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IHクッキングヒーターの仕組みを活かして臓器を非接触でピンポイントに温める 医工連携研究が拓くがん温熱療法への新たな可能性

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要点

  • 独自の配線転写技術を用いた電子回路形成により、高分子薄膜からなる柔軟性に富んだ厚さ約7 µmの発熱デバイスを開発
  • 非接触給電による誘導加熱(IH)を利用して、生体組織の局所的な加温を実現
  • がん温熱療法の実現に向けた医工連携研究の推進

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の齋藤優人大学院生、藤田創大学院生、藤枝俊宣准教授は、麻布大学の金井詠一講師、帝京大学の阿曽達也助教、松谷哲行教授と共同で、縫合糸などの医療材料として広く使われるポリ乳酸[用語1]と金粒子を分散させた金ナノインク[用語2]を電子回路の素子として用いた、厚さ約7 µm(1 µmは1000分の1 mm)の薄膜状発熱デバイスを開発した。

この高分子薄膜[用語3]からなる発熱デバイスは、調理器具にも用いられる誘導加熱(Induction Heating/IH)[用語4]を原理としており、電池や電源ケーブルを必要としない非接触給電[用語5]による発熱機構を特徴とする。本研究では非接触給電によるデバイスの発熱を通じて、肝臓などのウェットな生体組織表面でもデバイスの貼付箇所を局所的に加温できることを実証した。

近年、有機材料を使った柔軟な電子デバイスを作成する技術として、電気製品に用いられるプリント基板上に、印刷技術を応用して電子回路の配線を行うプリンテッドエレクトロニクス[用語6]が注目を集めている。本研究では、この技術を利用した新たな配線の印刷・転写手法を適応することで、ポリ乳酸と金ナノインクという生体適合性を有する素材を用いたIH回路を作製した。

この時、有限要素法[用語7]によるコンピュータシミュレーションを用いてIH回路のデザインを精査することで、加温条件を約15℃~30℃の範囲で制御することにも成功し、生体表面における実験でも1分間で7℃の加温を実現した。

本研究成果は、今後がん温熱療法[用語8]における熱源の局所化や、内視鏡手術との組み合わせにより、生体への影響を抑えた低侵襲[用語9]な医療機器開発にもつながると期待される。また、本研究は薄膜エレクトロニクスを専門とする工学系研究者と外科医が連携した医工連携研究でもあり、実験室と臨床現場をつなぐ研究によるがん治療研究のさらなる加速が期待される。

本成果は2021年6月9日にドイツのWiley-VCH発行「Advanced Functional Materials」誌に公開された。

背景

熱を用いた治療は、生体組織を電気や薬品で焼いて止血する、また病気の組織を切除するなど、古くからさまざまな場面で用いられてきた。特に、高熱に弱い人間の細胞の性質を利用したがん温熱療法や、適度な加温が血行を促進することを利用して抗がん剤や放射線と組み合わせる治療など、がんに関連した治療に広く用いられている。ただし現在、臨床で広く用いられている加熱デバイスは、大がかりな装置を使い、体外から磁場を発生させて組織を発熱させるタイプが多く、専門の医療機関での治療が必要である。そのため、発熱装置の小型化は治療対象者の負担を大きく軽減すると期待される。

柔軟性に優れた高分子薄膜と、印刷技術を応用した電子回路の配線技術であるプリンテッドエレクトロニクスとを組み合わせることによって、これまで生体内に埋め込み可能な医療機器の開発を進めてきた本研究グループでは、同分野の研究をさらに進めることにより、生体組織を局所的に発熱できる薄膜状の小型発熱デバイスの開発を目指した(図1)。

図1. 薄膜状発熱デバイスと誘導加熱(IH)による生体組織への加温機構(論文 Figure 1およびFigure 6eを改変のうえ転載)
図1.
薄膜状発熱デバイスと誘導加熱(IH)による生体組織への加温機構(論文 Figure 1およびFigure 6eを改変のうえ転載)

