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ペンギンの体表は流体摩擦抵抗を低減 レーザ加工によりペンギン肌リブレットフィルムを実現

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要点

  • ペンギンの羽毛が体表に形成する微小な列状の凹凸を、リブレット(微小な列状突起の集合)と見なして形状計測した。
  • 計測されたペンギン体表の微小形状を模倣したリブレットフィルムをレーザ加工で実現し、流体摩擦抵抗低減効果および流速方向変化への強さを明らかにした。
  • 本実験により、ペンギンの体表の羽毛が遊泳中の摩擦抵抗を低減することが、世界で初めて示唆された。

概要

東京工業大学 工学院 機械系の齋藤遼輔大学院生(修士課程2年)と田中博人准教授および山階鳥類研究所の山崎剛史研究員の研究グループは、ペンギンの体表を模倣したリブレット[用語1]フィルムを製作し、流体摩擦抵抗を低減する効果を明らかにした。

研究グループは、ペンギンの優れた遊泳能力に着目し、その体表の羽毛が形成する微小な列状の凹凸(リブレット)が流体抵抗に与える影響を調べるために、全身標本および採取した羽毛の形状を計測した。その結果に基づき、リブ断面が台形の模倣リブレットを設計し、紫外線レーザスキャン加工でフィルム上に製作した。製作したリブレットフィルムを平板に貼り付け、水流中で抵抗を計測した。その結果、平滑なフィルムを貼った場合と比較して、抵抗が最大2%低減した。この抵抗低減効果は、リブ配向が流速方向に対して平行な場合よりも15°角度をつけた場合の方が向上した。つまり、抵抗低減効果は流速方向の変化に強かった。

この実験結果は、ペンギンの体表の羽毛が流体摩擦抵抗を低減するように進化したことを示唆する。本リブレットを応用すれば、流速方向の変化が大きい自動車や船舶などの燃費向上が期待できる。

本研究成果は、8月18日付の「Bioinspiration & Biomimetics」に掲載された。

背景と経緯

ペンギンは水中遊泳に適応した鳥類で、海中での採餌ために長距離を遊泳する。その胴体は密集した羽毛に隙間なく覆われている。従来のペンギン羽毛の研究では、羽毛の保温効果や撥水効果が示唆されてきた。一方、流体力学の観点から表面に露出した羽毛の形状が流体抵抗に与える影響について調べられたことは、これまでほとんど無かった。

そこで研究グループは「羽毛が体表に形成する列状の凹凸形状がリブレットとして機能することで流体摩擦抵抗を低減する」という仮説を立てた。さらに、ペンギンは急旋回などの俊敏な泳ぎをすることから、抵抗低減効果は流速方向の変化に強いことを期待した。

従来から知られる流体摩擦抵抗を低減する表面形状として、サメの鱗から発想された「リブレット」がある。これは、流速方向に配向した微小な列状突起(リブ)の集合であり、物体表面の境界層が乱流であるとき、特定の条件下で摩擦抵抗を低減する。しかし、従来のリブレットは流速方向に対する角度の変化に弱い。つまり、リブ配向と流速方向が平行な場合から角度がつくほど抵抗低減効果は弱くなり、やがて抵抗増加に転じてしまう。

研究成果

ペンギン体表の観察と形状計測

本研究では、まずペンギンの全身標本および採取した羽毛を用いて、体表面の毛の間隔と断面形状の計測を行った。

毛の間隔の計測には、山階鳥類研究所が所蔵するキングペンギン(Aptenodytes patagonicus)、フンボルトペンギン(Spheniscus humboldti)、コガタペンギン(Eudyptula minor)の剥製標本の背中を用いた(図1)。隣り合う毛の間隔sは種によって大きく変わることはなく、約100 µm(マイクロメートル)だった(図2)。毛の断面形状の計測には長崎ペンギン水族館から提供されたジェンツーペンギン(Pygoscelis papua)の背中の羽を用いた(図3(A))。また、毛の断面形状は台形に近く、幅約60 µm、高さ30 µmだった(図3(B))。この台形断面は、従来のリブレット研究で良いとされてきた上端が鋭い板断面や鋸歯断面とは異なる(図4)。また、流体力学的な毛の無次元間隔s+[用語2]を遊泳速度から算出した結果(s+ ≈ 8)、従来のリブレットが最大抵抗低減率を示す間隔(s+ ≈ 17)に比べて小さいことが分かった。

図1. 背中の毛の間隔の計測に用いたキングペンギン、フンボルトペンギン、コガタペンギンの剥製標本(所蔵:山階鳥類研究所)。
図1.
背中の毛の間隔の計測に用いたキングペンギン、フンボルトペンギン、コガタペンギンの剥製標本(所蔵:山階鳥類研究所)。
図2. キングペンギンの剥製標本の背中の拡大写真(所蔵:山階鳥類研究所)
図2.
キングペンギンの剥製標本の背中の拡大写真(所蔵:山階鳥類研究所)
図3. (A)ジェンツーペンギンの背中から採取した羽(提供:長崎ペンギン水族館)。先端の黒い部分が体表に露出する。(B)毛の先端から約1 mmでの位置の切断面の電子線顕微鏡画像。
図3.
(A)ジェンツーペンギンの背中から採取した羽(提供:長崎ペンギン水族館)。先端の黒い部分が体表に露出する。(B)毛の先端から約1 mmでの位置の切断面の電子線顕微鏡画像。
図4. リブレットの断面模式図。(A)台形断面のペンギン模倣リブレット。(B)従来の板リブレット。(C)従来の鋸歯リブレット。
図4.
リブレットの断面模式図。(A)台形断面のペンギン模倣リブレット。(B)従来の板リブレット。(C)従来の鋸歯リブレット。

