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ポリイミドの6G周波数域における誘電特性を解明 第6世代移動通信システムを支える低誘電材料の開発加速に期待

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要点

  • 25~330 GHzの6G周波数域で11種類のポリイミドの誘電特性をスペクトルとして系統的に計測。
  • 周波数増加につれて、全てのポリイミドで誘電率が連続的に減少し、誘電正接は一貫して増加することを確認。
  • 全フッ素化ポリイミドが、他のポリイミドに比べて顕著に低い誘電率と小さな誘電正接を示し、かつ両者の周波数依存性が極めて小さいことを実証。

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の安藤慎治教授、劉浩男助教、澤田梨々花大学院生らのグループは、EMラボ株式会社の柳本吉之氏、柳本舎那氏と共同で、ファブリ・ペロー共振器[用語1]を用いて25~330 GHzの周波数域において11種類のポリイミド[用語2]誘電分散[用語3]をスペクトルとして系統的に計測した。

測定の結果、周波数増加につれて、全てのポリイミドにおいて誘電率[用語4]が連続的に低下しながら、近赤外領域[用語5]における屈折率[用語6]の2乗に徐々に近づくことを実証した。一方で、誘電正接[用語7]は一貫して上昇することが確認された。また、電子分極[用語8]双極子分極[用語9]の関係に基づき、周波数の増加につれて誘電率が電子分極とより強い相関を示すことが明らかになった。一方、双極子分極に起因する誘電正接の増加率は、極性基[用語10]の重量分率と負の相関を示し、またジアミン部分に–CF3基を含むポリイミドは、周波数増加とともに誘電正接の顕著な上昇を示すことから、THz領域[用語11]に特徴的な緩和運動の存在が示唆された。加えて、全フッ素化ポリイミド[用語12]は、他のポリイミドに比べて顕著に低い誘電率と小さな誘電正接を示し、かつ両者の周波数依存性が極めて小さいことが実証された。

今回の研究成果はポリイミドの誘電特性の周波数分散を明らかにするものであり、6G移動通信技術[用語13]のための高性能ポリマー絶縁材料の開発に貢献することが期待される。

研究成果は、2024年6月6日(現地時間)に米国物理学協会発行の応用物理学・速報版「Applied Physics Letters」誌にオンライン掲載された。

背景

5Gから6Gへの移動通信システムの進展に伴い、ミリ波[用語14]技術の利用が急速に進んでいる。この技術は100 GHzを超える高周波数域で通信を行うものであり、将来的には300 GHzの使用までが見込まれている。ミリ波の利用により高速・大容量の無線データ伝送が可能となり、通信ネットワークの伝送性能が飛躍的に向上することが期待されている。

一方、高周波数域で安定に動作する絶縁材料の開発が急務とされている。特に、低誘電率と極めて低い誘電正接を有するポリマー絶縁材料は、次世代通信デバイスにおける伝送品質と伝送速度の向上に不可欠である。中でも含フッ素ポリイミドは優れた熱安定性、機械的強度、化学的耐性を有し、低誘電率と低誘電正接の特性を兼ね備えることから、高周波数域での次世代通信技術において重要な役割を果たすことが期待されている。

本研究グループは、これまで全フッ素化ポリイミドや含硫黄ポリイミドを代表とする光・電子・熱機能性ポリイミドの設計と開発に取り組んできた。本研究では、11種類のポリイミドを対象に、共同研究先であるEMラボ(株)の開発によるファブリ・ペロー(FP)共振器を用いて、25~330 GHzの周波数域における誘電特性を世界で初めてスペクトルとして計測した(図1)。これにより各ポリイミドの周波数依存性が明らかとなり、低誘電ポリイミド材料の設計に重要な知見の提供が可能となった。

図1 本研究の概要

図1. 本研究の概要

研究成果

本研究では、市販4種および自主開発4種を含む11種のポリイミドに25〜330 GHzの交流電場を印加することで、誘電率ならびに誘電正接の周波数依存性を測定した。FP共振器内にポリイミド薄膜を配置し、測定温度25°C、相対湿度45 %に設定した。

測定の結果、すべてのポリイミドにおいて、周波数の増加とともに誘電率が連続的に減少し、誘電正接が一貫して増加することが確認された(図2)。ここで、全周波数範囲にわたって明瞭なピークが観察されなかったことも重要である。この理由は、ポリイミド分子の極性基の配向緩和がMHzオーダーで発生するのに対し、分子鎖間の協同振動がTHzオーダーで発生するため、GHz帯域においてはこれらの共鳴ピークが観測されないためと考えられる。

図2 11種類のポリイミドの構造式と25~330 GHzでの誘電分散

図2. 11種類のポリイミドの構造式と25~330 GHzでの誘電分散

含フッ素ポリイミド(図2内 5, 6, 7, 8, 9, 10)においては、フッ素含有量が多くなるほど、誘電率と誘電正接が小さくなる傾向にあった。これはフッ素原子の低い原子分極率によるものであり、ポリイミド主鎖の分極率も低減したためと考えられる。中でも全フッ素化ポリイミド(同8)は、他のポリイミドに比べて顕著に低い誘電率と小さな誘電正接を示し、かつ両者の周波数依存性も極めて小さいことから、6G移動通信システムの要求に応える高性能絶縁材料と言える。

