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紙おむつの材料から新しいカルシウムセンサーを開発

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紙おむつの材料から新しいカルシウムセンサーを開発
―細胞外の高濃度カルシウムイオン機能の解明に前進―

要点

  • ポリアクリル酸を原料とし、高濃度条件下で微小のカルシウム濃度変化を検出可能なゲル状のイオンセンサーを開発
  • 得られたセンサーは大面積シート状、微粒子状など様々な形状に成形加工可能
  • 細胞外カルシウムイオンの濃度変化・濃度分布の可視化技術への応用が期待

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所(旧資源化学研究所)の石割文崇助教、福島孝典教授らの研究グループは、東京大学の染谷隆夫教授、奈良県立医科大学の西真弓教授、堀井(林)謹子助教と共同で、細胞外の高濃度のカルシウムイオンの濃度変化を捉えるゲル状のカルシウムセンサーを開発することに成功しました。このセンサーは様々な形状に成形加工でき、安価で大量生産も可能であることから、今後、情報伝達物質として注目されている細胞外カルシウムの機能解明に関する研究だけでなく、食品や環境中のカルシウムイオン濃度検査などへの応用も期待されます。

近年、生体内で様々な機能を果たしている細胞外のカルシウムイオンの濃度変化を可視化できる蛍光カルシウムセンサー[用語1]の開発が望まれています。研究グループでは、生体内の細胞外カルシウムセンサータンパク質(CaSR[用語2])の「カルボン酸[用語3]の連続構造」をヒントに、類似の構造を有する汎用合成ポリマーであるポリアクリル酸[用語4]に注目しました。ポリアクリル酸に特殊な色素を取り付けたポリマーを合成したところ、細胞外で起こるカルシウム濃度変化の検出に適したセンサーとして機能することを見出しました。本研究は科学技術振興機構ERATO「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト(研究総括:染谷隆夫東京大学教授)」研究の一環で、成果は、2016年4月12日に英国科学雑誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

研究の背景

カルシウムイオンが細胞内で情報伝達物質として機能することは古くから知られており、細胞内の低濃度のカルシウムイオンを可視化する蛍光カルシウムセンサーの開発は1980年代から盛んに行われてきました。一方で、細胞外のカルシウムイオンは、2000年ごろに情報伝達物質としての役割が明らかにされ、次世代の観測対象として注目されています。しかし、その濃度変化を可視化できる蛍光カルシウムセンサーはこれまでありませんでした。

従来の細胞内用の蛍光カルシウムセンサーは、水溶性の合成分子や生体分子からできており、たとえセンサーの感度を細胞外カルシウム濃度検出用に調整できたとしても、水溶性のセンサーは細胞外領域では観察点から流れ出してしまうという大きな問題があります。したがって、細胞外でのカルシウム濃度変化・濃度分布の検出(カルシウムイメージング)には従来の水溶性の蛍光カルシウムセンサーとは根本的に異なるシステムを開発する必要がありました。

研究内容と成果

東工大の石割助教・福島教授らの共同研究グループは、細胞外用カルシウムセンサーの新しいシステムの開発にあたり、生体内で細胞外カルシウムの濃度変化を検出しているカルシウムセンサータンパク質CaSRの構造に着目しました(図1)。CaSRは「カルボン酸の連続構造」により細胞外のカルシウムの、1.1 mmol/Lと1.3 mmol/L[用語5]という微小の濃度変化を検出していると言われています。この天然の検出メカニズムにヒントを得て、カルボン酸を連続して有する汎用合成ポリマーである「ポリアクリル酸」を用いることにより、新たなカルシウムセンシングシステムが構築可能ではないかと着想しました。

細胞外カルシウムセンシングタンパク質(CaSR)の模式図と本研究の着想

図1. 細胞外カルシウムセンシングタンパク質(CaSR)の模式図と本研究の着想

ポリアクリル酸が高濃度のカルシウムイオンにより、高分子鎖凝集[用語6]を起こすことは古くから知られていました。そこで研究グループでは、ポリアクリル酸の高分子鎖凝集の様子を可視化するために、凝集状態で蛍光性を発現する誘起発光色素[用語7]と呼ばれる特殊な色素をわずか数%、ポリマー鎖に取り付けたところ(図2a)、このポリマーは細胞外濃度に相当する高濃度のカルシウムイオン存在下で大きく発光性を変化させること見出しました(図2b)。さらに、誘起発光色素の導入量を1%ずつ変化させるだけで検出可能なカルシウム濃度領域を連続的に変化させることも可能であり(図2b)、様々なカルシウム濃度条件に適応可能であることも見出しました。

(a)今回開発したカルシウムセンサーのカルシウム検出メカニズムの模式図 (b)センサーが検出可能な濃度領域の模式図 (c)カルシウム検出時の本カルシウムイオンセンサーの写真
図2.
(a)今回開発したカルシウムセンサーのカルシウム検出メカニズムの模式図 (b)センサーが検出可能な濃度領域の模式図 (c)カルシウム検出時の本カルシウムイオンセンサーの写真

