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水分摂取を抑制する脳内メカニズムを解明 口渇感を調節する新たな脳機能の発見

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要点

  • 脳内の脳弓下器官で水分摂取を抑制するコレシストキニン作動性神経細胞(CCKニューロン)を同定。
  • 2種類のCCKニューロン集団が役割を分担して、水分摂取を促す水ニューロンの活動を抑制。
  • 光遺伝学を用いて、それぞれのCCKニューロンの人為的活動制御を行い、マウスの飲水行動の制御に成功。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 生体恒常性研究ユニットの松田隆志特任助教、野田昌晴特任教授らの研究グループは、脳内の脳弓下器官(SFO)[用語1]においてコレシストキニン(CCK)[用語2]を分泌する神経細胞(CCK作動性ニューロン[用語3];以下CCKニューロン)を同定し、このCCKニューロンが活性化することで飲水行動が抑制されることを初めて明らかにした。

また、CCKニューロンは、体液[用語4]のナトリウムイオン(Na+)濃度の低下に応じて持続的に活性化する集団と、飲水行動に反応して一過性に活性化する集団の2種類が存在することを発見した。

本研究グループはこれまでにSFOにおいて飲水行動の誘導をつかさどる神経細胞(水ニューロン[用語5])および、その神経回路を明らかにしている[参考文献1]。今回の研究成果は水ニューロンの活動が調節されるメカニズムを初めて解明したものであり、口渇感(こうかつかん)の異常に由来する水中毒や多飲症など、過剰な水分摂取により誘発される疾患の治療や予防法の確立に貢献するものと期待される。

本研究成果は英国の科学誌『Nature Communications(ネイチャー コミュニケーションズ)』に11月10日に公開された。

背景

ヒトを含む脊椎動物において、体液のナトリウムイオン(Na+)濃度は約145 mMに保持されており、体液恒常性と呼ばれている。体液恒常性は生命維持にとって必須であり、飲水行動を適切に制御することはそのために非常に重要である。口渇感の異常からくる水分摂取の過度な抑制は高ナトリウム血症[用語6]を、また過剰な水分摂取は低ナトリウム血症[用語6]や水中毒を引き起こし、脳を含む多くの臓器に致命的な障害を発生させる。最近、脳において飲水行動の誘発に関わる神経細胞の存在や神経回路が明らかになった。その一方で、飲水行動を抑制するメカニズムについては明らかになっていなかった。

脱水状態や塩欠乏状態(あるいは多量の失血状態)になると血中のアンジオテンシンⅡ(AngⅡ)[用語7]濃度が増加し、水分摂取および塩分摂取行動を誘導することが知られている。本研究グループはこれまでに、SFOにある水ニューロンが飲水行動を、塩ニューロン[用語8]が塩分摂取を誘導することを明らかにしている[参考文献1]

さらに、水分摂取が積極的に抑制される生理的条件下(体液のNa+濃度が低下した状態)においては、CCKに応答して活性化するSFO内の抑制性神経細胞(GABAニューロン)[用語9]によって、水ニューロンの活動が抑制されていることを見いだしていた。しかしながら、CCKがどこで産生され、どういったメカニズムでSFOの水ニューロンの活動が制御されているのか、その詳細は未解明だった。

研究成果

まず、体液のNa+欠乏状態においてSFO内で増加するCCKがどこで産生されているのか検討するためにマウスにおいて、血中およびSFOにおけるCCK量の測定を行った。その結果、体液のNa+欠乏状態において、血中のCCK量は通常時と比べて変化していないにもかかわらず、SFO内のCCK量は9倍程度増加していた(図1)。また、SFO内でCCK遺伝子の発現(mRNA)が上昇することも分かった。

