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金属と絶縁体を重ねて熱電変換電圧を10倍に増大 熱電変換材料の性能向上に向けた新たな指針

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要点

  • 厚さ1 nmのLaNiO3を、絶縁体のLaAlO3で人工的に挟み込むことで、高性能な熱電変換材料を開発
  • 上下に重ねたLaAlO3を流れるフォノン(結晶の格子振動)がLaNiO3の電子を引っ張ることで、熱から得られる起電力を10倍に増大
  • 異種物質を重ねた新構造で熱電性能を大きく向上させ、電子機器の発電素子や冷却機器への利用に期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の片瀬貴義准教授、神谷利夫教授、元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らの研究グループは、電気を良く通す酸化物のLaNiO3(ニッケル酸ランタン)を、電気を通さない酸化物のLaAlO3(アルミン酸ランタン)で人工的に挟み込むことによって、熱を電気に変える熱電変換[用語1]の起電力を10倍に増大させることに成功した。

熱電変換材料は、温度差を与えると発電し、逆に電気を流すと温度差を発生するという性質を持つことから、電子機器の発電素子や小型冷蔵庫などの冷却機器への利用が期待されている。ただし、実用化には小さな温度差から大きな電圧を発生させる性質を持つ熱電変換材料が必要であり、これまで高温で高い性能を出す熱電変換材料は数多く開発されてきたものの、室温に近い低温で高い性能を示す熱電変換材料は例が少なかった。

本研究では、1 nmまで薄くしたLaNiO3の極薄膜を、電気を通さない絶縁体のLaAlO3で挟み込んだ人工構造を作製した。上下に接するLaAlO3フォノン[用語2]がLaNiO3の電子を引っ張る「フォノンドラッグ効果[用語3]」によって、1℃あたりの温度差で得られる熱起電力が10倍に増加することを発見した。さらに、このフォノンドラッグ効果はこれまで-240℃など極低温でしか発現しないとされてきたが、-53℃と比較的室温に近い温度でも働き、室温に近い低温で高い変換性能を示す材料の作製に役立つことも明らかになった。

異なる物質を重ねた構造を設計することで熱電変換材料の性能を大きく向上させたこの発見は、熱電変換技術の普及に向けた材料開発の新たな指針となることが期待される。

本研究成果は米国科学雑誌「Nano Letters」に、10月28日付(現地時間)でオンライン掲載された。

背景

“熱”エネルギーを“電気”エネルギーに直接変換できる性質を持つ熱電変換材料は、環境中の廃熱を電力に変えて再利用する「エナジーハーベスティング」技術への応用が期待され、現在、積極的に研究が進められている。さらに、この熱電変換材料は、上記とは逆に、電気を流すと冷却できる性質も持っており、環境負荷の大きいフロンガスを必要としない冷却機器として用いることも期待されている。特に近年では、電気抵抗ゼロの超電導現象を利用したリニアモーターカーの実用化も進みつつあり、超電導磁石を極低温まで冷す冷却機器の利用価値が高まっている。

以上のような用途へ熱電変換材料を大規模に利用するためには、高い効率の熱電変換材料が必要である。しかし、既存の熱電変換材料は、一般に高温で高い性能を発現しやすいという性質があるため、室温から低温の領域での変換性能は低いという問題があり、この分野における新しい熱電変換材料の設計指針が求められていた。

熱電変換では、電気を通す半導体に温度差を与え、両端の電極に電位差(電圧)を発生させることで、熱を電気に変換する。1℃あたりの温度差で得られる熱起電力はゼーベック係数[用語4]Sで評価され、この数値が大きいほど、小さな温度差でも大きな電圧を取り出すことができ、高い変換効率を得ることができる。

片瀬准教授らの研究グループは、特定の材料に温度差を与えると、高温から低温に向かって流れるフォノンが電子を引っ張り、起電力を発生させる「フォノンドラッグ効果」という特殊な現象を利用し、ゼーベック係数を上げて、熱電変換材料の性能を高めることを目指した。

研究の手法と成果

大きなフォノンドラッグ効果を発現させる、新たな熱電変換材料の設計

「フォノンドラッグ効果」は、低温でのゼーベック係数を増大させる一つの方法として知られている。しかし、既存の熱電変換材料で、フォノンドラッグ効果を示す材料はほとんど無く、これまで-240℃など室温とはほど遠い非常に低温でしか発現しないとされており、その性能向上に向けてフォノンドラッグ効果を活用することは注目されてこなかった。

そこで本研究グループは、室温に近い温度で大きなフォノンドラッグ効果を発現する新たな熱電変換材料の開発に挑戦した。フォノンドラッグ効果の強さは、「電子の有効質量」と、「電子とフォノンの相互作用の大きさ」に比例する。つまり、物質中にある電子を重たくし、かつ、その電子と結晶中を流れるフォノンの相互作用を強くすることができれば、フォノンドラッグ効果を増大させる可能性がある。本研究では、この可能性を検証する材料として、組成がランタン-ニッケル-酸素の酸化物であるLaNiO3に着目した。

