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光照射による結晶中の酸素移動とその直接観測に初成功 燃料電池開発などの新たな展開に期待

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概要

物質に光を照射し、結晶中の電子の動きやすさ(電気の流れやすさ)などを自由に変化させる現象の報告は、これまで数多くありました。しかし、電子より重いイオンでの報告は少なく、特に電子より1万倍以上も重い酸化物イオン(酸素の陰イオン)の物質中での移動の報告はありませんでした。

本研究では、特殊なセラミックス材料に光照射することで、酸化物イオンを室温下で瞬間的(1兆分の1秒以下の時間スケール)に移動させることに成功し、その様子を世界で初めて直接的に確認しました。

1兆分の1秒の時間分解能で固体物質中の原子や分子の運動を直接的に観察できる超高速時間分解電子線回折法と、10兆分の1秒の時間分解能で固体物質中の電子の運動を観測できる超高速過渡反射率法、光照射の影響を取り入れた密度汎関数理論計算(量子力学を基本法則にして、物質のさまざまな性質を求める計算手法)を組み合わせることによって実現した研究成果です。

燃料電池では、その電極中や電解質中に酸素や水素のイオン(あるいは分子)を導入し、化学反応させることによって電気や熱を得ることができます。通常の燃料電池では、酸素や水素を電極中で運動させるために高温にする必要がありました。本研究で示された、室温下の光照射によって生じる酸化物イオンの運動は、全く新しい原理に基づく酸化物イオンの駆動方式です。さらに研究が進むことで、光を用いた燃料電池や二次電池などの開発に新しい展開をもたらすと期待されます。

研究代表者

  • 筑波大学数理物質系(エネルギー物質科学研究センター)
    羽田真毅 准教授
  • 東京工業大学理学院化学系
    沖本洋一 准教授、石川忠彦 助教
  • 広島工業大学工学部環境土木工学科
    大村訓史 准教授

背景

固体物質(特に結晶性物質)の特性は、その結晶中の原子の種類や配列、電子の配置や動きやすさなどによって決まります。特に強相関電子系[用語1]のセラミックス材料はさまざまな原子配置を持ち、温度変化や光照射により、物質の特性を大きく変えることができます。このような物質に光を当て、物質中の電子の動きやすさを大きく変化させる現象(絶縁体から金属へ変化)は数多く報告されてきました。しかし、光照射によって生じるイオン、特に電子に比べて1万倍以上重い酸化物イオン(酸素の陰イオン)[用語2]の物質中の移動はこれまで報告されていませんでした。光によって酸化物イオンを固体中で移動させることができれば、燃料電池や二次電池などの開発に新しい展開をもたらすと期待されてきました。

研究内容と成果

本研究チームは今回、ダブルペロブスカイト構造を持つ特殊なセラミックス材料(EuBaCo2O5.39)に光照射することにより、室温下で酸化物イオンを結晶中で移動させ、さらにその様子を直接観測することに世界で初めて成功しました(図1)。これは、1兆分の1秒の時間分解能で固体物質中の原子や分子の運動を直接的に観察できる超高速時間分解電子線回折法[用語3]と、10兆分の1秒の時間分解能で固体物質中の電子の運動を観測できる超高速過渡反射率法[用語4]、光照射の影響を取り入れた密度汎関数理論計算[用語5]を組み合わせることによって実現しました。

図1 EuBaCo2O5.39結晶からの電子線回折像(左)とその回折スポットの時間変化(中央、右)

図1. EuBaCo2O5.39結晶からの電子線回折像(左)とその回折スポットの時間変化(中央、右)

このセラミックス材料は、ヨーロピウム(Eu)イオン、バリウム(Ba)イオン、コバルト(Co)イオンおよび酸化物(O)イオンからなり、酸化物イオンの原子空孔[用語6]が規則的な配置で導入されています。図2に示す通り、この物質に波長400 nmの近紫外線を照射すると、電子が酸化物イオンの2p軌道からコバルトイオンの3d軌道へと移動します(電荷移動)。電子を受け取ったコバルトイオンは、瞬間的には不安定な状態になりますが、周りの酸化物イオンの配置を歪ませる(ヤーン・テラー効果[用語7])ことで安定になろうとします。この時、歪もうとする力に押された酸化物イオンが隣の原子空孔の位置まで移動します。この酸化物イオンの運動は非常に速く、光照射後1兆分の1秒以下で生じることが分かりました。また、酸化物イオンの構造秩序は大きく変化しますが、ダブルペロブスカイト構造自体の秩序は保ったままとなり、光を当てることによって固体中の酸化物イオンだけを移動させることになります。

