Quantcast
Channel: 更新情報 --- 東工大ニュース | 東京工業大学
Viewing all articles
Browse latest Browse all 4086

グリセロールから高付加価値化合物を選択的に生成 バイオディーゼル生産における経済的な課題を解決

$
0
0

要点

  • グリセロールの電気化学的手法による高選択性物質変換技術を開発。
  • グリセロールとほう酸の比率の最適化により、高付加価値な特定の三炭素化合物を生成。
  • バイオディーゼル生産の収益性向上や、再生可能資源からの高付加価値化合物の生成技術の開発に期待。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の林智広准教授と国立台湾科学技術大学 化学工学科の江佳穎(Chiang Chia-Ying)教授らの国際共同研究チームは、バイオディーゼルの製造過程において副産物として生産されるグリセロールを、高選択性をもって物質変換する技術を開発した。

グリセロールは、バイオディーゼル生産の副産物として大量に生成される一方で、その用途が限られているため、過剰供給が問題となっている。近年はその対応として、グリセロールを高付加価値の化学製品に変換する技術が注目されているが、生成物の選択性の制御に課題があった。

本研究では、ニッケル酸化物(NiOx)触媒を用いた電気化学的手法による物質変換において、グリセロールとほう酸の比率を最適化することで、高付加価値の三炭素化合物であるジヒドロキシアセトンとグリセルアルデヒドをそれぞれ選択的に生成する技術を開発した。

この研究成果は、グリセロールの有効利用を通じて、バイオディーゼル産業全体の収益性向上に大きく貢献し、持続可能なエネルギーの利用促進に寄与することが期待される。

本研究成果は、東京工業大学 物質理工学院 材料系の林智広准教授、前田翔一博士後期課程学生、千頭俊太博士後期課程学生と国立台湾科学技術大学化学工学科の江佳穎(Chiang Chia-Ying)教授、博士後期課程学生 Giang-Son Tran氏、Chih-Jia Chen氏らによって行われ、8月15日付の「Journal of Catalysis」に掲載された。

背景

近年、地球規模の気候変動や化石燃料の枯渇が懸念される中、再生可能エネルギーの利用拡大が求められている。その中でもバイオディーゼルは、植物油や動物脂肪を原料とし、再生可能で生分解性が高く、環境に優しいエネルギー源として注目を集めている。しかしバイオディーゼルの製造過程では、重量ベースで10%ものグリセロールが副産物として生成され、供給過剰状態にある。このことが市場におけるグリセロール価格の低下を招き、バイオディーゼル産業全体の収益性に悪影響を及ぼしている。この課題を解決するため、近年では、グリセロールを付加価値の高い化学製品へと変換する技術が注目され、その一環として電気化学的酸化反応が研究されている。

グリセロールは、3つの水酸基を持つため、酸化反応によりさまざまな三炭素化合物(ジヒドロキシアセトン、グリセルアルデヒド、グリセリン酸など)を生成する可能性がある。これらの化合物は、化粧品、医薬品、食品添加物などの分野で高い需要があり、特にジヒドロキシアセトンは、日焼け止め製品の主要成分として使用されている。しかしグリセロールの酸化は反応条件や触媒の特性に大きく依存するため、目的とする生成物の選択性を制御することが難しいという課題が残っていた。特に強アルカリ性条件では、グリセロールが過度に酸化され、低付加価値の二酸化炭素やギ酸が主要生成物となることが多く、目的とする高価値化合物の選択的生成は困難であった。  

このような背景から本研究では、ニッケル酸化物(NiOx)触媒を用いたグリセロールの電気化学的酸化において、緩衝液の性質、特にほう酸とグリセロールのモル比が選択性に与える影響を詳細に解析した。

研究成果

本研究では、ほう酸緩衝液中でのグリセロールの電気化学的酸化において、ほう酸/グリセロールのモル比を調整することで、目的とする生成物の選択性を大きく変えることができることを明らかにした。具体的には、ほう酸/グリセロール比が0.1の場合には、主にグリセルアルデヒドが生成される一方で、この比率を1.5に増加させた場合には、ジヒドロキシアセトンが主生成物として得られることが示された。この選択性の変化は、ほう酸とグリセロールの水酸基が形成する複合体の種類に起因するものと考えられる。

ほう酸とグリセロールは、1,2-ジオールおよび1,3-ジオールとそれぞれ五員環および六員環の錯体を形成する。本研究では、ラマン散乱分光法[用語1]と高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて、これらの錯体の生成が酸化選択性にどのように影響を与えるかを系統的に解析した。ラマン散乱分光分析では、ほう酸/グリセロール比が高い場合には六員環錯体が優勢に形成される一方で、この比が低い場合には五員環錯体が優勢となることが確認された。これにより、2級アルコール基の酸化が選択的に促進される条件下ではジヒドロキシアセトンが、1級アルコール基の酸化が促進される条件下ではグリセルアルデヒドが主生成物として得られることが示された。

