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自治体と連携し、未病改善に関する実証実験を実施 インフラ企業やヘルステックと協働し「未病改善プラットフォーム」構築を目指す

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東京工業大学 未来型スポーツ・健康科学研究推進体(代表者 生命理工学院 生命理工学系 林宣宏准教授)は、共同研究先企業であるaiwell(アイウェル)株式会社(以下「aiwell」)と、静岡県掛川市において未病[用語1]改善に向けた「未病改善のための健康増進プラットフォーム」の構築に向けた実証実験を2019年2月12日~3月26日の6週間実施しました。

背景・概要

2025年には日本の人口の3割は65歳以上の高齢者になると予想されており、超高齢化社会の到来による医療費の増大は大きな社会問題になっています。また、増加する高齢者世帯では、高齢者の生活機能の低下の発見や対処が遅れる可能性が高く、健康上のリスクも高いと考えられています。

これらの社会問題にアプローチすべく、東工大 未来型スポーツ・健康科学研究推進体、AIプロテオミクス[用語2]を活用したヘルスケアプラットフォームを提供するaiwellと大崎電気工業株式会社(以下「大崎電気」)の3者が協力し、「地域健康増進プロジェクト」を2018年11月に発足させました。

この度、静岡県掛川市の協力のもと、地域の高齢者を対象に、血液検査、スマートウォッチ、スマートメーターからのデータ等、様々な生活データを収集・活用し、公的サービス・民間サービスが連携して個人の健康を支えることを可能にする「未病改善のための健康増進プラットフォーム」の構築を目指して本プロジェクトが実施されることとなりました。自治体も連携した未病改善に関する実証実験は、国内初の取り組みとなります。

実験参加者の基本的な健康データ(体組成、体重、血圧)を測定する様子

実験参加者の基本的な健康データ(体組成、体重、血圧)を測定する様子

実験参加者の基本的な健康データ(体組成、体重、血圧)を測定する様子

「未病改善のための健康増進プラットフォーム」の概要

  • 高齢者の健康状態を「見える化」するため、個人の不調具合の内観と、微量採血による血液検査データを取得。加えて、スマートフォン、各種センサー、スマートメーターからのデータを使って生活データを収集、それらを統合して分析を行う。
  • データに基づき、専門家や、ご家族、行政が健康増進のためのアドバイスを高齢者に提供。
  • アドバイスに基づき、個々人が日々の健康改善に取り組む。介護状態になる前に分析データによる「気づき」を得ることが可能になり、行政や民間サービスによる生活改善にむけたアプローチが可能になるプログラム。

実証実験の詳細

  • 実施期間:
    2019年2月12日~3月26日の6週間
  • 協力機関:
    東京ガス株式会社、静岡ガス株式会社、中遠ガス株式会社、大崎電気
  • 参加者数:
    18世帯19名のうち男性4名・女性15名、年齢68歳~79歳
  • 内容:
    福祉センターで月に2回実施されている健康増進のための体操の機会に、参加者の基本的な健康データ(体組成、体重、血圧)をチェックし、同時に微量採血を実施。また、参加者にはスマートウォッチを配布して、日常の運動量をモニターすると共に、各家庭に設置したスマートメーターや人体の動きを感知するセンサーによりご家庭での生活データを取得。

実証実験にて収集した生活データ・医療データ

「地域健康増進プロジェクト」の成果・今後の展開

今回の最大の成果は、問題意識のある地域住民の方々、そういった方々を支える行政の方々に「未病改善のための健康増進プラットフォーム」の考え方が伝わったことを、実施者が実感出来たことです。市民の方々との対話を通じて、何がどのように伝わり、どう受け止められたかを具体的に知ることが出来たことは、今後の活動に大きな影響を与えることになります。特に、なるべく近い将来に「未病改善のための健康増進プラットフォーム」のサービスを受けたいとの声が寄せられたことは、大きな意味を持ちます。

更に、各種データ取得における実地での実務レベルでの問題発掘がなされたことにより、使用者にとって現実問題として造作なく使える、使いたいと思えるサービスの構築が可能となり、今後はその実用化が加速します。

