Quantcast
Channel: 更新情報 --- 東工大ニュース | 東京工業大学
Viewing all articles
Browse latest Browse all 4086

化学置換なしで世界最高のプロトン伝導度を示す新酸化物を創製・発見 低温で高性能な燃料電池を低コストで製造可能に

$
0
0

要点

  • 世界最高のプロトン伝導度を示す新物質を創製・発見。
  • 結晶構造解析と理論計算から、化学置換なしで高いプロトン伝導度を示す要因を解明。
  • 低コストで製造できる高性能燃料電池の開発につながると期待。

概要

東京工業大学 理学院 化学系の八島正知教授、森川里穂大学院生(研究当時)、村上泰斗特任助教(研究当時)、藤井孝太郎助教は、中低温域で世界最高のプロトン(H+、水素イオン)伝導度[用語1]を示す新物質Ba2LuAlO5[用語2]を創製・発見した。さらに東北大学 金属材料研究所の南部雄亮准教授、池田陽一助教と共同での中性子回折[用語3]データを用いた結晶構造解析と、豪州原子力科学技術機構(ANSTO)のアブディーフ・マキシム博士(研究当時は東京工業大学客員研究員兼務)と共同での第一原理分子動力学シミュレーション[用語4]により、プロトン伝導機構を明らかにした。

現在実用化されている固体酸化物形燃料電池(SOFC)は動作温度が高いため、低コスト化と用途拡大のために、中低温域(300~600℃)で高いプロトン伝導度を示す材料が求められている。従来の候補材料であるペロブスカイト型プロトン伝導体[用語5]では、高い伝導度を実現するために化学置換[用語6]が必要である。一方、六方ペロブスカイト関連酸化物[用語7]は近年、化学置換なしで比較的高いプロトン伝導度を示す新材料として注目されているが、プロトン伝導度が十分高くはなかった。

今回、酸素空孔[用語8]を大量に含む新しい材料の探索により、新物質Ba2LuAlO5を創製・発見した。このBa2LuAlO5が六方ペロブスカイト関連酸化物であることが、結晶構造解析によって確認された。化学置換していないBa2LuAlO5のプロトン伝導度を測定したところ、既知のセラミック材料よりも高かった。さらに第一原理分子動力学シミュレーションの結果から、化学置換しなくても、酸素空孔が大量に存在するBaO層で水和が起こるためプロトン濃度が高いこと、LuO6八面体層の間に存在する最密充填BaO3層においてプロトンが高速移動することが、高いプロトン伝導度の原因であることが分かった。

本研究成果は2023年6月6日(英国時間)にネイチャー・ポートフォリオの学術誌「Communications Materials」に掲載された。

背景

プロトン伝導体はプロトン(H+)伝導を示す物質であり、プロトン伝導性燃料電池(PCFC:プロトンセラミック燃料電池ともいう)、水素ポンプや水素センサーなど、様々な電気化学デバイスへの応用が可能なクリーンエネルギー材料として期待されている。イオン半径と酸化数が小さいプロトンは、拡散のエネルギー障壁が低く、酸化物イオンよりも低温で比較的高い電気伝導度を示す。そのため、プロトン伝導体を電解質として用いることで、酸化物イオン伝導体を固体電解質に用いた従来の固体酸化物形燃料電池(SOFC)と比べて、デバイス(PCFC)の作動温度を低くできると期待されている。

しかし、中低温域(300~600℃)で十分に高いプロトン伝導度を示す材料の報告は少なく、既存材料の研究はAMO3ペロブスカイト型構造など特定の結晶構造の材料に集中している(ここでAは比較的大きい陽イオン、Mは比較的小さな陽イオン)。このことから、プロトン伝導体の応用範囲を広げるためには、さらなる材料開発が必要とされている。

既存のプロトン伝導体は、ほぼ全てが母物質のままでは高い伝導度を示さないことが知られており、一般的に高いプロトン伝導度を実現するためには、化学置換を行って、結晶構造内の酸素サイトに酸素空孔を導入する必要がある。それは、水蒸気がプロトン伝導体と反応すると、この酸素空孔にH2OのOが取り込まれ、生成したプロトンが材料中を拡散することでプロトン伝導が起こるためである。しかし、化学置換は不純物相の増加や生成物の不安定化をもたらしやすいため、高い安定性を示す高純度試料の合成が困難な場合もあった。