図2 本研究で明らかとなったセラミックス材料(EuBaCo2O5.39)中での光誘起酸素移動現象の概略図

図2. 本研究で明らかとなったセラミックス材料(EuBaCo2O5.39)中での光誘起酸素移動現象の概略図

今後の展開

燃料電池ではその電極中や電解質中に酸素や水素のイオンを導入し、その電極中や電解質中で酸素と水素の分子あるいはイオンを化学反応させることによって電気や熱を得ています。通常、燃料電池は200~1,000 ℃程度の高温にすることで、酸素や水素を活性化して電極中や電解質中で運動させることができます。本研究で示した、室温下で光を当てることによって生じる酸化物イオンの運動は、全く新しい原理に基づく酸化物イオンの駆動方式です。さらに研究が進むことで、光を用いた燃料電池や二次電池などの開発に新しい展開をもたらすと期待されます。

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「動的機能を有する物質開拓のための超高速三次元構造ダイナミクス(代表者:羽田真毅)」、科学研究費補助金特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦(研究代表者:腰原伸也)」および文部科学省科学研究費助成事業新学術領域研究「ソフトクリスタル:高秩序で柔軟な応答系の学理と光機能」(領域代表:加藤昌子)などの支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 強相関電子系 : 単純な金属などでは、物質中の電子同士の相互作用は弱く、孤立した自由な粒子として振る舞う。一方、遷移金属酸化物などにおいては、電子の相互作用が大きいため、電子は個別に振る舞うことができなくなる。このような状態にある電子系を強相関電子系と呼ぶ。

[用語2] 酸化物イオンの重さ : 正確には酸化物イオンは、電子に比べて3万倍程度重く、最も軽いイオンである水素イオンに比べて16倍程度重い。

[用語3] 超高速時間分解電子線回折法 : 光照射によって生じる瞬間的な原子・分子の周期構造の変化を直接的に観測することが可能な測定手法で、得られた構造変化を時系列順につないで、「分子動画」を撮影する。

[用語4] 超高速過渡反射率法 : 光照射によって生じる瞬間的な分子構造あるいは電子構造の変化を、その光の反射率変化から観測する測定手法。

[用語5] 密度汎関数理論計算 : エネルギーなどの物性を電子の密度から求める計算手法で、計算化学に用いられる手法の中で、汎用性が高い手法の一つ。

[用語6] 原子空孔 : 結晶中で、原子があるべき位置になく、その部分だけ空いている状態のことを原子空孔という。

[用語7] ヤーン・テラー効果 : 多原子分子において、原子の対称性が高くなると、電子が周囲に存在するイオンと相互作用し、イオンの位置を安定な点から歪ませることにより全体が安定な状態になる。この効果をヤーン・テラー効果という。

論文情報

掲載誌 :
Applied Materials Today
論文タイトル :
Photoinduced oxygen transport in cobalt double-perovskite crystal EuBaCo2O5.39.
(光を当てることによってコバルトダブルペロブスカイト結晶EuBaCo2O5.39中で酸素が移動する)
著者 :
羽田真毅(筑波大学 准教授)、大村訓史(広島工業大学 准教授)、石川忠彦(東京工業大学 助教)、西郷将生(九州大学 D2)、慶尾直哉(岡山大学 院生(当時))、矢嶋渉(筑波大学 M1)、鈴木達也(名古屋工業大学 院生(当時))、漆原大典(名古屋工業大学 助教)、田久保耕(東京工業大学 特任助教)、正木祐輔(東北大学 学術研究員(当時))、桒原真人(名古屋大学 准教授)、鶴田健二(岡山大学 教授)、林靖彦(岡山大学 教授)、松尾二郎(京都大学 准教授)、横谷尚睦(岡山大学 教授)、恩田健(九州大学 教授)、下條冬樹(熊本大学 教授)、長谷宗明(筑波大学 教授)、石原純夫(東北大学 教授)、浅香透(名古屋工業大学 准教授)、阿部伸行(東京大学 助教(当時))、有馬孝尚(東京大学 教授)、腰原伸也(東京工業大学 教授)、沖本洋一(東京工業大学 准教授)
掲載日 :
2021年9月2日(オンライン先行公開)
DOI :

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研究に関すること

筑波大学数理物質系(エネルギー物質科学研究センター)

准教授 羽田真毅

E-mail : hada.masaki@u.tsukuba.ac.jp
Tel : 029-853-5289

東京工業大学 理学院 化学系

准教授 沖本洋一

E-mail : okimoto.y.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3895

広島工業大学工学部環境土木工学科

准教授 大村訓史

E-mail : s.ohmura.m4@cc.it-hiroshima.ac.jp
Tel : 082-921-4476

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Tel : 082-921-3128


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