今後、今回得られたデータの統合と解析により得られた成果をもとに、随時、市民や行政の方々との対話を継続することで、「未病改善のための健康増進プラットフォーム」の構築とサービスの継続的な提供の仕組みの創出を目指します。また、要介護状態になる前の早期診断・早期対応の実現により、個人や家族のQOL(生活の質)を向上させ、誰でも「健康で長寿」が可能になる世の中を目指すと共に、増え続ける医療費や、介護難民、孤独死の予防などの様々な社会問題にアプローチできる取り組みに発展させていきます。

用語説明

[用語1] 未病 : 診断・治療のために“病気”が定義されますが、生物学的には病気と健常との間にはっきりした境目はありません。これまでは病気と診断されてから治療が施されてきましたが、その前段階から方策を施すことが出来れば、重篤な病気に悩まされることは無いことから、近年、病気と健常の間の状態が新たに“未病”状態と定義されて、病院に行く前に、自身で病気になるのを防ぐことが出来る状態として注目されるようになりました。

[用語2] AIプロテオミクス : 林准教授が研究を進める特許技術。二次元電気泳動で網羅的に画像化された血中タンパク質のデータをAIが解析し、様々な病気や怪我になる一歩手前の状態を発見(超早期診断)する研究。敗血症においては、98.2%の精度で的確に診断を可能にしました。2018年10月よりaiwellと共同研究を開始し、2019年4月に東工大キャンパス内に「aiwell AIプロテオミクス協働研究拠点」を開設し、AIプロテオミクスの実用化に向け研究開発とその実用化を推進しています。

[用語3] 微量採血検査キット「aiwell care」 : ジャパン・メディカルリーフ株式会社が開発した多機能微量採血管を特徴とする、日本初の血球検査を含む30項目の微量採血検査キット。医師の監修のもと疲労、脱水、エネルギー消費、骨密度、糖代謝、脂質代謝、肝機能、腎機能など、ヘルスケア評価と運動パフォーマンス評価の分析が可能です。一般の人間ドックにおける検査と同等の項目を、自宅で簡単に検査することが可能です。

[用語4] 生活データ・医療データを活用した東京ガスのサービス開発 : 東京ガスはエネルギー供給に加え、安全で安心できる暮らしをサポートするサービスを展開しており、食や健康など様々な分野におけるサービスの検討・開発も行っています。その取り組みの一つとして、電気、水道、ガス使用量データや室内空気質のデータ、スマートウォッチによる活動量データなどを活用し、睡眠アドバイスや部屋の環境改善など、生活をより豊かにするサービスの開発を行っています。

[用語5] 大崎電気の提供する「ホームウォッチ®」 : 創業 100 年にわたり電力量計等の計測制御機器の開発・提供を通して「見える化」したデータをもとに、最先端の IoTデバイスを専用アプリケーションと組み合わせて、トータルソリューションとして提供するスマートホームを実現する大崎電気のサービス。各種センサー設置により、家の中の活動量の測定が可能になり、高齢者の見守り・防災等への活用ができます。

[用語6] Origin Wireless Japan社の睡眠モニタリング : アメリカのメリーランド大学のRay Liu(レイ・リュー)教授が開発したTime Reversal Machine(タイム・リバーサル・マシーン)≪制作時注:TM上付きで付ける≫技術を用いたWi-Fiセンシングは電波反射の解析により空間イベントの検知を可能にします。睡眠時の微細な動きや呼吸の検知により医療器具と同等のレベルでレム、ノンレム睡眠などを含めた睡眠状態をモニタリング可能です。この技術はウェアラブルデバイスを必要とせず、人の動き、呼吸、転倒、認証、屋内測位などの検知を行えるため、高齢者の見守り、ライフログの提供など様々なサービスへの応用が期待されています。

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お問い合わせ先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


6月の学内イベント情報

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6月に本学が開催する、一般の方が参加可能な公開講座、シンポジウムなどをご案内いたします。

第12回工学院特別セミナー「顧客はサービスを買っている:サービス改革の理論構築」

第12回工学院特別セミナー「顧客はサービスを買っている:サービス改革の理論構築」

様々な業界でサービスが事業の競争力や成長力を大きく左右するようになっています。サービスの生産性向上の必要性が高まる中で、今まで以上にサービス改革の取り組みが活発になっています。2015年からは、「日本サービス大賞」が始まり、内閣総理大臣賞をはじめ、各省の大臣賞、地方創生大臣賞により、“きらり”と光るサービスを表彰しています。今回は、同賞の運営ワーキンググループ委員を務める松井拓己氏を講師に迎え、サービスの本質およびサービス改革の理論構築について論じていただきます。