図1. 血漿およびSFOにおけるCCK量の測定

図1. 血漿およびSFOにおけるCCK量の測定

a.
血漿中における体液のNa+欠乏状態および脱水状態のCCK濃度比
b.
SFOにおける体液のNa+欠乏状態および脱水状態のCCK濃度比

次に、CCKを分泌する細胞を可視化するために、CCKを発現する細胞内でCreリコンビナーゼ[用語10]を発現する遺伝子改変マウス(CCK-Creマウス)のSFOにCre依存的に蛍光タンパク質mCherryを発現する高頻度逆行性ウイルスベクター(HiRet-DIO-mCherry)[用語11]を注入した。このウイルスベクターは神経終末から感染し、細胞体でCre依存的なmCherryを発現させることから、SFOに投射しているCCKニューロンを網羅的に可視化することが可能となる。

その結果、SFO内においてmCherryを発現したニューロンを多く確認した(図2)。また、これらのニューロンは、体液のNa+欠乏状態において、神経活動の活性化を示すFosタンパク質[用語12]を発現していた。一方、その他の神経核(外側腕傍核:LPBN[用語13])などでもmCherryを発現した神経細胞が認められたが、その数はごく少数であり、かつ、体液のNa+欠乏状態においてFosタンパク質を発現していないことが分かった。このように、SFO内においてmCherry を発現しているニューロンが水分摂取の抑制に関与するCCKニューロンであることが明らかになった。

図2. SFOに存在するCCKニューロン

図2. SFOに存在するCCKニューロン

a.
CCK-CreマウスのSFOにHiRet-DIO-mCherryを注入する実験の模式図。
b.
SFOにおけるCCKニューロン(赤色)。
c.
体液のNa+欠乏状態におけるCCKニューロン(赤色)と神経活性化マーカーFos(緑色)の発現。二色が重なっているところを矢頭で示している。

続いて、SFOのCCKニューロンがどのような生理的条件下で活動するのか知るために、CCK-Creマウスを用いてSFOのCCKニューロン特異的に、カルシウムセンサーであるGCaMP6f[用語14]を発現させ、単細胞レベルで神経活動を測定した(図3)。様々な生理条件下において、複数のCCKニューロンの活動を比較した結果、多くのCCKニューロンの活動は体液のNa+欠乏状態において持続的に活性化していた。

このグループのCCKニューロン(グループ1)は、水分摂取によっては活動が低下することはないが(図3f)、塩分を摂取すると10~20分後にはその神経活動が抑制されていくことが分かった(図3、グループ1;図4、動画1)。さらに、水分摂取に応答して、ただちに一過性に活性化する別のCCKニューロンの集団(グループ2)があることが分かった(図3f、グループ2;動画2)。

図3. 体液のNa+欠乏状態および水分摂取時におけるSFOのCCKニューロンの活動

図3. 体液のNa+欠乏状態および水分摂取時におけるSFOのCCKニューロンの活動

a.
生体内カルシウムイメージングの模式図。
b.
SFOにおけるGCaMP6f発現細胞(緑色)とレンズ挿入部位。
c.
カルシウムイメージングで得られる観察像。
d.
体液のNa+欠乏状態および高張食塩水による水分摂取誘導の実験条件。
e.
それぞれの条件下における個々のSFOのCCKニューロンの神経活動
f.
神経活動の活性化のパターンに基づき(e)、SFOのCCKニューロンを統計学的に解析した結果Group1~3に分類される。グループ3が活性化される条件は不明。

図4. 体液のNa+欠乏状態および塩分摂取後におけるSFOのCCKニューロン(グループ)の活動

図4. 体液のNa+欠乏状態および塩分摂取後におけるSFOのCCKニューロン(グループ)の活動

a.
体液のNa+欠乏状態および食塩水摂取の実験条件。
b.
それぞれの条件下における個々のSFOのCCKニューロンの神経活動。

aの(ⅰ)~(ⅳ)の時点の活動状態をbの(ⅱ)~(ⅳ)に示す。

動画1. 体液のNa+欠乏状態および塩分摂取後におけるSFOのCCKニューロンの神経活動の様子

動画2. 水分摂取に応答したSFOのCCKニューロンの神経活動の様子

さらに、光遺伝学[用語15]を用いて、SFOのCCKニューロンの活動を人為的に活性化もしくは抑制した。その結果、CCKニューロンの活動を活性化すると、脱水状態において水分摂取量が減少した(図5a、b)。一方、体液のNa+欠乏状態においてCCKニューロンの活動を抑制すると、飲水行動が誘導されることが分かった(図5c、d)。これらの結果はCCKニューロンの活性化が飲水行動を抑制していることを示している。