さらに触媒表面でのグリセロールの吸着挙動についても、ほう酸/グリセロール比によって変化することが確認された。赤外分光法(FTIR)による分析では、高いほう酸/グリセロール比の条件下では2級アルコール基の吸着が優先される一方、低い比では1級アルコール基の吸着が優先されることが示され、これが生成物選択性の違いに寄与していると考えられる。

図1 三炭素化合物を作り分けるための条件と原材料・触媒の複合体の模式図

図1. 三炭素化合物を作り分けるための条件と原材料・触媒の複合体の模式図

社会的インパクト

今回の研究では、バイオディーゼル生産の副産物として大量に生成され、過剰供給状態にあるグリセロールを、高付加価値の三炭素化合物に変換することで、有効利用できるようした。これにより、バイオディーゼル生産における経済的な課題を解決し、持続可能なエネルギーの利用促進に寄与することが期待される。

この成果は、バイオディーゼル産業以外のさまざまな分野にも展開が可能である。グリセロールから生成されるジヒドロキシアセトンやグリセルアルデヒドなどの三炭素化合物は、化粧品、医薬品、食品、化学工業などの分野で高い需要がある。このことから本研究の成果には、そうした化合物の供給を安定化させるとともに、製造コストの削減と環境負荷の低減を同時に実現する効果がある。また、今回の研究で用いられたニッケル酸化物触媒は、貴金属を使用しないため、コスト面でも優れており、広範な実用化が期待される。

また今回開発した、技術は他の遷移金属触媒にも応用可能であり、特定の反応生成物を選択的に得るための触媒設計に新たな指針を提供する。これにより、より効率的で環境に優しい化学プロセスの実現が可能となり、持続可能な社会の実現に向けた重要な一歩となることが期待される。

今後の展開

今後の研究では、ほう酸/グリセロール比が酸化選択性に与えるメカニズムをより詳細に解明することを目指す。特に、触媒表面でのグリセロールの吸着挙動や、ほう酸グリセロール錯体の形成過程に関する理解を深め、これに基づく触媒設計の最適化を進める。また、異なる金属触媒や緩衝液系への応用展開を図り、他の高付加価値化合物の生成における選択性向上を目指す。

さらに、本研究で得られた知見を基に、工業的なスケールでのプロセス最適化を進め、実用化に向けた技術の確立を目指す。具体的には、反応条件の最適化、触媒の耐久性向上、プロセスコストの削減に取り組むことで、産業界における広範な応用が期待される。また、持続可能なエネルギー供給の一環として、再生可能資源からの高付加価値化合物の生成プロセスの開発に成功すれば、環境負荷の低減と資源の有効活用に寄与するだろう。将来的には、バイオディーゼル以外のバイオマス資源の利用可能性も探りながら、新たな応用分野の開拓を目指す。このような取り組みを通じて、持続可能な社会の実現に貢献し、環境保護と経済発展を両立させる技術革新を推進する。

付記

本研究は科学研究費補助金(JP23H04059、JP22H04530)および、「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」のCOREラボ共同研究プログラムの助成を受けたものである。
また、本国際共同研究は日本台湾交流協会 共同研究助成事業(自然・応用科学分野)の支援で行われた。

国際共同研究チームの写真

国際共同研究チームの写真

用語説明

[用語1] ラマン散乱分光法 : 光を物質に照射すると、光が物質と相互作用することで、入射光と異なる波長を持つラマン散乱光が発生する。その波長差は、物質が持つ分子振動のエネルギー分に相当する。ラマン散乱分光法とは、このラマン散乱光を分光することで、物質、結晶構造の決定に用いる手法を指す。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Catalysis
論文タイトル :
Tuning selectivity toward three-carbon product of glycerol electrooxidation in borate buffer through manipulating borate/glycerol molar ratio
著者 :
Giang-Son Tran, Chih-Jia Chen, Shoichi Maeda, Shunta Chikami, Tomohiro Hayashi* and Chia-Ying Chiang*(*は責任著者)
DOI :

物質理工学院

物質理工学院 ―理学系と工学系、2つの分野を包括―
2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

物質理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系

准教授 林智広

Email tomo@mac.titech.ac.jp
Tel 045-924-5400

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


Viewing all articles
Browse latest Browse all 4086

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>