日時
6月10日(月)16:45 - 18:15
会場
参加費
無料
申込
不要

2019年度 東京工業大学 環境月間特別講演会

2019年度 東京工業大学 環境月間特別講演会

6月5日の世界環境デー・環境の日をはじめとする6月の「環境月間」に因み、東京工業大学では環境月間特別講演会を開催します。

今回は、本学の先導原子力研究所 木倉宏成准教授を講師に「もののけ姫に隠された古代イノベーション・コーストの秘密~震災から8年、福島復興・環境回復に向けて~」と題して、今注目されている福島復興・環境回復について講演します。

日時
6月15日(土)14:30 - 16:30
会場
参加費
無料
申込
不要(定員287名)

リベラルアーツ研究教育院主催シンポジウム「勝海舟と新しい時代」

リベラルアーツ研究教育院主催シンポジウム「勝海舟と新しい時代」

勝海舟は、幕末の動乱期、江戸へと迫る新政府軍の西郷隆盛と江戸城明け渡しの交渉をした幕臣として知られています。交渉のため池上本門寺に赴いた海舟は、洗足池周辺の景色を気に入り、のちに別荘を構えました。いま海舟の墓は洗足池のほとりに建っています。

このような勝海舟ゆかりの地に、いま記念館の開設準備が進んでいます。東京工業大学では、記念館のオープンに先立って、勝海舟をめぐるシンポジウムを企画いたしました。本学の福留真紀准教授(日本近世史)が、幕末に海舟が果たした役割を検証し、中島岳志教授(政治学)が、明治以降、海舟がどのように語られてきたかを考察します。また、大田区から観光・国際都市部のスポーツ・文化担当部長の町田達彦氏をお招きして、新設される勝海舟記念館についてお話しいただきます。令和という新しい時代を迎える今年、江戸から明治への激動期に生きた海舟の足跡を顧みることは大きなヒントになるでしょう。ぜひ足をお運びください。

日時
6月20日(木)18:00 - 20:00(17:30開場)
会場
受講料
無料
対象
本学の学生・教職員、一般
申込
不要(定員200名、先着順)

2019年度 科学技術創成研究院 先導原子力研究所 研究交流・発表会

2019年度 科学技術創成研究院 先導原子力研究所 研究交流・発表会

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所は、第2期中期計画に沿って、4つの重点分野とそれらを支える基礎・基盤分野の研究を所員一丸となって推進し、得られた成果を学会・誌上に発表、公開し、これらの普及に平素から努めています。また、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故以降は、除染技術の研究開発をはじめ、福島復興に向けた取り組みにも積極的に貢献しています。さらに、2014年度からは、研究所の資源である実験装置やソフトウエアを基盤とした「共同利用・共同研究」を開始し、社会のニーズに広く応えるための新しい研究体制を構築しました。

これらを背景として、

  • ・共同利用・共同研究の成果発表
  • ・本研究所の研究成果の発表・社会還元
  • ・研究者間交流による研究の活性化

を目的とした本研究交流・発表会を2015年度より開催しています。

今回は、学術講演として本研究所の代表的なミッション研究2件、招待講演として共同利用・共同研究のパートナーによる研究1件に加え、ポスターセッションとして共同利用・共同研究および本研究所の研究活動30件あまりを発表いたします。

日時
6月26日(水)13:00 - 17:00
会場
申込
必要

お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2975

カルリチェク ドイツ連邦教育研究大臣が東工大を訪問

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4月16日、アニヤ・カルリチェク・ドイツ連邦教育研究大臣(以下、カルリチェク大臣)一行が東工大を訪れ、益一哉学長、渡辺治理事・副学長(研究担当)、高田潤一副学長(国際連携担当)、工学院 電気電子系の波多野睦子教授と懇談を行いました。今回の来訪には、4名の連邦議会議員のほか、マティアス・クライナー・ライプニッツ協会会長、ライムント・ノイゲーバウアー・フラウンホーファー協会会長、ペーター・シュトローシュナイダー・ドイツ研究振興協会会長、オトマー・ヴィーストラー・ヘルムホルツ協会会長や、ズザンネ・ブルガー連邦教育研究省欧州・国際協力局長なども同行しました。

