Quantcast
Channel: 更新情報 --- 東工大ニュース | 東京工業大学
Viewing all articles
Browse latest Browse all 4086

初期火星の有機物は一酸化炭素(CO)から作られていた 火星有機物が示す異常な炭素同位体比の原因が明らかに

$
0
0

要点

  • 約30億年前の火星では、大気中の一酸化炭素(CO)から有機物が合成され地表に堆積していたことが判明。
  • 惑星大気のCO2から生成するCOは極度に13Cが少なく、大気中で有機物に変換されることを室内実験と理論計算によって解明。
  • 生命誕生に必要な有機分子が火星大気から生成していたこと、火星の堆積物には想定以上の量の有機物が存在していることを示唆。
  • 初期の地球でも大気中のCO2由来のCOから、有機物が生成したことが考えられ、今後の生命起源研究や惑星探査に新しい展開が期待。

概要

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の上野雄一郎教授とコペンハーゲン大学のMatthew Johnson(マシュー・ジョンソン)教授らの研究チームは、火星の堆積物中に含まれる有機物が大気中の一酸化炭素(CO)から生成したものである証拠を提示した。

火星の有機物は異常な炭素の安定同位体比[用語1]をもつことが知られていたが、その原因は不明だった。今回研究チームは、大気中でCO2の光解離によって作られるCOがこの同位体異常をもつことを室内実験と理論計算によって明らかにした。さらに、このCOは還元的な初期火星大気中では有機物となり堆積することも分かった。こうした実験結果を元にモデル計算を行ったところ、驚くべきことに、最大で大気中のCO2の20%が有機物として地表に堆積したことが分かった。

このような結果は、今後の火星探査に新しい展開をもたらす。また、今後のさらなる研究により、生命発生前の初期惑星環境で、どのように有機分子が合成されていったのかについて、詳細が明らかにされると期待される。

本研究成果は、東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の上野雄一郎教授、Alexis Gilbert(アレクシ・ジルベル)准教授、藏 暁鳳研究員、東京大学の黒川宏之准教授、青木翔平講師、JAXAの臼井寛裕教授、コペンハーゲン大学のMatthew Johnson(マシュー・ジョンソン)教授、Johan Schmidt(ヨハン・シュミット)博士らによって行われ、英国科学雑誌「Nature Geoscience」に5月9日付けでオンライン掲載された。

図1. 研究を元に復元した初期火星のイメージ(Credit: Lucy Kwok)。30億年以上前の火星には海もしくは湖が存在し、大気中では有機分子がCOから作られ地表に堆積していた。
図1.
研究を元に復元した初期火星のイメージ(Credit: Lucy Kwok)。30億年以上前の火星には海もしくは湖が存在し、大気中では有機分子がCOから作られ地表に堆積していた。

背景

最近の火星探査によって、30億年以上前の初期火星には液体の水(海または湖)が存在しており、現在の火星と全く異なる環境にあったことが判明している。さらに、火星探査車Curiosity等による現場分析によると、当時の火星堆積物(約30億年前)の中には有機物が含まれていることも明らかにされている。しかし、この有機物が生命活動によって作られたものなのか、隕石によって宇宙空間から火星にもたらされたものなのか、あるいは無機的な化学反応によって作られたのか、その起源は全く分かっていなかった。

有機物の由来を推定する手がかりとして、探査車はこの有機物の安定同位体比(13C/12C)を精密に計測している。それによると、火星有機物はそれを構成する炭素の13C存在度が0.92%~0.99%であった。これは生物の名残である地球の堆積有機物(およそ1.04%)や大気中のCO2(1.07%)と比べると極端に13Cが少なく、また隕石中の有機物(およそ1.05%)とも似ていない。そのため、宇宙空間での反応や地球上の生物代謝とは異なる反応で火星の有機物ができたことが推測できるものの、このように極度の13C同位体異常を引き起こす反応(同位体分別[用語2])はこれまでにひとつも知られておらず、火星有機物がどのようにしたら作られるのか全く分かっていなかった。

図2. 火星探査車 Curiosityは約30億年前の堆積物をドリルで掘削し、その成分を分析している。図中の数字は、分析の結果得られた有機物の安定同位体比(13C/12C)を示している。
図2.
火星探査車 Curiosityは約30億年前の堆積物をドリルで掘削し、その成分を分析している。図中の数字は、分析の結果得られた有機物の安定同位体比(13C/12C)を示している。

研究成果

そこで東京工業大学の上野教授らは惑星大気中で有機物が作られる反応に注目し、コペンハーゲン大学のJohnson教授らと共同で、大気化学反応による同位体分別を室内実験と理論計算の両面から調べた。その結果、さまざまな反応の中でも、太陽光(紫外線)によるCO2の光解離反応において、例外的かつ極端に13C存在度の低いCOが生成することが分かった。また、共同研究者で共著者の東京大学の青木講師らが行った火星大気の分光観測でも、CO2から生成した火星のCOも予測通り極端に13C存在度が低いことも明らかにしている(Aoki, Ueno et al., 2023)。これらの実験・観測・理論に基づくと、火星を含む地球型惑星の大気においてCOは主にCO2の光解離によって作られ、そのCOにおいては13C同位体存在度が低いと考えられる。