図3 11種類のポリイミドにおける(左)全分極と電子分極の相関と、(右)極性基の重量分率と誘電正接の増加率の相関。

図3. 11種類のポリイミドにおける(左)全分極と電子分極の相関と、(右)極性基の重量分率と誘電正接の増加率の相関。

電子分極と双極子分極の関係に基づくと、誘電率は高周波数において電子分極とより強い相関を示し、双極子分極の寄与が相対的に低下することが予測される(図3左)。11種ポリイミドの誘電分散特性を評価するため、誘電正接の周波数依存性の傾斜(傾き)を求めることで、比較分析を行った。誘電正接の増加率は、極性基の重量分率とおおむね負の相関を示す(図3右)。また、ジアミン部分に–CF3基を含むポリイミド(図3内 6, 7, 9, 10)では誘電正接の増加傾向が顕著であり、THz領域に存在が予想される特異な緩和運動に起因する誘電損失の影響が示唆される。一方、市販ポリイミドである1, 2, 3は誘電率が高いものの、330 GHzでも低い増加率を維持する。これは緻密な凝集構造の形成により局所的な分子運動が抑制され、誘電正接の低減に寄与したことを示す。

社会的インパクト

6G技術は超高速・大容量の移動通信を可能にし、自動運転車やスマートシティ、遠隔医療など、さまざまな分野での技術革新を促進すると考えられる。本研究で得られた知見を基礎として開発される高性能ポリマー絶縁材料により、近未来の通信機器の性能が向上し、より安定した通信インフラが提供されることが期待される。

今後の展開

本研究により、フッ素基の効果的な導入や全フッ素化が、ポリイミドの誘電率・誘電正接の低下において重要な役割を果たすことが確認され、これらの結果が6G通信機器材料研究のさらなる進展を促すものと考えられる。さらに、今後のTHz領域における振動分光学解析により、100 GHz~数THzにおける各種ポリイミドの誘電応答の起源が解明されることが期待される。本研究で得られた誘電特性の知見は、高性能ポリマー絶縁材料の設計に役立つとともに、次世代移動通信技術の発展に大きく貢献できると考えている。

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP21H01995)の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] ファブリ・ペロー共振器 : 高周波数領域(25〜330 GHz)での誘電特性を計測するための装置。2つの対向する凹面鏡を用いて、材料の誘電率および誘電正接を高精度に測定する。

[用語2] ポリイミド : イミド基を有する高分子材料。ポリイミドは一般にテトラカルボン酸二無水物とジアミンとの開環重付加反応とその後の脱水反応で生成され、優れた熱安定性、機械的強度、耐薬品性を示すことから、電子部品や絶縁材料として広く使用されている。

[用語3] 誘電分散 : 周波数によって変化する材料の誘電特性。特に高周波数領域では電子分極と双極子分極の相関が重要となる。

[用語4] 誘電率 : 物質が電場を通過する際にどれだけ電気エネルギーを蓄えるかを示す値。誘電定数が低いほど、材料の絶縁特性が優れていることを示す。

[用語5] 近赤外領域 : 波長が800 nmから2500 nmの範囲にある電磁波の領域。この領域は、光通信やリモートセンシング、医療イメージングなどの用途に利用される。

[用語6] 屈折率 : 光が物質を通過する際の速度の変化を示す値。屈折率が高いほど光の速度が遅くなり、その物質の光学的密度が高いことを示す。

[用語7] 誘電正接 : 材料が電場を通過する際にどれだけエネルギーを失うかを示す値。誘電正接が低いほど、エネルギー損失が少ないことを示す。

[用語8] 電子分極 : 電子の移動により生じる分極。高周波数ではこの分極が誘電率に大きな影響を与える。

[用語9] 双極子分極 : 分子内の双極子の配向変化により生じる分極。周波数が高くなると、この分極の影響は減少する。

[用語10] 極性基 : 分子内で電荷の偏りを持つ官能基。極性基が多いほど材料の極性が強くなり、特定の化学反応や物理特性に影響を与える。

[用語11] THz領域 : 周波数が300 GHzから3 THzの範囲にある電磁波の領域。非常に高い周波数域で、先進的な通信技術やイメージング技術に利用される。

[用語12] 全フッ素化ポリイミド : 高分子光導波路向けに開発されたポリイミドで、分子内に水素原子を含まず、光通信波長帯(近赤外域)での光透過性がきわめて高い。

[用語13] 6G移動通信技術 : 第6世代の移動通信技術。高速・大容量・低遅延の通信を可能にするため、次世代の通信ネットワークで重要な役割を果たす。

[用語14] ミリ波 : 波長が1 mmから10 mm(周波数が30 GHzから300 GHz)の電磁波。ミリ波は5G/6G通信技術での高速データ通信に利用され、きわめて高い周波数で動作するため、広帯域通信に適している。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Letters
論文タイトル :
Frequency-Dependent Dielectric Properties of Aromatic Polyimides in the 25–330 GHz Range
著者 :
Haonan Liu, Ririka Sawada, Shana Yanagimoto, Yoshiyuki Yanagimoto, Shinji Ando
DOI :

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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系

教授 安藤慎治

Email ando.s.aa@m.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2137 / FAX 03-5734-2889

EM ラボ株式会社

代表取締役 柳本吉之

Email yoshiy@emlabs.jp
Tel 050-5370-0262

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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