波多野教授(右端)の研究説明の様子
波多野教授(右端)の研究説明の様子

懇談は、益学長によるドイツ語の歓迎の挨拶で和やかに始まり、東工大の概要説明、本学とドイツの研究機関との国際共同研究、またアーヘン工科大学との連携のもとに欧州拠点として新設された「Tokyo Tech ANNEX Aachen」(アネックス アーヘン)について説明がありました。続いて、波多野教授による固体量子センサの研究についての説明及び意見交換の後、一行は波多野研究室の見学を行い、ダイヤモンド薄膜成長技術の説明を受けるともに、ダイヤモンドを用いた磁場センサのデモを実際に体験しました。

波多野教授は固体量子センサの研究に関して、ドイツのシュトゥットガルト大学、ウルム大学、フランホーファー研究所などとも国際共同研究を実施しており、生命・医療、パワーエレトロニクス等様々な分野での研究成果の社会貢献が期待されています。懇談の最後に、カルリチェク大臣は今回の東工大への訪問の受け入れに感謝を述べ、日独両国が共通の課題を抱えているAI や量子技術分野で、今後もドイツと日本の連携強化を引き続き進めていきたいと話し、益学長と記念品の交換を行いました。

波多野教授(右端)から磁場センサのデモの説明を受けるカルリチェク大臣
波多野教授(右端)から磁場センサのデモの説明を受ける
カルリチェク大臣(中央)

記念品の交換を行う益学長(右)とカルリチェク大臣(左)
記念品の交換を行う益学長(右)とカルリチェク大臣(左)

5G向けミリ波フェーズドアレイ無線機を開発 安価な集積回路を用いて高精度指向性制御を実現

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要点

  • 5G向けミリ波帯フェーズドアレイ無線機の開発に成功
  • 安価で量産可能なシリコンCMOS集積回路チップにより実現
  • 高周波信号の位相・振幅ばらつき・補償機構により、高精度に電波の指向性を制御

概要

国立大学法人 東京工業大学の岡田健一教授と、日本電気株式会社は共同で、第5世代移動通信システム(5G)[用語1]に向けたミリ波帯フェーズドアレイ[用語2]無線機を開発した。5Gでは従来のマイクロ波帯の周波数にあわせて、ミリ波[用語3]帯の周波数の利用が計画されている。ミリ波帯用の5G無線機ではアレイ状に配置したアンテナへ入出力する高周波信号の位相を制御することにより、アンテナの指向性パターンを制御する。従来は高精度な指向性の制御のために大規模な装置が必要であったが、指向性パターンを劣化させる要因になっている位相および振幅のばらつきを補償できるコンパクトな回路を新たに提案し、無線機とともに集積化することに成功した。

この回路の活用により位相0.08度と極めて高精度にアンテナ素子の信号を制御することができる。無線機は安価なシリコンCMOS(相補型金属酸化膜半導体)プロセスで製作した。この技術は、5G向けの各種無線通信機器に搭載可能で、ミリ波帯の5G普及を加速させる成果といえる。

研究成果は6月2日から米国ボストンで開催される国際会議RFIC(IEEE Radio Frequency Integrated Circuits Symposium <米国電気電子学会・無線周波数集積回路シンポジウム>2019)で発表する。また、この発表論文は最優秀論文賞を受賞した。

本研究開発は総務省SCOPE(戦略的情報通信研究開発推進事業、受付番号175003017)の委託を受けて実施した。

開発の背景

第5世代移動通信システム(5G)の運用が開始されつつある。初期にはおもに3 GHz(ギガヘルツ)から6 GHzの低い周波数を用いたサービスが展開される。これらの周波数帯ではほかの無線システムなどの存在により、限られた帯域幅となるため、通信速度もその帯域幅に応じた限界が存在する。

また従来、携帯電話に用いられている3 GHz以下の比較的低い周波数の特性として、伝搬損失は少ないものの、波長が長く電波が広がりやすい物理的性質のため、通話やショートメッセージサービス(SMS)、Webブラウジング[用語4]などをメインとする限られた通信アプリケーションには扱いやすいが、今後、大きな需要が見込まれているビームを絞った高速無線通信の実現が難しい。また複数の端末間の電波の干渉により、スタジアムなどの極めて多くの端末を収容するようなキャパシティ増大への対応には困難が伴う。

