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細胞内で発現しにくいタンパク質の合成を促進する翻訳因子を発見

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要点

  • タンパク質を構成するアミノ酸配列の中には、合成装置リボソームとの相性の問題から著しく発現を困難にする「難翻訳」配列が存在します。
  • こうした「難翻訳」配列の合成を促進する因子として、大腸菌ABCF(ATP Binding Cassette subfamily-F)タンパク質群を新規に同定しました。
  • ABCFタンパク質の利用、再設計から、産業や医療などに重要なタンパク質の効率的合成法につながることが期待されます。

概要

生命を形作るタンパク質は、DNAにコードされた遺伝子配列をもとに細胞内装置リボソーム[用語1]によって合成され、この過程は「翻訳」と呼ばれます。リボソームはどんなタンパク質でも合成可能、と思われがちですが、実際には得手不得手があり、さまざまな配列モチーフの合成に困難が伴っていることが明らかになってきました。例えば正電荷(リシン、アルギニン)、あるいは負電荷に富むアミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)を立て続けに翻訳すると、リボソームによる合成が停滞、あるいは途中終了するなどの翻訳異常が発生します。

岡山大学 学術研究院 環境生命自然科学学域(理)の茶谷悠平准教授、東京工業大学 科学技術創成研究院の田口英樹教授らのグループは大腸菌をモデル生物とした解析から、「難翻訳」配列[用語2]への対抗手段として翻訳伸長因子ABCFタンパク質[用語3]が働いていることを新規に明らかにしました。大腸菌などに保持される4種のABCFタンパク質は、それぞれが異なるアミノ酸配列に起因する翻訳異常を緩和、予防する役割を持ち、多種多様なタンパク質の合成を可能にしているものと考えられます。今後ABCFタンパク質の詳細な機能が明らかになることで、合成困難なアミノ酸配列モチーフを含む有用タンパク質の発現効率化などにつながると期待されます。本研究は2024年4月25日、英国学術雑誌 「Nucleic Acids Research」オンライン版に掲載されました。

図1 大腸菌ABCFタンパク質群による「難翻訳」配列の合成促進

図1. 大腸菌ABCFタンパク質群による「難翻訳」配列の合成促進

背景

生物の細胞を形作るタンパク質は、ヒトでは20,000種、より単純な生物と考えられる大腸菌でも4,000種とその種類は膨大です。また、20種類のアミノ酸から構成されるタンパク質の配列は、それぞれに固有であり、千差万別です。こうした配列の多様性は、細胞の中で起こっている複雑な生命現象を実現させるために欠かせませんが、翻ってタンパク質の合成(翻訳)を担う細胞内装置リボソームには、どのようなアミノ酸の組み合わせでも合成できることが求められます。しかし実際にはリボソームにも得手不得手があり、例えばアスパラギン酸、グルタミン酸といった負電荷アミノ酸を立て続けに翻訳すると、一部のリボソームが合成を異常終了してしまうことが明らかになっていました。一方で、こうした「難翻訳」配列の合成がどのように実現されているか、その全容はよく分かっていませんでした。

研究成果

今回岡山大学、東京工業大学、東京大学の合同研究チームは、生物に広く保存された翻訳伸長因子ABCF(ATP Binding Cassette subfamily-F)タンパク質に着目しました。先行研究でABCFタンパク質の一部はリボソーム内部に作用することで抗生物質[用語4]を排出し、タンパク質合成系を正常に保つ役割を持っていることが明らかにされていました。研究チームがモデル生物とした大腸菌にも4種のABCFタンパク質が保持されていますが、それらの機能についてはよく分かっていませんでした。研究チームはABCFタンパク質と同様にリボソーム内部に作用する翻訳因子EF-P[用語5]が、プロリンが連続した合成困難なアミノ酸モチーフの翻訳を促進することから、ABCFタンパク質も同様の機能を持つのでは、との仮説を立て研究を開始しました。その結果、4種のABCFタンパク質(YheS、EttA、YbiT、Uup)はそれぞれ、「YheS:翻訳停止配列SecM」、「EttA:負電荷アミノ酸クラスター」、「YbiT:負電荷 / 正電荷アミノ酸クラスター」、「Uup:プロリン連続配列」といった「難翻訳」配列の合成を促進することが明らかになりました。

生命を形作るタンパク質は千差万別のアミノ酸配列を有し、多種多様な機能を実現しています。しかし、それらが細胞で機能する大前提として、「リボソームで合成可能」という制約が存在することも明らかとなりつつあります。ABCFタンパク質などの翻訳因子の獲得は、こうした制約を取り払い、生命進化の土台を形成する上で重要な役割を担ってきたものと考えられます。

社会的な意義

リボソームが合成を苦手とするアミノ酸モチーフはある程度すべての生命に共通しており、今回モデルとした原核生物だけでなく、真核生物でも同様にABCFタンパク質による翻訳促進が行われているものと予想されます。ABCFの一部はヒト疾患との関連も指摘されており、本研究成果はその病理解明、あるいは微生物を用いたタンパク質生産効率化に繋がるものと期待されます。

付記

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP20H05925、JP 23H02410)、大隅基礎科学創成財団、日本応用酵素協会、武田科学振興財団、山田科学振興財団の支援を受けて実施しました。

用語説明

[用語1] リボソーム : 地球上の生命に、普遍的に内在するタンパク質合成装置。DNAにコードされた遺伝情報が写し取られたメッセンジャーRNAをアミノ酸配列へと変換(翻訳)し、ポリペプチド鎖 (タンパク質)を合成する。リボソームは大、小2つのサブユニットから構成され、大サブユニットには新規合成される新生ポリペプチド鎖が通るトンネル構造がある。

[用語2] 難翻訳配列 : 合成装置リボソームとの相性から、著しく合成効率が悪いアミノ酸モチーフ。プロリン、正電荷アミノ酸、負電荷アミノ酸などの連続配列が挙げられ、リボソームトンネルとの相互作用、反発からアミノ酸連結反応が起こりづらくなっているものと考えられている。

[用語3] ABCFタンパク質 : グラム陽性細菌のABCFタンパク質はリボソームトンネルに作用し、内部に結合した抗生物質の排出を促す。そのため、薬剤耐性遺伝子としての機能に着目した研究が進められてきた。

[用語4] 抗生物質 : 細菌など微生物の生育を阻害する化学物質。一部の抗生物質はリボソームのトンネルなどに結合し、タンパク質合成を阻害する働きを持つ。

[用語5] EF-P : 翻訳伸長因子の一種。リボソーム内部に作用して、難翻訳配列の一つであるプロリン連続配列の合成を促進する。

論文情報

掲載誌 :
Nucleic Acids Research
論文タイトル :
The ABCF proteins in Escherichia coli individually cope with 'hard-to-translate' nascent peptide sequences
著者 :
Yuhei Chadani, Shun, Yamanouchi, Eri Uemura, Kohei Yamasaki, Tatsuya Niwa, Toma Ikeda, Miku Kurihara, Wataru Iwasaki and Hideki Taguchi
DOI :

お問い合わせ先

岡山大学 学術研究院環境生命自然科学学域(理)

准教授 茶谷悠平

Email ychadani@okayama-u.ac.jp
Tel 086-251-7856 / Fax 086-251-7876

東京工業大学 科学技術創成研究院

教授 田口英樹

Email taguchi@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924-5785

取材申し込み先

岡山大学 総務・企画部 広報課

Email www-adm@adm.okayama-u.ac.jp
Tel 086-251-7292 / Fax 086-251-7294

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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