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溶存N2Oの同位体分析を用いて泥炭湿地上のオイルパームプランテーション排水路の温室効果ガスN2Oの生成・除去機構を解明 豊富な有機物による還元作用によってN2O間接排出を抑制している可能性

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概要

世界的な需要の高まりを受けオイルパームプランテーションは年々拡大を続けており、近年では泥炭湿地林を変換してプランテーションが拡がり続けています。国立環境研究所、東工大、兵庫県立大、サラワク州立熱帯泥炭研究所の研究チームは、これまで着目されていなかった温室効果ガスN2O発生源である泥炭湿地を開拓したオイルパームプランテーションの排水路の溶存N2Oの観測を行いました。その結果、排水路水中の溶存N2O濃度は雨季と乾季で大きく分布が異なることが明らかになりました。具体的には、雨季では、温室効果ガスの強い発生源となっている地点が多い一方で、強い吸収源となる地点も多いことが明らかになりました。溶存N2Oの分子内同位体比を調査すると生成されたN2OのほとんどはN2まで還元されており、かなりの部分が河川に至るまでに除去されていることが明らかになりました。これは泥炭土壌から供給される有機物が多いために起こるものと考えられます。泥炭湿地上に成立したオイルパームプランテーションの温室効果ガス収支把握の高精度化によって、温室効果ガス発生抑制に向けたN2O生成メカニズム解明につながる知見を得ました。

本研究の成果は、2023年2月20日付でElsevier社から刊行される総合環境学分野の学術誌「Science of the Total Environment」に掲載されました。

発表者

  • 国立環境研究所 地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 仁科一哉 他
  • 東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 准教授 豊田栄
  • 兵庫県立大学 環境人間学部 環境デザイン系 准教授 伊藤雅之
  • サラワク州立熱帯泥炭研究所 Lulie Melling 他

研究の背景と目的

現在、食用、産業、バイオディーゼル等への活用といった世界的なパーム油の需要の高まりを受けて、東南アジア、なかでもマレーシアとインドネシアでは広大な土地がオイルパームプランテーションとして開拓され、その面積は年々拡大しています。近年では、これまで高水位のため開発されていなかった泥炭湿地林も近年は作付け対象とされ、排水路建設を伴った農地転用による環境影響が懸念されています。泥炭湿地には膨大な炭素が有機物層として蓄積しており、排水路建設による乾燥により有機物の分解が加速し、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の放出源になることも報告されています。また、温室効果ガスの一つである一酸化二窒素(N2O)ガスも、オイルパーム農園転用後の窒素化学肥料の施肥により土壌表層からの大きな放出が観測されています。一般的な農地生態系では、窒素の施肥は河川などへの硝酸イオンの流出を加速させ、下流の生態系の富栄養化につながります。硝酸イオンは水系において微生物の作用である脱窒過程によって還元されてN2Oを生成し、河川表面から大気へN2Oを放出します(土壌表面からの直接排出と対比して間接排出という)。泥炭湿地のプランテーションでは排水路網を格子状に配置する必要があり、その表面積が農地全体の数%にも及ぶため、一般的な農地と比べ排水路がより重要な発生源になる可能性があります。しかしながら、熱帯域、とりわけ泥炭湿地上に成立するプランテーションにおいてはこれまで観測が行われておらず、N2O発生源としての重要性はほとんどわかっていませんでした。

そこで、国立環境研究所地球システム領域の仁科らの研究チーム(以下「当研究チーム」という。)は、オイルパームプランテーションにおける排水路水中の溶存N2O濃度の空間分布を把握するとともに、分子内同位体比(アイソトポマー)分析を行うことで、排水路中における窒素プロセスを解明するための研究を実施しました。これにより、今まで明らかではなかった窒素流出後の窒素プロセス動態を解明するとともに、N2Oの動態を明らかにすることを目的としました。

研究手法

研究対象フィールドと分析

今回の研究は、マレーシアのサラワク州にあるオイルパームプランテーションサイトを対象としました。本サイトは2000年に泥炭湿地林を開墾して作られました。本研究では、この地域に代表的な季節である雨季と乾季において排水路や排水が流れ込む隣接河川等(図1)から採水して、水質や溶存N2O濃度などの項目を測定しました。

図1 本研究の対象のオイルパームプランテーションサイトとサンプリング地点例

図1. 本研究の対象のオイルパームプランテーションサイトとサンプリング地点例

分子内同位体比(アイソトポマー)分析

N2O分子は窒素二つを有する分子で、分子式はNNOという並びであるため、二つの窒素原子のそれぞれの安定同位体比[用語1]を識別することが可能です。本研究ではガスクロマトグラフ/安定同位体比質量分析計を用いてN2Oのδ15Nα、δ15Nβ、δ15Nbulk ( = (δ15Nα15Nβ)/2 )、およびδ18Oを測定しました。α、βはそれぞれNNO分子の中央位、端位を表しており、分子内の15Nの偏りを示す指標としてSite Preference ( = δ15Nα–δ15Nβ ) がよく使われます。N2Oを生成するプロセスは複数あり(図3)、各プロセス(硝化、脱窒など)は、それぞれ固有のSite Preference値を持っているため、N2Oの分子内同位体比を分析することによってプロセスの特定が可能になります。さらにSite Preferenceとδ15Nbulk(またはδ18O)の情報を合わせることによって、生成されたN2OがどれくらいN2還元されたかを評価することも可能となり、環境中のN2Oの生成・除去機構を明らかにすることができます。