図5. 光遺伝学を用いたSFOのCCKニューロンの活動制御

図5. 光遺伝学を用いたSFOのCCKニューロンの活動制御

a.
SFOのCCKニューロンの活動を人為的に活性化する実験手法および脱水状態における飲水行動の観察条件の模式図。
b.
光刺激による脱水状態における飲水行動の抑制。
c.
SFOのCCKニューロンの活動を人為的に抑制する実験手法および体液のNa+欠乏状態における飲水行動の観察条件の模式図。
d.
光刺激による体液のNa+欠乏状態における飲水行動の誘導。

本研究成果のまとめ

Na+欠乏状態および脱水状態のどちらにおいても、血中のAngⅡ濃度は増加する。AngⅡはSFOの水ニューロンを活性化し、水分摂取を促す方向に作用する(図6左)。しかしながら、体液のNa+濃度が低下している状態では、グループ1のCCKニューロンが活性化し、CCKを介してGABAニューロン(抑制性ニューロン)が活性化され、水ニューロンの活動は持続的に抑制されている(図6中央)。

一方、脱水状態では、水ニューロンは活性化状態にあり飲水行動が誘導されているが、水を飲むと咽頭や消化管からのフィードバックシグナルが、グループ2の別のCCKニューロン集団に伝達される。その結果、分泌されたCCKによって異なるGABAニューロンが活性化され、水ニューロンの活動は一過性に抑制される(図6右)。

図6. 本研究成果のまとめ(SFOの水ニューロンが調節されるしくみ)

図6. 本研究成果のまとめ(SFOの水ニューロンが調節されるしくみ)

今後の展開

今回の飲水行動を制御する脳内機構の解明は、神経科学における学術的価値だけでなく、口渇感の異常により誘発される疾患の治療や予防法の確立にも貢献するものと期待される。

付記

本研究は、以下の支援を受けて実施した。

  • 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」研究領域(影山龍一郎 研究総括)における研究課題「オプトバイオロジーの開発による体液恒常性と血圧調節を司る脳内機構の解明」(研究代表者:野田昌晴)
  • 科学研究費助成事業 基盤研究(S)「血圧上昇因子群の脳内作用機構に関する統合的研究」(研究代表者:野田昌晴)
  • 科学研究費助成事業 研究活動スタート支援「水分摂取行動を制御する神経機構の解明」(研究代表者:松田隆志)
  • 科学研究費助成事業 若手研究「体液状態に応じて水分摂取を制御する神経機構の解明」(研究代表者:松田隆志)
  • 公益財団法人 武田科学振興財団 ライフサイエンス研究助成「飲水行動を制御 するコレシストキニンの分泌制御機構の解明」(研究代表者:松田隆志)

用語説明

[用語1] 脳弓下器官(SFO) : 水分摂取や塩分摂取、血圧の制御に関与する脳内器官の1つ。脳内で例外的に血液-脳関門(血液中の成分が脳内へ非特異的に侵入するのを防ぐためのバリア構造)を欠損しており、また、脳室に面した位置にあるため、血液と脳脊髄液中の成分を感知するのに適した部位として知られる。

[用語2] コレシストキニン(CCK) : 消化管ホルモンとしてタンパク質や脂肪の分解に関わることが知られている。一方で、脳神経系においても広く分布し、神経伝達物質として生理的な役割を果たしていることが知られている。

[用語3] CCK作動性ニューロン(CCKニューロン) : 神経伝達物質としてのCCKを産生・分泌している神経細胞。SFOのみならず、脳内の複数の神経核に分布している。

[用語4] 体液 : 血液や脳脊髄液を含む細胞外液の総称

[用語5] 水ニューロン : 本研究グループが同定したSFOに局在する飲水行動を誘導する興奮性神経細胞の集団。ペプチドホルモンであるAng IIの受容体、AT1aを発現している。以前の研究でこれらの神経細胞の活性化により、飲水行動が誘導されることを明らかにした[参考文献1]参照)

