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理想とされるC-H結合の直接酸化反応を低温・高効率で達成 化学合成プロセスの著しい簡潔化に寄与する触媒を開発

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要点

  • 自然界に豊富に存在するマグネシウムとマンガンからなる酸化触媒を開発
  • 触媒性能に直結する表面積が既存触媒の約7倍である多孔質ナノ粒子を合成
  • 塩基性と酸化力の共同効果により従来触媒よりも低温で高活性

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の鎌田慶吾准教授と原亨和教授らは、温和な条件で芳香族炭化水素[用語1]C–H結合[用語2]を酸化できる触媒として、ありふれた元素であるマグネシウムとマンガンからなるムルドカイト型複合酸化物[用語3]Mg6MnO8ナノ粒子[用語4]を開発した。

酸素分子のみを酸化剤とした不活性C–H結合の直接酸化は、多段階反応・特殊な試薬の使用など化学合成産業が抱える環境問題・エネルギー問題の解決のための技術として注目されている。しかし従来触媒では炭化水素のC–H結合を酸化するには特殊な酸化剤や添加剤・厳しい反応条件が必要であり、エネルギー消費が大きかった。今回開発した触媒は酸化マグネシウム(MgO)由来の強い塩基性とMn4+の強い酸化力の共同効果により、40℃・常圧酸素という温和な条件でも反応が進行し、その活性は、高活性な二酸化マンガン触媒を含む従来触媒よりも高いことを実証した。

開発された触媒は16種類の芳香族化合物の酸化反応に適用でき、化学工業プロセスの簡略化による消費エネルギー低減に寄与できるものと考えている。

研究成果は2022年1月26日(現地時間)に米国科学誌「ACS Applied Materials & Interfaces (エーシーエス・アプライドマテリアルズ・アンド・インターフェイシーズ)」オンライン速報版で公開された。

背景と研究の経緯

近年、あらゆる産業において地球環境負荷の低減が目指される中で、化学産業においてもさまざまな対応が求められている。例えば、温室効果ガスである二酸化炭素排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルな社会構築に向けた触媒技術が注目されており、再生可能エネルギーに関連した水分解※1・アンモニア合成触媒※2の開発が精力的に研究されている。

中でも、プラスチック素材や染料、ディスプレイなどの電子機器の原料となる物質を合成・生産する化成品産業では、全プロセスの約3割を占める「選択酸化反応」に改善の余地を多く残している。特に、不活性C–H結合をアルコールやカルボニル化合物[用語5]へと酸化する反応は産業上重要な工程である一方で、複数工程を経る必要があり消費エネルギーが大きい。理想的とされているのは、酸素分子のみを用いた直接酸化反応であり、少ない工程で目的の化合物を得ることができる。しかし、反応条件が厳しく、特殊な試薬や触媒を用いる必要があり、環境や人体に有害な廃棄物の副生も少なくないのが現状である。

上記の背景より、不活性C–H結合の直接酸化を、低環境負荷かつ温和な条件で実現する手法を開発することは、環境調和型社会を目指す上で重要な意味をもつと言える。

これまでに鎌田准教授と原教授は“硫黄化合物を低温・高効率で酸化するペロブスカイト触媒”※3や“バイオマス資源からポリマー原料を効率的に合成できるβ-MnO2触媒”※4, 5を開発し、発表してきた。このような研究成果やノウハウをもとに、β-MnO2にも存在する酸化力の強い高原子価のMn4+種が塩基性マトリックスであるMgO構造中に存在するムルドカイト型酸化物に着目し、その簡便かつ効率的なナノ粒子の合成に着手した。

※1
極めて安価な金属で世界トップクラスの活性を持つ水電解用触媒を開発(東京工業大学プレスリリース:2021年3月1日付け)
※2
50 ℃で水素と窒素からアンモニアを合成する新触媒(東京工業大学プレスリリース:2020年4月27日付け)
※3
硫黄化合物を低温・高効率で酸化する環境型触媒を開発(東京工業大学プレスリリース:2018年7月13日付け)
※4
貴金属触媒を使わずバイオマスからプラスチック原料を合成(東京工業大学プレスリリース:2019年1月8日付け)
※5
複雑な工法を用いず多孔質β-二酸化マンガン微粒子触媒を合成(東京工業大学プレスリリース:2020年8月6日付け)