こうしたプロトン伝導体について、八島教授らのグループは最近、六方ペロブスカイト関連酸化物の1つであるBa5Er2Al2ZrO13が、化学置換を行っていないにもかかわらず、中低温域で高いプロトン伝導度を示すことを発見した。Ba5Er2Al2ZrO13本質的な酸素空孔[用語9]を有しているため、化学置換を行わなくても比較的高いプロトン伝導度を示す。しかし、最も高い伝導度を示すAMO3ペロブスカイト型プロトン伝導体と比べると、Ba5Er2Al2ZrO13のプロトン伝導度は低い。そのため、中低温域でさらに高いプロトン伝導度を示す新しい材料が求められていた。

研究成果

本研究では、化学置換なしで水和とプロトン伝導を示すと期待される、本質的な酸素空孔を持つ新材料の探索を行った。具体的には、組成Ba2BMO5の新物質を探索した。Ba2BMO5BMは陽イオン)はBaB1/2M1/2O2.5と等価であり、BaとOが最密充填したBaB1/2M1/2O3と比べて酸素が1/6も欠損している組成である。このため本質的な酸素空孔を有する材料である。その結果、Ba2LuAlO5を創製・発見した。

固相反応法により合成したBa2LuAlO5試料に対して、単結晶X線回折と粉末X線回折データを用いた結晶構造解析を行ったところ、この新物質が六方ペロブスカイト関連酸化物であることが分かった。合成した試料は、乾燥酸素中、5%の水素を含む乾燥窒素中、あるいは湿潤空気中において400℃で24時間アニールしても分解しないことから、高い化学的安定性を持つことが確認された。合成した試料を真空中で熱処理して作製した乾燥試料Ba2LuAlO5と、重水D2O中で熱処理して作製した湿潤試料Ba2LuAlO4.52(OD)0.96について、中性子回折データのリートベルト解析を行うことで、それぞれの結晶構造が得られた(図1)。乾燥試料Ba2LuAlO5と湿潤試料Ba2LuAlO4.52(OD)0.96は、どちらも六方ペロブスカイト関連酸化物であり、バリウム(Ba)と酸素(O)の立方最密充填BaO3 (c)層と、本質的な酸素空孔を持つ六方最密充填h' 層を含むことが分かった。一方でそれぞれの構造を比較すると、乾燥試料ではh' 層がBaO層であるのに対し、湿潤試料ではh' 層がBaO1.95層であり、水和がh' 層で起こっている。また、乾燥試料では水素原子が存在しないのに対し、湿潤試料では重水素D原子(図2bの赤色と橙色の球)が存在している。

図1. (a)乾燥試料Ba2LuAlO5と(b)湿潤試料Ba2LuAlO4.52(OD)0.96の結晶構造。水素(H)による中性子の非干渉性散乱を避けるために、Hを重水素(D)に置換した試料を用いた。(b)におけるOD距離が、ラマン散乱および赤外吸収スペクトルから見積もったOH距離と一致していることから、これが妥当な結晶構造であることが確認できた。(©著者ら、Springer Nature 2023)
図1.
(a)乾燥試料Ba2LuAlO5と(b)湿潤試料Ba2LuAlO4.52(OD)0.96の結晶構造。水素(H)による中性子の非干渉性散乱を避けるために、Hを重水素(D)に置換した試料を用いた。(b)におけるOD距離が、ラマン散乱および赤外吸収スペクトルから見積もったOH距離と一致していることから、これが妥当な結晶構造であることが確認できた。(©著者ら、Springer Nature 2023)

図2. 直流四端子法で測定したBa2LuAlO5の電気伝導度σtotal (a)σtotalの酸素分圧P(O2)依存性(σ(dry):乾燥雰囲気下、σ(H2O):H2O気流中)。 (b)σ(H2O)とD2O気流中でのσtotalとの比。 (c)σ(dry):乾燥窒素気流中におけるσtotal、σ(H2O):H2Oを飽和させた窒素気流中でのσtotalのアレニウスプロット。(©著者ら、Springer Nature 2023)

図2. 直流四端子法で測定したBa2LuAlO5の電気伝導度σtotal

(a)σtotalの酸素分圧P(O2)依存性(σ(dry):乾燥雰囲気下、σ(H2O):H2O気流中)。
(b)σ(H2O)とD2O気流中でのσtotalとの比。
(c)σ(dry):乾燥窒素気流中におけるσtotalσ(H2O):H2Oを飽和させた窒素気流中でのσtotalのアレニウスプロット。(©著者ら、Springer Nature 2023)