研究の手法と成果

本研究では、生体適合性を有するポリ乳酸の薄膜上に、金ナノインクをインクジェット印刷[用語10]することでIH回路の実装を行った。

インクジェット印刷による電気回路の配線手法は、プリント用の原版を不要とする簡便さから、近年産業界においても研究開発が進み、柔軟性を持ったプリント基板への回路印刷などの商業化も始まっている。ただし、印刷した配線の導電性能を高めるためには、配線に含まれるナノインクの不純物を、高温焼成によって揮発させる必要があるため、これまでポリ乳酸のような耐熱性の低い高分子材料上に配線を直接印刷して、基板による支えを必要としない自立膜[用語11]として取り扱うことが困難であった。

そこで今回、IH回路をポリ乳酸薄膜に搭載するにあたり、新たな配線の印刷・転写手法を開発した(図2)。具体的な方法としては、(1)まず、耐熱性を有し電子回路基板としても用いられるポリイミド[用語12]フィルムにあらかじめIH回路を印刷し、(2)高温焼結(250℃)によってナノインクの導電性能を向上させてから、(3)ポリ乳酸溶液を塗膜してIH回路をポリ乳酸薄膜に転写するという手順を採った。

本手法により、ポリ乳酸薄膜の柔軟性を損なうことなく、低抵抗な電気特性(10 µΩ・cm)を有する配線を印刷することに成功。厚さ約7 µmの極薄構造を有し、生体組織へフィットする柔軟な薄膜状発熱デバイスを開発した。

回路のデザインにあたっては、デバイスの発熱性能を向上させるため、有限要素法によるデザイン最適化を試み、同心正方形状の回路を設計している。

図2. (i)薄膜状発熱デバイスの作製方法、(ii)有限要素法による発熱挙動の解析結果、(iii)発熱デバイスをポリ塩化ビニル製のチューブに収納した様子、(iv)発熱デバイスを皮膚に貼付した様子(論文 Figure 2a、2f、Figure 3cおよびFigure 5dを改変のうえ転載)
図2.
(i)薄膜状発熱デバイスの作製方法、(ii)有限要素法による発熱挙動の解析結果、(iii)発熱デバイスをポリ塩化ビニル製のチューブに収納した様子、(iv)発熱デバイスを皮膚に貼付した様子(論文 Figure 2a、2f、Figure 3cおよびFigure 5dを改変のうえ転載)

作製した発熱デバイスは、厚さ約7 µmの極めて薄い構造でありながら、内視鏡手術を想定した細管(内径:約15 mm)にも収納可能であり、折り曲げに対する電気的・機械的な耐久性も兼ね備えていた。

このデバイスに非接触給電方式で交流磁場を与えると、表面温度を1分以内に最大28℃(空気中)まで上昇できることも見出した。そこで、発熱デバイスをビーグル犬の肝臓表面に貼付して発熱実験を行ったところ、生体組織中の豊富な血流に伴う熱拡散に関わらず、1分間の給電で約7℃、5分間の給電では約8℃までデバイスの表面温度を上昇させ、肝臓表面を加温することに成功した(図3)。

実験後に発熱デバイスを貼付した肝臓組織を摘出し、病理組織学的に検証したところ、熱傷などの所見は認められなかった。

図3. (i)発熱デバイス貼付前の肝臓表面の赤外線サーモグラフィ画像、(ii)5分間の給電後の表面温度、(iii)給電の有無による発熱デバイス表面の温度変化、(iv)実験終了後の肝臓病理組織像(論文 Figure 6c-fを改変のうえ転載)
図3.
(i)発熱デバイス貼付前の肝臓表面の赤外線サーモグラフィ画像、(ii)5分間の給電後の表面温度、(iii)給電の有無による発熱デバイス表面の温度変化、(iv)実験終了後の肝臓病理組織像(論文 Figure 6c-fを改変のうえ転載)

