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色素増感型光触媒の太陽光エネルギー変換効率を大幅に向上 人工光合成実現に向けたブレイクスルー技術として期待

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要点

  • 色素増感型光触媒を表面修飾することで、水分解反応の効率を従来の約100倍に向上
  • 水分解反応効率の向上は、反応進行を阻害する逆反応を抑制したことに起因
  • 緑色植物の光合成並みの太陽光エネルギー変換効率を実現

概要

東京工業大学 理学院 化学系の西岡駿太特任助教、北条航矢大学院生(研究当時)、前田和彦教授らの研究グループは、色素増感型光触媒[用語1]を絶縁体酸化物とポリマーにより修飾することで、太陽光エネルギーによって水から水素を製造する光触媒反応の効率を従来の約100倍まで高めることに成功した。

この高い光触媒能は、絶縁体の酸化アルミニウムとアニオン性のポリスチレンスルホン酸ポリマーを用いて色素増感光触媒を表面修飾することにより、水分解効率を大きく左右する逆反応の進行を抑制することで実現した。今回の新規触媒開発によって、緑色植物の光合成と同等の太陽光エネルギー変換効率に到達した。色素増感型光触媒を用いた太陽光水素製造の研究で世界トップクラスの性能向上を実現したことから、色素増感型光触媒を水素変換デバイスに展開する可能性が見えてきた。

本研究成果は8月10日(現地時間)、アメリカ科学振興協会誌「Science Advances」にオンライン掲載され、Feature imageに選出された。

表面修飾を施したルテニウム錯体吸着HCa2Nb3O10ナノシート上での水素生成のデザインイラスト。Science AdvancesのFeature imageに選出された。
表面修飾を施したルテニウム錯体吸着HCa2Nb3O10ナノシート上での水素生成のデザインイラスト。Science AdvancesのFeature imageに選出された。

背景

太陽エネルギーを利用して水を水素と酸素に分解する光触媒反応は、有望なエネルギー変換方法として注目されている。特に、太陽光に含まれる光の約半分を占める可視光を有効に活用することができれば、大量の水素エネルギーをクリーンに得ることが可能と考えられる。しかし、可視光はエネルギーが小さいため、通常の光触媒を用いた場合では水分解反応の速度が遅いという点が最大の課題とされてきた。この問題の解決策の一つとして、可視光を吸収する色素分子を光触媒表面に吸着し、色素が吸収した可視光エネルギーを利用する、色素増感型光触媒反応が研究されてきた。前田教授らはこれまでに、酸化物ナノシート[用語2]光触媒HCa2Nb3O10に色素分子としてルテニウム錯体[用語3]を吸着させた色素増感型の水素生成光触媒を酸化タングステン系の酸素生成光触媒と組み合わせた水分解反応系を構築し、ヨウ素系電子伝達剤(I3/I)の存在下において、可視光により、水を水素と酸素に完全分解できることを発見していた[参考文献1]

2種類の光触媒と電子伝達剤を利用するZスキーム型光触媒システム[用語4]において、電子伝達剤は酸素生成系により還元されると同時に水素生成系において酸化されることで、2種類の光触媒の間の電子伝達を担う(図1)。この反応系では、可視光によって励起された電子(e)が水素生成に使われる前に、ルテニウム色素や電子伝達剤と反応してしまうこと(逆反応、図1点線)があり、逆反応は水素生成効率の低下につながってしまう。前田教授らはこれまでに、ルテニウムとの逆反応(図1黒点線)を防ぐ手法を開発していたが、電子伝達剤との逆反応(図1赤点線)を防ぐ手法の開発には至っていなかった。

図1 色素増感Zスキーム水分解系

図1. 色素増感Zスキーム水分解系

研究成果

水素生成系が電子伝達剤を還元する逆反応(I3 + e → I + I2)は水素生成系とI3が接近することで進行するため、互いが近づきづらい状況をつくることに着目した。具体的には、I3との静電的な反発により接近を阻害できる、負に帯電したアニオン性ポリマーの修飾により、水分解効率の飛躍的な向上に成功した。ルテニウム色素(Ru)を吸着した白金(Pt)担持酸化物ナノシートに対し、これまでに明らかにしていた逆電子移動(図1黒点線)抑制効果を持つ酸化アルミニウム(Al2O3)を修飾した水素生成光触媒(Ru/Al2O3/Pt/HCa2Nb3O10)を用い、ポリマー修飾の効果を調べた。ポリマーを単独で修飾した場合にも水分解活性は向上したが、ポリマーとAl2O3を共修飾することで、無修飾のものから約100倍の活性に向上した(図2)。最適化したシステムでは、太陽エネルギーの水素への変換効率は0.12%、見かけの量子収率[用語5]は4.1%(波長420 nmでの値)を達成した。これらはいずれも、色素増感型光触媒を用いたZスキーム水分解システムの世界最高値である。

図2 表面修飾と太陽エネルギーの水素への変換効率

図2. 表面修飾と太陽エネルギーの水素への変換効率

また、光触媒反応の光量依存測定やレーザー分光測定により、反応機構を調査したところ、ポリマーの修飾によって、水素生成系とI3の反応だけでなくIとの反応も抑制されることがわかった。さらには、低濃度のI3共存下に限り、逆反応の抑制によって光触媒活性が向上することを明らかにした(図3)。これまで明確でなかった反応機構の全容を明らかにしたことで、活性支配因子を特定し、さらなる活性の向上への指針を打ち立てた。

