要点
- 様々なアルコール原料から第一級アミンを直接合成する固体触媒を開発
- ルテニウム粒子の電子的チューニングによる高機能化の実現
- バイオマス由来の化合物から高付加価値ポリマー原料の合成に成功
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の原亨和教授、喜多祐介助教と鎌田慶吾准教授らは、アルコールとアンモニアを一段階の反応で第一級アミン[用語1]へと変換する新規ルテニウム触媒の開発に成功した。このルテニウム触媒は再生可能なバイオマス資源からエンジニアリングプラスチック原料を合成することができる。
アルコールから得られるカルボニル化合物がアミン合成の出発原料としてよく用いられており、アルコールからアミンを直接合成できる新しい触媒の開発が望まれていた。これまでに報告されているルテニウム触媒では、高い反応温度や本来は必要のない水素の添加が必要であるという問題点があった。今回の研究では電子的調整(電子チューニング)を行ったルテニウム触媒を開発することで、低い反応温度で様々なアルコールから水素の添加を必要としないアミンの直接合成に成功した。
この触媒はアルコール類の効率的な変換触媒としてだけでなく、有機化合物から水素を取り出し、また戻すことが可能な特徴を有していることから、有機ケミカルハイドライド法[用語2]への応用も期待される。
研究成果は英国王立化学会誌「Chemical Science(ケミカルサイエンス)」にオンライン速報版で9月3日に掲載された。
背景
第一級アミンは、医農薬品や機能性材料の合成中間体として広範に用いられている。したがって容易に入手可能な原料を用いて、有害な副生成物を生み出さない第一級アミン合成を開発することには大きな価値がある。原教授らの研究グループはカルボニル化合物を出発原料とし、水素とアンモニアを用いる還元的アミノ化反応により、様々なアミンを合成できる触媒を開発しており、これまでに発表をしている[参考文献1,2]。
しかし、カルボニル化合物はアルコールを変換して得る必要があり、アンモニアとアルコールの反応により第一級アミンを触媒的に合成できれば、目的生成物以外に副生するのは無害の水のみとなり、環境調和性と原子効率に優れた合成法となる。
近年では、化石資源の使用削減を目的としてバイオマス由来の原料を用いた変換反応の開発が進められており、バイオマス由来化合物の中には多くのアルコール類が含まれていることから、バイオマス由来アルコールから高付加価値な第一級アミンを合成する触媒の開発は、持続可能な社会の構築に貢献することが可能である(図1)。
一例を挙げると、合成繊維として広く用いられているナイロン6,6の原料であるヘキサメチレンジアミンは、石油精製の副産物である1,3-ブタジエンを有害な青酸(HCN)との反応によりアジポニトリルへと誘導し、その後、水素化することにより合成されている。アルコールから第一級アミンを合成することができれば、バイオマスから誘導できる1,6-ヘキサンジオールから一段階でヘキサメチレンジアミンを合成することが可能になり、現状のプロセスを簡略化し省エネルギー化を図ることができる(図2)。
研究の経緯
アルコールを一段階で第一級アミンへと変換するには、“Borrowing Hydrogen”[用語3]に基づいた手法が必要となる。この手法では、触媒と分子の間で水素のやり取りを行うことで、①一時的なアルコールの活性化②アンモニアとの脱水縮合、そして③水素化という三つのステップが一つの容器内で一挙に行われる。このBorrowing Hydrogen法で鍵となるのが、一段階目のアルコールの活性化の際に生じるルテニウムヒドリド種[用語4]である(図3)。このルテニウムヒドリド種は三段階目の水素化を行う触媒であり、この化学種の活性と安定性を制御することが高効率な変換反応に必要である。
従来のルテニウム触媒では反応機構上不必要な水素分子の添加を必要としていた。原教授らはこの原因として、ルテニウムヒドリド種から水素分子が脱離するため、水素圧をかけることによりルテニウムヒドリド種へと戻しているのではないかと考えた。そこで、ルテニウムヒドリド種を電子的にチューニングすることで、反応性を制御し水素分子の添加を必要とせず、アルコールからの第一級アミン合成を温和な条件で促進する触媒の開発を進めた。
研究成果
原教授らは担体となる金属酸化物によりルテニウムナノ粒子の電子密度が変化することを明らかにしており、そのルテニウム粒子のチューニングにより還元的アミノ化反応を効率よく促進するルテニウム-酸化ニオブ複合触媒(Ru/Nb2O5)を開発している[参考文献1]。しかし、ルテニウムナノ粒子と金属酸化物担体の組み合わせだけでは、活性と安定性を併せ持つ触媒を開発することはできなかった。
そこでより精密な調整を行うため、2種類の金属酸化物を用いルテニウムナノ粒子と組み合わせた触媒を開発した。その結果、ルテニウムと酸化マグネシウムと二酸化チタンを組み合わせた複合体触媒 (Ru-MgO/TiO2)が、アルコールとアンモニアから第一級アミン合成において、二酸化チタンのみを使用した触媒(Ru/TiO2)よりも高い触媒活性を示すことを見出した(図4)。また、従来のルテニウム触媒とは異なり、水素分子の添加を必要とせず、より温和な条件で、アルコールとアンモニアから第一級アミンを合成できることが明らかとなった。
