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「二酸化炭素の資源化」を実現する新たな反応系をデザイン 非平衡プラズマでCO2転換効率を大幅に向上

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要点

  • 2050年カーボンニュートラル社会の早期実現に資するCO2転換技術を開発
  • プラズマによってCO2を不安定化することで、反応効率を高めることに成功
  • プラズマと合金触媒の協奏効果を、実験的・計算的に実証

概要

東京工業大学 工学院 機械系の野崎智洋教授、キム・デヨン(Kim Dae-Yeong)大学院生(博士後期課程2年生)、北海道大学 触媒科学研究所の古川森也准教授らの研究グループは、二酸化炭素(CO2)の還元反応の効率を非平衡プラズマ[用語1]技術によって大きく促進することに成功した。本研究成果はCO2の固定化や資源としての有効活用、環境保全への貢献につながると期待される。

2050年カーボンニュートラル社会の実現に向け、再生可能エネルギーを用いてCO2を一酸化炭素(CO)、メタン(CH4)、メタノール(CH3OH)など有用物質に転換する技術の確立が急務である。しかし、CO2分子の直線状構造がもたらす安定性が、反応効率向上の障壁となっていた。研究グループはプラズマによってCO2分子を選択的に振動励起[用語2]することで、反応性の高い構造に変化することに着目し、プラズマを作用させながら触媒反応を進行させる新たな反応系を開発した。この反応系を用いてプラズマを作用させることで、CO2還元反応効率が既存手法の約3倍まで向上することを実証するとともに、触媒とプラズマの協奏効果の観測にも成功した。

研究成果は現地時間7月21日、米国化学誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に速報として掲載された。

背景

2050年の達成が目標とされる「カーボンニュートラル社会」の実現に向け、再生可能エネルギーを用いて二酸化炭素(CO2)を一酸化炭素(CO)、メタン(CH4)、メタノール(CH3OH)といった有用物質に転換する技術の確立が急務である。しかし、CO2を用いた反応においては、CO2の対称性の高い直線状構造が大きな障壁となることが知られている。直線状構造はエネルギー的に安定で変化しづらいため、効率や生産性を高めるために工夫をする必要がある。

一方、CO2を振動励起させると、分子内の電子の状態が変化して反応性が著しく高まることが知られている(図1)。この現象をCO2転換技術に活用する研究・開発への期待が高まる一方、いまだ原理検証にとどまっており、実用化への道筋を示すには至っていなかった。

上記のような背景のもと、本研究グループはプラズマを使ってCO2を選択的に振動励起する技術と、触媒の開発に取り組むとともに、それらを組み合わせた新たな反応系を開拓した。プラズマを形成するためには電気エネルギーを利用するため、再生可能エネルギーを直接活用することも可能である。

図1. CO2分子の構造と分子軌道の関係 分子内の電子状態が変化すると、直線状からやや折れ曲がった構造となり反応性が変化する。

図1. CO2分子の構造と分子軌道の関係

分子内の電子状態が変化すると、直線状からやや折れ曲がった構造となり反応性が変化する。

研究成果

新しい反応系の特徴

今回新たに開発した実験系(図2左)では、反応管内にCO2とH2の混合ガスを流通させ、高電圧を加えることでプラズマを発生させる。また、今回の反応に用いたPd2Ga/SiO2合金触媒粒子が、下部から送られるガスによって懸濁浮遊した状態になる(流動層)ことが大きな特徴である。このような装置設計にした背景には、CO2の還元プロセスが吸熱過程であることが挙げられる。すなわちプラズマによって反応を促進するほど熱エネルギーの供給が必要となり、それが追い付かなくなると反応が停止してしまう。そこで今回開発した実験装置は熱物質輸送能を高め、プラズマ生成活性種と熱流のフラックスを増強することで、熱平衡を超えるCO2転換反応の実証ができるよう設計した。

図2. (左)実験装置の概略、(右)Pd2Ga/SiO2合金触媒のHAADF-STEM像

図2. (左)実験装置の概略、(右)Pd2Ga/SiO2合金触媒のHAADF-STEM像

動画1. 流動層の中で誘電体バリア放電[用語3]を形成した動画 ― 側面から撮影

動画2. 流動層の中で誘電体バリア放電を形成した動画 ― 上面から撮影

新装置を用いたCO2の還元反応

今回開発した実験装置を用いてCO2の還元反応を行なった結果、プラズマを作用させながら触媒反応を進行させることで、CO2のCO転換効率が大きく向上することが実証された(図3左)。プラズマの有無や発生条件などを調整しながら検討を進めたところ、プラズマを作用させない場合に比べて(熱のみ)、プラズマを作用させた場合の反応効率は最大で約3倍向上することがわかった。

