要点
- 生細胞内での有機合成化学による新しい乳がんの術中迅速診断[用語1]法(CTS法)を開発。2024年3月から多施設臨床性能試験を開始。
- CTS法では、手術中に迅速診断に提出する生組織を直接染色(生細胞内での有機合成化学)し、得られた捺印スライドを蛍光顕微鏡で撮影して、その蛍光画像を判定する。
- 病理医を必要としない診断が可能になるとともに、手術の間の病理医の待機も不要に。
- 今後実用化されることで、病理医が不在の病院での術中迅速診断か可能となることが期待される。
- 将来、さまざまながんに対する迅速診断へ応用できる可能性がある。
概要
大阪大学 大学院医学系研究科 乳腺・内分泌外科の多根井智紀講師、島津研三教授らの研究グループは、理化学研究所が開発した化学プローブの試薬を用いて、乳がんの乳腺温存切除断端の生組織に直接染色を行う、生細胞を用いた新しい乳がん術中迅速診断法(Click-To-SENSE[用語2]、以下CTS法)を開発しました。また、2024年3月末よりKBCSG-TR[用語3]グループの関連施設にて乳がんの乳房温存手術に対して多施設臨床性能試験を開始しました(※1)。
この化学プローブ(CTSプローブ)は、東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の田中克典教授(理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員)が開発した、がん細胞内で高濃度に発生するアクロレイン[用語4]に対して、複数の有機合成化学反応を選択的に行うことにより、がんの有無を特異的に蛍光染色できるものです(※2)。
- ※1
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乳がん術中迅速診断多施設臨床研究を行う共同研究を開始|東工大ニュース(2022年1月17日プレスリリース)
- ※2
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有機合成反応で乳がん手術を改革|理化学研究所(2018年11月28日プレスリリース)
現在、手術中の迅速診断を行う場合には、病理医が顕微鏡でがん細胞の有無を診断する必要があり、その手術の間、病理医は待機する必要があります。また1回の検査には数十分を要し、この間、全身麻酔の状況の患者と執刀医も結果を待つ必要があります。今回のCTS法は、病理医による診断を必要としない新技術であり、手術中に生組織を直接染色して得られた捺印スライドを蛍光顕微鏡にて撮影を行い、その蛍光画像を判定する診断法です。
また、今回の臨床試験と並行して、大阪大学 大学院情報科学研究科 瀬尾茂人准教授と共同研究を行い、人工知能(AI)を用いた画像診断の手法を開発することで、病理医を必要としない現状の乳がん手術手技を超える効率的な術中迅速診断法の確立を目指しています。これにより、今後、このCTS法が実用化されることになれば、病理医が不在の病院での術中迅速診断が可能となることが期待されます。また、CTS法は、さまざまながんに対する迅速診断へ応用できる可能性があると考えられています。
多施設臨床試験の詳細については、以下の臨床研究等提出・公開システム(JRCT)にて公開されています。
背景
現在のところ、手術中にがんの有無を診断する場合には、病理医が顕微鏡で診断する必要があります。この検査方法では、病理医は手術の間、待機する必要があります。また1回の検査には数十分程度を要してしまい、この結果が返ってくるまで、全身麻酔の状況の患者と執刀医も結果を待つ必要があります。
これまで、研究グループはがん細胞でアクロレインが異常に高濃度で発生することを発見しています。そこでがん細胞内でアクロレインと複数の有機合成化学反応を選択的に実施することにより、がん細胞のみを蛍光染色できる化学プローブ(Click-To-SENSE(CTS)プローブ(技術))を開発しました。このCTSプローブは、手術中に採取した患者の乳がん組織においても、直接振りかけるだけで生組織内のがん細胞のみを迅速に染色することが可能であり、病理診断と同様のがん細胞の形態を確認することに成功しています。
多施設臨床試験の内容
研究グループでは、2024年3月末よりKBCSG-TRの関連施設にてシスメックス株式会社の製造したCTSプローブを用いた乳がんの乳房温存手術の切除断端に対する捺印スライドによる診断に関する多施設共同臨床試験を開始しました。
