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毒性元素を含まない直接遷移型の近赤外線向け半導体を発見 テルル化カドミウム水銀、ヒ化ガリウムを代替する近赤外線用素子実現への期待

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概要

1.
東京工業大学は物質・材料研究機構(NIMS)と共同で、安価で毒性の無いカルシウム、シリコン、酸素から構成される「Ca3SiO」が、赤外線用のLEDや検出器として応用が可能な直接遷移型の半導体であることを発見しました。現在、赤外線領域で利用されている半導体の多くは、カドミウム、テルルなどの毒性元素を含むのに対し、今回発見したCa3SiOは、安価な非毒性の元素のみからなるという付加価値を備えた新たな近赤外線向け半導体としての応用が期待されます。
2.
赤外線は、光ファイバー通信、太陽電池、暗視装置等に用いられる産業上、非常に有益な波長帯です。これまで、赤外線領域で利用される半導体として、テルル化カドミウム水銀、ヒ化ガリウムなどの毒性元素を含む材料が用いられてきました。一方、毒性のない元素からなる赤外半導体は、専ら発光特性などが期待できない間接遷移型と呼ばれる半導体です。そのため、毒性のない元素から構成され、かつ、バンドギャップ[用語1]が赤外線領域にあり、高機能素子への応用が可能な直接遷移型半導体[用語2]の開発が望まれていました。
3.
本研究グループは、毒性元素を含まない半導体を見つけ出すために、まずは従来の半導体の探索指針とは異なる指針を検討しました。従来は、周期表のIII族—V族、または、II族—VI族のように、周期表のIV族元素の左右に位置する元素を組み合わせて、バンドギャップなどの半導体特性を制御してきました。そのため、テルル化カドミウム水銀、ヒ化ガリウムのように、毒性元素が含まれる組み合わせを利用しなくてはなりませんでした。そこで、通常+4価の陽イオンとしてふるまうシリコンが-4価の陰イオンとして寄与する結晶構造に着目しました。そして、逆ペロブスカイト型結晶構造[用語3]を持つ酸珪化物であるCa3SiOなどの物質群を選択し、その合成、物性評価、および、理論計算を進めた結果、それらのバンドギャップが約0.9 eV(波長では1.4 µm)という小さな値を示し、直接遷移型の半導体となることを見出しました。バンドギャップが小さいほど長波長の赤外線を吸収したり、検出したりできる材料となり、また、直接遷移型であることから、赤外線発光特性や、薄くしても光を漏らさず吸収する特性が期待できるため、LED等の赤外線光源や赤外線検出器を構成することのできる新しい近赤外線向け半導体として非常に期待できる材料です。
4.
今後、発見した半導体の大型単結晶の合成、薄膜成長プロセスの開発、ならびに、ドーピング・固溶による物性制御を進め、赤外線領域の高輝度LEDや高感度検出器の開発を目指していきます。これらの実現によって、これまで用いられてきた毒性元素を含む近赤外線向け半導体素子を、毒性の無い元素で構成された素子に代替させることができると期待されます。
5.
本研究は、東京工業大学 元素戦略研究センターの大橋直樹特定教授(本務:物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点長)と、University College London(UCL)のA. Shluger教授からなる研究チームによって、国内では、文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型 電子材料拠点>の一環として、また、英国・UCL、カナダ・マギル大学との日本学術振興会研究拠点形成事業を通じた交流によって実施されました。
6.
本研究成果は、米国化学会刊行のInorganic Chemistry誌への掲載が決定し、現地時間2020年12月10にオンライン版として掲載されました。

背景

赤外線は、可視光よりも波長が長く人間の目には見えない光ですが、熱源、センサ、通信手段など様々に応用されている現代社会に必要不可欠な波長帯の光です。赤外線用のLEDや検出器には、赤外線領域にバンドギャップを持つ半導体が用いられることになり、所望の波長で発光・吸収させるためには、光学的バンドギャップを制御する必要があります。特に、レーザー素子などの赤外線発光素子として利用されるためには、直接遷移型のバンドギャップをもつことが求められます。

図1. 元素の周期律表。III-V族半導体とII-VI族半導体を構成する元素

図1. 元素の周期律表。III-V族半導体とII-VI族半導体を構成する元素

半導体の探索には、古くから周期表(図1)の右側の元素が利用されるのが一般的です。単体半導体であるシリコンやゲルマニウムは、単体物質であるIV族半導体です。近年、半導体レーザーに使われるGaAs系や青色LEDを実現したGaN系などのIII-V族半導体や、テルル化カドミウム水銀などのII-VI族半導体など、周期表のIV族元素の左側の元素を陽イオン、右側に位置する元素を陰イオンとして選択して組み合わせることで、バンドギャップなどの半導体物性が制御されてきました。その場合、一般に、原子番号の大きい元素を含む物質においてバンドギャップが小さくなる傾向が認められています。そのため、赤外線領域にバンドギャップをもつII-VI族半導体やIII-V族半導体を得るためには、原子番号の大きな元素であるテルル、カドミウムなどを利用する必要がありました。つまり、実用化している赤外線向け半導体(テルル化カドミウム水銀やヒ化ガリウムなど)は、人体に対して有害であると一般認識されているテルル、カドミウム、水銀、ヒ素などを構成元素として含んでいます。III-VやII-VIという組み合わせの中から半導体を構成しようとすると、非毒性の赤外線向けの半導体は作れないことになります。