CO2反応速度定数を触媒温度の逆数に対してアレニウスプロット[用語4]を描くと、熱反応とプラズマ反応は明確に区別できる(図3右)。CO2分子にわずかな振動エネルギー(8 kJ/mol)を与えると、それを上回る活性化エネルギーの低下(30-40 kJ/mol)がCO2の電子状態の変化によってもたらされる。活性化エネルギーの変化は、反応速度に対して指数関数的に影響するため、低温でも大きな反応速度が得られる。このような反応機構は最先端の分子線研究や計算科学によって検証されてきたが、振動温度だけ励起した非平衡状態を工業的に利用する方法について研究した事例はきわめて少なく、非常に意義の大きい成果と言える。

図3. CO2転換率(左)、アレニウスプロット(右)。k:反応速度定数、w:触媒充填量。 【実験条件】全ガス流量:200 cm3/min (STP)、H2/CO2 = 3、WHSV = 3,000 cm3/g/h (STP)、圧力:15 kPa、電力:30 W。図中3 wt%, 10 wt%は、Pdを基準に算出した触媒担持量。12 kHz、100 kHzはプラズマを形成するために用いた高電圧電源の出力周波数。

図3. CO2転換率(左)、アレニウスプロット(右)。k:反応速度定数、w:触媒充填量。

【実験条件】全ガス流量:200 cm3/min (STP)、H2/CO2 = 3、WHSV = 3,000 cm3/g/h (STP)、圧力:15 kPa、電力:30 W。図中3 wt%, 10 wt%は、Pdを基準に算出した触媒担持量。12 kHz、100 kHzはプラズマを形成するために用いた高電圧電源の出力周波数。

プラズマと合金触媒の協奏効果の観測

Pd2Ga/SiO2合金触媒にプラズマを作用させながらin situ[用語5]赤外吸収分光分析を行うと(図4a)、プラズマ照射と同時にPdに吸着したCOピークが顕著に増大する。プラズマをOFFにすると同時にCOは生成されなくなり、熱反応ではCO2分解速度は無視できるほど遅いことを証明している(図4b)。CO2とH2を交互に流通させるとプラズマによって中間生成物である単座フォルメート(m-HCOO:monodentate-HCOO)が形成される(図4c)。図4bでm-HCOOのピークが現れないのはプラズマによるm-HCOOの生成と消滅がともに速いためで、一連の反応挙動は密度汎関数理論(DFT)による理論計算で検証された。

 (a)in situプラズマ赤外分光セルの構成、(b)Pdに吸着したCOピークの時間変化。Pd2Ga/SiO2にプラズマを印加した時間(8 分2、CO2を単独で交互に流通させると表面反応の不均衡によりm-HCOOが生成されることを検証。

図4. (a)in situプラズマ赤外分光セルの構成、(b)Pdに吸着したCOピークの時間変化。Pd2Ga/SiO2にプラズマを印加した時間(8 分< t < 16分)にCOピークの急激な増加が確認できる。COのピークしか確認されないのは、中間生成物の生成と消滅がともに速いためであると考えられる。(c)H2、CO2を単独で交互に流通させると表面反応の不均衡によりm-HCOOが生成されることを検証。

分光分析ならびに理論計算の結果をもとに、今回の反応系におけるCO2還元プロセスについて考察を行なった。Pd2Ga/SiO2合金触媒を用いると、CO2と吸着水素が直接反応するEley-Rideal(E-R型)反応でm-HCOOが生成し、逐次的にCOまで変化する反応経路が有力であることが示された(図5)。物性が異なるPdとGaが原子レベルで近接した合金触媒により、E-R型反応を促進することが重要である。プラズマはCO2を振動励起してm-HCOOの生成を加速するだけでなく、H2も活性化してm-HCOOの分解を促進していることが示唆された。この新たな発見は、プラズマ触媒技術をCO2メタネーション反応[用語6]に展開する契機を与え、既に大きな研究成果に波及している。