研究結果と考察

観測の結果として、排水路中の溶存N2O濃度は、乾季と雨季のいずれの時期においても、低濃度から高濃度まで大きくばらついているものの、その濃度分布は大きく変化していました(図2)。この結果は、季節によってN2O生成量が大きく異なることを示したもので、本研究によって世界で初めて明らかになったものです。図2は溶存N2Oの飽和度で示しており、100%を超えるとき(図中の橙ラインより右)には、排水路の水面から大気へN2Oが放出されていることを示し、100%以下では逆に排水路の水が大気中からN2Oを吸収します。乾季も雨季も中央値は放出でしたが、いずれの季節も、吸収する地点から放出する地点まであることがわかりました。特に雨季には、濃度分布のばらつきが乾季よりも大きく、より強い放出が見られる地点とより強い吸収が見られる地点の両方が混在することが示されました。これはN2O生成と消費(還元)の双方に関わる脱窒の活性が高まっている結果と考えられます(図3)。

溶存N2O濃度の観測結果を飽和度で示したもの。乾季(左)と雨季(右)で濃度(飽和度)の分布が異なることが分かる。低濃度(図中の橙の100% ラインより左)のときには大気中濃度の平衡よりも溶存N2O濃度が低いため水が大気からN2Oを吸収し、100%を超える高濃度の時は水面から大気にN2Oが放出される。
図2.
溶存N2O濃度の観測結果を飽和度で示したもの。乾季(左)と雨季(右)で濃度(飽和度)の分布が異なることが分かる。低濃度(図中の橙の100% ラインより左)のときには大気中濃度の平衡よりも溶存N2O濃度が低いため水が大気からN2Oを吸収し、100%を超える高濃度の時は水面から大気にN2Oが放出される。

アイソトポマーを用いたN2O生成消費機構の解析では、脱窒が主たる発生要因であること、また9割以上のN2Oがさらに脱窒の影響を受けることでN2まで還元されていることが明らかになりました。排水路の水は泥炭土壌から滲出しておりpHが3から4を示しましたが、このような強酸性の条件でも、排水路中あるいは泥炭土壌内で脱窒が盛んに行われており、いわゆる完全脱窒(N2まで脱窒が進むこと)が起きていると考えられます(図3下)。排水に含まれる硝酸イオンは、局所的な窒素源(パーム油製造工場の廃液処理排水が排水路に流れ込む箇所)の周辺を除けば、かなり低い値に抑えられており、泥炭湿地上に成立したオイルパームプランテーションは脱窒により高い窒素負荷の除去能力を持つことが明らかになりました。泥炭土壌浸出水である排水路の水は、脱窒菌が利用する溶存有機物濃度が高いこと、また高い水温を示していることが高い活性を有する要因であると考えられます。

排水路網中でのN2Oの生成・消費と季節による各過程の相対速度を示した模式図。雨季は乾季に比べてN2O生成、N2O還元(いずれも脱窒活性)が活発化していると考えられる。これは雨季にはより新鮮な溶存有機物が泥炭土壌から供給されるため起きている可能性がある。
図3.
排水路網中でのN2Oの生成・消費と季節による各過程の相対速度を示した模式図。雨季は乾季に比べてN2O生成、N2O還元(いずれも脱窒活性)が活発化していると考えられる。これは雨季にはより新鮮な溶存有機物が泥炭土壌から供給されるため起きている可能性がある。

今後の展望

本研究ではN2Oのアイソトポマー測定という手法を、泥炭湿地上に成立したオイルパームプランテーションの排水路の水に適用し、排水路がN2Oの吸収源・放出源の双方として機能していることを明らかにしました。乾季・雨季の観測から、排水路中のN2O濃度は明確な季節性を示すこと、特に雨季には脱窒によりN2O生成・消費の両方が活性化されることが示されました。そのためN2O収支の評価には季節性を考慮することが重要となります。一方で、脱窒のN2O還元作用によってN2O発生がかなり抑えられていると考えられますが、この高い活性は泥炭土壌が含む豊富な有機物を脱窒菌の基質として供給できることと、熱帯の高い水温環境によって脱窒に適した還元的な環境が発達していることによって支えられていると予測されます。今後さらに泥炭の分解が進んだ場合など、排水路からの溶存有機物の供給が少なくなれば、N2O排出が増加する可能性があります。熱帯泥炭湿地帯における溶存N2O動態の観測は本研究以外にはほとんどなく、オイルパームプランテーションのN2O放出、ひいてはGHG収支を理解するには、さらなる観測が必要です。

付記

本研究の一部はJSPS科研費17H01867, 18H02238の支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1] 安定同位体比 : 安定同位体比: 同位体は原子番号が同じで質量数が異なる元素で、窒素では14Nと15N、酸素安定では16O、17O、18Oといった同位体がほぼ一定の比率で自然界に安定に存在しています。物理化学反応では軽い安定同位体の方が先に反応しやすい性質があるため、環境条件によって安定同位体比がわずかに変化します。すなわち安定同位体比を知ることで、どのような化学反応があったのかを類推することができるため、環境中の物質動態の把握によく使われるツールとなっています。

論文情報

掲載誌 :
Science of the Total Environment
論文タイトル :
Dissolved N2O concentrations in oil palm plantation drainage in a peat swamp of Malaysia
著者 :
Kazuya Nishina; Lulie Melling; Sakae Toyoda; Masayuki Itoh; Kotaro Terajima; Joseph W.B. Waili; Guan X. Wong; Frankie Kiew; Edward B. Aeries; Ryuichi Hirata; Yoshiyuki Takahashi; Takashi Onodera
DOI :

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