今回開発したRu-MgO/TiO2と電子的チューニングを行う酸化マグネシウムを加えない触媒(Ru/TiO2)を比較検討することにより、酸化マグネシウムによりルテニウムヒドリド種が電子的チューニングされ、ルテニウムとヒドリドの間の結合が伸長し、活性が向上することを実験的に明らかにした(図5)。ヒドリドの活性が向上することにより、三段階目の水素化反応が迅速に進行し、ヒドリドが水素分子として脱離することを阻害したものと考えられる。
Ru-MgO/TiO2を用いると、多種多様なアルコール類を第一級アミンへと変換することが可能であり、特にバイオマス由来アルコール類にも適用可能であった。
バイオマス由来の基幹原料である5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)を出発原料とすることで、高機能ポリマーであるアラミド樹脂[用語5]のモノマーを合成することを可能にする。
今後の展開
今回開発した触媒は、アルコール類からの第一級アミン合成を効率化することが可能になることから、工業的な利用に向けた道が開けたといえる。さらにバイオマス変換による高付加価値化にも展開することが可能である。
今回の研究では、金属ヒドリド種の電子的チューニングにより触媒活性を大きく変化させることが可能なことを明らかとした。金属ヒドリド種は有機化合物との間で水素の受け渡しをする際の鍵となる化学種であることから、水素分子を利用する反応(水素化反応)に応用できるというだけでなく、有機ケミカルハイドライド法の触媒設計にも応用することが期待できる。
用語説明
[用語1] 第一級アミン : アンモニア(NH3)の水素原子1個を炭化水素基または芳香族原子団で置換した化合物。
[用語2] 有機ケミカルハイドライド法 : 水素は爆発性の気体のため、そのまま大規模に貯蔵輸送をする場合は、潜在的なリスクの高い物質である。安全に貯蔵輸送するため、トルエンなどの芳香族化合物を水素の入れ物(キャリア)として用いる手法。芳香族化合物の水素化(水素貯蔵反応)と脱水素反応(水素発生反応)からなる。
[用語3] Borrowing Hydrogen : 有機化合物の酸化(脱水素)と還元(水素化)を一つの反応過程で行い、より複雑な構造の化合物を合成する手法。触媒と有機化合物の間での水素の受け渡しにより達成されることからBorrowing Hydrogenと名付けられた。
[用語4] ルテニウムヒドリド種 : ルテニウムとマイナスの電荷をもつ水素イオン(ヒドリド)が結合した化学種。
[用語5] アラミド樹脂 : アミド結合(-C(O)-N)によって多数のモノマーが結合してできたポリマーのうち、芳香族アミンをモノマーとして使用したもの。高耐熱性・高強度のエンジニアリングプラスチックであり、その高い引っ張り 強度や耐刃性から、ケブラー®に代表されるように防弾チョッキやヘルメットなどに利用される。
- ※
- ケブラー®は、米国デュポン社の関連会社の商標あるいは登録商標です。
参考文献
[1] 欲しいものだけを合成する新触媒(東京工業大学プレスリリース:2017年8月7日付け)
[2] 副産物をほぼゼロの特異構造のナノ粒子触媒による有用物合成(東京工業大学プレスリリース:2018年6月28日付け)
論文情報
掲載誌 : |
Chemical Science |
論文タイトル : |
Effects of Ruthenium Hydride Species on Primary Amine Synthesis by Direct Amination of Alcohols over Heterogeneous Ru Catalyst |
著者 : |
Yusuke Kita, Midori Kuwabara, Satoshi Yamadera, Keigo Kamata, Michikazu Hara |
DOI : |
- プレスリリース バイオマス資源からアミンを直接合成できる新触媒 —再生可能資源からのポリマー原料・医農薬中間体製造に期待—
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- 原・鎌田研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 原 亨和 Michikazu Hara
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 喜多 祐介 Yusuke Kita
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 鎌田 慶吾 Keigo Kamata
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