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単分子エレクトロニクスに新しい可能性を提示 新しい電気伝導パスの発見

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要点

  • 一分子を素子として用いる単分子エレクトロニクスは、用いる分子に応じた究極に多様な機能を生み出すことが可能です。
  • これまでパイ型軌道に電子が非局在化する分子(パイ非局在電子系分子)が高い電気伝導性を示すことは知られていました(図1(b)および図2(b))。
  • 今回、結合がない原子上に広がるシグマ型軌道に電子が非局在化する分子(シグマ非局在電子系分子)が高い電気伝導性を示すことを世界で初めて明らかにしました(図1(a)および図2(a))。
  • 本研究により、多様な電子系を用いたフレキシブルな電子デバイスの設計が可能になります。

図1 分子の中を電気が流れるイメージ図。

図1. 分子の中を電気が流れるイメージ図。

図2 本研究で注目する軌道の種類。結合をもたない原子上に広がるシグマ型軌道(a)と結合上に広がるパイ型軌道(b)。

図2. 本研究で注目する軌道の種類。結合をもたない原子上に広がるシグマ型軌道(a)と結合上に広がるパイ型軌道(b)。

概要

東京工業大学理学院化学系の藤井慎太郎特任准教授と埼玉大学大学院理工学研究科の斎藤雅一教授らは、単分子エレクトロニクスに革新をもたらすと期待される新しい電気伝導パスを発見しました。

一分子そのものを素子として用いる単分子エレクトロニクス[用語1]は、分子の多様性が無限であることから、究極に多様な機能を生み出すことが可能です。ここでは、どのような分子をどのような機能に結びつけるかが研究の鍵となります。本研究では、注目する機能として、分子内に存在する電子が担う電気伝導を選定しました。

これまで単一分子の電気伝導度の研究は、主にパイ型軌道に電子が非局在化する[用語2]分子(パイ非局在電子系分子)が対象でした。今回、結合がない原子上に広がるシグマ型軌道に電子が非局在化する分子(シグマ非局在電子系分子)が高い電気伝導度を示すことを世界で初めて明らかにしました。

今回世界で初めて、シグマ非局在電子系が単分子エレクトロニクスに有用であることを示しました。

本成果は2024年7月3日に「The Journal of the American Chemical Society」にオンラインで公開されました。

背景

一分子そのものを素子として用いる単分子エレクトロニクスは、分子の多様性が無限であることから、究極に多様な機能を生み出すことが可能です。ここでは、どのような分子をどのような機能に結びつけるかが研究の鍵となります。本研究では、注目する機能として、分子内に存在する電子が担う電気伝導を選定しました。

これまで単一分子の電気伝導度の研究は、主に炭素-炭素結合軸に対して垂直方向に存在するパイ軌道に電子が非局在化している分子系(パイ非局在電子系)が対象であり、高い電気伝導度を示す分子も知られていました。このような背景の中、当該分野の研究を推進するには2通りの考え方があります。一つはひたすらに電気伝導度の高いパイ非局在電子系化合物を探索することであり、もう一つはパイ非局在電子系における電気伝導とは異なるメカニズムで電気を伝導する分子系の開拓です。

本研究では孤立電子対[用語3]をもつ重原子が空間的に近づくと、結合を有していない重原子どうしに相互作用が生じ、シグマ非局在電子系を形成することに着目しました(図3)。この軌道のエネルギーが十分に高いと、この分子が金属電極間に挟み込まれた時にシグマ非局在軌道を使って電気伝導が起こる、との仮説を立てました。そこで今回、ベンゼンの周縁部に6つのセレン原子官能基を有する分子を合成し、この単分子電気伝導度をブレイクジャンクション法(図4)により測定しました。

図3 互いに結合していない6つのセレン原子上に広がるシグマ型の軌道に電子が非局在化する。セレン上のもう一つの置換基を省略している。

図3. 互いに結合していない6つのセレン原子上に広がるシグマ型の軌道に電子が非局在化する。
セレン上のもう一つの置換基を省略している。

図4 ブレイクジャンクション法による単分子電気伝導度測定の模式図 (a)片方の金電極を上下している間に、(b)偶然一分子が電極間に挟まる。このとき、単分子の電気伝導度の測定が可能になる。