一方、近年になって有害物質に対する世界的な規制が急速に進んでいます。この規制に対応するために、安心・安全な元素を用い、かつ、製造コストが抑えられた、既存の赤外線向け半導体とは異なる新規直接遷移型赤外線向け半導体の開発が求められていました。

研究内容と成果

本研究では、毒性元素を含まない赤外線向け半導体を見つけ出すために、従来の半導体の探索指針とは異なる指針を検討している過程において、新しい赤外線向け半導体を発見しました。IV族のシリコンやゲルマニウムには、3つの顔があります。単体のIV族半導体では中性です。一方、SiO2などの酸化物になれば+4価の陽イオンです。そして、シリコンやゲルマニウムが-4価の陰イオンとして振る舞うというのが3つ目の顔です。今回採用された指針では、IV族元素が陰イオンとして振る舞う結晶構造に着目し、毒性元素の使用を回避した新しい赤外線向け半導体の探索を行いました。シリコンが形式的に-4価の陰イオンとして振る舞う化合物は珪化物(シリサイド)と呼ばれ、安価な元素から構成され、毒性を示さない半導体の探索において、珪化物は注目を集めてきています。しかし、珪化物の多くは間接遷移型のバンドギャップをもち、特に、発光素子への応用にはおいては、必ずしも好適な材料ではありませんでした。

今回、この珪化物の探索指針を拡張し、3種類以上の構成元素からなる化合物を検討しました。珪化物では、形式電荷-4価のシリコンのみが陰イオンです。一方、今回見出した新しい赤外半導体は、その結晶構造の中に、形式電荷-4価のシリコンと形式電荷-2価の酸素という2種類の陰イオンを含むことを特徴とする、酸珪化物(オキシシリサイド)であり、逆ペロブスカイト型結晶構造(図2)を形成します。今回見出した酸珪化物は、バンドギャップが約0.9eVという小さな値を示し、かつ、直接遷移型半導体となることを見出しました。原子番号が小さい酸素を含む酸化物では、バンドギャップが大きくなる傾向があります。しかし、今回見出した酸珪化物では、酸素を含む化合物でありながら狭いバンドギャップを保持し、かつ、酸素を加えることで実現した結晶構造によって直接遷移型のバンドギャップが実現しました。実際に、新しく赤外線向け半導体としての物性を見出した物質は、カルシウム、シリコン、酸素から構成された逆ペロブスカイト型結晶構造の酸珪化物であり、化学組成式はCa3SiOとなります。カルシウム、シリコン、酸素は、すべて非毒性元素であり、地殻に多く含まれる安価なありふれた元素です。

図2. Ca3SiO 半導体の逆ペロブスカイト型結晶構造

図2. Ca3SiO 半導体の逆ペロブスカイト型結晶構造

作製したCa3SiOは黒色の化合物で、X線回折測定の結果、逆ペロブスカイト型構造のCa3SiOであることが確認できました。作製したCa3SiOの光学特性を調べるために、拡散反射スペクトル、発光スペクトルを測定した結果、光学吸収端と蛍光スペクトルのピークが同じエネルギーに観測され、バンドギャップが約0.9 eVの直接遷移型の半導体であることが確認されました(図3)。

さらに、英国UCLのA. Shluger教授らと進めた第一原理計算の結果から、Ca3SiOはΓ点に伝導帯の底と価電子帯の頂上を持つことがわかり(図4)、直接遷移型の半導体であることが確認されました。さらに、計算されたバンド構造の分散特性から、電子、正孔ともに比較的小さな有効質量をもつことが計算されました。これらの結果は、Ca3SiOの伝導機構の制御、p-n接合を利用した素子が実現する可能性が高いことを示唆しています。

図3. Ca3SiOの光吸収スペクトルと発光スペクトル
図3. Ca3SiOの光吸収スペクトルと発光スペクトル

図4. Ca3SiOの電子のバンド構造
図4. Ca3SiOの電子のバンド構造

また、Ca3SiOの物性を変調することを目的として、Ca3SiOのカルシウム、シリコンを他の元素に置換した逆ペロブスカイト型構造の化合物も作製しました。カルシウムのストロンチウムへの置き換え、あるいは、シリコンのゲルマニウムへの置き換えをした化合物も得られ、さらに、Ca3SiOとCa3GeOの混晶であるCa3(Si,Ge)Oの合成も実現し、そうした元素の置き換えに伴うバンドギャップや格子定数の変化も確認され、半導体としての精緻な物性制御の可能性が示されました。

