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色素分子を「ねじる」と「かさねる」 分子カプセルの新たな空間機能を開発

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要点

  • カルバゾール環の殻を持つ水溶性の分子カプセルを作製
  • 電気化学的刺激に対してカプセル構造は高い安定性を示す
  • 内包によりクマリン色素の「ねじれ構造」を誘起
  • 内包でBODIPY色素はL型「かさなり構造」を形成

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の吉沢道人教授、東京工業高等専門学校の工藤光日(専攻科2年)、井手智仁准教授(物質工学科)らは、カルバゾール環の殻を持つ2ナノメートルサイズの分子カプセルの作製に成功した。このカプセルは水中で安定に存在し、電気化学的な刺激に対しても高い安定性を示した。また、カプセル内に取り込まれた色素分子は、前例のない立体構造や積層構造を取ることを発見し、分子カプセルの新たな空間機能の開発に成功した。

カルバゾールはその分光学および電気化学特性から、有機EL材料など、幅広い分野で注目されている。近年、カルバゾール環を含む三次元化合物(分子リングやケージなど)の研究も活発に行われているが、閉じられた空間を持つ分子カプセルは未開発であった。本研究では、2つのカルバゾール環を含むV型両親媒性分子[用語1]を新たに合成し、それらが水中で自己集合することで、2ナノメートルの分子カプセルが形成することを見出した。このカプセルは水中で、クマリン色素[用語2]およびBODIPY色素[用語3]を効率良く取り込むことできた。注目すべきことに、内包されたこれらの色素分子はカプセル骨格の影響により、これまでに報告例のない「ねじれ構造」と「かさなり構造」を取ることが明らかになった。

上記の成果は、2021年2月26日付で欧州の主幹化学雑誌Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)にオンライン掲載された。

研究の背景とねらい

カルバゾールは窒素原子を含む芳香族化合物で、特徴的な分光学および電気化学的性質から、有機EL材料を代表とする幅広い分野で注目されている。近年、複数のカルバゾール環を三次元的に配置した分子リングやケージ、デンドリマー(樹木状高分子)などが合成され、その興味深い性質も報告されている。一方で、カルバゾール環に囲まれた孤立空間を有する分子カプセルの合成は未報告であった。本研究では、複数のカルバゾール環から成るナノメートルサイズのカプセル構造体を簡便に作製するとともに、その新たな空間機能の開発を目指した。

その分子設計として、2013年に近藤らが報告した2つのアントラセン環[用語4]と2つの親水基を持つV型の両親媒性分子AA(図1)に着目した。この分子は水中で自己集合して、水溶性の分子カプセル(AA)nを形成する[参考文献1]。また、このカプセルは大小様々な色素分子を効率良く取り込むことができる[参考文献2]。そこで工藤らは、アントラセン環をカルバゾール環に置き換えたV型両親媒性分子CA(図1)を新たに設計して、その自己集合によりカルバゾール環の殻を持つ分子カプセルの作製を行った。

図1. 既報のV型両親媒性分子AAと新規なV型両親媒性分子CAの構造

図1. 既報のV型両親媒性分子AAと新規なV型両親媒性分子CAの構造

研究成果

分子カプセルの作製と電気化学的性質

V型両親媒性分子CAは、カルバゾールを出発原料に5段階の反応で合成した。得られたCAを水に加え、80 ℃で1分間撹拌することで、効果的な分子間相互作用により自己集合し、分子カプセル(CA)nが100%の収率で形成した(図2)。核磁気共鳴(NMR)および動的光散乱法(DLS)分析により、カプセルは主に、6分子のCAからなる2ナノメートルの球状集合体であることが判明した(図2右)。また、サイクリックボルタンメトリー(CV)測定から、CAは分散状態(メタノール中)で容易に重合して不溶化するが、カプセル形成により電気化学的な酸化還元刺激に対して顕著に安定化することが分かった。

