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肺炎桿菌の多剤排出ポンプの結晶構造解析に成功 コロナ感染の二次感染菌に備わる多剤耐性化機構の解明

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要点

  • 肺炎桿菌の多剤排出ポンプの立体構造を原子レベルで解析することに成功。
  • 多剤排出ポンプが薬剤を排出する仕組みの解明で、多剤耐性化の克服へ前進。
  • コロナ死者の大多数に認められる二次的な肺炎桿菌感染症に対する、有効な抗菌薬治療に期待。

概要

東京工業大学(以下「東工大」)生命理工学院 生命理工学系の村上聡教授と青木真帆技術員、岡田有意助教は、大阪大学(以下「阪大」)の山下栄樹准教授、印BUGWORKS Research Inc.(以下「BW社」)のNagakumar Bharatham上級研究員を筆頭とする研究チームとともに、肺炎桿菌[用語1]由来の多剤排出ポンプOqxBの原子レベルでの構造解析に世界で初めて成功した。

肺炎桿菌は、コロナ死者の大多数で二次感染が認められ、その多剤耐性化[用語2]が臨床上の問題となっている。本研究では、肺炎桿菌の多剤排出ポンプOqxBの構造についてX線結晶解析を実施した。その結果、肺炎桿菌が抗菌薬分子を細胞外へ排出し、多剤耐性化を示す仕組みが明らかになった。

今回、多剤排出ポンプOqxBの仕組みが理解されたことは、阻害剤の開発や、排出されにくい薬の開発など、多剤耐性化の克服につながる成果である。また、oqxB遺伝子はプラスミドによって病原菌間で伝搬することが知られていることから、将来、別の病原菌が多剤耐性を獲得する可能性に対して対策を講じることも可能になる。さらに、多剤耐性がもたらす臨床的・経済的影響を低減させることが期待される。

この成果は、英国の科学誌「Nature communications」に9月13日にオンライン掲載された。

研究成果

全てのグラム陰性細菌は細胞膜に薬剤排出ポンプを備えている。今回の研究では、グラム陰性細菌である肺炎桿菌が持つ多剤排出ポンプOqxBの結晶構造の解析を実施した。

まず東工大において、ESKAPE病原菌群[用語3]のひとつである肺炎桿菌由来OqxBを結晶化させた。このOqxB結晶について、大型放射光施設SPring-8に設置されている阪大ビームラインでX線回折を測定し、東工大と阪大で構造解析を行ったところ、1.85 Å(オングストローム:10-10 メートル)分解能という高い解像度で解析することに成功した(図1)。

図1 OqxBの立体構造

図1. OqxBの立体構造

得られた立体構造情報に基づいて、BW社において計算化学的および微生物学的手法を用いた解析が進められ、OqxBによる抗菌薬分子の認識機構や排出活性に関する詳細な分析が行われた。その結果、臨床の場で広く用いられているフルオロキノロン系抗菌薬[用語4]の認識機構の詳細が明らかとなるなど、新しい知見が得られた(図2)。

図2 OqxBのシプロフロキサシン(ニューキノロン系抗菌薬)結合モデル

図2. OqxBのシプロフロキサシン(ニューキノロン系抗菌薬)結合モデル

背景

抗菌薬が効かない耐性菌による感染症の拡大は、近年大きな社会問題になっている。薬剤が効かなくなる仕組みには数種類あるが、そのうち薬剤排出による耐性化は、薬剤を排出するポンプのような蛋白質によって、菌体外へ薬剤が排除されることで起こる。薬剤排出ポンプの分子実体を明らかにして、その仕組みを理解できれば、排出を阻害する薬剤や、排出から逃れるような薬剤分子の設計が可能になることから、薬剤耐性化問題の解決策として期待されている。

耐性菌のなかでも特に肺炎桿菌を含むESKAPE病原菌群は、院内感染の大部分の原因になっている。このESKAPE病原菌群は、高度な多剤耐性化によって死亡リスクがきわめて高くなっており、世界保健機関(WHO)によって、次世代の新規抗菌薬の優先的な開発が急務とされる病原体として位置づけられている。また、コロナ死者の大多数には二次的な細菌感染症罹患が認められているが、その全ての例から多剤耐性の肺炎桿菌が見つかっている。こうした背景から、抗菌薬による肺炎桿菌の有効な治療を実現することを目指して、多剤排出ポンプの構造と仕組みの本質的な理解に期待が集まっていた。

