要点
- 高効率・省エネルギーのマイクロ波で酸化鉄電極による水の電気分解を促進
- 反応性の高い酸化鉄の粒子間にマイクロ波が集中すること発見
- 酸化鉄粒子の間に蓄積した正孔[用語1]とマイクロ波の相互作用で反応促進
概要
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の松久将之大学院生、岸本史直氏(現東京大学・日本学術振興会特別研究員SPD)、椿俊太郎助教、和田雄二教授らのグループは、同大学同系の清水亮太助教、一杉太郎教授、産業技術総合研究所物理計測標準研究部門の堀部雅弘研究グループ長らとともに、身近な電子レンジに用いられるマイクロ波[用語2]を用いて酸化鉄(α-Fe2O3)電極による水の酸化反応が促進する機構を明らかにした。
電着法[用語3]とパルスレーザー堆積法(PLD)[用語4]という異なる二つの手法で作製した酸化鉄薄膜を電極に使用することにより、マイクロ波による水の酸化反応促進を最適化する酸化鉄薄膜の構造を明らかにした。
さらに走査型マイクロ波顕微鏡(SMM)[用語5]を用いることにより、電着法で作製した薄膜において、酸化鉄粒子の間の空隙・接触部分にマイクロ波が集中し、反応促進効果がより大きくなることも発見した。
遠隔で直接、物質と相互作用するマイクロ波のエネルギーを触媒反応に効果的に利用できる指針が得られたことにより、今後の触媒反応の省エネルギー化が期待できる。
研究成果は3月2日付けで米国化学会の「The Journal of Physical Chemistry C(ジャーナル・オブ・フィジカル・ケミストリー)」に掲載された。
背景
マイクロ波は電磁波の一種である。電子レンジに用いられるように、物質に直接作用し、様々なものを短時間で温めることができる。マイクロ波を固体触媒反応に応用することで、触媒に効率的にエネルギーが投入され、その結果、触媒反応の促進効果が現れる。
これまでの様々な論文で、マイクロ波による触媒反応の促進効果が報告されているが、なぜマイクロ波によって反応促進が生じるのか、そのメカニズムはよくわかっていなかった。
たとえば、同じ化合物を用いて反応をしても、サンプルの形状や酸化状態の微妙な違いによって加熱特性や反応促進の程度、また反応生成物が変化してしまい、反応の精密な制御が困難だった。マイクロ波照射下で反応促進を能動的に操作するためには、精密な材料設計に基づいた触媒による反応促進機構の解明が求められる。
和田教授らの研究グループは触媒反応素過程として重要な電子移動過程[用語6]について、マイクロ波による加速効果が生じることを見出した。たとえば、硫化カドミウムから電子受容体[用語7]への光誘起電子移動反応[用語8]では、硫化カドミウムの蛍光光度測定により、マイクロ波によって電子移動過程が加速されていることを証明した[参考文献1]。
また、ニッケル粒子による有機分子の還元反応においても、反応生成物の分光測定から、マイクロ波照射によって電子移動過程が加速していることがわかった[参考文献2]。しかしながら、生成物の定量による間接的な測定ではなく、直接的に電子移動を定量できる系が必要だった。
研究のアプローチ
今回の研究では、電着法とパルスレーザー堆積(PLD)法によりTiO2(二酸化チタン)基板上に堆積状態の異なる酸化鉄(α-Fe2O3)薄膜を作製(図1左)し、薄膜の性状の違いがマイクロ波の応答性に及ぼす影響を検証した。マイクロ波照射下で電子移動を直接観測することができるin situ(その場で)[用語9]電気化学測定システムを用いて、酸化鉄電極を用いた水の電気化学的酸化反応を観察した。
研究成果
酸化鉄電極による水の酸化反応中に、マイクロ波をパルス照射したところ、2種の電極でマイクロ波照射直後に電流値が急峻に増大した(図1右)。これは、マイクロ波によって、水の酸化反応が瞬間的に加速されていることを示している。さらに、電着法による酸化鉄微粒子が堆積された薄膜は、PLD法で作製した表面が平滑な薄膜と比較して、マイクロ波を照射した場合に1.89倍の大きな反応加速が生じた。
そこで、電着法で作製した薄膜とPLD法で作製した薄膜において、マイクロ波による反応促進の程度が異なる要因を調べるため、走査型マイクロ波顕微鏡(SMM)を用いて、サブミクロンスケールの局所領域のマイクロ波吸収特性を評価した(図2)。電着法で作製した酸化鉄微粒子の多い薄膜では、形状像で粒子間において、大きなマイクロ波吸収が生じていることが分かった。一方で、PLD法で作製した平坦な薄膜では、局所的なマイクロ波吸収は見られなかった。これらの結果より、マイクロ波促進効果は、反応場となる固体表面の酸化鉄粒子の空隙・接触部分におけるマイクロ波吸収の増大によって引き起こされると結論した。