今回の臨床試験では、130例の乳がん手術(術前薬物療法後手術30例を含む)を対象にCTS法の診断結果と、実臨床の病理診断結果(術後永久病理組織診断・術中迅速凍結組織診断)と比較することによってCTS法の診断精度を確認します。
さらに大阪大学大学院情報科学研究科の瀬尾准教授の下、CTS法の蛍光画像を用いて、AIを用いたDeep Learningでの解析を行いCTS法の蛍光画像診断システムの構築を目指します。
今後の期待
多施設臨床試験により、術中迅速診断に対してCTS法が高い診断精度を持つことが分かり、AIを用いたCTS法の蛍光画像診断システムを構築することができれば、今後、実臨床への導入の可能性が期待されます。またCTS法が実用化することにより、病理医を必要としない診断が可能になり、病理医が不在の病院での術中迅速診断が可能となることが期待されます。「生細胞内での有機合成化学」という画期的なコンセプトのもとに実現されたCTS法は、将来さまざまな他のがんに対する迅速診断へ応用できる可能性があります。
研究者のコメント
大阪大学 大学院医学系研究科 多根井智紀講師のコメント
現在のところ、手術中の乳腺断端の診断については、未だ確立された測定方法はなく、病理医の不足・病理部門の負担などの理由から、手術中に乳腺断端の診断を行っていない病院が多く存在しています。その場合、手術後の永久病理組織診断で断端陽性なら再手術が行われます。一度で手術が終わらないというこの問題は、長年解決できない乳がん診療の課題であり、病理医を必要としない、がんの迅速診断の新技術の開発が望まれています。我々のCTS法は、このような長年の課題に対する挑戦から生まれた研究です。
東京工業大学/理化学研究所 田中克典教授のコメント
我々が開発してきた細胞内、動物体内、あるいは患者様検体内での「有機合成化学医療」が、臨床性能試験に進んだことを大変嬉しく思っています。今回の御報告は「有機合成化学医療」が臨床現場へ展開できることを示した初めての事例です。この臨床性能試験によって成果を出し、がん患者様に我々の技術を届けられることを心から望んでいます。
特記事項
本研究は、革新的がん医療実用化事業の患者に優しい新規医療技術開発の研究、科学研究費助成事業の一環として行われています。また、東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 田中克典教授(理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員)、アンバラ・プラディプタ助教、理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 盛本浩二研究員、大阪大学 大学院情報科学研究科 バイオ情報工学専攻瀬尾茂人准教授、シスメックス株式会社の協力を得て行われています。
用語説明
[用語1] 術中迅速診断 : 手術中の限られた時間内に、身体の病変が腫瘍であるかどうか、腫瘍であればそれが良性か悪性か等を調べたり、がんの病変の取り残しがないか等について「病理組織学」という学問に基づいた調査を行うことを指す。
[用語2] Click-To-SENSE : 3つの窒素が直線に並んだ構造をアジドというが、このアジドが細胞内でアクロレインと複数の有機合成化学反応を起こし、最終的に細胞内に共有結合を起こす。これを利用して、蛍光基や放射線をがん細胞に留めてがんを染色する報告者らの化学技術。
[用語3] KBCSG-TR : Kinki Breast Cancer Study Group-Translational Research。関連施設および参加者:大阪府立病院機構大阪国際がんセンター 中山貴寛 乳腺外科主任部長、大阪警察病院 吉留克英 乳腺内分泌外科部長。
[用語4] アクロレイン : アルデヒド基が二重結合(または三重結合)と炭素―炭素結合を介してつながった構造を持つ化合物を不飽和アルデヒドといい、アルデヒド基につながる二重結合が、全て水素に置換されている分子がアクロレインである。2016年に報告者らは、患者様の検体を含め、さまざまながんでアクロレインが高濃度で普遍的に発生していることを世界に先駆けて発見した。
- プレスリリース “生細胞での有機合成化学”による新しい乳がん術中迅速診断法(CTS法)の臨床試験を開始 —病理医を必要としない、がん診断の新技術—
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