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全固体電池の性能を加熱処理で大幅に向上 電気自動車用電池への応用に期待

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要点

  • 全固体電池用の電極材料を様々な気体に曝露した結果、大気や水蒸気から電極内に侵入するプロトン(水素イオン)が電池性能を低下させる原因であることを解明。
  • しかし、その低下した性能は、150℃程度の加熱処理によって大気に曝露しない電池と同等の性能に改善することを実証。
  • 実用が期待される粉体を用いた全固体電池の作製プロセスにおいて、電極材料は大気曝露されるため電極表面にプロトンが存在している。したがって、性能が劣化した状態にあると考えられる。それが本手法により大幅に改善される可能性がある。

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の小林成大学院生(博士後期課程3年)と一杉太郎教授は、東京大学のElvis F. Arguelles(エルビス アルグエレス)特任研究員と渡邉聡教授、産業技術総合研究所の白澤徹郎 研究グループ付、山形大学の笠松秀輔助教らと共同で、全固体電池[用語1]固体電解質[用語2]と電極が形成する界面の抵抗(界面抵抗)が、大気中の水蒸気によって大きく増加し、電池性能を低下させることを発見した。さらに、増大した界面抵抗は加熱処理を行うことによって10分の1以下に低減し、大気や水蒸気に全く曝露せずに作製した電池と同等の抵抗に改善できることを実証した。つまり、全固体電池の低下した性能を、加熱処理だけで大幅に向上させる技術を開発した。

高速な充電や高い安全性が期待される全固体電池は、リチウムイオン電池[用語3]の代替に向けて活発な研究が展開されている。しかし、固体電解質と電極が接する界面における抵抗(界面抵抗)が大きく、充電に要する時間がリチウムイオン電池より長くなることが課題だった。

本研究では、全固体電池に用いる電極が大気中の水分に由来するプロトンの侵入によって著しく劣化し、電池性能の低下をもたらすことを明らかにした。しかし、加熱処理により、その低下した性能が大幅に改善することを見出した。そのメカニズムは、Liイオンの移動を妨げるプロトン[用語4]を除去することであると多面的な分析や計算によって明らかにした。

この成果は、全固体電池の実用化に向け、大きく貢献するものである。本研究成果は2022年1月6日(米国時間)に米国化学会誌「ACS Applied Materials & Interfaces」にArticleとして掲載された。

背景

電気自動車の開発・実用化が進められる中で、搭載する電池のさらなる高性能化が求められている。特にポイントとなるのが安全性と高速充電特性である。

電池は、電極(正極・負極)と電解質から構成されている。既存の電池の電解質は可燃性の液体であることが多いため、燃えづらい固体の電解質を用いた全固体電池に期待が集まっている。

電気自動車の使い勝手を考えると、全固体電池には高速に充電できることが求められる。電極と電解質の間(界面)をイオンが通過して充電されるため、界面においてイオンの移動が速いこと(界面抵抗が小さいこと)が、高速充電の重要課題である。しかし、電極材料には大気中の気体と反応して変質してしまうものが多く、電池を組み上げて動作させてみると界面抵抗が大きいのが実情である。

以上のことから、固体電解質や電極材料の開発と並行して、界面抵抗が増大するメカニズムを解明し、抵抗を減少させる手法を見出すことが、全固体電池の実用化において非常に重要である。

一杉教授らはこれまでに、界面における原子配列の規則性が界面抵抗に影響することなどを明らかにしており、電極の劣化メカニズムや改善手法の開発に関して詳細な検討を進めてきた。

研究の成果

はじめに大気中のどの成分が電極の劣化を引き起こし、界面抵抗増大の要因となるのかを薄膜型の電池で検討した。Li3PO4固体電解質とLiCoO2電極の界面を有する薄膜型全固体電池を作製する際に、電極表面を大気・酸素・窒素・水素・水蒸気の5種類の気体にそれぞれ曝露し、電池性能への影響を調べた。酸素・窒素・水素に曝露させた場合、電池性能の低下は認められなかったが、大気および水蒸気に曝露した場合、界面抵抗が曝露前の10倍以上に増大した。特に、水蒸気に曝露した場合は電極の劣化が非常に激しく、電池性能の著しい低下が観測された(図1a)。

