要点
- 窒素空孔の形成されやすさがアンモニア合成触媒活性の指標となることを発見
- ニッケル触媒では窒化セリウムとの組み合わせが最も活性が高く、既存のルテニウム触媒に匹敵することを確認
- 新たな触媒活性の指標により、ルテニウムなどの貴金属を使わないアンモニア合成触媒の開発が加速されると期待
概要
東京工業大学 元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授(物質・材料研究機構兼任)、同センターの叶天南(Tian-Nan Ye)特任助教、北野政明准教授らは、遷移金属窒化物とニッケルを組み合わせた各種触媒のアンモニア合成活性を検討し、遷移金属窒化物の窒素空孔形成エネルギー[用語1]が触媒活性の指標となることを明らかにした。
ルテニウムや鉄を触媒としたアンモニア合成反応では、金属の表面で窒素が解離する過程が全体の反応速度を支配しているため、金属表面の窒素吸着エネルギー[用語2]が触媒活性の指標とされてきた。そのため従来の研究の大半が、温和な条件での合成には、最適な窒素吸着エネルギーを有するルテニウムを触媒として用いてきた。本研究は、ニッケルで水素分子を活性化し、担体窒化物上の窒素空孔で窒素分子を活性化する触媒では、従来の触媒と異なり、窒素空孔の形成エネルギーの小ささ、すなわち窒素空孔の形成されやすさが全体の反応速度を支配していることを明らかにした。特に、窒素空孔形成エネルギーが最小となる窒化セリウム(CeN)とニッケルの組み合わせが最も高いアンモニア合成活性を示し、触媒として最適であることを発見した。
本研究は、窒素空孔形成エネルギーという触媒活性の新たな指標を示すことにより、ルテニウムを使わない触媒開発の道筋をつけたといえる。研究成果は米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」のトップ5%論文に選定され、8月7日付(現地時間)にオンライン公開された。
研究の背景と経緯
人工的にアンモニアを合成する技術「ハーバー・ボッシュ法(HB法)」は、ハーバーとボッシュによって確立され、1913年に工業化された。この技術は、現在でも人類の生活を支えるのに必要不可欠である。またアンモニア分子は、分解すると多量の水素を発生させ、かつ室温・10気圧で液体になることから、燃料電池などのエネルギー源である水素を運搬する物質としても期待されている。
一方、HB法は高温(400~500℃)、高圧(100~300気圧)の条件が必要であるため、より温和な条件下でのアンモニア合成技術が求められている。そうした条件下で働く触媒としてこれまで、ルテニウム触媒の開発が盛んに行われてきた。これまで開発されてきた触媒では、金属の表面で窒素が解離する過程が全体の反応速度を支配しているため、金属表面への窒素の吸着エネルギーが触媒活性の指標とされており、最適な窒素吸着エネルギーを有するルテニウムが最も高い活性を示す。しかし、ルテニウムは高価な貴金属であることから、より豊富に存在する安価な金属を利用し、温和な条件下で作動する触媒の開発が望まれている。
本研究グループは以前から、従来とは全く異なる機構でアンモニアを合成する研究を進めており、2018年にはLaCoSiという金属間化合物の電子化物が優れた触媒となることを発見した(Nature Catalysis誌掲載)[参考文献1]。さらに2020年7月には、従来の触媒活性の指標によればほとんど触媒活性を示さないはずのニッケル(Ni)を窒化ランタン(LaN)の表面に担持すると、一般的なルテニウム触媒に匹敵する活性を示すことを明らかにし、窒素空孔が窒素分子の活性化を担っていることを報告した(Nature誌掲載)[参考文献2]。図1にその反応機構を模式的に示す。
- 図1.
