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人工細胞の免疫センサー化に成功 分離ステップ不要のデジタル免疫測定系の実現へ

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要点

  • 人工細胞を用い膜を介して信号伝達、外部分子濃度を蛍光プロトセル数で検出
  • ターゲット抗体の膜上タグ配列への結合で人工細胞の酵素スイッチが活性化
  • 膜外からタグと共有結合する抗体断片付加で水溶性抗原カフェインを定量化

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の上田宏教授と蘇九龍研究員、シンガポール科学技術研究庁(以下、A*STAR)分子工学研究室のShawn Hoon(ショーン・フーン)上級研究員らの研究グループは膜外にリガンド[用語1]検出部位を持ち、内部にリガンド結合により活性化する酵素を持つ人工細胞(巨大単層膜リポソーム、プロトセル)を構築し、外部に存在する抗体などのターゲット分子を高感度に蛍光検出可能な技術の開発に成功した。

リガンド検出部位としてプロトセル膜上に提示した短いペプチドタグ配列を用い、これらを例えばタグに結合する抗体でクロスリンク[用語2]することで、人工細胞内で発現させた不活性な2量体酵素(βグルクロニダーゼ変異体[用語3])が4量体になって活性化し、蛍光を発する(図1)。その後、蛍光陽性細胞の数を蛍光顕微鏡やFACS[用語4] で数えることで、抗体濃度が定量できた(図2)。この方法で、がん治療用ヒト型抗体Herceptin[用語5]の濃度を、治療時の血中濃度が検出可能な感度で定量できた。さらに膜外からタグと結合し抗原カフェイン依存的に二量体を形成する抗体断片(Nanobody[用語6])を付加することで、水溶性物質であるカフェインを定量することにも成功した(図3)。

均一かつ微小なサイズの人工細胞アレイを構築し、1分子由来の結合シグナルを増幅・検出できれば、分離ステップ不要なデジタル免疫測定系を構築できる可能性がある。

研究成果は12月3日に英科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィックレポーツ)」にオンライン掲載された。

この成果は科学技術振興機構 国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム:SICORP)「日本-シンガポール共同研究」平成27年度新規課題「細胞信号伝達機構を模倣した人工細胞系バイオセンサーの開発」(日本側研究代表者:上田宏)によるものである。

今回構築したプロトセル型抗体センサーの模式図

図1. 今回構築したプロトセル型抗体センサーの模式図

研究成果

洗浄・分離操作が不要な微量分子検出系を構築するため、上田教授らはこれまで報告例のない抗体などの外部分子に対するセンサーとして働く人工細胞(プロトセル)の構築を試みた(図1)。このプロトセルは単層リン脂質膜の外側にアンテナとなる6~15アミノ酸程度の認識タグ配列を出した直径10 µm程度の脂質小胞(リポソーム)であり、その下流に上皮細胞増殖因子由来の膜貫通配列を介してセンサー酵素であるβ-グルクロニダーゼ(GUS)変異体(GUS IV5_KW)が結合されている。

この酵素はもともと4量体であるGUSに安定化変異と二量体間界面変異[用語7]を施したものであり、通常は極めて低活性だが抗タグ抗体[用語8]などを用いて強制的に近接させると野生型とほぼ同じ活性を示す (Su et al., J. Biosci. Bioeng. 128, 677-682, 2019)。これを精製成分からなる試験管内たんぱく質合成系PURE System[用語9]を用いてプロトセル中で合成することで、合成されたタンパク質のタグ部分が自発的に膜を透過して膜外に提示されることを期待した。

この結果、期待通り6残基のヒスチジンが連なったHisタグ[用語10]を提示した場合、抗Hisタグ抗体を加えることで、蛍光を発するプロトセルが多数出現した。なおこの際、膜貫通配列を付加しないタンパク質を同時に発現させることで、おそらく酵素の多量体構造が安定化して提示効率が向上した。さらに代表的ながん治療用抗体であるハーセプチン(Herceptin, Trastuzumab)のミモトープ[用語11]を提示してFCMで陽性細胞をカウントした場合、加えたハーセプチン濃度に応じて蛍光陽性プロトセル数が増加した(図2)。すなわち、開発したプロトセル系で数種の抗ペプチド抗体の検出に成功するとともに、血中治療用抗体濃度測定への応用の可能性が示された。