一方、5Gにおけるチャレンジとして、より広い帯域を確保し、かつ指向性の高いアンテナの実現可能性を持つ高い周波数領域の電波資源、すなわち従来、用いられているより10倍以上高い周波数帯であるミリ波を用いる無線通信技術の導入が期待されている。特に、北米などではミリ波帯の39 GHz帯の利用が検討されており、従来の100倍以上速い毎秒10ギガビットのデータ伝送速度の実現が目標とされている。

5Gに向けた課題

5Gなどで用いられるミリ波の通信は波長が短いことで、アンテナ素子を小さくすることができる利点がある一方で、伝搬損失が従来の10倍以上大きいことが問題となる。そこで複数のアンテナ素子を調和して動作させ、アンテナにおける電波の放射の指向性を高め、なおかつ、その放射方向を電気的に制御する(指向性を高める)ビームフォーミング(用語2参照)の技術に対応したフェーズドアレイ無線機が必要になる。

フェーズドアレイ無線機はアンテナと同じ数のトランシーバーで構成される。多数のトランシーバー・アンテナのそれぞれの信号の位相および振幅を制御することで、通信を行う端末方向で信号が強め合い、逆にそのほかの端末方向には信号を打ち消しあう特性を持たせることができる。これにより、高い指向性(高いEIRP)による高速通信や通信距離の増大、さらには、不要な干渉の低減によるキャパシティの増大が可能になる。

しかしながら、それぞれのアンテナ素子から出力される信号の位相や振幅強度の特性のわずかなばらつきが発生すると、このビームフォーミングの効果を著しく低減させてしまう。そのため、特性のばらつきをきわめて低く抑える必要があり、ミリ波の帯域でそれを低コストで実現できる補償技術の確立が望まれていた。

研究成果

今回の研究成果はミリ波トランシーバーのビームフォーミングに必要となる、信号の振幅や位相の検出・補償の方式および回路を新たに提案し、トランシーバーを試作、実証することで達成した。

通常、信号の振幅および位相の高精度の補償には高速高分解能のAD(アナログ・デジタル)変換器が必要とされ、特にミリ波の広帯域信号を扱うことができるような超高速・高分解能AD変換器の実装が困難だった。今回の研究ではあらかじめ前信号処理を加えることで、比較的低速度のAD変換器とカウンターによる位相検出回路[用語5]により、高精度な振幅・位相の検出を可能とした。

それにより、これまで位相検出に必要だった高精度アナログ量の検出を、CMOS回路の極めて高い時間分解能に変換した上で、デジタル的に処理することが可能となったため、コンパクトな回路で高精度な補償機構内蔵の5G向けミリ波帯フェーズドアレイ無線機を実現できた。

このフェーズドアレイ無線機を最小配線半ピッチ65 nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで試作し、12平方 mmの小面積に4系統のフェーズドアレイ無線機を搭載した(図1)。現在、5G向けに利用が開始されている28 GHz帯とあわせて、今後39 GHz帯の利用の増大が想定されている。開発したCMOS無線送受信チップは、39 GHzの周波数帯で利用でき、その飽和出力電力[用語6]は15.5 dBmであった。

伝送実験のため、CMOSチップを搭載した評価基板(図1)を作成した。電波暗室内で、1mの距離を隔てて2台のモジュールを対向させ、提案した補償回路を動作させてデータ伝送試験を実施した。その結果、補償回路の実力は位相で0.08度、振幅で0.04 dBと極めて優れた特性を示し、各アンテナの位相振幅を制御することにより、電波の放射方向を0.1度の精度で調整可能であることを確認した。また、最大となる0度方向でのEIRPは53 dBmだった。

固定のビームフォーミング、400 MHzの256QAM[用語7]5GNR信号[用語8]EVM[用語9]=-30 dBを達成した。消費電力は1チップあたり送信時1.5W、受信時0.5Wだった。