図3 色素増感水素生成反応のメカニズム

図3. 色素増感水素生成反応のメカニズム

本触媒の特筆すべき点として、弱い光を利用して水分解反応を駆動できる点が挙げられる。一般的に、水分解反応の進行には比較的強い光が必要なことが多く、強い可視光の照射では水分解活性を示すものの、疑似太陽光の照射下では水分解反応が進行しない例がある。本触媒では、太陽光の半分の強さの光を照射した際にも、太陽エネルギーの水素への変換効率は0.12%から低下しなかった。

社会的インパクト

本研究では、Zスキーム水分解システムで水分解効率を大きく左右する逆反応の進行を適切な表面修飾によって制御し、実用化に必要不可欠な強度の弱い光の照射下でも効率よく水分解を進行させることに成功した。このように、弱い光でも効率的に利用できる光触媒材料は非常に貴重である。

産業界でも研究開発が行われている色素増感型太陽電池について、蛍光灯などの弱い光を利用した発電能力が強みとして挙げられるが、I3/Iのような電子伝達剤の逆反応が性能向上に向けた障壁となっていることから、本研究で開発した表面修飾方法を応用することで、発電効率の向上が期待できる。

今後の展開

色素増感型光触媒は、色素分子の耐久性の問題や逆反応制御の難しさから、水分解光触媒としての有望性に疑問符が付けられていた。前田教授らが今回記録した太陽光エネルギー変換効率と見かけの量子収率は、色素を用いない一般的な光触媒と比較してもトップクラスに高い数値であり、色素増感型光触媒における新たなベンチマークとなった。これにより、太陽光エネルギーを化学エネルギーへと高効率で変換する、革新的な色素増感型光触媒の創出に大きく前進したと言える。

今後、色素の分子設計や修飾するポリマーを検討することで、さらなる性能向上が見込まれる。本研究成果は、太陽光エネルギー変換材料としての色素増感型光触媒の開発を牽引するものであり、当該分野の発展を促進することが期待される。

付記

本研究は米国ペンシルベニア大学のThomas E. Mallouk教授、産業技術総合研究所の佐山和弘博士、三石雄悟博士、本学の横井俊之准教授らと共同で行われた。
また、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP19H02511、JP21K20555、JP22H01862、JP22H05148)、公益信託ENEOS水素基金、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(JPMJCR20R2)、マツダ財団 科学技術振興関係研究助成(20KK-187)等の助成を受けて行われた。

参考文献

[1] Takayoshi Oshima, Shunta Nishioka, Yuka Kikuchi, Shota Hirai, Kei-ichi Yanagisawa, Miharu Eguchi, Yugo Miseki, Toshiyuki Yokoi, Tatsuto Yui, Koji Kimoto, Kazuhiro Sayama, Osamu Ishitani, Thomas E. Mallouk, Kazuhiko Maeda, J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 8412–8420.

用語説明

[用語1] 色素増感型光触媒 : 紫外線存在下でのみ働く光触媒に、可視光を吸収する色素を吸着させることで、エネルギーの小さな可視光存在下でも触媒能を発現する特徴を持たせた光触媒。可視光は太陽光に多く含まれるため、色素増感型光触媒の高機能化が実現すれば、太陽光エネルギーの変換・有効利用の発展に大きく寄与する。

[用語2] ナノシート : ナノメートルオーダーの厚みとマイクロメートルオーダー以上の平面サイズをもった二次元材料の総称。一般的な三次元性の固体とは異なり、柔軟な構造と高い表面積を有するため、複合系の機能材料への応用研究が進められている。

[用語3] 錯体 : 金属と非金属が配位結合した分子。可視光吸収を持つ化合物が多く、光吸収を担う色素として広く利用されている。

[用語4] Zスキーム型光触媒システム : 可視光の低い光子エネルギーを光合成という高エネルギー反応に活用するために、植物中で行われている2段階の光化学反応。縦方向にエネルギーポテンシャル(酸化還元電位)、横方向に電子の流れる様子を図示したとき、アルファベットのZを横にしたような模式図で表現できるため、Zスキームと呼ばれている。自然界のZスキームを再現できれば、人工光合成研究を大きく発展できると考えられている。

[用語5] 量子収率 : ある反応系が吸収した光子数に対して、生成物を与えるのに使用された電子数の割合のこと。反射等の理由で反応系が吸収した光子数を厳密に計数できない場合、入射光子の全吸収を仮定して、外部量子収率、またはみかけの量子収率として表される。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Surface-modified, dye-sensitized niobate nanosheets enabling an efficient solar-driven Z-scheme for overall water splitting
著者 :
Shunta Nishioka, Koya Hojo, Langqiu Xiao, Tianyue Gao, Yugo Miseki, Shuhei Yasuda, Toshiyuki Yokoi, Kazuhiro Sayama, Thomas E. Mallouk, Kazuhiko Maeda
DOI :

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東京工業大学 理学院 化学系

教授 前田和彦

Email maedak@chem.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2239 / Fax 03-5734-2284

取材申し込み先

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Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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