Herceptinセンサーによる検出結果

図2. Herceptinセンサーによる検出結果

さらに上田教授らはこのシステムが抗体のみならず各種抗原の検出に使えないか検討した。このためタグとしてSpyTag[用語12]という14残基のペプチドを提示する膜結合型酵素をプロトセル内で合成し、プロトセル外から、SpyCatcherというSpyTagと混ぜると自発的に共有結合するタンパク質をカフェイン結合Nanobody[用語13]と融合したVHH(Caf)-SCタンパク質を加えることで、カフェインセンサーとなるプロトセルを調製した。

この結果、陽性コントロールであるHisタグ抗体あるいはカフェインにより、FACSで数えた蛍光陽性細胞の数が濃度依存的に増加した。すなわち抗原カフェインによりNanobodyの二量体形成が誘導され、センサーを活性化した。なおこの際の検出感度はコーヒー、紅茶あるいは各種清涼飲料水中のカフェイン量を十分検出可能なものであった(図3)。

カフェインセンサーによる検出結果

カフェインセンサーによる検出結果

カフェインセンサーによる検出結果

図3. カフェインセンサーによる検出結果

背景

近年、臨床診断や食品衛生における病原体検出などの分野において、微小空間で一分子のターゲット由来の信号を検出し、陽性微小空間の数を数えることで、PCR[用語14]ELISA[用語15]など各種測定の検出感度を飛躍的に向上できるデジタル測定系[用語16]が注目されている。しかし、ミセルのような閉鎖空間で反応させて陽性ミセルをカウントするだけでよいPCRと異なり、デジタルELISAにおいては通常のELISAと同様ビーズ上で免疫反応と洗浄を行ったあと、それぞれのビーズを微小空間に分離して酵素反応を行い、陽性ビーズのカウントを行う必要があり、手間と時間がかかることから広く普及するには至っていない。

このような洗浄操作が不要で、微小空間で実施可能な抗原・抗体測定法が開発されれば、簡便なデジタル免疫測定系構築の基盤技術となりうることから、今回の国際共同研究を開始するに至った。

研究の経緯

本研究成果は抗体工学を専門とする上田教授のグループと生体分子工学に関して幅広い知見を有するA*STARのDr. Shawn Hoonグループの共同研究によるもので、独自のアイディアをもとに約4年間の試行錯誤を経て実現した。獲得免疫系のB細胞においては細胞表面の受容体で抗原をキャッチし、その信号を細胞内に伝達、分化と増殖を誘導して多数の抗体産生細胞が生じ、抗原の不活化を行う。

これまでこのプロセスを動物細胞あるいは大腸菌で模倣してセンサー細胞化した報告例は数例あるが、人工細胞を用いてこれを実現した例は我々が知る限り存在しない。特に今回特筆すべきは遺伝子発現を介さずに受容体型酵素そのものをセンサー化し、酵素活性のOn/Off制御を、膜を介した外部抗体の結合によって行えたこと、また細胞膜外に抗体断片を含むアダプター分子を加えることによって抗原の検出にも成功したことである。今後、用いるアダプター分子の抗体断片を変更することにより低分子のみならず病原菌やウィルスなど、多くの抗原検出系を構築できる可能性がある。

今後の展開

今回構築されたプロトセルは界面透過法によって作られた大きさが不均一な集団であり、このため検出感度もELISAよりやや良い程度に留まっている。今後はプロトセルの大きさと内部のセンサーたんぱく質量をより均一にし、アダプター分子の構造についても最適化してデバイス上に効率よくアレイ化することによって、FACSを用いる必要のない迅速高感度な検出系が実現できるものと期待される。