5G向け39 GHz帯フェーズドアレイ無線機

図1. 5G向け39 GHz帯フェーズドアレイ無線機

今後の展開

開発した無線機は、フェーズドアレイに用いられるCMOSチップの省面積化を実現し、5G無線機の小型・低コスト化を牽引する。今後、5G向け通信機器での利用をターゲットとして2020年頃の実用化を目指す。また、ビームフォーミングの鍵となる多数のアンテナ・トランシーバーの補償技術は、5Gに限らず様々な無線通信に対して適用可能であり、通信機器の小型・低コスト化に有効な技術と考えられる。

発表予定

この成果は6月2日から米国ボストンで開催される国際会議RFIC(IEEE Radio Frequency Integrated Circuits Symposium<米国電気電子学会・無線集積回路シンポジウム>2019)において「A 39 GHz 64-Element Phased-Array CMOS Transceiver with Built-in Calibration for Large-Array 5G NR (5GNR大規模フェーズドアレイ向け補償機構内蔵39 GHz帯CMOS無線機)」の講演タイトルで、現地時間6月4日午前10時10分から発表される。

また、本発表の成果が認められ、IEEE Radio Frequency Integrated Circuits Symposium, Best Student Paper Awardを受賞した。

講演

講演セッション :
Session RTu2E:
講演時間 :
現地時間6月4日午前10時10分
講演タイトル :
A 39 GHz 64-Element Phased-Array CMOS Transceiver with Built-in Calibration for Large-Array 5G NR (5GNR大規模フェーズドアレイ向け補償機構内蔵39 GHz帯CMOS無線機)
会議Webサイト :

用語説明

[用語1] 第5世代移動通信システム(5G) : 移動通信システムは第1世代のアナログ携帯電話から始まり、性能が向上するごとに世代、つまりジェネレーションが変わる。「G」はジェネレーションの頭文字で、現在の携帯電話等は4Gで、5Gは2020年の実用化に向けた開発が行われている。

[用語2] フェーズドアレイ : 複数のアンテナへ位相差をつけた信号を給電する技術。放射方向を電気的に制御するビームフォーミング(電波を細く絞って、特定の方向に向けて集中的に発射する技術)の実現に利用される。

[用語3] ミリ波 : 波長が1~10 mm、周波数が30~300 GHzの電波。

[用語4] Webブラウジング : インターネットに接続して情報を探し出すこと。

[用語5] 位相検出回路 : 今入力信号の位相が、基準となる参照信号に対してどれだけ違うかの差分値を検出する回路。得られた差分値を、アンテナの信号の位相を調整する回路にフィードバックすることで、高精度にアンテナの各素子の位相を調整することができる。

[用語6] 飽和出力電力 : 増幅器が最大で出力できる電力。

[用語7] 256QAM: : デジタルデータと電波や電気信号の間で相互に変換を行うためのデジタル変調方式の一つ。位相が直交する2つの波を合成して搬送波とし、それぞれを16段階の振幅で識別する方式で、16×16の256値のシンボルを利用して一度に8ビットの情報を伝送することができる。

[用語8] 5GNR信号 : 5G New Radioの略。5Gの要求条件を満たすために、3GPPで新たに規定される無線方式。

[用語9] EVM : Error Vector Magnitudeの略。無線通信に用いられるデジタル変調の品質を示す尺度の一つ。理想的な信号と、測定された雑音や歪などの劣化を含む信号との間の、差分のベクトルの大きさから計算される。値が小さいほど品質の高い理想的な信号に近いことを示す。

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お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

教授 岡田健一

E-mail : okada@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3764 / FAX : 03-5734-3764

NEC ネットワークサービス企画本部

Tel : 03-3798-6141

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

日本電気株式会社 コーポレートコミュニケーション本部

広報室 大戸

Tel : 03-3798-6511

シンプルで万能なカオス的振動回路を設計 小型で効率的なデバイスを実現

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要点

  • シンプルながら万能なカオス信号を生成する手法を発見
  • アナログCMOS集積回路技術により小型なカオス信号生成回路を実現
  • 今後は応用技術の研究開発も推進

概要

東京工業大学WRHI[用語1]のルドビコ・ミナティ(Ludovico Minati)特任准教授、科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の伊藤浩之准教授らの研究グループは、シンプルながら万能な「カオス信号[用語2]」を生成する手法を発見した。互いに接続された3つの「リング型発振器」を利用し、発振器間の接続強度が互いに競い合いながら制御されるように設計、小型で効率的なデバイスを実現した。センサー間の無線通信など新たな用途に応用が期待できる。