研究の経緯

研究チームを主宰する村上教授は、2002年に多剤排出ポンプの構造を世界で初めて明らかにして以来、この研究分野で世界を牽引してきた。2018年には、株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズの紹介により、新規抗菌薬の開発を通して多剤耐性克服に取り組むインド製薬ベンチャーBW社との協業を開始した。この協業を通して、肺炎桿菌による薬剤排出の解明を目的のひとつとして、多剤排出ポンプのX線結晶構造解析の取り組みを開始した。さらに阪大およびBW社と共同研究によって、本研究のX線結晶構造解明(図1)や、詳細な立体構造情報に基づく機能解析のほか、計算機による薬剤分子のドッキングシミュレーション計算結果などの解析に成功し(図2)、肺炎桿菌による薬剤排出機構の理解に大きく近づいた。

今後の展開

インフルエンザやエイズの治療薬開発では、原因蛋白質の立体構造を利用する合理的な薬剤設計(Structure-based drug design[用語5])の手法が用いられたことで、従来法に比べて開発が迅速に進み、費用も抑えられた。こうした経緯から、現在の薬剤開発では疾病の原因蛋白質の立体構造情報が不可欠になっている。今回OqxBの構造が明らかになったことで、上記の例と同様に、阻害剤の開発など、病原性細菌の多剤耐性化克服へ向けた応用研究の進展が期待できる。さらには、排出による耐性化が既に顕著な(つまり有効性が低下している)既存薬を排出されないように改変する既存薬再開発や、開発中の薬剤をあらかじめ排出されにくくするような研究開発への応用も大いに期待できる。

用語説明

[用語1] 肺炎桿菌(はいえんかんきん) : グラム陰性の桿菌(かんきん:棒状または円筒状の細菌の総称)、クレブシエラ・ニューモニエ(Klebsiella pneumoniae)のこと。ヒトの常在菌の一種で、免疫力の低下した人に感染し、肺炎、尿路感染症、敗血症などを起こす。院内感染の原因菌のひとつで、多剤耐性化が顕著にみられ、世界保健機関(WHO)によって、次世代の新規抗生物質の優先的な開発が急務とされる病原体のひとつとして位置づけられている。

[用語2] 多剤耐性化 : 細菌が多くの種類の抗菌薬(多剤)に対して薬剤耐性を示す性質を獲得すること。

[用語3] ESKAPE病原菌群 : 人への健康被害が大きく、院内感染の原因菌の大部分を占める6種の病原菌の学名(Enterococcus faecium, Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌), Klebsiella pneumoniae(肺炎桿菌), Acinetobacter baumannii, Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌), Enterobacter spp.)の頭字語。2008年米研究者が提唱。抗菌薬から逃れる(escape)という意味も含む。病原性が高く、多剤耐性化が顕著で、WHOも最近、ESKAPE病原体を新しい抗菌薬が緊急に必要な12の細菌のリストに挙げている。

[用語4] フルオロキノロン系抗菌薬 : ニューキノロンとも呼ばれる人工合成された抗菌薬の系列のひとつで、現在広く用いられている抗菌薬のひとつである。細菌のDNA複製に必要な酵素であるDNAジャイレースの働きを阻害する作用により殺菌的に作用する薬剤群。広域の抗菌スペクトルを有する(多くの細菌種に有効である)。1960年代に開発されたものであるが、それ以降ニューキノロンのような広域の抗菌スペクトルを有する抗菌薬は開発されていない。

[用語5] Structure-based drug design : 疾病の原因蛋白質分子に結合する化合物を合理的に設計する新薬開発方法。鍵と鍵穴に例えられるような、蛋白質による薬剤などの低分子化合物の認識に関する構造情報に基づいている。タミフルやリレンザのほか、エイズの治療薬もこの方法により開発された。

論文情報

掲載誌 :
Nature communications
論文タイトル :
Structure and function relationship of OqxB efflux pump from Klebsiella pneumoniae
著者 :
Nagakumar Bharatham, Purnendu Bhowmik, Maho Aoki, Ui Okada, Sreevalli Sharma, Eiki Yamashita, Anirudh P. Shanbhag, Sreenath Rajagopal, Teby Thomas, Maitrayee Sarma, Riya Narjari, Savitha Nagraj, Vasanthi Ramachandran, Nainesh Katagihallimath, Santanu Datta, Satoshi Murakami
DOI :

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