- Ni担持LaNでのアンモニア合成の機構。キーとなる窒素分子の活性化を窒素欠陥が担っており、ニッケルは水素の解離のみを行う。
研究の内容
本研究では、窒素空孔と触媒の活性との関係を検討し、窒化物担体の窒素空孔の形成されやすさが全体の反応速度を支配していることを明らかにした。まず、様々な遷移金属窒化物上にNiを固定した触媒を比較すると、すべての窒化物担体が必ずしも高いアンモニア合成活性を示すわけではなく、CeN、 LaN、 YNのような希土類窒化物上にNiを固定した触媒が優れた活性を示すことがわかった(図2)。特にNiを担持したCeN(窒化セリウム)ナノ粒子の活性は、400℃、0.1 MPaの条件下の平衡転化率(理論限界)に達しており、既報のルテニウム系触媒の優れた活性に匹敵する性能であった。
これらの触媒について、第一原理計算で求めた希土類窒化物の窒素空孔形成エネルギーと、実測の触媒活性の関係を調べたところ、窒素空孔の形成エネルギーが小さいほど、すなわち窒素空孔が形成されやすいほど、高いアンモニア合成活性を示すことが明らかになった(図3)。この関係により、先に報告したNi担持LaNよりも、Ni担持CeNの方が優れたアンモニア合成触媒となることが示された。
これらの触媒上では、水素活性化能の高いNiが水素分子の結合を切り、生成された水素原子が、希土類窒化物表面の窒素種と反応することで、アンモニアが生成される。このとき希土類窒化物表面に窒素空孔が形成される。ここに窒素分子が取り込まれることで、窒素分子が活性化され、Ni上の水素原子により水素化されて、さらにアンモニアが生成される。同時に希土類窒化物の格子窒素が再生されることで、触媒的に反応が進行する。窒素空孔形成エネルギーの大きい物質は、この触媒サイクルがスムーズに進行しないため、触媒として効率よく機能しないことも、同位体[用語3]ガスを使った実験と計算科学により確認されている。
今後の展開
今回の研究は、窒素空孔の形成エネルギーがアンモニア合成触媒の活性を決める指標になることを示しており、従来の触媒活性指標では予測できない新たな触媒系を発見するための重要な道筋を与えるものである。この新たな考え方によって、温和な条件下で作動する、貴金属を使わないアンモニア合成触媒の開発が大きく加速されることが期待される。今後、この考え方をさらに発展させ、より優れた触媒の開発や他の触媒反応への展開を目指している。
用語説明
[用語1] 窒素空孔形成エネルギー : 金属窒化物中のN3-が部分的に抜けた空きサイトを窒素空孔と呼び、その窒素空孔を形成するのに必要なエネルギー。
[用語2] 窒素吸着エネルギー : 遷移金属触媒表面で、N2が解離して原子状窒素となる反応が起こる。この原子状窒素が金属表面に吸着するエネルギー。金属と窒素との結合の強さとも関連する。
[用語3] 同位体 : 原子番号が同じで、重さ(質量数)だけが異なる原子のことで、化学的性質は同等である。
付記
今回の研究成果は、文部科学省元素戦略プロジェクト<拠点形成型>(No.JPMXP0112101001)、科学研究費補助金(No.17H06153、JP19H05051、JP19H02512)、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(No.JPMJPR18T6)、日本学術振興会 海外特別研究員(No.P18361)の支援によって実施された。
参考文献
掲載誌 : |
Nature Catalysis |
論文タイトル : |
Ternary Intermetallic LaCoSi as a Catalyst for N2 Activation (窒素分子の活性化触媒としての3元系金属間化合物LaCoSi) |
著者 : |
Yutong Gong, Jiazhen Wu, Masaaki Kitano, Junjie Wang, Tian-Nan Ye, Jiang Li, Yasukazu Kobayashi, Kazuhisa Kishida, Hitoshi Abe, Yasuhiro Niwa, Hongsheng Yang, Tomofumi Tada & Hideo Hosono |
DOI : |
掲載誌 : |
Nature |
論文タイトル : |
Vacancy-enabled N2 activation for ammonia synthesis on an Ni-loaded catalyst (担持ニッケル触媒上でのアンモニア合成における空孔による窒素分子の活性化) |
著者 : |
Tian-Nan Ye, Sang-Won Park, Yangfan Lu, Jiang Li, Masato Sasase, Masaaki Kitano, Tomofumi Tada, Hideo Hosono |
DOI : |
論文情報
掲載誌 : |
Journal of the American Chemical Society |
論文タイトル : |
Contribution of nitrogen vacancies to ammonia synthesis over metal nitride catalysts (金属窒化物触媒上でのアンモニア合成における窒素空孔の寄与) |
著者 : |
Tian-Nan Ye1, Sang-Won Park1,2, Yangfan Lu1, Jiang Li1, Masato Sasase1, Masaaki Kitano1, Hideo Hosono1,2 |
所属 : |
1 東工大元素戦略研究センター 2 物質・材料研究機構 MANA |
DOI : |
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- 研究者詳細情報(STAR Search) - 北野政明 Masaaki Kitano
- 研究者情報(東京工業大学リサーチリポジトリ) - 叶天南 Tian-Nan Ye
- 東京工業大学 元素戦略研究センター
- 物質理工学院 材料系
- 研究成果一覧
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Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5009
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E-mail : kitano.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5191 / Fax : 045-924-5191
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