用語説明

[用語1] リガンド : 特定の受容体(レセプター)に特異的に結合する物質のこと。リガンドが対象物質と結合する部位は決まっており、選択的または特異的に高い親和性を発揮する。例えば、酵素タンパク質とその基質、ホルモンや神経伝達物質などのシグナル物質とその受容体などが顕著な例である。特にタンパク質と特異的に結合するリガンドは、微量であっても生体に対して非常に大きな影響を与える。 そのため薬学や分子生物学の分野では重要な研究対象になっている。

[用語2] クロスリンク : 結合によって2つ以上の分子を連結させるプロセス。ここでは抗体の2つの抗原結合部位で、膜上の2つのタグ配列を近づけている。同様の方法で色々な細胞表面受容体を活性化できることが知られている。

[用語3] βグルクロニダーゼ変異体 : βグルクロニダーゼ(GUS)は植物のレポーターとしてよく用いられる。今回は熱安定化変異体GUS IV5をベースに、二量体間にある2残基に変異(KW)を導入し、強制的に四量体化させた場合にのみ活性を示す変異体を利用した。

[用語4] FACS : セルソーターあるいはフローサイトメトリー。通常は細胞の、今回はプロトセルの蛍光強度測定に用いた。Fluorescence activated cell sorter。

[用語5] Herceptin : 乳がん細胞上のHer2タンパク質を標的とする抗体医薬の商品名。正式名称Trastuzumab。

[用語6] Nanobody : ラクダ類が持つ、軽鎖を持たない単鎖抗体由来の抗原結合ドメイン。小さくて安定なため、最近各方面から注目されている。

[用語7] 安定化変異と二量体間界面変異 : 当初は野生型GUSに二量体間界面変異を導入した酵素を用いたが、このたんぱく質は不安定で、分解しながら高いバックグラウンド活性を示す問題が生じた。そこで、ランダム変異導入により得られた耐熱性GUSであるGUS IV5をもとに、数種の二量体間界面変異体から応答の高いものをスクリーニングし、GUS IV5(KW)を得た。

[用語8] 抗タグ抗体 : タグ配列を認識する抗体。分子生物学実験においてたんぱく質の検出・精製に多用される。今回は3種類のタグ(His, Myc, HA)とその抗体で実験を行い、同様の結果を得た。

[用語9] PURE System : 上田卓也東京大学名誉教授(現早稲田大学教授)らにより開発された、精製成分のみからなる無細胞たんぱく質合成系。

[用語10] Hisタグ : 6個の連続したヒスチジンからなるタグ配列。ニッケルなどの金属アフィニティカラムに結合するためしばしば組換えたんぱく質の精製に用いられる。

[用語11] ミモトープ : 抗体のパラトープ(抗原結合部位)に結合するペプチド。立体構造を模するため必ずしもエピトープ配列とは一致しない。

[用語12] SpyTag : SpyCatcherとともに、英国のMark Howarthらにより開発された。両者を共存させると自発的に強固なイソペプチド結合を形成するため、分子構築の新たな方法論として注目されている。

[用語13] カフェイン結合Nanobody : カフェインを認識するNanobody。今回用いたものはカフェインを介して、二つのNanobodyが二量体を形成する珍しい性質を持つ。

[用語14] PCR : Polymerase chain reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略。

[用語15] ELISA : 酵素免疫測定法。マイクロプレートやビーズなどの固相を用いて反応と洗浄を繰り返し測定する。Enzyme-linked immunosorbent assay。

[用語16] デジタル測定系 : 通常のアナログ測定ではどうしてもバックグラウンド信号が残るため、測定限界が低くならない。デジタル測定においては一分子のターゲットの有無を微小空間での反応で検出し、陽性サンプルの数をカウントする。これにより検出限界を顕著に下げる事ができる。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Transmembrane signaling on a protocell: Creation of receptor-enzyme chimeras for immunodetection of specific antibodies and antigens
著者 :
Jiulong Su, Tetsuya Kitaguchi, Yuki Ohmuro-Matsuyama, Theresa Seah, Farid J. Ghadessy, Shawn Hoon and Hiroshi Ueda
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 上田宏

E-mail : ueda@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5248 / Fax : 045-924-5248

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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