7月15日、東京工業大学大岡山キャンパスのディジタル多目的ホールで、2019年の教養卒論発表会が行われました。発表した学生は11名で、いずれも学士課程3年目だった前年の2018年に教養卒論を書きあげ、優れた論文と評価されました。これから2019年の教養卒論に取り組む後輩のために自分たちの経験を伝えました。
「教養卒論」とは、学士課程3年目の秋に履修する必修2単位の文系教養科目です。学生はその授業の中で、入学後3年間,あるいは編入1、2年後のリベラルアーツ教育の集大成として、5,000字から10,000字の論文(教養卒論)執筆に取り組みます。東京工業大学では、2016年度から新しいリベラルアーツ教育を実施しており、今回発表した学生は、この新しいカリキュラムのもとで教養卒論を執筆した最初の学年に当たります。
今回、新カリキュラム第1期生の中で、特に優秀な論文を執筆した学生11名が、これから教養卒論を執筆する予定の下級生に向けて、論文の内容や、どんな志を抱いて執筆に取り組んだのか、執筆を通じて得られたことなどについて発表を行いました。
当日は、学士課程1~3年目の学生のほか、教養卒論を執筆した学士課程4年目(学士課程の早期修了者は修士課程1年目)の学生、修士課程の学生、教職員、蔵前工業会(東工大の同窓会)やマスコミ関係者の方々など、出席者は130名を超えました。
「教養卒論」のねらい
発表会の冒頭、リベラルアーツ研究教育院長の上田紀行教授が開会の挨拶を行い、発表会開催の趣旨を次のように説明しました。
「リベラルアーツは、人間を自由にする技術です。東工大では、自由な魂をもって発信をしていく人たちを育てたい、そのコンセプトでこれまで教育改革を進めてきました。教養卒論では、自分がこれからやっていこうとするテーマ、それが社会にどう貢献していくことになるのか、そのテーマの一番わくわくするところはどこなのか、そういったことをのびのびと、皆でピアレビュー※1しながら書いていきます。こんなプログラムを、学年全員で行っている大学は、ほかにはありません。」
- ※1
ピアレビュー:仲間(ピア)が相互に論評・見直し(レビュー)を行うこと。
教養卒論では、学生がお互いの文章を読み合い、対話を通して文章を練り上げていきます。さらに、認定証を授与された大学院生がGSAレビューアーとして授業に参画し、教養卒論の執筆をサポートしています。学びを助ける活動や人との関わりを通じた成長に期待する GSAプログラム|Graduate Student Assistant (GSA) Program
「ぜひ皆さんにお伝えしたいのは、われわれはこの教養卒論や、東工大の教育を、社会に出るための予行演習としてやっているのではない、ということです。学校では予行演習をやって、社会に出たら社会で活躍しましょう、というのが普通の教育の考え方だと思います。しかしながら、東工大立志プロジェクト※2や教養卒論では、友達に本音を言ってその友達の目が輝く、あるいは、そんなこと聞いたことなかったといってその学生の生き方が変わる。それは予行演習でやっているのではなく、もうそこ自体が社会なのです。立志プロジェクトが始まったところから、社会が始まっています。今日このステージに立つ皆さんは、予行演習として立っているのではなく、まさに社会全体に発信しているのだ、という意気をもって発表してください。そして、それを聞く皆さんも、観客というよりは、自分自身が主人公だという思いで聞いていただければと思います。」
- ※2
東工大立志プロジェクト:学士課程1年全員が、入学直後の第1クオーターで履修する必修科目。大講堂での講義と少人数クラスでの対話を行き来しながら学ぶ。
続いて、リベラルアーツ研究教育院副院長であり、「教養卒論」科目の立ち上げおよび運営のワーキング・グループ主査でもある林直亨教授から、授業の概要とねらいについて説明がありました。
「教養卒論では、アカデミックライティングを理解してライティングスキルを向上させること、対話を通して他者の文章の改善を促すことを目指しています。皆さんは、社会に出ると、一人で文章を書くだけではなく、様々な人と共同で文章をまとめる、あるいは、ポジションが上がっていけば、他の人の文章を直すといった機会が増えていきます。そういったことができるように、ピアレビューのスキルを身につけます。」
また、この科目を実施した効果について、次のように話しました。
「昨年度に履修した学生からは、『自分を見つめ直せた』『志や今後のことを考えなおして、研究室所属前に再確認できた』『文章や論文の書き方全般に有用だった』など、授業の設計者として嬉しい感想が寄せられました。意外だったのは、『自分の専門領域の研究について話す中で、他の学生からいろいろな意見を聞くことができたのがよかった』という感想でした。これは事前に予想していなかった効果でした。」
発表と質疑応答
その後、優秀賞受賞者等、特に優れた論文を執筆した学生11名からの発表が始まりました。
発表者 |
所属 |
論文題名 |
---|---|---|
中村夏輝 |
理学院 地球惑星科学系 |
主体性を育む理科教育 |
下山達大 |
工学院 電気電子系 エネルギーコース |
授業改革 |
千葉のどか |
生命理工学院 生命理工学系 |
すべての人が科学の良さを享受するために |
高橋一樹 |
生命理工学院 生命理工学系 |
差異の存在と人類の幸福について |
小西優実 |
情報理工学院 情報工学系 情報工学コース |
偏った将来像 |
小野篤輝 |
物質理工学院 応用化学系 |
真のグローバル化とは |
松下龍太郎 |
環境・社会理工学院 建築学系 |
内田樹という物語について |
岡崎尚太 |
物質理工学院 材料系 |
物性科学における科学コミュニケーションの問題点 |
北嶋宏樹 |
