東京工業大学 未来の人類研究センターは3月13日と14日の2日間、「利他学会議」をオンラインで開催しました。未来の人類研究センターは「理工系大学の中で生まれる人文社会系の知」を探るため2020年2月に発足した研究組織です。新型コロナウイルスの感染拡大とともに始まった研究センターは最初の研究テーマに「利他」を取り上げました。「利他学会議」は1年間の研究成果を公開し、学内外のゲストを招いて「利他」の可能性、そして「利他」の罠についてあらゆる角度から議論するもので、研究センターにとって初のオープンなイベントとなりました。学外の一般からもオンライン参加者を募ったところ、2日間の総参加者数は、合計2,789名にのぼりました。質問やコメントも多く、「利他」への関心の高まりがうかがえました。
利他学会議のホストは研究センターのメンバーである伊藤亜紗准教授(センター長)、中島岳志教授(利他プロジェクトリーダー)、若松英輔教授、磯﨑憲一郎教授、國分功一郎特定准教授が務めました(※)。3つの分科会で議論を重ね、「分身ロボットとダンス」のエクスカーション(模擬体験)を行い、最後の全体会はホスト役の5人が、2年目に入る利他学研究のヒントを語り、しめくくりました。(※ 所属・職名は開催当時)
分科会1「利他的な科学技術」
最初のプログラム分科会1「利他的な科学技術」では、東工大 情報理工学院 情報工学系の三宅美博教授が、意識下で私たちをつないでいる「場」や人間同士あるいは人間とロボットの「間合い」などを通じて「共創」について話しました。次に、AIの開発者である立教大学 大学院人工知能科学研究科の三宅陽一郎特任教授が、人工知能をつくる上での「自己」、「他者」、「欲望」といった問題を取り上げました。まったく異なる分野の研究発表でありながら、同じキーワードがいくつも出現した2人の話を受けて、後半のディスカッションでは、研究センターで行われてきた利他研究と共通するポイントを確認しながら、「利他」の性質を考える上で核となる問題について議論が深まりました。
分科会2「自然と利他」
1日目の午後に行われた分科会2「自然と利他」では、東工大 地球生命研究所の井田茂教授から、自然・生命・自他はその境界が非常にあいまいであること、そして生物学におけるアイデンティティを考えるときには複数の視点をもつことが重要であること、などが語られました。続いて東京大学 大学院理学系研究科の塚谷裕一教授が、植物における自他の区別、「自」あるいは「個」の範囲とは何か、そして植物にとって明確な「他」である昆虫との関係や植物同士の関係性を通して、利他の問題を示しました。後半のディスカッションでは、これらの発表を受けて、宗教における「我」、「個」における「器官」の取り扱い、文学の視点から見た自然、人間の内面にある宇宙、「一回性」をどう考えるのかなど、多角的な視点で利他に迫りました。
エクスカーション「分身ロボットとダンス」
1日目の夜には、伊藤亜紗センター長と身体表現性障害(自覚的な身体症状がみられるがそれを説明する疾患が認められない障害)の当事者であるさえさん、ダンサー・振り付け家の砂連尾理(じゃれお おさむ)さんらが行っている「離れたところにある身体同士の関わりをめぐる研究」の研究発表が、この利他学会議のエクスカーションとして行われました。さえさんは伊藤センター長とともに、大学内のセンターの拠点である大岡山キャンパス西9号館901号室から、分身ロボットのOriHime(オリヒメ)をパイロットとして遠隔操作する形で参加しました。砂連尾さんをはじめその他のセンターメンバーはZoom(ズーム)で参加しました。それぞれが「離れていること」によって、このエクスカーションそのものが、テーマである「離れていることとは何か」を考える場として機能しながら、「場」や「存在」に関して深く感じさせる時間を生み出しました。
分科会3「社会の中の利他」
2日目の分科3「社会の中の利他」ではまず、建築家として建築家ユニット アトリエ・ワンでも活動する東工大 環境・社会理工学院 建築学系の塚本由晴教授が、「資源的人(じん)のための建築・都市・社会」と題して話しました。東日本大震災の復興支援から漁師学校の設立、福祉と農の連携、里山の再生など、現在までに行ってきた活動の紹介を通じて、「建築」のイメージを大きく広げる話でした。次に音楽家の小林武史さんが、自身が代表理事をつとめる一般社団法人ap bank(エーピー バンク)について、Bank Band(バンク・バンド)の活動やフェス開催、災害復興支援、サステナブルな衣食住の在り方の提案など、「利他と流動性」をキーワードに幅広い活動を紹介しました。後半ではゲストの活動から滲み出る「巻き込まれる力」や「添う力」に焦点があたり、流動性とサステナビリティ(持続可能性)をキーワードに「社会の中の利他」のきっかけとなるものについて議論が広がりました。
全体会「理工系大学のなかの人文社会系研究」
2日間にわたって開催された利他学会議の最終プログラムである全体会では、このイベントの全プログラムでホストをつとめた未来の人類研究センターの5名のメンバーが、会議を振り返りました。3つの分科会とエクスカーションで共通してくり返し語られた「場」、「存在」、「自他」といったキーワードに触れながら、これまでセンターで議論してきた「利他」を定義することの危うさ、計画しないこと、前提をつくらないこと、そして雑談を大切にしながらどのように「利他」を社会とつなげていくか、といった問題へと議論が展開していきました。終盤では、研究センターが実施した利他の受け手に関わるアンケートの結果が紹介されました。この1年間、続けてきた利他プロジェクトに関する現時点での総括が、次の段階への指針を含む形で話され、今後の研究センターの活動への期待が高まりました。
「利他」という言葉を定義せず、共有しないままに、それでも利他についてあらゆる角度から考え続け、貴重な2日間になりました。
YouTubeで記録を公開
都合により参加できなかった方々だけでなく、参加者からも、2日間のアーカイブ公開を希望する声が多数寄せられました。2021年9月末頃までの期間限定で、未来の人類研究センターのYouTubeチャンネルで5つのプログラムを公開しています。
共著『「利他」とは何か』出版
また、5人の共著『「利他」とは何か』(集英社新書)が3月17日、出版されました。「利他」への関心が高まるなか、その可能性や難しさについて、日々話し合い、雑談し、議論した内容が凝縮された1冊です。
- 利他学会議:利他から始まる文理共創、2-DAYオンラインカンファレンス|未来の人類研究センター
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- 東工大リベラルアーツ初/発の研究組織「未来の人類研究センター」が発足|東工大ニュース