脳活動、動物の群れ、天気など自然界の現象を示す信号を再現できれば、それらの原理を理解する手がかりとなる。これらの信号は複雑で、究極的にはいわゆる「カオス信号」になる。カオスとはランダム性を意味するのではなく複雑な規則性を持つことを意味する。カオスシステムではわずかなパラメータの違いが大きな挙動変化をもたらす場合もある。またカオス信号は予測が難しいが、多様な局面に存在している。

だが、目的通りの特性を示すカオス信号の生成は難しい。デジタル信号を生成すると消費電力が多すぎる場合もあり、アナログ回路を用いる必要がある。そこで今回、カオス信号を生成する集積回路の作成法を新たに提案した。

この研究は東工大とイタリアのカターニャ大学、トレント大学、ポーランドの科学アカデミーが共同で、東工大WRHIからの一部資金支援により行った。

なお、本研究成果は米国電子電気学会(IEEE)のオープンアクセスジャーナル「IEEE Access」に2019年4月23日に掲載された。

研究成果

研究グループはまず異なる素数[用語3]を用いてサイクル数を設定すると、位相の関係を固定することができないという考えから、この手法の提案を始めた。驚くことに、この原則はいくつかのセミの種類の進化に見られており、それらのセミのライフサイクル年数は他の種や天敵の年数と同期しないような素数の間隔になっていることが知られている。この現象は互いに接続された3つの発振器の振動サイクルを小さい順に3つの素数(3、5、7)に設定すると、図1に示すような複雑なカオス信号が生成されることでも見ることができる。

この回路設計は集積回路の中でも最も古典的な「リング型発振器[用語4]」から始めた。このリング型発振器は小型でコンデンサやインダクタなどの受動素子を必要としない。この回路を3、5、7のサイクルをそれぞれ持つ3つのリング型発振器の強度が互いの接続強度によって独立して制御できるようにした。その結果、可聴周波数からラジオ波帯域(1 kHz~10 MHz)という幅広い周波数スペクトラムでカオス信号を生成することができた。この試作回路を設計した伊藤浩之准教授によると「カオス信号が100万分の1ワット以下のような低い消費電力で生成できる見通しがあることも大きな特徴だ」と説明している。

さらに特筆すべきなのは、個々の試作のわずかな特性の違いによって異なるタイプの信号が生成されることを発見したことである(図3)。ある時には生物の神経細胞で見られるのと類似したスパイク信号[用語5]が記録され、またある時は、それぞれのリング型発振器が互いに競い、ほぼ完全に活動を抑制するような現象も見られた。この抑制現象は「oscillation death: 発振停止[用語6]」と呼ばれる。

図1. 動作原理:今回の回路設計は例えば小さい順に3つの素数(3、5、7)の長さのリング型発振器を互いに接続させるというシンプルなアイデアで構成されている(上)。単純なサイン波を合成した場合でも複雑に見える信号が生成される(下)。実際の発振器を用いた場合には、さらに多くの相互作用がもたらされる。
図1.
動作原理:今回の回路設計は例えば小さい順に3つの素数(3、5、7)の長さのリング型発振器を互いに接続させるというシンプルなアイデアで構成されている(上)。単純なサイン波を合成した場合でも複雑に見える信号が生成される(下)。実際の発振器を用いた場合には、さらに多くの相互作用がもたらされる。
図2. カオス的振動回路図。リング型発振器とそれぞれの接続強度が独立して制御される様子とその試作におけるレイアウトが示されている(上)。異なる特性を持つ3つの信号例:振幅が周期的に振動する信号、神経細胞様のスパイク的信号、ノイズ信号(下)。
図2.
カオス的振動回路図。リング型発振器とそれぞれの接続強度が独立して制御される様子とその試作におけるレイアウトが示されている(上)。異なる特性を持つ3つの信号例:振幅が周期的に振動する信号、神経細胞様のスパイク的信号、ノイズ信号(下)。
図3. 図2の回路のCADレイアウトと回路基板の写真。この集積回路は約200×100 μm サイズの微小な「細胞」として設計され(左)、最初の試作では必要となる補足機能が備えられたテスト基板上に搭載された(右)。
図3.
図2の回路のCADレイアウトと回路基板の写真。この集積回路は約200×100 μm サイズの微小な「細胞」として設計され(左)、最初の試作では必要となる補足機能が備えられたテスト基板上に搭載された(右)。

