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「悪魔的なスピン揺らぎ」がもたらす巨大異常ホール効果の観測に成功

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要点

悪魔の階段型の磁気転移と呼ばれる相転移を示す磁性体において、電子スピンの揺らぎによって巨大な異常ホール効果が生じることを見いだしました。巨大異常ホール効果は環境発電技術の一つである磁気熱電変換の原理ともかかわっており、新しい熱電変換材料の開拓にもつながることが期待されます。

概要

磁場のかかった金属試料に電流を流すと、ローレンツ力と呼ばれる力が働き、磁場と電流の双方に垂直な向きに電位差(電圧)が生じます。この現象をホール効果と言います。そして、金属が磁性を持つ場合(金属磁性体)は、外部磁場をかけなくても類似の現象が生じます。これは異常ホール効果と呼ばれ、一般的には強磁性体のようにミクロな磁石である電子のスピンが整列した状態で顕著に見られる現象です。ただし、電子のスピン整列は通常、一定温度(磁気転移温度[用語1])以下でないと生じないため、異常ホール効果も磁気転移温度より高温のスピン配列が乱れた状態ではほとんど消失します。原理的には、磁気転移温度を超えても、外から磁場をかけてスピンを整列させれば異常ホール効果は生じますが、その大きさは通常、極めて小さいことが知られています。

本研究では、「悪魔の階段型の磁気転移[用語2]」と呼ばれる風変わりな磁気転移を示す磁性体SrCo6O11で、磁気転移温度以上の温度で大きな異常ホール効果が生じることを見いだしました。特に異常ホール効果の大きさ(異常ホール角[用語3])が、よく知られた磁性酸化物の中では最大級であることが分かりました。その起源を詳しく調べたところ、スピン反転揺らぎと呼ばれる風変わりなスピンの揺らぎによって伝導電子が強く散乱されることに由来している可能性が高いことが明らかになりました。

大きな異常ホール効果は、環境発電技術の一つである磁気熱電変換の原理とも深くかかわっています。本研究により、その物質設計の新原理が得られたことで、新しい熱電変換材料の開拓にも大きく貢献することが期待されます。

本研究成果は、5月17日に「npj Quantum Materials」に掲載されました。

研究代表者

  • 筑波大学 数理物質系 藤岡淳 准教授
  • 東京工業大学 理学院 物理学系 石塚大晃 准教授
  • 大阪大学 大学院基礎工学研究科 石渡晋太郎 教授

背景

異常ホール効果とは、金属磁性体に電流を加えた際に、ミクロな磁石である電子スピンが作る内部磁場によってそれらの垂直方向に電位差(ホール電圧)が生じる現象です(図1)。一般的には強磁性体や反強磁性体など電子スピンが整列した状態にある磁性体で顕著に見られます。この現象は、次世代の磁気記憶素子や熱電変換デバイス[用語4]の新原理にも利用できる可能性が期待されています。電子スピンの整列現象は通常、磁気転移温度より低い温度で見られ、それより高い温度ではスピンの向きが揺らいでいる状態にあります。この状態でも外から磁場をかけて電子スピンの向きをある程度そろえることで異常ホール効果が生じますが、その大きさは通常、極めて小さいことが知られています。スピンが揺らいだ状態でも大きな異常ホール効果が生じる可能性は理論的には指摘されていましたが、それが実際に見られる磁性体はあまり知られていませんでした。

図1 異常ホール効果の模式図

図1. 異常ホール効果の模式図

研究成果

本研究グループは、悪魔の階段型の磁気転移(図2)を示すコバルト酸化物の磁性体SrCo6O11に着目しました。悪魔の階段型の磁気転移の特徴は、温度や外部磁場によって磁気構造が異なるさまざまな状態を次々と移り変わり、磁気転移温度以上でスピンの強い揺らぎが生じることです。

今回、研究グループは悪魔の階段型の磁気転移を示す磁性体SrCo6O11の電気伝導特性を調べ、磁気転移温度以上で巨大な異常ホール効果が生じる事を明らかにしました(図3)。

通常の強磁性体では異常ホール効果はスピンの整列度合いを表す自発磁化[用語5]に比例した大きさを示しますが、本系では自発磁化に比例しないことが分かりました。また、異常ホール効果の大きさの指標の一つである異常ホール角が、これまでに知られている磁性酸化物の中では最大級の大きさとなることを見いだしました。異常ホール効果の機構について、理論計算の結果とも合わせて詳しく解析したところ、悪魔の階段型の磁気転移に特徴的な強いスピン揺らぎによる伝導電子の多重散乱によって、大きな異常ホール効果が生じている可能性が高いことが分かりました。