LaNiO3は電子がよく流れる金属であり、通常のバルク結晶[用語5]のままでは、電子とフォノンの相互作用は弱い。そのためフォノンドラッグ効果は小さく(図1左下)、温度差を与えても小さな熱起電力しか発生しない(図1左上)。一方で、LaNiO3は1 nm以下に極薄膜化させると、電子が流れる空間が制限されるため、電子と電子の電気的な反発力が強くなることが知られている。そして電子間の反発力が強くなった結果、電子が動きにくくなり、電子の有効質量が増加する。つまり、電子が“重く”なる。そのため、LaNiO3を極薄膜化すると、フォノンドラッグ効果を強化する1つ目の条件である、「物質中にある電子を重くする」を満たすことができる。

フォノンドラッグ効果による熱電変換のイメージ図。(左)LaNiO3バルク結晶の場合:電子とフォノンの相互作用が小さく、フォノンドラッグ効果を発現しないため、得られる熱起電力は小さい。(右)LaAlO3で挟み込んだLaNiO3極薄膜の場合:LaNiO3の電子を狭い空間に閉じ込めることで“重く”しながら、上下に接するLaAlO3から拡散するフォノンを強く相互作用させることによってフォノンドラッグ効果が増強され、大きな熱起電力を発生させることができる。
図1.
フォノンドラッグ効果による熱電変換のイメージ図。(左)LaNiO3バルク結晶の場合:電子とフォノンの相互作用が小さく、フォノンドラッグ効果を発現しないため、得られる熱起電力は小さい。(右)LaAlO3で挟み込んだLaNiO3極薄膜の場合:LaNiO3の電子を狭い空間に閉じ込めることで“重く”しながら、上下に接するLaAlO3から拡散するフォノンを強く相互作用させることによってフォノンドラッグ効果が増強され、大きな熱起電力を発生させることができる。

しかし、単純にLaNiO3を極薄化させるだけでは、フォノンが流れる空間も制限されて、フォノンが流れにくくなってしまう問題がある。そこで本研究では、極薄LaNiO3の電子とフォノンとの相互作用を増強させるために、LaNiO3を電気絶縁体であるLaAlO3で挟み込むことを考えた(図1右上)。LaNiO3とLaAlO3は同じ結晶構造を持っているため、両者を上下に重ねても、乱れのないきれいな接合界面を形成することができる(図1右下)。これにより、LaNiO3の電子を狭い空間に閉じ込めたまま、LaAlO3のフォノンをLaNiO3中に浸入させることで、電子とフォノンを強く相互作用させ、フォノンドラッグ効果を増強できるという仮説を立てた。

LaNiO3極薄膜をLaAlO3で挟み込んだ人工構造の作製とその熱起電力の検証

上記のアイデアを実証するため、原子1層ずつを制御しながら、人工的に結晶構造を作製できるパルスレーザー堆積法[用語6]を利用した。まずLaAlO3基板上に、厚さ1 nmのLaNiO3極薄膜を成長させ、さらにその上部をLaAlO3薄膜で覆った人工構造(図2の右側上段のモデル)を作製した。その上で、ゼーベック係数Sの温度変化について、この新材料と、LaNiO3バルク結晶(図2の右側下段のモデル)、およびLaAlO3の基板上に50 nmの厚さで成長させたLaNiO3薄膜(図2の右側中段のモデル)との比較を行った。その結果を図2左側のグラフに示す。

LaNiO3バルク結晶(グラフ内の青線、右側下段のモデル)、LaAlO3基板上に成長させたLaNiO3薄膜(グラフ内の緑線、右側中段のモデル)、LaAlO3を上下に挟み込んだLaNiO3極薄膜(グラフ内の赤線、右側上段のモデル)のゼーベック係数Sの温度変化(左)。点線は通常の熱電効果によるSの寄与を示しており、ピンクと緑で塗られた領域は、フォノンドラッグ効果によるの増分を示している。
図2.
LaNiO3バルク結晶(グラフ内の青線、右側下段のモデル)、LaAlO3基板上に成長させたLaNiO3薄膜(グラフ内の緑線、右側中段のモデル)、LaAlO3を上下に挟み込んだLaNiO3極薄膜(グラフ内の赤線、右側上段のモデル)のゼーベック係数Sの温度変化(左)。点線は通常の熱電効果によるSの寄与を示しており、ピンクと緑で塗られた領域は、フォノンドラッグ効果によるSの増分を示している。