ペンギン体表を模倣したリブレットフィルムの製作

実寸大の微小な模倣リブレットをセンチメートルスケールの大面積に製作する方法として、紫外線レーザスキャンによるポリイミドフィルムの溝加工を採用した。製作したリブ断面が台形の模倣リブレットの形状計測結果を図5に示す。後述する抗力計測実験でペンギンの体表の流れを再現するために、サイズを縮小したリブレットも製作した。

製作したリブレットフィルムを金属平板の両面に貼り、フォースセンサに取り付けて回流水槽(一定速度の水流を発生する装置)に挿入し、板に平行な水流中での抵抗を計測した(図6)。平滑なフィルムを金属平板に貼った場合と比較して、リブレットによる抵抗低減率を算出した。

その結果、実験中の最も遅い流速(s+ = 1.6。ペンギンの遊泳速度0.35 m/sに相当)のときに最大の抵抗低減率2.0%を得た。抵抗低減効果は、実験中の最も速い流速(s+ = 13.5。遊泳速度3.8 m/sに相当)でも、1%未満ではあるが、維持された。さらに、どの流速でも、リブレットが流速方向と平行な場合よりも、偏差角を15°つけた場合の方が、抵抗低減率は大きかった。

従来の薄板リブレットや鋸歯状リブレットの最大摩擦低減率は、それぞれ約10%、約3%であり、今回の模倣リブレットの最大低減率よりも大きい。しかし従来の薄板リブレットや鋸歯状リブレットは、流速方向に対して平行な場合から角度を付けると、低減率は悪化する。それに対して今回の模倣リブレットは、平行な場合よりも15°角度を付けた場合に低減率が向上することが特徴的だった。

図5. 製作した模倣リブレットの表面形状。(A)リブ間隔100 µmの実寸大リブレット。(B)リブ間隔4 µmの縮小リブレット。3次元形状計測レーザ共焦点顕微鏡で計測。
図5.
製作した模倣リブレットの表面形状。(A)リブ間隔100 µmの実寸大リブレット。(B)リブ間隔4 µmの縮小リブレット。3次元形状計測レーザ共焦点顕微鏡で計測。
図6. 回流水槽中の平板の抗力計測実験。(A)側面模式図。(B)リブレットフィルムを貼った金属平板。(C)実験の様子。
図6.
回流水槽中の平板の抗力計測実験。(A)側面模式図。(B)リブレットフィルムを貼った金属平板。(C)実験の様子。

社会的インパクト

今回の実験結果は、ペンギンの体表の羽毛が遊泳中の流体摩擦抵抗を低減することを、世界で初めて示唆するものである。さらに、旋回遊泳などの機動によって相対流速の向きが15°程度変化する場合にも、抵抗低減効果は維持されるのみならず、向上する可能性も示唆された。

本研究のペンギン模倣台形リブレットは、従来の板・鋸歯リブレットに比べて最大抵抗低減率は小さいが、流速方向の変化に強い。したがって、流速方向が変化する自動車、船舶、水中・空中ドローン、水着などの抵抗低減への応用が期待できる。また、台形のリブ断面形状には、鋭利な板・鋸歯リブレットに比べて壊れにくさが期待できる。

今後の展開

実際のペンギンでは、羽毛は1本1本分離しており、遊泳中に動く可能性がある。また、ペンギンが体表に塗布する撥水性油脂の影響や、太く短い紡錘体状の体形の影響も未知である。今後、それらの特徴を模倣リブレットに取り入れることで、さらなる抗力低減効果や新たな特性の発現の可能性がある。

付記

本研究はJSPS科研費新学術領域研究「ソフトロボット学」JP18H05468および基盤研究(C)JP20K04283の助成を受けた。

用語説明

[用語1] リブレット : 微小な列状突起の集合。流体力学分野では、適切な条件下で物体表面の乱流摩擦抵抗を低減することが知られている。

[用語2] 無次元間隔s+ : 物体表面の乱流境界層の粘性底層厚さに関する相対的なリブ間隔。同じ物体上の同じ位置の同じリブ間隔sならば、流速が速いほど粘性底層厚さは小さくなり、s+は大きくなる。

論文情報

掲載誌 :
Bioinspiration & Biomimetics
論文タイトル :
Fluid drag reduction by penguin-mimetic laser-ablated riblets with yaw angles
著者 :
Ryosuke Saito, Takeshi Yamasaki, and Hiroto Tanaka
DOI :

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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 機械系

准教授 田中博人

Email tanaka.h.cb@m.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2114

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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