要点
- テラヘルツ光を波長より小さな領域に集光可能なデバイスを開発
- デバイスを回転させるという簡便な方法で集光周波数のチューニングを実現
- マウス臓器の微小域の分光スペクトル及び臓器特異的な透過画像の観測に成功
- 患者にとって負担の少ない非侵襲的画像診断・治療方針の確立が期待
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の河野行雄准教授と東京医科歯科大学の榎本光裕医師らは、プラズモニック構造[用語1]を利用した周波数の連続チューニング(選択)可能なテラヘルツ帯集光デバイスを開発した。従来、測定不可能だった非常に小さな試料の分光や画像観測が可能となり、マウス臓器の分光測定及び臓器特異的な透過画像イメージング撮影に成功した。
プラズモン[用語2]共鳴の周波数を発生させるために“スパイラルブルズアイ構造”と名付けた新たなプラズモン構造をもつデバイスを開発し、回転させるという簡単な操作で検出周波数を任意に変化させつつ、局所的にテラヘルツ光[用語3]を集中させることにより実現した。
テラヘルツ光は工業、農業、医療・バイオなど様々な分野で利用が期待され、精力的に研究されている。中でも波長よりも小さな領域の試料観察を行うために必要なテラヘルツ光の局所集中が重要テーマになっている。今回は医工連携によってサブ波長領域[用語4]でのテラヘルツ光の増強と周波数の任意チューニングが可能となった。サブ波長領域での医薬品、将来は医療チップや病理検査への応用が期待され、非侵襲の画像診断・治療方針の確立に向けて大きな一歩となる。
研究成果は3月5日付で英国科学会誌「Scientific Reports」に掲載された。
研究の背景と経緯
テラヘルツ光は100ギガヘルツ(GHz)から100テラヘルツ(THz)の振動数を有する電磁波で、電波と光波の中間帯にある。可視光を通さない物質を適度に透過し、X線と異なり人体に無害などの特性を持つため、この領域での技術は安心安全の基盤になると期待されている。中でも画像イメージングは薬物検査や半導体デバイス検査、がん細胞の可視化、農作物の鮮度や水分情報のモニタリングなど様々な分野で利用が検討されており、産業界や日常生活に大きく貢献する。
テラヘルツ光の応用は特に医療・バイオ分野で、有望なターゲットの1つとして強い期待が寄せられている。その利用促進のための重要な研究課題の1つがテラヘルツ光の局所集中である。だが、例えばがん細胞1個の大きさは 約10マイクロメートル(μm)であり、テラヘルツ波の波長(数百μm)に比べ非常に小さいため、単純にレンズで集光するだけでは回折限界[用語5]により空間解像度と強度が制限されてしまい不十分である。
河野准教授らはこの問題を解決するため、プラズモニック構造を利用したサブ波長領域プローバーの開発に取り組んできた。プラズモニック構造体に光が照射されると、プラズモンの伝播により光を1点に集光させ、大きな光電界増強効果を得ることが可能となる。
同准教授らは2017年に高純度シリコンの三次元立体構造と金属膜とのハイブリット構造を提案し、サブ波長領域における非常に高いテラヘルツ電界増強効果を達成した。(T. Iguchi, T. Sugaya, Y. Kawano, Applied Physics Letter 110, 151105, 2017)。今回、その発展形として、増強テラヘルツ電界の連続的な周波数チューニングを可能とし、分光測定の実現と医療画像イメージングに成功した。
研究成果
河野准教授らはまず、集光デバイスの周波数チューニングに着手した。テラヘルツ光の集光原理は、金属膜表面で発生するプラズモン共鳴に基づくが、従来の構造体でのプラズモン共鳴は単一周波数においてのみ生じるという問題があった。これは構造が同心円構造(ブルズアイ構造)で表面の凹凸の間隔が一定であるためである。今回、同グループは、新たにスパイラスブルズアイ構造を提案し、直径方向に応じて凹凸の間隔を徐々に変化させることでこの問題を解決した(図1)。
プラズモン共鳴は凹凸構造と垂直な偏光[用語6]の光照射に対してのみ発生する。このため、直線偏光の光に対してデバイスを回転させるという簡単な操作だけで、任意の帯域で周波数をチューニングしながらテラヘルツ光を1点に集中・増強させることが可能となった。また円偏光の光に対しては一度の照射で幅広い帯域を検出可能となる。電磁界解析で構造を最適化したデバイスを作製し、透過測定を行うことで実際に周波数チューニングが可能であることを示した(図2)。
作製したスパイラルブルズアイ構造体を実際に利用し、医薬品(図3)とマウス臓器(図4)の分光測定を行った。前者の測定では、試料全体を測定する従来方法と本デバイスを利用したサブ波長測定結果が概ね一致したため、本デバイスが従来方法よりも解像度の高いサブ波長分光に利用可能であることを確認した。マウス臓器の測定では、臓器の種類ごとに異なるテラヘルツ透過スペクトルを観測し、部位の特定が可能であることを示した。
- 図3.