現在の地球や火星においては、このCOのほとんどは酸化され、再びCO2に戻されている。一方、酸素のない冥王代[用語3]の地球や、地表に強力な酸化物がない初期の火星において、大気は現在よりも還元的であったと考えられており、水素ガス(H2)などを含む還元的な初期大気中ではCOがさらに反応し、ホルムアルデヒド(HCHO)や有機酸等の有機分子を生成することも、別の実験から明らかになっている(Zang, Ueno, 2022)。つまり、初期火星の堆積物に含まれている13Cの少ない有機物は、当時の火星大気中でCOから作られたものであると考えられる。

さらに、今回の同位体分別の実験結果と上記の最新の知見をもとに、モデル計算による初期火星炭素循環の解析を行ったところ、当時の火星では、火山活動などを通して大気に流入したCO2のうち、最大で20%がCOを経由して13C同位体異常をもつ有機物に変換され、地表に堆積していたことが判明した。

図3. (左)同位体分別のモデル計算による初期火星炭素循環の解析結果。当時の火星大気に存在したCO2の20%(0.8)がCOを経て有機物に変換されたとして同位体比を計算すると、観測で得られた火星CO2と有機物の炭素同位体比と一致する。 (右)地球の有機物とCO2の同位体比。CO2と有機物(OM)の間には、火星で見られるほど大きな炭素同位体分別は見られない。
図3.
(左)同位体分別のモデル計算による初期火星炭素循環の解析結果。当時の火星大気に存在したCO2の20%(0.8)がCOを経て有機物に変換されたとして同位体比を計算すると、観測で得られた火星CO2と有機物の炭素同位体比と一致する。
(右)地球の有機物とCO2の同位体比。CO2と有機物(OM)の間には、火星で見られるほど大きな炭素同位体分別は見られない。

社会的インパクト

今回の推定が正しければ、火星堆積物中には有機物が想定外の量で存在している可能性があり、今後の火星探査によって大量の有機物が見つかるかもしれない。現在、地球外の惑星環境における生命探査が国際的に進められており、地球以外の天体に存在する有機分子の由来を特定するために、13C同位体異常が有用な手がかりになると期待できる。

また、大気中でCOから有機分子が生成する過程は、生命発生以前の初期地球でも同様であったと考えられる。そのため、生命がどのように発生したのかという根源的な人類の問いに対して、ひとつの重要なヒントが得られたと考えている。

今後の展開

今後、さらに詳細な研究により、生命発生以前の惑星環境中で、どの種の有機分子がいかに生成したのかについて実験的に明らかにしていくとともに、火星環境の進化についての詳細な解読が進むと期待される。なお、国際的には火星堆積物のサンプルリターン計画が進行中である。今回の研究では、初期火星の大気中でCOから有機分子が生成したことを突き止めたが、この結果は、火星有機物の生命起源説を否定するものではない。大気由来の有機分子がさらに地表の生命の食糧となった可能性や、他にも有機分子を合成する反応があったのかについても、今後研究を展開してゆく。

付記

本研究は、科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「CO環境の生命惑星化学(22H05149)」、「環境班:初期地球と火星におけるCO環境の解読(22H05151)」の助成を受けて実施された。

用語説明

[用語1] 安定同位体比 : ある元素のうち、質量数の異なるものを同位体と呼び、放射壊変せずに安定に存在するものが安定同位体である。炭素の安定同位体には質量数12の12Cと質量数13の13Cの2種類があり、その比率13C/12Cを安定同位体比と呼ぶ。太陽系内の物質については、炭素のおよそ99%が12Cで、13Cは1%程度であるが13C/12Cを精密に計測すると、その比率は起源物質ごとにわずかに異なっている。これを利用して環境物質の由来を推定することが可能になる。

[用語2] 同位体分別 : 同位体比が変化するプロセスのことを同位体分別と呼ぶ。例えば植物などの光合成生物が大気中のCO2から有機物を合成する際には12Cの反応速度がわずかに速いため、CO2 (13C: 1.07%)と比べて生物が作った有機分子は13Cの割合が少ない(およそ1.04%)。同位体分別がどれほど大きいかは反応の種類や温度など環境条件によって異なっているが、火星有機物に見られるほどに13Cの割合を減らすことのできる同位体分別はこれまで知られていなかった。

[用語3] 冥王代 : 地球形成(約45億年前)から40億年前までの期間を指す地質年代。この期間の岩石記録は地球上には残っていない。生命が誕生する前の冥王代の地球は、大気に酸素(O2分子)がなく、現在よりも還元的な環境にあったと考えられている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Geoscience
論文タイトル :
Synthesis of 13C-depleted organic matter from CO in a reducing early Martian atmosphere
著者 :
Yuichiro Ueno, Johan A. Schmidt, Matthew S. Johnson, Xiaofeng Zang, Alexis Gilbert, Hiroyuki Kurokawa, Tomohiro Usui, Shohei Aoki
DOI :

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系

教授 上野雄一郎

Email ueno.y.ac@m.titech.ac.jp
Tel 03-5734-3722

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


Viewing all articles
Browse latest Browse all 4086

Trending Articles