研究成果

鎌田准教授と原教授らは独自に開発したリンゴ酸[用語6]を用いたゾルゲル法[用語7]を用いることで、酸化マグネシウム(MgO)の構造中に4価のマンガンイオン(Mn4+)を含むムルドカイト型複合酸化物Mg6MnO8のナノ粒子を合成した(図1)。また、不活性C–H結合を持つ基質としてフルオレン[用語8]をはじめとする芳香族化合物を用いて、Mg6MnO8による直接酸化反応を試みたところ、40℃という穏和な条件下で最大95%の高い収率を得ることに成功した。このMg6MnO8ナノ粒子は反応後も触媒性能を損なうことなく再利用可能であった。また、種々の芳香族炭化水素(16種類)のC–H結合酸化反応に適用できる固体触媒として機能した。

触媒の特長

今回開発した触媒が高い性能を持つ要因は、大きく下記の2点である。

1. 高い比表面積

このMg6MnO8ナノ粒子はメソ孔[用語9]というナノメートル(nm)サイズの空間をもち、表面積は104 m2 g–1と従来合成法の報告値(2–15 m2 g–1)と比較しても7倍以上と大きく向上した。

図1. Mg6MnO8ナノ粒子触媒の合成と触媒反応の特長

図1
Mg6MnO8ナノ粒子触媒の合成と触媒反応の特長

この高表面積化により芳香族炭化水素のC–H結合の酸化反応活性が飛躍的に向上した。フルオレンの酸化反応では固相法で合成した低表面積(3 m2 g–1)のMg6MnO8では反応がほとんど進行しないのに対し、高表面積Mg6MnO8ナノ粒子は50℃・1時間の反応条件で58%、40℃という温和な条件においても24時間反応させることで95%という高い収率で酸化生成物であるフルオレノン[用語8]を与えた(図2)。

2. MgOとMn4+が混在した化学構造

また、比較として、既存の触媒を用いたフルオレンの直接酸化反応をおこなったところ、高活性酸化触媒であるβ-二酸化マンガン(β-MnO2)ナノ粒子を用いた場合は26%の収率となり、今回開発したMg6MnO8の優位性が見られた。β-MnO2とMgOを混ぜて用いても、収率が大きく向上しなかったことから、Mn4+とMgOがバラバラに存在していては効果が薄いことが明らかとなった。すなわち、MgOの構造とMn4+を同時に含むMg6MnO8の特異的な結晶構造が重要であることと考えられる。

図2 フルオレンの酸化反応における触媒効果
図2
フルオレンの酸化反応における触媒効果

反応機構に関する考察

反応機構の検討から、反応速度が触媒の塩基性および基質のpKaに依存していることを確認した(図3)。この結果は、一般的なラジカル的C–H結合活性化機構[用語10]とは大きく異なり、逐次的あるいは協奏的なプロトン移動・電子移動プロセス[用語11]が関与する可能性を示している。低温でのMg6MnO8の優れた活性は、特異なC–H結合活性化機構で進行し酸化反応が促進されたためと考えられる(図4)。

図3. Mg6MnO8ナノ粒子による芳香族炭化水素の酸化反応での(a)基質のpKaおよび(b)触媒の塩基性と反応性の相関。

図3
Mg6MnO8ナノ粒子による芳香族炭化水素の酸化反応での(a)基質のpKaおよび(b)触媒の塩基性と反応性の相関。
図4 想定しているC-H結合活性化機構のイメージ。
図4
想定しているC-H結合活性化機構のイメージ。

今後の展開

今回開発した多孔性Mg6MnO8ナノ粒子触媒は、本成果である芳香族炭化水素の液相酸化反応以外にも、自動車の排ガス浄化やメタンの酸化カップリングなどの気相反応での応用研究がなされており、幅広い化学反応へ適用できる可能性が高い。さらに、Mgイオン電池の電極・CO2回収、酸素センサーなどの材料研究もなされており、触媒以外の応用用途展開も期待される。特にメタンをはじめとする低級アルカンガスを直接酸化反応によってアルコールやカルボン酸に変換する技術は、化石燃料の改質工程を削減することにつながるため、化学産業の低消費エネルギー化に大きく寄与する。

鎌田准教授と原教授はすでに、本研究で着目した酸化力と塩基性の共同効果が“合成ガス(CO+H2)を経由しないメタンからホルムアルデヒドの直接合成”[参考文献1]においても有効であることを報告しており、今後も、金属元素の複合効果の本質を追求することで、酸塩基・酸化還元の全ての反応要素をもつ優れた触媒材料である金属酸化物の可能性をさらに広げていくことに期待がかかる。

