東京工業大学未来の人類研究センターは、3月20日と21日、「利他学会議vol.2」をオンラインで開催しました。2020年度に続く第2回目の「利他学会議」は、前回と同じく学内外からのゲストを2名ずつ招き、テーマ別にディスカッションを行う「分科会」、その分科会に参加しなかった研究センターのメンバーが分科会について話し合う「ちゃぶ台トーク」の2プログラムがセットになったセッションを、2日間で4回行いました。
未来の人類研究センターのメンバーである伊藤亜紗教授(センター長)、中島岳志教授(利他プロジェクトリーダー)、磯﨑憲一郎教授、國分功一郎特定准教授、山崎太郎教授、木内久美子准教授、北村匡平准教授が各セッションの「分科会」または「ちゃぶ台トーク」に参加し、「利他が生まれる場をめぐる」という利他学会議全体のテーマを踏まえながら、各ゲストの専門に即したさまざまな場所をめぐりながら議論を進めました。最後の「ちゃぶ台トーク」にはメンバー全員が参加し、利他学会議全体の総括に加え、これまでの研究成果についての議論も展開しました。この2日間に参加が叶わなかった若松英輔教授が事前に「利他」に関する2つの問いを出し、いくつかのセッションでその問いについて議論が行われました。
総登録者数は1,334名(うち参加者数は847名)で、開催中にたくさんの質問やコメントが寄せられました。各セッションのアンケートには多数の長文の感想と高い満足度が示されたほか、参加者の職業・所属も東工大を始めとする大学生や、主婦、引退後の方、会社員、経営者、農業従事者、編集者、作家、翻訳者、教職員、ケアワーカー、研究者、学芸員、医師、庭師、公務員、刑務官、僧侶、デザイナー、と大変多岐にわたり、幅広い分野で生きる方々が「利他」に深い関心を持っていることがうかがえました。
セッション1「テクノロジー×コモンズ」徳島・バルセロナ
「分科会1」では、まず東工大環境・社会理工学院 土木・環境工学系の真田純子准教授が、徳島での空石積みという技術とその技術をどのように伝承していくかについて、続いて東京大学先端科学技術センターの吉村有司特任准教授が、スペインのバルセロナの事例を中心に共創型のスマートシティのあり方に関して話をしました。後半のディスカッションでは、「共同性」「町づくり」「町への愛着」「サイエンスの取り入れ方」「統御vs沿うこと」などの共通するキーワードを中心に、2名のゲストが「居心地の良さ」と人間の身体の臨界点/身の丈の関係にまで及ぶ議論を展開しました。人間同士だけではなく、モノや町、都市に対しても「統御するのではなく沿うことでポテンシャルを引き出す」ことについて考えました。
メンバーが入れ替わり始まった「ちゃぶ台トーク1」では、真田准教授、吉村特任准教授が作成しているボトムアップの共創的な場における「ランダム性」や「偶然性」がとても重要であること、民主主義や都市の作り方に「ランダム性」や「偶然性」が入るような制度、システムをどう作るか、などの議論が「生」「目線」「関係性」そして「利他」といったキーワードが飛び出しながら進みました。
セッション2「移民×ホームレス」メキシコ・北九州
「分科会2」に移ると、東工大リベラルアーツ研究教育院の渡辺暁准教授がメキシコのペトからカリフォルニアのサンラファエルへの移民について、最初の移住がどのようにして始まり、そして移住した結果、移民たちに起こった思いがけない変化などを詳細に語りました。NPO法人抱樸の奥田知志理事長は抱樸としてのホームレス支援の活動を紹介し、「ハウス」「ホーム」「居住」の意味の違いや「関係を結ぶ」ということに関して話しました。続くディスカッションでは、「時の概念」「共感」「トゲ」「傷」「不在」という共通するキーワードをもとに、奥田さんの「移民は食べるため、生きるために移り住むのだと思うが、ハウスを確保できても、そこがホームにならないと人は生きていかない」という、この分科会を象徴するような発言もありました。セッションの最後、渡辺准教授は「この会のおかげで、自分が大事にしているのが何かを再認識した。それは人とのつながりだと思う」と他の参加者への感謝とともに述べ、奥田理事長は、若松教授から事前に受け取った「『利他』の『利』とは何なのか」との問いに対し、「出会ったものには責任がある。利他とはまずはつながることからはじまるのではないか」と答え、分科会を締めくくりました。
「ちゃぶ台トーク2」では、「つながり」「傷」「ホーム/ハウス」「クロノス/カイロス」などの意味について、具体例を提示しながら議論が進み、この「分科会」を通底していた「死者と共にあること」「非在の存在」というテーマと「利他」のつながりへと展開しました。中島教授は「メキシコ・ホーム」などのキーワードに過去の体験を思い出し、大人になって初めて中学時代の先生がかけてくれた言葉に感謝するように「利他的な言葉は受け手にとって過去からやってくる、逆に発信者にとっては未来からやってくる」と話しました。この時間のズレについて、伊藤教授が「宛先がうまく設定されていないけど、時間が経つと宛先がむしろやってくる。そういう不思議な出来事が『利他』という現象」と語り、ちゃぶ台トークは締めくくられました。
セッション3「食×労働」食堂・酒蔵