次に、合成したBa2LuAlO5試料の電気伝導度を測定した。Ba2LuAlO5の電気伝導度が酸素分圧P(O2)に依存しない電解質領域では、電子伝導が無視できる(図2a)。乾燥雰囲気のイオン伝導度(酸化物イオン伝導度)に比べて、湿潤雰囲気でのイオン伝導度が高いこと(図2a、c)、H2O気流中とD2O気流中での電気伝導度の比が理想値1.41に近いことから(図2b)、湿潤雰囲気ではプロトン伝導が起こっていることが分かった。湿潤窒素気流中で測定した交流インピーダンスデータを用いて見積もったBa2LuAlO5のバルク伝導度は、Ba5Er2Al2ZrO13など他のプロトン伝導体に比べて高く、世界最高のプロトン伝導度を示した(図3a)。この原因は、大量の本質的な酸素空孔が存在するため、水和量が高くて比較的プロトン濃度が高いこと、ならびにプロトンの拡散係数が高いことである(図3b)。

図3. (a)Ba2LuAlO5と代表的なプロトン伝導体のプロトン伝導度σHの比較。(b)Ba2LuAlO5と代表的なプロトン伝導体の拡散係数Dの比較。(©著者ら、Springer Nature 2023)
図3.
(a)Ba2LuAlO5と代表的なプロトン伝導体のプロトン伝導度σHの比較。(b)Ba2LuAlO5と代表的なプロトン伝導体の拡散係数Dの比較。(©著者ら、Springer Nature 2023)

プロトンの拡散係数が高い原因を調べるために、第一原理分子動力学シミュレーションを行った。その結果、得られたプロトンの確率密度分布(図4)に示すように、h' 層においてプロトンが局在しているのに対し、2つのLuO6八面体層の境界であるc層[(Ba1)(O1)3層]においてプロトンが大きく広がっていることが分かった。このことは、水和がh' 層で起こり、プロトンの一部がc層[(Ba1)(O1)3層]で高速拡散することを示している。第一原理分子動力学計算から見積もったプロトンの拡散係数は、バルク伝導度と水和量から見積もったプロトンの拡散係数と一致する。したがって、プロトンの一部がc層[(Ba1)(O1)3層]で高速拡散することが、プロトンの拡散係数が高い原因であると考えられる。

図4. 第一原理分子動力学シミュレーションにより得られた Ba2LuAlO5におけるプロトンの確率密度分布。(a)ではプロトンの確率密度分布のみを、(b)ではプロトンの確率密度分布に加えて水色のAlO4四面体と紫色のLuO6八面体を示す。このプロトンの確率密度分布は、図1bのプロトンの分布と類似しており、結晶構造解析の結果と第一原理分子動力学計算の結果の妥当性を示唆している。(©著者ら、Springer Nature 2023)
図4.
第一原理分子動力学シミュレーションにより得られた Ba2LuAlO5におけるプロトンの確率密度分布。(a)ではプロトンの確率密度分布のみを、(b)ではプロトンの確率密度分布に加えて水色のAlO4四面体と紫色のLuO6八面体を示す。このプロトンの確率密度分布は、図1bのプロトンの分布と類似しており、結晶構造解析の結果と第一原理分子動力学計算の結果の妥当性を示唆している。(©著者ら、Springer Nature 2023)

社会的インパクト

本研究では、世界最高のプロトン伝導度を示す新物質Ba2LuAlO5を創製・発見した。中低温で高い伝導度と高い化学的安定性を示すBa2LuAlO5を電解質に用いたプロトンセラミック燃料電池を作れば、現在実用化されている高分子燃料電池で使われている、高価な白金が必要なくなる。また従来のセラミック固体電解質であるYSZよりも動作温度を下げることができ、耐熱材料が不要となる。こうしたことから、燃料電池の製造コストを大幅に下げることができると期待される。高プロトン伝導体であるBa2LuAlO5は、高性能燃料電池のほかにも、ポンプ、水素センサーなどへの応用が見込まれている。こうした点から、本研究の成果には、新しいクリーンエネルギー技術と持続可能な社会の実現に貢献し、エネルギー・環境問題を解決するという社会的インパクトがあるといえる。

今後の展開

本質的な酸素空孔を持つ新材料Ba2LuAlO5が、従来のプロトン伝導体の設計戦略である化学置換(アクセプタドーピング)を超える性能が出せることを実証したことには大きなインパクトがある。今後、Ba2LuAlO5などの本質的な酸素空孔を持つ材料の研究開発が活発になると考えられる。また、Ba2LuAlO5を用いた電気化学デバイスの開発もなされるだろう。

