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量子アニーリングは古典コンピュータでシミュレートできない 量子物質の性質の解明には量子デバイスが必要

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要点

  • 量子物質の動的な性質の解明には量子力学に従って動作するデバイスが必要であることを明らかにした。
  • 量子アニーリングは古典コンピュータでシミュレートすれば十分との議論があったが、それを覆す成果。
  • 量子アニーリング装置開発による量子物質の性質解明の強い動機づけとなる。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 量子コンピューティング研究ユニットの坂東優樹研究員(研究当時)と西森秀稔特任教授は、量子アニーリング[用語1]に関わる量子磁性体[用語2]の性質をスーパーコンピュータ(古典コンピュータ[用語3])でシミュレート[用語4]し、そのデータが量子力学[用語5]の理論と合わないことを示した。

量子アニーリングは、その当初の目的である組み合わせ最適化問題[用語6]を超えて、物質の性質の解明への応用が急速に進展している。しかし、量子アニーリングは古典コンピュータなどの従来技術によりシミュレートでき、専用の量子デバイスを作る必要はないという議論が一部にある。

坂東研究員と西森特任教授は、古典コンピュータ上でのシミュレーションの結果と量子力学の理論が明確に食い違うデータを得た。これは、量子アニーリングを直接実現する量子デバイスによってのみ量子力学的な物質の性質が解明できることを意味する。量子アニーリング装置の研究開発にさらなる動機を与える成果であり、高機能な量子アニーリング装置の実現による物質開発への期待を高めることとなる。

研究成果は8月16日に、アメリカ物理学会が発行する「Physical Review A」誌に掲載された。

研究成果

量子アニーリングに関わるある物質の性質を古典コンピュータによるシミュレーションで調べたところ、欠陥数[用語7]の分布の統計が、量子力学の理論から導かれる値と一致しない場合が多いことが示された(図1)。どのような場合に一致し、どのような場合に一致しないかをあらかじめ知ることは不可能である。このため、古典コンピュータ上でのシミュレーションが、量子アニーリングの研究に適さないことが明らかになった。

欠陥数の分布を特徴づける2つのパラメータ(キュミュラント(用語8)の比)について、古典シミュレーションによる値(□と〇)と量子力学の理論値(青および赤の太線)を比較したところ、明らかな食い違いが見られた。

図1. 欠陥数の分布を特徴づける2つのパラメータ(キュミュラント[用語8]の比)について、古典シミュレーションによる値(□と〇)と量子力学の理論値(青および赤の太線)を比較したところ、明らかな食い違いが見られた。

図1. 欠陥数の分布を特徴づける2つのパラメータ(キュミュラント[用語8]の比)について、古典シミュレーションによる値(□と〇)と量子力学の理論値(青および赤の太線)を比較したところ、明らかな食い違いが見られた。

研究対象は1次元横磁場イジング模型[用語9]として知られる量子磁性体で、量子アニーリングの基礎研究で用いられる典型的な問題のひとつである。この動的な性質[用語10]を、古典コンピュータ上のシミュレーションでどれだけ正確に再現できるかを調べ、量子力学の理論との整合性が取れない場合が多いことを示した。さらに、量子アニーリングを実装したD-Wave社[用語11]の製品の出力とも整合していないことも明らかになった。

これらの結果から、古典コンピュータによるシミュレーションの問題点が明らかになり、量子アニーリングを直接実現するデバイスの必要性を裏付けることとなった。今後、量子アニーリングを高い精度で実現した装置の開発が、物質開発の進展に資することが期待される。

研究の背景と経緯

量子アニーリングは、組み合わせ最適化問題を解くことを主な目的として開発された、量子力学を用いた計算手法の一種である。近年、組み合わせ最適化問題だけでなく、物質の性質を解明する量子シミュレーション[用語12]への応用も急速に進展している。

一方、D-Wave社が開発、市販している量子デバイス上で実現されている形式の量子アニーリングは、古典コンピュータ上で効率よくシミュレートできるので、わざわざ量子デバイスを使う必要はないという論調も見られる。対象とする物質の平衡状態[用語13]に関する性質についてその主張は正当であるが、動的な性質について、その根拠は希薄である。この問題に焦点を当てた研究はあまり見当たらなかった。

そこで、1次元横磁場イジング模型の動的な性質に関して、古典コンピュータ(スーパーコンピュータTSUBAME3.0)上でシミュレーションを実行し、得られたデータから欠陥数の分布を詳細に解析した。その結果、一部のデータは量子力学の理論と一致するが、多くのデータは一致しないことが明らかになった。また、D-Wave社の量子デバイスからのデータとも一致しないことがわかった。

今後の展開

量子力学の効果が顕著に表れる物質の性質を解明し、有用な物質の開発に資するためには、高精度・高機能な量子アニーリング装置の研究開発を促進することが必要である。今回の研究成果はこの方向性を強く支持するものである。どのような量子物質[用語14]が量子アニーリングによる解析に適しているかを系統的に明らかにすることが今後重要となり、この目的を達成するために、さらなる研究開発が進むことと期待される。

用語説明

[用語1] 量子アニーリング : 量子力学の効果を使って、ある種の関数の最小値を求める方法。1998年に東京工業大学の門脇正史と西森秀稔らによって提案され、2011年に商用ハードウェアD-Waveが発表された。

[用語2] 量子磁性体 : 量子力学の効果が顕著に現れる磁性体。

[用語3] 古典コンピュータ : 量子コンピュータと対比させて、スーパーコンピュータを含む通常のコンピュータを古典コンピュータと呼ぶ。

[用語4] シミュレート : 自然現象などをコンピュータ上で数値的に再現すること。

[用語5] 量子力学 : ごく微小な物質の性質を解明する物理学の理論。

[用語6] 組み合わせ最適化問題 : 多数の組み合わせの中から最適なものを選ぶ問題。

[用語7] 欠陥数 : 物質の構成要素が隣同士完全に揃った状態にない場所(欠陥)の数。

[用語8] キュミュラント : 平均や分散(標準偏差の2乗)など、統計分布を特徴づける重要なパラメータ。

[用語9] 1次元横磁場イジング模型 : 量子ビットが線上に並んで隣同士相互作用をし、量子ゆらぎを引き起こす効果(横磁場)が加わっている問題。

[用語10] 動的な性質 : 時間とともに変化する性質。

[用語11] D-Wave社 : 量子アニーリングを実装する装置を開発、市販しているカナダの会社。

[用語12] 量子シミュレーション : 物質の性質を量子デバイス上でシミュレートすること。古典コンピュータ上でのシミュレーションとは異なる。

[用語13] 物質の平衡状態 : マクロな量(物質全体の状態を表す磁化や圧力などの量)が時間とともに変化しない状態。

[用語14] 量子物質 : 量子力学の効果が顕著に現れる物質。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review A (American Physical Society)
論文タイトル :
Simulated quantum annealing as a simulator of nonequilibrium quantum dynamics
著者 :
Yuki Bando and Hidetoshi Nishimori
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 量子コンピューティング研究ユニット

特任教授 西森秀稔

E-mail : nishimori.h.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-928-5805

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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