次に、低下した電池性能を改善する手法の検討・開発を進めた。水蒸気によって劣化した電極を用いて電池を作製し、動作させる前に1時間の加熱処理(150℃)を行うと、電池動作特性が大幅に向上することを見出した(図1b)。さらに、界面抵抗の大きさを見積もると、10.3 Ωcm2を示し、加熱処理前の10分の1以下まで低減させることに成功した。この値は、大気や水蒸気に全く曝露せずに作製した清浄な界面の抵抗値(10.9 Ωcm2)と同等の大きさである。一方で、電池に組み上げる前に加熱した場合では、電池性能は低いままだった。すなわち、負極まで形成し、完全に電池となっている状態で加熱することが重要であることが示された。

図1 作製した全固体薄膜電池の動作特性。(a)電極表面を水蒸気に曝露した電池では、ほとんど電流が流れずに電池反応が起きない。(b)加熱処理を行った電池では、大きな電流ピークが観測されており、良好な電池反応が起きている。
図1
作製した全固体薄膜電池の動作特性。(a)電極表面を水蒸気に曝露した電池では、ほとんど電流が流れずに電池反応が起きない。(b)加熱処理を行った電池では、大きな電流ピークが観測されており、良好な電池反応が起きている。

この加熱処理による電池特性向上のメカニズムについて詳細を明らかにするために、放射光X線による界面数ナノメートルの結晶構造解析や元素組成分析、第一原理計算[用語5]により多角的に界面のプロトンやリチウムの挙動を評価した。電極表面を水蒸気に曝露すると、電極の結晶構造を乱さずに、電極内部にプロトンが侵入することがわかった(図2a)。このプロトンが界面Liイオン輸送を阻害することが界面抵抗上昇の原因であると考えられる。そして電池を加熱処理することにより、そのプロトンが固体電解質中に自発的に移動し、正常な界面に回復することを明らかにした(図2b)。

図2 界面におけるイオン移動の様子。下図は界面近傍の正極の様子。(a)LiCoO2正極の表面に水(H2O)分子が吸着すると、プロトン(H+)が正極内部へ拡散する(劣化した状態)。(b)正極の上に固体電解質と負極を接合させた電池構造の状態で加熱処理を行うと、侵入したプロトンが固体電解質中へ脱離し、正常な界面に回復する。
図2
界面におけるイオン移動の様子。下図は界面近傍の正極の様子。(a)LiCoO2正極の表面に水(H2O)分子が吸着すると、プロトン(H+)が正極内部へ拡散する(劣化した状態)。(b)正極の上に固体電解質と負極を接合させた電池構造の状態で加熱処理を行うと、侵入したプロトンが固体電解質中へ脱離し、正常な界面に回復する。

今後の展開

今回、全固体電池の固体電解質と電極が形成する界面の抵抗が増加して、電池性能が劣化する機構の解明とその改善の手法の開発に成功した。大気中や水蒸気中のプロトンのLiCoO2電極内部への侵入が界面抵抗の上昇を引き起こすが、加熱処理によりプロトンは固体電解質(Li3PO4)に排除され、性能が取り戻されることがわかった。本研究で示した界面抵抗起源の解明と制御は、全固体電池のより一層の高性能化へ向けた大きな一歩であると考えられる。今後、さらなる電池特性の向上につながる界面設計指針の構築が期待できる。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)における研究課題「界面超空間制御による超高効率電子デバイスの創製」および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 全固体電池 : 既存の電池の多くは、イオンの伝導性の観点から電解質として液体を用いている。全固体電池では、固体の電解質を用いることにより、全ての材料が固体で構成されている。

[用語2] 固体電解質 : イオン伝導性の高い固体で電池に用いられている材料。全固体電池においては、正極と負極の間に挟まれ、リチウムイオンの通り道としての役割を担う。

[用語3] リチウムイオン電池 : 正極と負極の間をリチウムイオンが移動することにより、充電と放電ができる電池。正極にはLiCoO2などリチウム金属酸化物、負極には炭素材料、電解質に有機系の液系電解質が使用されることが多い。軽量、小型、高電圧という特性を持つ。

[用語4] プロトン : 水素(軽水素、1H)原子から、電子が離れてイオン化した水素イオン(1H+)の通称。

[用語5] 第一原理計算 : 量子力学の基本法則に沿った電子状態理論のもと、固体の性質を計算する手法。実験結果と第一原理計算を照らし合わせることにより新たな学理を構築することや、実験前に結果をシミュレーション予測する際に用いられる。

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル :
Drastic reduction of the solid electrolyte–electrode interface resistance via annealing in battery form
著者 :
Shigeru Kobayashi, Elvis F. Arguelles, Tetsuroh Shirasawa, Shusuke Kasamatsu, Koji Shimizu, Kazunori Nishio, Yuki Watanabe, Yusuke Kubota, Ryota Shimizu, Satoshi Watanabe, Taro Hitosugi
DOI :

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