工学院 経営工学系 |
人間のための社会・経済 |
星野シンジ |
情報理工学院 情報工学系 |
ゲームの芸術としての社会的価値 |
市村知輝 |
環境・社会理工学院 建築学系 |
「水の人」を目指して |
発表順、敬称略
論文のテーマも執筆のアプローチも、多彩なものとなりました。
たとえば、将来就きたい仕事に関連する領域での課題について、問いを立てて探究するもの/専門とする領域での研究成果の価値を、社会に広く知ってもらうための提案を行うもの/自分が熱中しているものについて、社会の文脈の中に置いて考察したものなど、どの発表もその人ならではの試行錯誤や考えの深まりがうかがえるものでした。発表後には、学生や教職員はじめ、多くの参加者から質問が寄せられました。
益学長による講評
発表後、益一哉学長による講評が行われました。その中で、教養卒論を執筆する上でのピアレビューの価値について、次のようなコメントがありました。
「執筆された教養卒論をいくつか読ませていただいて、非常に素晴らしい文章だと思っていました。そのような文章が書けたことの背景として、ピアレビューをやっていたことが重要だったのではないかと思っています。ピアレビューは、これからみなさんが研究していく、あるいは社会に出ていくときに、非常に重要なものになるでしょう。」
「人に何か言われるのは、実はあまり気持ちのいいものではありません。ピアレビューする方も、いいものを引き出そうとする気持ちでやるのが重要で、そうすると、単に文章を直してもらっているのではなくて、そこから新たなものが生まれます。3年、2年、1年の皆さんは、より良いものを作っていく一つのやり方を身につけるためのものとしても、この教養卒論にチャレンジしてほしいと思います。」
また、発表者に向けて、次のような激励がありました。
「今日は、皆さんの内なるものを発表していただきましたが、研究室の仕事であれ何であれ、皆さんがこれから発表をするときには、何かを背負って話すことになります。学会発表であれば研究室を、さらにいえば東工大を背負って発表することになります。先ほど、上田先生が『教養卒論は練習ではない』とおっしゃいました。まさにそのとおりで、教養卒論を書かれた方は、4年になり、あるいは早期修了で修士1年になり、いま何がしかの研究をされていると思います。東工大の先生は、最先端の研究をしています。ですから、それを一緒にやっている皆さんは、練習でもなければ演習問題を解いているわけでもなく、最先端の課題に取り組むことになるのです。そのような環境に皆さんがいるのだということを認識して、これからの研究に取り組んでほしいと思います。」
発表会参加者からの声
発表会の熱気や盛り上がりを受けて、発表会終了後のアンケートでは、参加者の方々からたくさんの感想が寄せられました。
学士課程1~3年
- 教養卒論のテーマが思ったより広いことを知り、自分のテーマを考えるうえで役立った。
- 思っていたよりも、自由にテーマを解釈して取り組んでよいことが分かった。
- 文章を読むだけでは分からない執筆のプロセスまで見えてきて、楽しかった。
- 教養卒論を目前に控えた3年に、もっと知られていてもいいと思う。
- 内容が把握できればいいと思っていたが、すごく面白いもので、期待以上だった。
- 聞きに来て本当に良かったと思う。
学士課程4年、大学院生
- 修士コア学修科目「ピアレビュー実践」の受講を考えており、その感覚をつかみたいと思って参加した。ピアレビューでは「導く」のではなく「解きほぐす」ことで、人それぞれの可能性を広げるようにしたいと思った。
- 多様な考え方があるということがよく分かった。この授業を受けてみたかったとも思った。
- もっとたくさんの人が見にきたらよいと思った。とてもよい発表会なのでもったいない。
- 教養卒論を題材に、実際に専門分野に触れたうえで、どのような気づき、感想、反省が生まれたのかを聞きたかった。過去(執筆時)の視点だけではなく、「今」の視点から見た教養卒論の像についても語ってほしかった。
教員・リベラルアーツ研究教育院以外
- 学生の真剣さに感動をおぼえた。
- 学生が多面的に様々な検討をしながら教養卒論に取り組んだことがよく分かった。
- 機会とトレーニングがあれば、ここまでできるものかと感動した。
- 完成した論文の内容に関する発表が多かったが、ペアになった相手や大学院生とのやり取りの内容など、論文を作成する過程の“うらばなし”も聞きたかった。
教員・リベラルアーツ研究教育院
- 素晴らしい学生を我々は預かっているのだと再確認した。
私(たち)にできることは何だろうと、考えを深める機会になった。 - 全体として静かな熱意があり、とても充実していた。
職員
- Student-centeredのサービスを提供するために、事務職員も志を改めて考えてみたい。
- 毎年続けて開催してもらいたい。可能な限り出席したい。
- 理系の学生が志を省察される過程を見せていただいた。納得!という主張が多く、プレゼンも上手だった。来て良かった。
- 学生の一生懸命な様子を見ることができて、先生方のご苦労も感じられた。様々な視点から考える機会は、学生にとっても大事だということを強く感じた。
学外
- 理系の学生という先入観があったが、文系学生顔負けのプレゼンだった。論文も読んでみたい。
- 自分の問題意識、視点を分かりやすく発表できているのも、リベラルアーツ教育の成果なのだと思った。
開催時期等の関係で、発表会に参加できなかった優秀賞受賞者の学生も多くいました。次年度は、開催時期や開催回数を見直すことで、より多くの発表をたくさんの方にご覧いただけるようにしていきます。次回も、どうぞご期待ください。
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