付記

本成果は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費補助金 基盤研究(B)(21H01713)、科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラムA-STEP産学共同(育成型)(JPMJTR20TG)、国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクトの支援を受けて得られた。

用語説明

[用語1] 芳香族炭化水素 : 芳香族性を示す一つあるいは複数の環からなる炭化水素。最も単純な芳香族炭化水素の構造としてベンゼンが知られており、単結合と二重結合とが交互に並んだ6員環構造が基本構造である。

[用語2] C–H結合 : 有機化合物の基本構造の一つであり、炭素と水素の共有結合。C–H結合は一般的に不活性であるため、ラジカル的な活性化が必要になることが多い。結合解離エネルギーはメタンの431 kJ mol–1を最高値として350–430 kJ mol–1程度である。

[用語3] ムルドカイト型複合酸化物 : 化学式PbCu6O8–x(Cl,Br)2x (x≤0.5)で表される鉱物であるムルドカイトと同様の構造をもつ物質。研究初期に提案された岩塩型構造を基本骨格とする物質群をムルドカイト型複合酸化物と総称しており、本研究のMg6MnO8も同様の構造をもつ。現在、語源となったPbCu6O8–x(Cl,Br)2xはPbO8が平面4配位のCu2+で架橋された異なる構造であることが明らかとされている。

[用語4] ナノ粒子 : ナノメートル(nm)は100万分の1ミリメートル(mm)の大きさを有する粒子。

[用語5] アルコール・カルボニル化合物 : アルコールとカルボニル化合物はそれぞれ–C–OHとC(=O)−で表される官能基をもつ有機化合物。C–H結合と比べて反応性に富み、様々な化合物合成の中間体として有用である。

[用語6] リンゴ酸 : ヒドロキシ酸の一種。金属酢酸塩と反応させて得られたアモルファス前駆体を焼成することで、高い表面積をもつ多様なペロブスカイトを合成できる。構造は図1に示す。

[用語7] ゾルゲル法 : コロイドの一種であるゾルをゲル化する手順を経る、固体材料を液相で調製する手法の一つ。

[用語8] フルオレン・フルオレノン : フルオレンは3環構造からなる芳香族炭化水素であり、フルオレノンはフルオレンの9位の水素が酸化されケトンになったものである。構造は図2に示す。

[用語9] メソ孔 : 直径2~50 nmの細孔を指す。この範囲に細孔径分布をもつ多孔性材料のことをメソ多孔体あるいはメソポーラス材料とも呼ぶ。既存のミクロ多孔体では困難とされる比較的分子サイズの大きい有機化合物の選択的反応場として期待されている。多孔性の固体材料を液相で調製する際に規則的な微細構造を作り出すため、界面活性剤(ソフトテンプレート)あるいは微粒子やゼオライト(ハードテンプレート)などの鋳型分子が一般的に用いられる。

[用語10] ラジカル的C–H結合活性化機構 : ラジカルとは不対電子をもつ反応性に富んだ活性種のことであり、不活性C–H結合から水素引き抜き反応を起こすことができる。水素移動反応(Hydrogen Atom Transfer、HAT)とも呼ばれる。

[用語11] 協奏的なプロトン移動・電子移動プロセス(プロトン共役電子移動反応) : 電子とプロトンの移動が協奏的におこる化学反応。錯体を用いた反応や光合成や窒素固定などにおいてこの機構で反応が起こっていると考えられており、多段階反応経路で予想されるよりも反応が速やかに進行する。

参考文献

[1] A. Matsuda, H. Tateno, K. Kamata, M. Hara,"Iron Phosphate Nanoparticle Catalyst for Direct Oxidation of Methane into Formaldehyde: Effect of Surface Redox and Acid–Base Properties", Catalysis Science & Technology, 2021, 11, 6987–6998. DOI: 10.1039/D1CY01265G

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル :
Base-Assisted Aerobic C–H Oxidation of Alkylarenes with a Murdochite-Type Oxide Mg6MnO8 Nanoparticle Catalyst
著者 :
Eri Hayashi, Takatoshi Tamura, Takeshi Aihara, Keigo Kamata, Michikazu Hara
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 鎌田慶吾

E-mail : kamata.k.ac@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5338

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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