今後の展開
今後は、固体触媒の性状・材料を変えて探索することで、より効果的にマイクロ波エネルギーを利用できる触媒構造を体系的に理解できると考えられる。今回の研究成果により、機構の理解が進めば、マイクロ波のエネルギーを有効に利用できる触媒設計の指針が得られ、あらゆる触媒反応を簡便に遠隔で促進できると期待される。
付記
今回の研究は、科学研究費補助金 基盤研究(S)17H06156「マイクロ波誘起非平衡状態の学理とその固体・界面化学反応制御法への応用展開」の成果である。
参考文献
[参考文献1] Kishimoto, F. et. al., Scientific Reports, 2015, 5, 11308
[参考文献2] Kishimoto, F. et. al., The Journal of Physical Chemistry Letters, 2019, 10, 12, 3390-3394
用語説明
[用語1] 正孔 : 半導体において、電子で満たされているべき部分の電子が不足している状態。相対的に正の電荷をもっているように見え、電子が移動することで、電子と逆方向に移動できる。
[用語2] マイクロ波 : 周波数が300 MHz~300 GHzの帯域の電磁波の一種。2.45 GHzは電子レンジやWi-Fiで利用される。
[用語3] 電着法 : 電極に+もしくは-の電圧をかけることで、電極表面に目的物質を簡便に析出させる手法。
[用語4] パルスレーザー堆積法(PLD) : 物理気相蒸着法の一種であり、高エネルギー密度のレーザーをターゲットにあて、物質を蒸発させて基板まで飛ばし、薄膜を堆積させる手法。
[用語5] 走査型マイクロ波顕微鏡(SMM) : 試料表面を走査する探針からマイクロ波を局所領域に照射して、その反射応答を計測することで、特に半導体の場合にはキャリア濃度に相関した信号を得る手法。
[用語6] 電子移動過程 : 酸化・還元反応中で電子が分子間もしくは分子内を移動する最も基本的な過程。酸化・還元反応は工業的に重要であり、電子移動はその根幹を成す素反応過程である。
[用語7] 電子受容体 : 酸化・還元反応において、電子をもらう分子。
[用語8] 光誘起電子移動反応 : 熱力学的に電子移動が起こらず、光エネルギーを用いることによって電子移動が起こる反応。
[用語9] in situ : ラテン語で「その場で」という意味。マイクロ波照射下での化学反応中に、各種分析を行うことをin situ分析と記載している。
論文情報
掲載誌 : |
The Journal of Physical Chemistry C |
論文タイトル : |
Hole Accumulation at the Grain Boundary Enhances Water Oxidation at α-Fe2O3 Electrodes under Microwave Electric Field |
著者 : |
Masayuki Matsuhisa, Shuntaro Tsubaki, Fuminao Kishimoto, Satoshi Fujii, Iku Hirano, Masahiro Horibe, Eiichi Suzuki, Ryota Shimizu, Taro Hitosugi, Yuji Wada |
DOI : |
- マイクロ波を効果的に利用できる薄膜構造を発見―酸化鉄電極による水の酸化反応促進機構を解明―
- マイクロ波を用いバイオマスの超急速熱分解を実現 | 東工大ニュース
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- 和田・鈴木研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 和田雄二 Yuji Wada
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 椿俊太郎 Shuntaro Tsubaki
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 清水亮太 Ryota Shimizu
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 一杉太郎 Taro Hitosugi
- 物質理工学院 応用化学系
- 研究成果一覧
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