[用語6] 高ナトリウム血症/低ナトリウム血症 : 高ナトリウム血症は、血清ナトリウムの濃度が145 mMを上回る状態であり、体内の総ナトリウム量に対して体内総水分量が不足していることを意味する。低ナトリウム血症は逆に145mMを下回る状態であり、体内の総ナトリウム量が不足していることを意味する。

[用語7] アンジオテンシンⅡ(AngⅡ) : 肝臓や肥大化した脂肪細胞から分泌されるアンジオテンシノーゲンが、腎臓の傍糸球体細胞から分泌されるレニンの作用によってアンジオテンシンⅠに変換された後、さらにアンジオテンシン変換酵素(ACE)の働きによってアンジオテンシンIIに変換され生成する。
アンジオテンシンⅡは末梢では血管平滑筋収縮による昇圧と副腎からのアルデステロン分泌促進によって血圧・体液調節に重要な役割を果たす。

[用語8] 塩ニューロン : 本研究グループが同定したSFOに局在する塩分摂取行動を誘導する興奮性神経細胞の集団。Ang IIの受容体AT1aを発現しており、このニューロンの活性化により塩分摂取が誘導されることを以前の研究で示した[参考文献1]参照)

[用語9] 抑制性神経細胞(GABAニューロン) : 抑制性神経伝達物質であるGABAを分泌するGABA作動性ニューロン。Clイオン透過性を上昇させ細胞膜を過分極させることによって興奮性神経細胞からの出力を抑制する。

[用語10] Creリコンビナーゼ : バクテリオファージP1由来のType1のトポイソメラーゼであり、loxP配列間でDNAの部位特異的組換えを行う。同一DNA分子上に方向性が同じ2つのloxP部位が存在する場合、2つのloxPの内側にあるDNA配列は環状に切り出される。同一DNA分子上に方向性が逆の2つのloxP部位が存在する場合、2つの内側にあるDNA配列はloxPの外側の配列に対して反転される。

[用語11] 高頻度逆行性ウイルスベクター(HiRet) : 狂犬病ウイルスの糖タンパク質を用いて、神経軸索の末端より感染して細胞体へと逆行性に輸送され、目的遺伝子を発現するように改良されたレンチウイルスベクター。

[用語12] Fosタンパク質 : 細胞への刺激に応答して速やかに発現が誘導される最初期遺伝子群にコードされるタンパク質の1つ。神経細胞においては多くの最初期遺伝子は活動依存的遺伝子であり、神経活動マーカーとして広く用いられている。

[用語13] 外側腕傍核(LPBN) : 脳の橋と呼ばれる領域に存在する神経核。情報伝達の中継点として知られ、末梢から体温や味覚、痛覚などの感覚情報や体液調節のための情報を受け取ることが知られている。

[用語14] GCaMP6f : 人工的に作成されたカルシウムセンサータンパク質。神経活動によって変化する細胞内カルシウム濃度がGCaMPの蛍光強度の変化として検出できる。

[用語15] 光遺伝学 : 光によって活性変化するタンパク質遺伝子を細胞に導入・発現させることで、その細胞機能を光によって人為的に操作する技術。神経細胞を活性化させる実験では、青色光によって活性化する陽イオンチャンネルであるチャネルロドプシン(ChR2)などが使用される。神経細胞の活動を抑制する実験では、黄色光によって活性化するクロライド(Cl-)ポンプであるハロロドプシン(eNpHR)などが使われる。

参考文献

[1] Matsuda, T., Hiyama, T.Y., Niimura, F., Matsusaka, T., Fukamizu, A., Kobayashi, K., Kobayashi, K., and Noda, M. (2017). Distinct neural mechanisms for the control of thirst and salt appetite in the subfornical organ. Nat Neurosci. 20, 230-241.

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Distinct CCK-positive SFO neurons are involved in persistent or transient suppression of water intake
著者 :
Takashi Matsuda, Takeshi Y Hiyama, Kenta Kobayashi, Kazuto Kobayashi, Masaharu Noda
DOI :

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