バルク結晶のLaNiO3(図2の右側下段のモデル)では、既存の熱電変換材料と同様に、温度が低くなるほどゼーベック係数が単調に減少し、性能が低下してしまう。一方、今回比較対象としてLaAlO3基板上にLaNiO3を成長させた薄膜(図2の右側中段のモデル)は、温度低下とともにゼーベック係数は減少するものの、温度100ケルビン(-173℃)でフォノンドラッグ効果が発現して、温度低下とともにゼーベック係数が増加し(図2の左図の緑矢印)、30ケルビン(-243℃)付近で最大値を取ることが分かった。

さらに、LaNiO3の厚みを1 nmに薄くし、上下をLaAlO3で挟み込んだ新材料(図2の右側上段のモデル)では、フォノンドラッグ効果が大きく増強され、30ケルビン(-243℃)付近に見られるゼーベック係数の最大値が、バルクと比べて最大10倍に増加することが分かった。また、フォノンドラッグ効果により、ゼーベック係数が増加し始める温度が220ケルビン(-53℃)まで大きく高温化する性質も明らかになった(図2の左図の赤矢印)。これは、LaNiO3に比べて、LaAlO3のフォノンが高温でも流れるために、フォノンドラッグ効果を促進させたためだと考えられる。

これまでフォノンドラッグ効果は極低温でしか発現しないとされてきたが、上記のようなアイデアを適用することによって、室温に近い温度でも、フォノンドラッグ効果がゼーベック係数を増加させることを示すことができた。

今後の展開

本研究では、電気を通しやすい酸化物の電子を狭い領域に閉じ込めて、上下に重ねた絶縁体の酸化物を流れるフォノンが電子を引っ張ることで、熱起電力が増大することを明らかにした。この発見は、異なる物質を積み重ねた構造を設計することによって、熱電変換の性能を大きく向上させる材料開発の全く新しい指針に繋がると考えられる。今後は、室温から低温域における熱電性能をより大きく向上させていくことによって、熱電変換が汎用的なエネルギー源や冷却機器として普及していくことが期待される。

謝辞

この成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(JPMJPR16R1)により助成されたものである。

用語説明

[用語1] 熱電変換 : 電気を通す金属などの導体や半導体の一部に熱エネルギーを加え、温度差を与えることによって電圧を発生させ、そこから電気エネルギーを取り出す技術。

[用語2] フォノン : 結晶格子を構成する原子やイオンは、安定を保った位置において小さな振動(=格子振動)を行っている。この格子振動は音波と同じ性質を持っており、その「波」としての動きを量子力学の視点から「粒子」としてとらえたものをフォノンという。熱電変換において電気を発生する源となる熱は、このフォノンの流れとして運ばれる。

[用語3] フォノンドラッグ効果 : 物質に温度差を加えると、高温から低温に向けてフォノンの流れとして熱が伝搬する。このフォノンが電子を引きずることによって、熱起電力を発生させる現象をフォノンドラッグ効果という。

[用語4] ゼーベック係数 : 温度差によってどれだけの熱起電力=電圧が得られるかを表す指標。

[用語5] バルク結晶 : 表面の効果などが無視できるほど大きな塊状の結晶。一方、薄膜は基板や表面の効果を受けやすい。

[用語6] パルスレーザー堆積法 : 原料物質に対して紫外パルスレーザーを照射し、蒸発気化させながら基板上に堆積させることによって、原料物質の薄膜を成長させる合成法。

論文情報

掲載誌 :
Nano Letters
論文タイトル :
Large phonon drag thermopower boosted by massive electrons and phonon leaking in LaAlO3/LaNiO3/LaAlO3 heterostructure
(和訳:LaAlO3 / LaNiO3 / LaAlO3ヘテロ構造における重い電子とフォノンの染み出しにより増強された巨大なフォノンドラッグ熱電能)
著者 :
Masatoshi Kimura1, Xinyi He1, Takayoshi Katase1,2,*, Terumasa Tadano3, Jan M. Tomczak4, Makoto Minohara5, Ryotaro Aso6, Hideto Yoshida7, Keisuke Ide1, Shigenori Ueda3, Hidenori Hiramatsu1,8, Hiroshi Kumigashira9, Hideo Hosono8, and Toshio Kamiya1,8,*
(木村公俊1、ホー・シンイ1、片瀬 貴義1,2,*、只野央将3、トムザック・ジャン4、簑原誠人5、麻生亮太郎6、吉田秀人7、井手啓介1、上田茂典3、平松秀典1,8、組頭広志9、細野秀雄8、神谷利夫1,8,*
所属 :

1 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

2 科学技術振興機構 さきがけ

3 物質・材料研究機構

4 ウィーン工科大学 物性研究所

5 産業技術総合研究所

6 九州大学 工学研究院

7 大阪大学 産業科学研究所

8 東京工業大学 元素戦略研究センター

9 東北大学 多元物質科学研究所

DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 片瀬貴義

E-mail : katase@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5314

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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