興味深いことにこのポリマーセンサーを化学架橋したゲル[用語8]も細胞外領域のカルシウムイオン濃度に適したセンサーとして機能しました。これらのゲル状センサーは不溶性で、従来の水溶性の蛍光カルシウムセンサーと違って拡散しないことから、水中の任意の場所に固定化してカルシウムイオンの拡散を可視化することや、流動する媒体中の1.1 mmol/Lと1.3 mmol/Lという、微小量のカルシウムイオンの濃度変化も繰り返し検出することが可能でした(図3a)。この検出感度は、天然の細胞外カルシウムセンサーであるCaSRの感度に匹敵します。また、このゲル状センサーは大面積シート状や微粒子状など様々な形態のセンサーへと成形加工できます。大面積シート状のセンサーを用いて、マウスの脳スライスの大面積カルシウムイメージングにも成功しました(図3b)。

(a)本センサーによる微小なカルシウム濃度変化の検出 (b)シート状に成形したカルシウムセンサーによるマウスの脳スライスの巨視的カルシウムイメージング
図3.
(a)本センサーによる微小なカルシウム濃度変化の検出 (b)シート状に成形したカルシウムセンサーによるマウスの脳スライスの巨視的カルシウムイメージング

今後の展開

今回、天然の細胞外カルシウムセンサーCaSRのカルシウムセンシングシステムをデザインすることにより、ポリアクリル酸を基盤とするカルシウムセンサーを開発し、このセンサーが生体内の細胞外カルシウム濃度の変化を巨視的(マクロスコピック)に可視化し得ることが示されました。今後このセンサーを用いた細胞外カルシウムダイナミクス解明に向けた研究の進展が期待されます。現在、ERATO「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」ではこのセンサーを用いたカルシウムセンシングデバイスの開発に取り組んでいます。また、このセンサーは汎用ポリマーを主原料とするため安価で大量生産も可能(図2c)であることから、食品や環境中のカルシウムイオン濃度検査などへの応用も期待されます。

本成果は、以下の研究支援により得られました。

  • 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
  • 研究プロジェクト:
    「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」
  • 研究総括:
    染谷隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
  • 研究期間:
    平成23年8月~平成29年3月
  • 研究課題:
    研究活動スタート支援
    「新規発光性材料としてのAIEポリマーおよびAIEゲルの開発」
  • 研究代表者:
    石割文崇(東京工業大学資源化学研究所 助教)
  • 研究期間:
    平成24~25年度

用語説明

[用語1] 蛍光カルシウムイオンセンサー : カルシウムイオンと結合すると蛍光性を変化させる試薬。多くの蛍光カルシウムイオンセンサーは細胞内の低濃度カルシウムイオンの濃度変化は検出できるが、細胞外の高濃度のカルシウムイオン濃度変化は検出できない。

[用語2] 細胞外カルシウムセンサータンパク質(CaSR) : 細胞外領域で起こるカルシウムイオンの濃度変化を検知し、細胞内にその情報を伝達する膜貫通タンパク質。CaSR はCalcium Sensing Receptor の略。1993年に構造が明らかにされた。CaSRはカルシウムイオンと強く相互作用する特別な構造は持っておらず、「連続するカルボン酸部位」により、高濃度の細胞外カルシウムイオン濃度変化を検出していると考えられている。古くは、骨、腸、副甲状腺など、細胞外カルシウムイオン濃度を調整する器官にのみ存在すると考えられていたが、最近の研究により、神経細胞を含む様々な細胞にも存在していることが明らかにされ、細胞外カルシウムイオン検出のニーズが高まっている。

[用語3] カルボン酸 : COOHの化学式であらわされる、酸性を示す機能団。C、O、Hはそれぞれ炭素、酸素、水素を表す元素記号。

[用語4] ポリアクリル酸 : カルボン酸を側鎖に有する最も単純な合成ポリマー。このポリマーを化学架橋したゲルは、紙おむつの吸水剤として利用されており、年間約2百万トン生産される汎用ポリマーである。

[用語5] mol/L(モル毎リットル) : 分子の個数に基づく単位(mol = モル)を用いて表現した化学物質の水中の濃度の単位。カルシウムイオン(Ca2+)の場合、1.1 mmol/Lと1.3 mmol/Lはそれぞれ44 mg/Lと52 mg/Lに相当する。

[用語6] 高分子鎖凝集 : 溶媒中でポリマー鎖が大きく広がっている状態から、小さく収縮する様子。

[用語7] 凝集誘起発光色素 : 集合することにより蛍光性示すようになる蛍光色素。テトラフェニルエテンなどプロペラ構造を有する蛍光分子に見られる性質である。分子が分散している状態では、プロペラの回転にエネルギーが使われてしまい蛍光性を示さないが、集合状態ではプロペラが他の分子と衝突するため、プロペラの回転が抑制され、蛍光を発するようになる。

[用語8] 化学架橋したゲル : ポリマーの鎖を架橋剤と呼ばれる連結剤でつなぎあわせ、一つのネットワーク構造にしたもの。溶媒には不溶となり、溶媒を吸収して膨らむ(膨潤する)ようになる。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
"Bioinspired Design of a Polymer Gel Sensor for the Realization of Extracellular Ca2+ Imaging"
著者 :
F. Ishiwari, H. Hasebe, S. Matsumura, F. Hajjaj, N. Horii-Hayashi, M. Nishi, T. Someya, T. Fukushima
DOI :

問い合わせ先

科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
教授 福島孝典

Email : fukushima@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5220 / Fax : 045-924-5976

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

奈良県立医科大学 研究推進課 勝本

Email : katsumoto@naramed-u.ac.jp
Tel : 03-5734-3051


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