触媒を開発│東工大ニュース
- 欲しいものだけを合成する新触媒 ―医農薬からバイオマスの高付加価値化まで―│東工大ニュース
- 新触媒で糖由来化合物から欲しいものだけを合成―バイオマス資源から有用化成品製造への応用に期待―│東工大ニュース
- 低温で高活性なアンモニア合成新触媒を実現│東工大ニュース
- 電気抵抗の変化により触媒活性が劇的に向上―アンモニアの省エネ合成に有力な手がかり―│東工大ニュース
- アンモニア合成の大幅な省エネ化を可能にした新メカニズムを発見│東工大ニュース
- 原・鎌田研究室 ―研究室紹介 #51―|材料系 News
- 原・鎌田研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 原亨和 Michikazu Hara
- フロンティア材料研究所
- 科学技術創成研究院(IIR)
- 物質理工学院 材料系
- 研究成果一覧
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
教授 原享和
E-mail : hara.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5311 / Fax : 045-924-5381
取材申し込み先
東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門
Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661
- ※
- 6月29日10:15 PDFファイルに誤りがあったため、修正しました。