図4. ブレイクジャンクション法による単分子電気伝導度測定の模式図

(a)片方の金電極を上下している間に、(b)偶然一分子が電極間に挟まる。このとき、単分子の電気伝導度の測定が可能になる。

研究成果

セレン上の置換基がフェニル(Ph)基でシグマ非局在電子系を有するセレン六置換ベンゼン1aおよびその参照化合物としてシグマ非局在電子系をもたないセレン二置換ベンゼン2および3の単分子電気伝導度を測定しました(図5)。セレン六置換ベンゼン1aの単分子コンダクタンスは約10-4 Goで、同様なコンダクタンスは置換位置の異なるセレン二置換ベンゼン2および3においても観測されました(図6)。一方、セレン二置換ベンゼン2および3においてはさらに高いコンダクタンスも観測されました(2: 7.1 X 10-3 Go; 3: 1.8 X 10-3 Go)。それらの分子構造から考察すると、セレン六置換ベンゼン1a、セレン二置換ベンゼン2および3における低いコンダクタンス[用語4]は、金電極にPh基が接合したことによるもの、と考えることができます。一方、セレン二置換ベンゼン2および3において観測された高いコンダクタンスは、それらの分子のセレン原子が金電極に接合した結果、と考えることができます。

一方、セレン原子上の置換基がメチル基であるセレン六置換ベンゼン1bの単分子コンダクタンスを測定したところ、シグマ非局在電子系をもたないセレン二置換ベンゼン2および3において観測された高いコンダクタンスよりもさらに一層大きなコンダクタンス(1.4 X 10-2 Go)を観測することに成功しました(図6)。これは、セレン六置換ベンゼン1bのセレン原子が金電極に接合し、さらにそのシグマ非局在電子系が電気伝導度の向上に寄与していることを示しています。つまり、シグマ非局在電子系をもつ分子が高い電気伝導性を示すことを世界で初めて明らかにしました。

また、温度に応じて変化する起電力を測定したところ、この電気伝導に関与しているのは正孔(ホール)であり、つまりシグマ非局在電子軌道を介して電気伝導が起こっていることを示すことにも成功しました。

図5 本研究で単分子電気伝導度を測定した化合物。

図5. 本研究で単分子電気伝導度を測定した化合物。

図6 化合物1, 2および3の単分子電気伝導度の測定結果。化合物1bにおいてセレン原子と結合すると、電気伝導度が最も大きい。

図6. 化合物1, 2および3の単分子電気伝導度の測定結果。化合物1bにおいてセレン原子と結合すると、電気伝導度が最も大きい。

今後の展開

単分子エレクトロニクスにシグマ非局在電子系が有用であることを世界で初めて示すことができました。今後、シグマ非局在電子系の構成単位数を増やしていく研究(高分子への展開)やシグマ非局在電子系とパイ非局在電子系を組みあわせる研究が始まり、従来の物性を超える電子デバイスの誕生が期待できます。

研究支援

本研究は、科学研究費補助金(Nos. JP23K04517 for SF, JP22H04974 for TN and 22K19019 for MS)、JST SICORP (JPMJSC22C2 for SF&TN) および村田学術振興・教育財団(for MS)の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 単分子エレクトロニクス : 一分子を用いて電子回路を作製しようとする試みのこと。

[用語2] 電子が非局在化する : 一般的に1つの結合には2つの電子が関与し、その電子は結合原子間に局在化する(じっとしている)。一方、ある特別な電子は結合原子間に留まらずに分子全体に広がることができる。このような状態を「電子が非局在化する」とよぶ。

[用語3] 孤立電子対 : 結合に関与しない、対をなしている電子のこと。

[用語4] コンダクタンス : 回路における電気の流れやすさのこと。抵抗の逆数。

論文情報

掲載誌 :
The Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Charge Transport through Single-Molecule Junctions with σ-Delocalized Systems
著者 :
S. Fujii,* S. Seko, T. Tanaka, Y. Yoshihara, S. Furukawa, T. Nishino and M. Saito*
*は責任著者
DOI :

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