プラズマを作用させながらin situ XAFS(X線吸収微細構造)を実施し、プラズマによる合金触媒の温度上昇が10 nm以下のスケールでも発生していないことが確認でき、Gaの酸化やPd、Ga価数変化なども生じていない。つまり、プラズマは熱源ではなく活性種供給源であること、また触媒劣化の原因になるような構造変化も生じていないという、工業上きわめて重要な知見が得られた。

図5 DFT理論計算結果に基づくプラズマ触媒反応機構(Pd2Ga(020))。

図5. DFT理論計算結果に基づくプラズマ触媒反応機構(Pd2Ga(020))。

今後の展開

プラズマによって熱平衡を超えるCO2分解反応を実現するだけでなく、独自に開発したin situ分析手法により、プラズマと触媒界面における複雑な諸現象を解明した。これにより、反応機構に定量的かつ合理的な解釈を与え、新規触媒開発の指針を明示した。

一連の成果をCO2/CH4改質(CO2 + CH4 = 2CO + 2H2)およびCO2メタネーション反応(CO2 + 4H2 = CH4 + 2H2O)に応用し、大幅な反応促進効果を確認した。メタネーション反応はプラズマによって常温駆動が可能で、熱反応では活性が低い触媒でも(CH4収率14%:触媒温度250℃)、CH4収率64%(触媒温度250℃)から100%(触媒温度300℃)を達成した。

プラズマによって化学プロセスの熱エネルギー依存性を軽減すれば、熱化学反応では対応できない負荷応答性の向上や、プロセス間の温度ミスマッチに起因した種々の損失を解消し、変動性再生可能エネルギーの化学プロセスへの大量導入を実現できる。

今後、貴金属を使わない高活性触媒を開拓し、触媒設計指針を確立することを目指している。スケールアップに対応したプラズマ触媒反応の実装研究により、CO2再資源化・有効利用を基盤としたカーボンニュートラル社会の早期実現に貢献する。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「非平衡プラズマを基盤とした電子駆動触媒反応の創成」(研究代表者:野崎智洋)の支援を受けて実施された。

用語説明

[用語1] 非平衡プラズマ : 一般に、電子温度≫気体温度の状態にあるプラズマを非平衡プラズマと称する。厳密には、プラズマが光学的に薄く放射の閉じ込めが完全でない、電子速度分布がマクスウェル・ボルツマン分布でない、原子・分子の内部励起状態がボルツマン分布則に従わないなど、「非平衡」は種々の意味をもつ。本稿では単にプラズマと称する。

[用語2] 振動励起 : 分子にエネルギーを与えることで、分子を構成する原子の間の距離や結合の角度の変化が大きくなることを振動励起という。振動エネルギーは量子化されており、振動量子数に応じてとびとびの値をとる。プラズマでは、電子衝突反応を利用して分子を振動励起できる。

[用語3] 誘電体バリア放電 : 1対の電極間にガラスなどの絶縁体(誘電体)を挿入し、交流高電圧を印加することで形成される非平衡プラズマの一形式。オゾンの発見(1839年)に端を発しSiemensが1857 年考案した技術。近年は材料科学、医療・農業応用など最先端科学を支える基盤技術として広く利用されている。

[用語4] アレニウスプロット : 反応速度定数を反応温度の逆数に対して図示したものをアレニウスプロットという。右下がりの直線になることが多く、その勾配から活性化エネルギーを求めることで化学反応の速度と温度の関係を定式化できる。反応速度の予測や反応律速過程の推定に用いられる。

[用語5] in situ : ラテン語で「その場」を意味する。反応が進行している触媒表面を観察していることを示している。

[用語6] CO2メタネーション反応 : CO2とH2からCH4を生成する反応。フランスの化学者Paul Sabatier(1912年ノーベル化学賞)が発見したためサバティエ反応ともいわれる。CO2を資源化する低炭素技術として近年注目を集めている。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Cooperative Catalysis of Vibrationally Excited CO2 and Alloy Catalyst Breaks the Thermodynamic Equilibrium Limitation
著者 :
Kim Daeyeong, Ham Hyungwon, Chen Xiaozhong, Liu Shuai, Xu Haoran, Lu Bang, Furukawa Shinya*, Kim Hyun-Ha, Takakusagi Satoru, Sasaki Koichi, Nozaki Tomohiro*
DOI :

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