2日目は「分科会3」から始まり、ゲストは東工大のOB・OGでした。1人目は、生命理工学院で学んだのち、現在はWAKAZEの三軒茶屋醸造所の杜氏である戸田京介さんが、自身が取り組んでいる、微生物や植物の力を活かした伝統的で新しい酒造りの話を中心に、酒造りにおける酵母や麹菌を含む様々な菌が発酵でどのように活躍するか、そしてその環境づくりについて語りました。2人目は同じく東工大OGであり、現在は未来食堂を営む小林せかいさんが、会場からのQ&Aに答えながら、未来食堂の大きな特徴でもある「まかない」「ただめし」「あつらえ」という3つの柱によって、「誰でも来られる場所」をどのようにして作ったかについて話をしました。ディスカッションでは、戸田さんは菌の力を引き出せる環境づくり、小林さんは誰でも参加できる砂場のような場所づくりをそれぞれ行うことで、思いがけず「利他」を体現しているという点を主に議論しました。
「ちゃぶ台トーク3」に移ると、小林さんがディスカッションの最後に紹介した「ただめし券」に書かれている文言「善意は有限です」を「お茶受け」と称してテーマにあげながら、ボトムアップで共創する場には「ランダム性」や「規範性」を入れること、また仕組みを使ってコントロールするのではなく、使えるように「置いておく」ことが重要という議論を展開しました。こうした仕組みや場所づくりの重要性の話から、「『利他』は、それを行う主体と受ける客体の話ではなくその中間にあるもの、そして『利他』と『利己』の『利』は同じものを指さない、仕組みを作るのが重要なのは、そこにそれまで『利』だと思っていたものと違う『利』が生まれ、共有されたり循環したりするから」(國分特任准教授)、というように、若松教授からの問い「『利他』の『利』は何か」の答えにも迫りました。
セッション4「菌×霊長類」体内・熱帯雨林
最後のセッションとなる「分科会4」では、東工大生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授が「ヒト、細菌、そして環境」と題して話をしました。腸内細菌やおでこの常在菌は一人一人異なり、そこから個人の特定がある程度可能であり、「菌」はもはや「他」ではなく「自」といえるのではないか、という問題が提起されました。続いて、京都大学高等研究院/野生動物研究センターの山本真也准教授が「戦争と協力の進化的起源」と題し、チンパンジーやボノボを被験動物とした協力行動の実験を紹介しながら、チンパンジー、ボノボ、そしてヒトの利他性の類似点と相違点について、「自発性」「個体と集団」「内と外」「自己家畜化」といった視点から語り、「利他」と同義とも捉えられがちな「協力行動」が、場合によっては「戦争」の引き金にもなる、と語りました。ディスカッションでは、群れ(仲間)あるいは評判社会という点からチンパンジー・ボノボ・ヒトの類似点と相違点について確認しながら、「利己」と「利他」の線引きの難しさ、常在菌に見られる個人内変動幅と他者との距離、他者と果物を分け合うことで絆を深めるボノボの「共感」や、外的な脅威による内集団の結束の強まりというチンパンジー社会での現象とロシア・ウクライナ戦争を始めとしたナショナリズムの問題のつながりなど、多岐にわたる議論が展開されました。
最後の「ちゃぶ台トーク4」では、未来の人類研究センターのメンバー8名全員が参加し、利他学会議全体を振り返りました。「未来の人類研究センターの利他プロジェクトは、アカデミズムへの挑戦。学問というのは、何かを明らかにしようという方向に進むべきものであるけれども、利他プロジェクトは延々と『具体の羅列』をやっている。善、美、芸術と同じく、『利他』についてもそうだが、定義しえないものだけが偉大で、それは何かをいう問いを立てられても、答えられない、定義しえない、ということがとても大事」という磯﨑教授の言葉を始め、2020年2月の立ち上げ当初から参加し、2年間センターの基盤を作り3月で去るメンバー(中島教授、若松教授、磯﨑教授、國分特任准教授、山崎教授)からそれぞれメッセージがありました。続いて来年度も継続するメンバー(木内准教授、北村准教授)が、この1年の対話や共同研究から受け取ったもの、そして今後に向けた「利他」研究への思いを語り、最後にセンター長の伊藤教授からの以下のまとめの言葉で、2日間にわたる利他学会議は終了しました。
「去年の利他学会議では、"能動的に利他を考えない"という我々の基本スタンスみたいなものを確認しながら、人に何かを"してあげる"という一般的に知られている利他ではなくて、どうやったら"やってくる利他"、"思いがけない利他"をつくれるのか、というところまで確認した感じでした。今年の利他学会議はそこからすごく進んだという手応えがあって、偶然は偶然には起こらない、そこには制御するのとは違う、何らかのシステムのようなものが必要で、それはちょっと微調整することによってその中の生態系が大きく変わる。その実験を2日間通してさまざまに聞いてきた感じがします。」
YouTubeで記録を公開
「利他学会議vol.2」について、2日間のアーカイブ公開を希望する声が多数寄せられました。初回の利他学会議アーカイブに加えて、2021年度分についても、未来の人類研究センターのYouTubeチャンネルで4つのセッションを公開しています。
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組織名、研究センターのメンバー、会議参加者の所属・職名は全て開催当時のものです
- 「利他学会議vol.2」のアーカイブを未来の人類研究センターYouTubeチャンネルで公開|未来の人類研究センター
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