今後の展開

本研究で発見したCa3SiO、及び、その関連化合物は、現在利用されている毒性元素を含む赤外線向け半導体の代替材料として期待されます。そのためには、大型結晶の成長、薄膜化のプロセス開発、元素置換、ドーピングによる光・電気特性の制御などが必要となるため、これらの研究を進めていく計画です。また、今回検討した新たな材料探索指針に基づき、さらなる優れた半導体を見出すための探索も進めていく予定です。

付記

文部科学省 元素戦略プロジェクト<拠点形成型>

研究課題名 :
東工大元素戦略拠点
代表研究者 :
東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野秀雄
プログラムマネージャ :
元素戦略研究センター 雲見日出也 特任教授
研究実施場所 :
東京工業大学、物質・材料研究機構、高エネルギー加速器研究機構、東京大学
研究開発期間 :
2013年7月~2022年3月

日本学術振興会「研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)」

研究交流課題名 :
欠陥誘起機能を利用した持続可能エネルギー材料:材料設計の新概念から素子応用まで
コーディネーター :
東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野秀雄
University College London, Department of Physics and Astronomy, Professor Alexander Shluger
McGill University, Department of Physics, Professor Peter Grutter
研究交流場所 :
東京工業大学、物質・材料研究機構、高エネルギー加速器研究機構、東京大学、University College London、McGill University 他
研究交流期間 :
2018年4月~2022年3月

用語説明

[用語1] バンドギャップ : 電子のエネルギーと運動の関係を示すバンド構造内で、電子が存在できない領域を指す。半導体にエネルギーを与えて励起する場合、バンドギャップ内に電子が存在できないため、バンドギャップ以下のエネルギーを持った光は物質を透過する。特に、直接遷移型半導体では、バンドギャップと光吸収端のエネルギーが一致する。また、直接遷移型のバンドギャップを持つ半導体では、一般にバンドギャップに対応したエネルギーの発光を示す。バンドギャップは、物質の結晶構造、構成元素に依存するため、半導体の光物性を制御するには、適当な結晶構造を持った化合物を、しかるべき元素で構成した物質を得る必要がある。赤外線を吸収する特性を得るには、バンドギャップが1.7e V以下である必要があり、所望の波長の赤外線を検出するためには、その波長に対応するバンドギャップを持った半導体を用いねばならない。発光素子についても、得たい発光波長に対応したバンドギャップを持った化合物を用いるため、バンドギャップの制御が必要となる。

[用語2] 直接遷移型/間接遷移型半導体 : 電子のエネルギーと運動(波数ベクトル)の関係を示すバンド構造内で、伝導帯の底と価電子帯の頂上が同じ波数ベクトル上にあるとき直接遷移型、そうでないときに間接遷移型半導体となる。直接遷移型の半導体では、バンドギャップの値が光吸収端のエネルギーに対応する。特に、ガリウムヒ素、窒化ガリウムなどの直接遷移型の半導体は、バンドギャップに対応した発光が得られるため、LEDなどの発光素子に応用される。一方、シリコンは間接遷移型の半導体であるため、発光素子としてではなく、スイッチや増幅素子などに応用されている。

[用語3] 逆ペロブスカイト構造 : 組成式ABX3(A, B: 陽イオン, X: 陰イオン)で表され、陽イオンBを囲む6個の陰イオンXが構成する八面体 [BX6] が頂点を共有して配列し、8個の [BX6] に囲まれた位置に陽イオンAが配置された結晶構造を「ペロブスカイト構造」と呼ぶ。チタン酸バリウム(BaTiO3)等が典型的なペロブスカイト構造物質である。一方、同じ構造を持ちながら、R3MX(R: 陽イオン, M,X: 陰イオン)のような化学組成を持ち、陰イオンXを囲む6個の陽イオンRが構成する八面体 [XR6] が頂点共有して配列し、8個の [XR6] で囲まれた位置に陰イオンMが配置される。陰イオンと陽イオンの数と配置がペロブスカイト型と異なるため、逆ペロブスカイト構造と言われる。

論文情報

掲載誌 :
Inorganic Chemistry
論文タイトル :
Inverse perovskite oxysilicides and oxygermanides as candidates for nontoxic infrared semiconductor and their chemical bonding nature
著者 :
Ohashi, Naoki; Mora-Fonz, David; Otani, Shigeki; Ohgaki, Takeshi; Miyakawa, Masashi; Shluger, Alexander
DOI :
掲載日時 :
現地時間2020年12月10日

お問い合わせ先

東京工業大学 元素戦略研究センター

特定教授 大橋直樹

E-mail : ohashi.n.aa@m.titech.ac.jp

東京工業大学 元素戦略研究センター

特任教授 雲見日出也

E-mail : kumomi@mces.titech.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室

〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
E-mail : pressrelease@ml.nims.go.jp
Tel : 029-859-2026 / Fax : 029-859-2017


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