図2. 悪魔の階段型磁気転移の模式図。外部からかけた磁場の強さによって状態が次々と移り変わり、磁化の大きさが階段状に変化する。
図2.
悪魔の階段型磁気転移の模式図。外部からかけた磁場の強さによって状態が次々と移り変わり、磁化の大きさが階段状に変化する。
図3. 本研究で行なった実験結果の概要図。(a)ヘキサフェライト型SrCo6O11の結晶構造。(b)合成された単結晶の写真。(c)温度・磁場面上にプロットした異常ホール効果のカラーマップ。橙色の部分はホール効果が大きい領域。反強磁性領域で悪魔の階段型の磁気転移が見られる。その領域よりも高い温度の領域ではスピンが強く揺らいでおり、大きな異常ホール効果が見られている。(d)代表的な酸化物磁性体の異常ホール角。今回の結果(赤字部分)は酸化物磁性体の中でも最大級の大きさを示している。
図3.
本研究で行なった実験結果の概要図。(a)ヘキサフェライト型SrCo6O11の結晶構造。(b)合成された単結晶の写真。(c)温度・磁場面上にプロットした異常ホール効果のカラーマップ。橙色の部分はホール効果が大きい領域。反強磁性領域で悪魔の階段型の磁気転移が見られる。その領域よりも高い温度の領域ではスピンが強く揺らいでおり、大きな異常ホール効果が見られている。(d)代表的な酸化物磁性体の異常ホール角。今回の結果(赤字部分)は酸化物磁性体の中でも最大級の大きさを示している。

今後の展開

異常ホール効果は、その関連現象も含めて磁性体が示す機能性の一つです。従来は強磁性体や反強磁性体などスピンが整列した状態にある磁性体で顕著に見られる現象と思われてきましたが、今回の研究はスピンが乱れた状態であっても大きな異常ホール効果が生じることを示すものです。つまり、大きな異常ホール効果は従来想定されてきた物質よりも幅広い物質群で見られる可能性があることを示しています。今後、巨大な異常ホール効果を示す物質の開拓が進むことで、優れた性能を示す熱電変換デバイスなどへ応用可能な新材料の発見につながることが期待されます。

研究資金

本研究は、科研費による研究プロジェクト(21K18813、22H01177、22H00343、23H04871、22H04601)の一環として実施されました。

用語説明

[用語1] 磁気転移温度 : スピンが整列した状態は通常、磁気転移温度以下の温度で生じる。磁気転移温度以上では熱揺らぎによってスピンは乱れた状態にある。

[用語2] 悪魔の階段型の磁気転移 : 温度や磁場などの条件を変えることで、電子スピンが整列した状態が相転移によって次々と変化していく現象。このとき磁化の大きさが階段状に変化することが知られている(図2)。

[用語3] 異常ホール角 : 異常ホール効果の大きさを表す指標の一つ。異常ホール抵抗率を電気抵抗率で割ったものが近似的にtanθに等しい(θが異常ホール角)。

[用語4] 熱電変換デバイス : 物質に温度勾配が加わった際に生じる起電力から電気エネルギーを生み出す素子。身の回りにある余分な熱源を利用して電力を作り出せることから、次世代の環境発電の原理としても期待されている。

[用語5] 自発磁化 : 物質中にあるミクロな磁石である電子スピンが整列することで生じる磁気モーメント。

論文情報

掲載誌 :
npj Quantum Materials
論文タイトル :
Large Anomalous Hall Effect in Spin Fluctuating Devil's Staircase
(揺らいでいる磁気的悪魔の階段による大きな異常ホール効果)
著者 :
阿部直生(大学院生)1, 羽野邑哉(大学院生)1, 石塚大晃(准教授)2, 小塚裕介(グループリーダー)3, 只野央将(グループリーダー)4, 辻本吉廣(主幹研究員)3, 山浦一成(グループリーダー)3, 石渡晋太郎(教授)5,6, 藤岡淳(准教授)1,7
所属 :
1 筑波大学 大学院数理物質研究群
2 東京工業大学 理学院 物理学系
3 物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター
4 物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究センター
5 大阪大学 大学院基礎工学研究科
6 大阪大学 先導的学際研究機構 スピン学際研究部門
7 筑波大学 数理物質系
DOI :

理学院

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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 物理学系

准教授 石塚大晃

Email ishizuka@phys.titech.ac.jp

筑波大学 数理物質系

准教授 藤岡淳

Email fujioka@ims.tsukuba.ac.jp
Tel 029-853-5300

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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