- 医薬品のテラヘルツ透過スペクトル測定。(a)従来手法(低解像度)での透過スペクトル測定結果。(b)本デバイスを利用した(高解像度)透過スペクトル測定結果。
画像イメージングへの生体観測応用として、マウスの尾の断面を測定した。本デバイスを利用しない場合(図5a上)と比べ本デバイスを利用した場合(図5a下)では、より高解像度、鮮明な測定が可能であることを確認した。さらにマウスの肺内部を測定することで(図5b)、波長より小さな領域における非常に微細な構造の観察を達成し、本デバイスのサブ波長領域生体測定における有用性を示した。
- 図5.
- 本デバイスを利用したマウス臓器の高解像度テラヘルツ透過イメージング。(a)従来手法(低解像度)でのマウスの尾の画像イメージング測定結果(上図)。本デバイスを利用したマウスの尾のテラヘルツイメージング測定(下図)。(b)本デバイスを利用したマウスの肺断面のテラヘルツイメージング測定。
今後の展開
今回の研究成果はスパイラルブルズアイ構造によってテラヘルツ帯プラズモニック構造体の連続的な周波数チューニングを世界で初めて実現するとともに、サブ波長領域での分光及び画像イメージング測定技術の発展に大きく寄与した。今後はより微小な病理細胞の診断に向けて、引き続き臨床医との検討を重ねながら、上記プラズモニック構造に基づく医療診断チップや外科手術の術中病理検査への応用を加速させる。最終的に患者にとって負担の少ない非侵襲的画像診断、治療方針の確立を目指す。
謝辞
この研究は、科学技術振興機構による未来社会創造事業、COIプログラム、日本学術振興会による科学研究費補助金(基盤研究(A)、基盤研究(B)、挑戦的萌芽)、「東工大の星」支援の援助を受けて実施した。また、デバイス作製の一部は、東京工業大学 未来産業技術研究所 メカノマイクロプロセス室の支援を受けて行った。
用語説明
[用語1] プラズモニック構造 : 用語2のプラズモンを発生させるための構造のこと。
[用語2] プラズモン : 金属内部で発生する電子の粗密波のこと。金属-誘電体界面に光が照射された際に、一定条件を満たすと発生する。粗密波とは物質の振動方向が波の進行方向に平行な波。この波の中では、物質の密度の大なところと小なところがくり返される。
[用語3] テラヘルツ光 : 周波数100 GHzから10 THz程度の領域に位置する電磁波のこと。
[用語4] サブ波長領域 : 波長よりも微小な領域のこと。
[用語5] 回折限界 : レンズなどで光を絞れる領域の限界の大きさのこと。概ね波長と同程度までとなる。
[用語6] 偏光 : 電磁波(横波)の振動する方向のこと。一般的に直線偏光、円・楕円偏光が存在する。
論文情報
掲載誌 : |
Scientific Reports |
論文タイトル : |
Continuously Frequency-Tuneable Plasmonic Structures for Terahertz Bio-sensing and Spectroscopy |
著者 : |
Xiangying Deng, Leyang Li, Mitsuhiro Enomoto, and Yukio Kawano |
DOI : |
- プレスリリース テラヘルツ集光デバイスによる非侵襲医用撮影を実現 ―周波数の任意可変技術でマウス臓器の透過観測に成功―
- 指先につけるだけで非破壊検査できるデバイスを開発|東工大ニュース
- カーボンナノチューブを使い、折れ曲がるテラヘルツカメラを開発―非破壊・非接触検査における新たな手法として期待―|東工大ニュース
- カーボンナノチューブを使い室温テラヘルツ波検出器を開発 -医療や食品・生体の非破壊検査など幅広い応用に道-|東工大ニュース
- 未開の電磁波「テラヘルツ波」のポテンシャルを引き出し、実用化へと導く ― 河野行雄|研究ストーリー|研究
- 河野行雄准教授が第14回ドコモ・モバイル・サイエンス賞を受賞|東工大ニュース
- 河野研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 河野行雄 Yukio Kawano
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