要点
- ポストアレイデバイスによる液滴分裂には、2つの分裂モードが存在することを確認。
- せん断モードで分裂した液滴直径は、有効キャピラリー数のべき乗に従うことが判明。
- マイクロ流路での液滴生成の基礎研究と工業的な乳化技術をつなげる架け橋として期待。
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の増井周造特別研究員、菅野佑介助教、西迫貴志准教授らの研究チームは、ポストアレイデバイス[用語1]と呼ばれるマイクロ流体デバイス[用語2]中での液滴分裂の物理的な特性を明らかにした。
マイクロ流体デバイスを用いた高スループットで精密に制御可能なエマルション液滴や粒子の生成は、バイオテクノロジーや化学の分野での応用が期待されている。特に、マイクロピラー/ポストによる液滴の連続分裂を用いたポストアレイデバイスは、目詰まりに強く、準単分散な液滴を大量に生成できることがすでに知られている。しかし、そうした液滴分裂の物理特性や、デバイスデザインの与える影響については、これまで詳細な研究がほとんど行われていなかった。
本研究では、シースフロー型ポストアレイデバイスを用いて、さまざまな流量条件やポスト形状で生成される液滴を解析した。その結果、液滴分裂において、液滴直径が一定の立体障害モードと、液滴直径が有効キャピラリー数のべき乗に従うせん断モードという2つの分裂モードが存在することを明らかにした。この研究成果により、マイクロ流体デバイスを使用した液滴生成のハイスループット化がさらに進むことで、産業や生物学、化学といった分野での応用が加速されることが期待される。
本研究成果は、英国王立化学会発行「Lab on a Chip」オンライン版で10月17日に先行公開され、12月7日付の掲載号のフロントカバーに採用された。
背景
近年、マイクロ流体デバイスは、少量の試薬やサンプルを高精度に操作可能なツールとして、バイオテクノロジーや化学の分野において注目されている。特に、マイクロ流体デバイスによって生成される均一な液滴は、分析化学、医薬品開発、材料科学など幅広い分野で利用されている。ただし一般的なマイクロ流路は幅が数百μm以下であり、液滴の生産量が制限されるため、液滴生産量の向上は重要な研究課題である。
本研究チームはこの課題を解決するために、数十μm角のポストが整列したポストアレイデバイスに焦点を当てた。このデバイスは比較的均一な液滴(準単分散)の大量生成が可能であることが知られているが、液滴生成のメカニズムや、液滴サイズを予測する方程式に関する研究はほとんど行われていなかった。
研究成果
本研究では、ポストアレイデバイスにおける液滴の分裂・生成メカニズムを理解し、生成される液滴の直径を予測する方程式を明らかにした。具体的には、ソフトリソグラフィー[用語3]という手法で、シースフロー配置のPDMS製ポストアレイデバイスを製作した(図1)。このシースフロー方式は、あらかじめ分散相[用語4]と連続相[用語5]を乳化してから送液するプレミックス方式に比べて精密な流量制御が可能なため、この方式の採用が本研究での液滴生成のメカニズム解明につながったと言える。
このポストアレイデバイス内で、さまざまな流量条件やポスト形状での液滴分裂を解析したところ、流速(せん断力)の違いにより、立体障害モードとせん断モードの2つの異なる分裂モードが存在することが判明した(図2)。これらのモードが、T字流路での液滴分裂についての従来の研究報告と一致する点は、興味深い結果である。
またこの解析では、分散相の体積分率が増加すると、エマルションとしての粘度が上昇し、デバイス内でのせん断力を増加するため、結果的に液滴直径が最大34%減少するという結果が得られた。そこで、エマルションの粘度を考慮した有効キャピラリー数を導入すると、2つの分裂モードがそれぞれ異なる液滴直径のトレンドを示すことが確認された(図3)。低せん断力条件下(立体障害モード)では、流路の立体障害が液滴分裂の駆動力となり、液滴直径は一定となった。一方、高せん断力条件下(せん断モード)では、液滴直径が有効キャピラリー数のべき乗にしたがって減少した。この結果から、生成される液滴直径の予測が可能になった。
今後の展開
本研究で得られたポストアレイデバイスにおける液滴分裂についての新たな知見は、マイクロ流体デバイスを用いた液滴生産量の向上に寄与すると期待される。今回のポストアレイデバイスでは、従来のデバイスの並列化[用語6]という戦略よりも簡便に生産量向上や、デバイスのスケールアップが可能である。また、工業的に利用されている膜乳化法との類似点もあることから、ポストアレイデバイスを用いた基礎研究の成果を工業的な乳化方法の改善や応用への架け橋として期待できる成果だと言える。
社会的インパクト
本研究結果に基づく均一なエマルション液滴の高スループット生成技術は、医薬品開発分野において、効率的なドラッグスクリーニングや精密なドラッグデリバリーシステムの設計に活用できる。また診断技術、特にデジタル液滴PCR(ddPCR)の分野では、精度の高い分析の迅速化が可能となり、早期診断や個別化医療の推進に貢献する。この技術は他にも、化学反応のプロセス制御など、多岐にわたる分野への応用が期待される。こうしたことから、本研究は科学技術の進歩にとどまらず、健康、環境、産業などの社会的応用においても重要な役割を果たす可能性がある。
付記
本研究は、科学研究費助成事業(JP22KJ1295)の助成を受けて行われた。
用語説明
[用語1] ポストアレイデバイス : 数十μm角の大量のポストによる液滴の分裂を利用して、均一な液滴を生成するデバイス。
[用語2] マイクロ流体デバイス : マイクロスケールの流路を用いて、微量な液体を精密に操作するデバイス。
[用語3] ソフトリソグラフィー : フォトリソグラフィーで作製した微細なモールドの形状をシリコーンなどの樹脂材料に転写して、マイクロ流体デバイスを作製する手法。
[用語4] 分散相 : エマルション中に液滴状態で分散している媒質。
[用語5] 連続相 : エマルション中で分散相が分散している媒質。
[用語6] デバイスの並列化 : 液滴を1個ずつ生成するノズルを何百本も並列化する手法。
論文情報
掲載誌 : |
Lab on a Chip |
論文タイトル : |
Understanding droplet breakup in a post-array device with sheath-flow configuration |
著者 : |
Shuzo Masui, Yusuke Kanno and Takasi Nisisako |
DOI : |
- プレスリリース ポストアレイデバイスでの液滴の分裂挙動を明らかに —均一なエマルション液滴の生成で医薬品開発への応用も期待—
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- 菅野佑介 Yusuke Kanno|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 西迫貴志 Takasi Nisisako|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
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東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
准教授 西迫貴志
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Tel 045-924-5092
東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
日本学術振興会特別研究員PD
増井周造
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