付記

本研究の一部は、JSPS科学研究費助成事業 挑戦的研究(開拓)「本質的な酸素空孔層による新型プロトン・イオン伝導体の探索」(21K18182)、同 基盤研究(A)「新構造型イオン伝導体の創製と構造物性」(19H00821)、JST研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同(育成型)「高性能SOFCの実現に向けた新規イオン伝導体の開発」(JPMJTR22TC)、JSPS研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)「高速イオン輸送のための固体界面科学に関する国際連携拠点形成」および「エネルギー変換を目指した複合アニオン国際研究拠点」等の助成を受けて行われた。

用語説明

[用語1] プロトン(H+、水素イオン)伝導度 : プロトンが伝導することによる電気伝導度。

[用語2] Ba2LuAlO5 : バリウム、ルテチウム、アルミニウムおよび酸素から構成される酸化物。六方ペロブスカイト関連酸化物と呼ばれる物質群の1つである。この物質群はプロトン伝導体あるいは酸化物イオン伝導体として注目されており、六方ペロブスカイト関連酸化物のイオン伝導は新しい研究分野である。今回合成したBa2LuAlO5が水和すると、化学組成はBa2LuAlOx H2O = Ba2LuAlO5-x(OH)2x (0<x≦0.5)であり、OHの形で水が取り込まれる。

[用語3] 中性子回折 : 中性子による回折。重元素と、酸素などの軽元素の両方を含む物質では、軽元素の中性子散乱コントラストがX線散乱コントラストと比べて相対的に高いことが多い。そのため、X線回折ではなく中性子回折データを用いた構造解析によって、軽元素の原子の原子座標、占有率と原子変位パラメータを正確に決めることができる。

[用語4] 第一原理分子動力学シミュレーション : 実験データなど経験パラメータを用いずに、計算対象となる原子の種類と数と初期配置を用いて、量子力学に基づいて電子状態を計算することにより、原子間に働く力を見積もり、物質における原子の運動や物質の性質を調べるシミュレーション。

[用語5] プロトン伝導体 : 外部電場を印加したときにプロトンが伝導する物質。プロトン伝導体には、純プロトン伝導体やプロトン-電子混合伝導体などがある。

[用語6] 化学置換 : 化合物の原子の一部を別の元素の原子で置換すること。

[用語7] 六方ペロブスカイト関連酸化物 : 鉱物ペロブスカイトCaTiO3と同じ、あるいは類似した結晶構造を持ち、一般式ABX3で表される化合物をABX3ペロブスカイト型化合物と総称する(AはBa2+やLa3+などの比較的大きな陽イオン、Bは遷移金属イオンなどの比較的小さな陽イオン、Xは陰イオンを示す)。ABX3ペロブスカイト型化合物は立方最密充填したAX3層とBイオンから構成されるが、六方ペロブスカイト型化合物は六方最密充填したAX3層とBイオンからなる。六方ペロブスカイト関連化合物は、六方最密充填したAX3層および立方最密充填したAX3層がさまざまな比で積層した構造を持つ。六方ペロブスカイト関連化合物のうち、陰イオンとして酸化物イオンだけを含むものを六方ペロブスカイト関連酸化物という。

[用語8] 酸素空孔 : 結晶中の酸素が存在しうる席(サイト)で原子が欠けている所を酸素空孔と呼ぶ。

[用語9] 本質的な酸素空孔 : 化学置換を行っていない母物質に存在する酸素空孔。例えば蛍石型Bi2O3は本質的な酸素空孔□を使ってBi2O3□と書くことができる。本研究で発見したBa2LuAlO5はBa2LuAlO5□と書くことができる。

論文情報

掲載誌 :
Communications Materials
論文タイトル :
High proton conduction in Ba2LuAlO5 with highly oxygen-deficient layers(高い酸素欠損層を持つBa2LuAlO5における高プロトン伝導)
著者 :
Riho Morikawa, Taito Murakami, Kotaro Fujii, Maxim Avdeev, Yoichi Ikeda, Yusuke Nambu, and Masatomo Yashima*
* Corresponding author
DOI :

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

教授 八島正知

Email yashima@cms.titech.ac.jp
Tel / Fax 03-5734-2225

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661

東北大学 金属材料研究所 情報企画室広報班

Email press.imr@grp.tohoku.ac.jp
Tel 022-215-2144 / Fax 022-215-2482


Viewing all articles
Browse latest Browse all 4086

Trending Articles