図2. 水中での分子カプセル(CA)nの形成と立体構造モデル

図2. 水中での分子カプセル(CA)nの形成と立体構造モデル

色素分子の内包と分光学的性質

分子カプセル(CA)nはその内部空間に、クマリン色素C30およびBODIPY色素PMBを取り込むことで、それらの分光学的性質が大きく変化した。実際に、CAC30の固体を乳鉢と乳棒で混合した後、水を加えて、余剰のC30を除去することで、内包体(CA)n•(C30)mの黄色溶液を得た(図3a)。その紫外可視吸収(UV-vis)スペクトルでは、C30に由来する1つのバンドが、カプセルに内包されることで短波長側に大きくシフトした(図3b)。同様の方法で作製したBODIPY内包体(CA)n•(PMB)mのUV-visスペクトルでは、本来1つのバンドのみが観測されるPMBが、カプセルに内包されることで2つのバンドに大きく分裂した(図3c)。

図3. a)分子カプセル(CA)nによる色素分子の内包スキーム.内包前後の紫外可視吸収スペクトル(水中,室温):b)クマリン色素C30とc)BODIPY色素PMB.

図3. a)分子カプセル(CA)nによる色素分子の内包スキーム。内包前後の紫外可視吸収スペクトル(水中,室温):b)クマリン色素C30と c)BODIPY色素PMB

色素分子のねじれ構造とかさなり構造

上記の特異な分光学的挙動に関して、量子化学計算[用語5]による分子構造とバンドの相関解析および対照実験を行った。その結果、通常は平面構造に近いC30が、カプセル内では直交構造を取ることが示された(図4a)。すなわち、カプセル化によるカルバゾール骨格の立体効果で、色素分子をねじることに成功した。一方、既報の分子カプセル(AA)nでは、この現象は観測されなかった。また、PMBに関しては、既報の直線型かさなりや完全かさなりとは異なり、2分子のPMBがカプセル内でL型にかさなることで、新しい分光学的性質を示すことが判明した(図4b)。

図4. 量子化学計算によるa)内包前後のC30のねじれ構造とb)既報と内包後の(PMB)2のかさなり構造

図4. 量子化学計算による a)内包前後のC30のねじれ構造と b)既報と内包後の(PMB)2のかさなり構造

今後の展開

本研究では、カルバゾール環を活用した新規な分子カプセルを作製し、色素分子を取り込むことで、前例のない「ねじれ構造」の誘起と「かさなり構造」の形成に成功した。簡便な内包操作により、色素分子の分光学的性質を大きく改変できるこの手法は、今後、様々な化合物への適応が期待できる。また、分子カプセルの酸化還元特性と分子内包能を組み合わせた新たな機能発現も期待できる。

付記

本研究は、東京工業高等専門学校の特別実習(インターンシップ;2019年7~8月、工藤光日)として開始した東京工業大学との共同研究で、2020年4月から物質・デバイス領域共同研究拠点の支援(課題番号:20201193、井手智仁)を受けました。

用語説明

[用語1] 両親媒性分子 : 水を好む親水性部位と水を嫌う疎水性部位を持つ分子

[用語2] クマリン色素 : ベンゼン環と環状エステルが縮合した芳香族化合物

[用語3] BODIPY色素 : 二フッ化ホウ素と2つのピロール環を含む蛍光性色素

[用語4] アントラセン環 : 3つのベンゼン環を縮合した芳香族化合物

[用語5] 量子化学計算 : コンピューターの演算で分子の構造や性質を予測する手法

参考文献

[1] K. Kondo, A. Suzuki, M. Akita, M. Yoshizawa, Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 2308–2312.

[2] M. Yoshizawa, L. Catti, Acc. Chem. Res. 2019, 52, 2392–2404.

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie
論文タイトル :
Preparation of a Multicarbazole‐based Nanocapsule Capable of Largely Modulating Guest Spectroscopic Properties in Water
(カルバゾール環から成る分子カプセルの作製と内包分子の分光学的特性変化)
著者 :
Kohi Kudo, Tomohito Ide*, Natsuki Kishida, and Michito Yoshizawa*
(工藤光日、井手智仁*、岸田夏月、吉沢道人*
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

教授 吉沢道人

E-mail : yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5284

東京工業高等専門学校 物質工学科

准教授 井手智仁

E-mail : ide@tokyo-ct.ac.jp
Tel : 042-668-5294

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

東京工業高等専門学校 総務課総務企画係

E-mail : somu@tokyo-ct.ac.jp
Tel : 042-668-5111 / Fax : 042-668-5090


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