今後の展開

今回作製した薄膜状発熱デバイスは、柔軟性に優れるため、将来的には内視鏡や腹腔鏡と組み合わせることによって、体内へ大きな影響を与えずにデバイスを送達させることも可能であり、発熱デバイスへの給電効率や生体内での安定性を向上させることでがん温熱療法への応用も期待される。この研究は医工連携研究によって得られた成果であり、本研究グループでは今後も医療ニーズと研究シーズをマッチングさせた医療機器の開発を目指す。

付記

本研究は、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「ソフトロボット学の創成:機電・物質・生体情報の有機的融合」(研究総括:鈴森康一(東京工業大学 工学院))「弾性グラディエントナノ薄膜を利用した自由変形可能な太陽電池の創成」(18H05469)、同 卓越研究員事業「次元制御に基づくナノバイオデバイスの創製と革新的診断・治療技術の開発」、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「バイオインテグレーション工学によるデジタル生体制御」(JPMJFR203Q)および東京工業大学 異分野融合研究支援「バイオ・ケミストリー・オプトエレクトロニクスの融合によるデジタル制御可能な埋め込み型薬剤放出デバイスの開発」などの支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] ポリ乳酸 : 乳酸を結合させた高分子。植物に由来するバイオマスプラスチックの原料としても知られており、水中や土中の微生物によって分解される生分解性を有し、環境負荷の低い医療材料や産業用材料として注目されている。

[用語2] ナノインク : ナノ粒子を溶媒に分散させたインク。導電性を有する金属のナノ粒子を使えば、印刷機を用いて電子回路を作製できる。

[用語3] 高分子薄膜 : ポリ乳酸などの高分子を材料として作られた薄膜。本研究では、インクジェット印刷用の回路基板として用いた。

[用語4] 誘導加熱(Induction Heating/IH) : 電気をよく通す物質である金属をはじめとする導体を磁界の中に置くことで、自身の持つ電気抵抗によって導体が自己発熱する現象。IH調理器具などに用いられており、その場合は金属製の鍋底が発熱している。

[用語5] 非接触給電 : 磁界や電界を用い、ケーブルを繋ぐことなく非接触で電力を伝送・供給する技術。非接触充電、ワイヤレス充電などとも呼ばれる。交通系ICカードなどで幅広く利用されている。

[用語6] プリンテッドエレクトロニクス : インクジェット印刷やスクリーン印刷と呼ばれる技法を用いて、電子機器に用いられるプリント基板上に電子回路を形成する手法。フレキシブルディスプレイの開発などに利用されている。

[用語7] 有限要素法 : コンピュータでシミュレーションを行う際に、現実の複雑な構造を有限個の抽象的な要素に分割することでシミュレーションを可能にする解析手法の一種。

[用語8] がん温熱療法 : 人間の細胞が高熱に弱い性質を持つことを利用したがん治療法。血流が低下しているがん組織に熱が溜まりやすいことを利用しており、がん細胞を選択的に叩くことでがん細胞を弱らせる。抗がん剤による化学療法や放射線治療と併用することで治療効果を上げることも期待されている。

[用語9] 低侵襲 : 手術や検査などの医療行為において、出血、痛みなどの刺激を低く抑えること。

[用語10] インクジェット印刷 : ノズルから微量のインクを基材に直接印刷する手法。家庭用プリンターの多くに採用されている。

[用語11] 自立膜 : ガラスやプラスチックなどの基板や枠による支えがなくても自立して存在可能な薄膜のこと。

[用語12] ポリイミド : イミド結合によって連結された高分子の総称で、高い耐熱性や薬品への耐性から、フレキシブル基板や部品など幅広い分野で工業的に利用されている。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Functional Materials
論文タイトル :
Flexible induction heater based on the polymeric thin film for local thermotherapy
著者 :
Masato Saito, Eiichi Kanai, Hajime Fujita, Tatsuya Aso, Noriyuki Matsutani, and Toshinori Fujie
DOI :

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2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

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准教授 藤枝俊宣

E-mail : t_fujie@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5712

取材申し込み先

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