今後の展開

研究の筆頭著者であるルドビコ・ミナティ特任准教授は「この回路には必要最低限の形と原理がつくり出す美しさが表現されており、シンプルであるが故に実際の回路に見られるわずかな違いや不完全さがスパイスとなり、調和的に作動する大きなシステムを実現できたことがポイントである」と述べている。

研究グループはこの回路で様々な用途に向けた基盤が作れる可能性があると考えている。今後はこの回路をセンサーなどと組み合わせて、例えば土壌の化学特性の測定などに応用していく計画である。さらに、生物の神経細胞回路を模して互いにこの回路を接続させてコンピューターチップに搭載する計画もある。これにより、これまでのコンピューターよりも大幅に消費電力を低下させながら何らかの処理ができる可能性があると期待している。

用語説明

[用語1] WRHI : World Research Hub Initiativeの略。東京工業大学は世界的な研究成果とイノベーションの創出により「世界トップ 10 に入るリサーチユニバーシティ」を目指し、研究所・センターなどの研究組織を集約した科学技術創成研究院を設置し、世界の研究者と学内の若手を魅了する環境整備を行う研究改革を実施している。その一環として、2016年4月、研究院内に「Tokyo Tech World Research Hub Initiative (WRHI)」を立ち上げた。海外の優秀な研究者を招へいし、国際共同研究を推進する6年間のプロジェクト。新たな研究領域の創出、人類が直面している課題の解決、そして、将来の産業基盤の育成を目標に掲げ、「世界の研究ハブ」になることを目指している。

[用語2] カオス信号 : 非線形な決定論※1的力学系※2から発生し、初期値鋭敏性※3を持つ有界な非周期軌道を有する信号

[用語3] 素数 : 1より大きく、かつ、正の約数が1と自分自身のみである自然数

[用語4] リング型発振器 : 負の利得を有する遅延要素を複数個リング状に結合した構成をもつ発振器

[用語5] スパイク信号 : 瞬間的に振幅が上昇あるいは下降する信号

[用語6] oscillation death: 発振停止 : 二つ以上の自立した振動系が結合したときに安定した静止状態になる現象

※1
あらゆる出来事が、それより先行する出来事のみによって決まっているとする考え方
※2
ある初期状態が与えられると、以後のあらゆる状態量の変化が決定される系
※3
初期状態の僅かな違いが、時間経過と共に大きな結果の差として生じる性質

論文情報

掲載誌 :
IEEE Access
論文タイトル :
Current-Starved Cross-Coupled CMOS Inverter Rings as Versatile Generators of Chaotic and Neural-Like Dynamics Over Multiple Frequency Decades
著者 :
Ludovico Minati1,2,3, Mattia Frasca4, Natsue Yoshimura5,6, Leonardo Ricci7, Pawel Oswiecimka2, Yasuharu Koike5, Kazuya Masu8, and Hiroyuki Ito5
所属 :

1 Tokyo Tech World Research Hub Initiative, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology, Japan.

2 Complex Systems Theory Department, Institute of Nuclear Physics, Polish Academy of Sciences, Poland

3 Center for Mind/Brain Science, University of Trento, Italy

4 Department of Electrical Electronic and Computer Engineering (DIEEI), University of Catania, Italy

5 Laboratory for Future Interdisciplinary Research of Science and Technology (FIRST), Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology, Japan

6 PRESTO, JST, Japan

7 Department of Physics and Center for Mind/Brain Science, University of Trento, Italy

8 Tokyo Institute of Technology, Japan

DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

准教授 伊藤浩之

E-mail : ito@pi.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5010 / Fax : 045-924-5022

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

2019春 超短期海外派遣プログラムの成果報告

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東京工業大学グローバル理工人育成コースでは、毎年の夏休みと春休みに10日程度の留学を含む超短期海外派遣プログラムを実施しています。本派遣はグローバル理工人育成コースのプログラムの一環であり、将来の長期留学やアカデミックキャリア、また海外勤務の参考となるよう、海外の大学機関やさまざまな施設、そして企業や研究所などを訪問し、海外での実践的能力を育成するものです。

2019年2月~3月の春休みには、世界7ヵ国に向けた8プログラムを通して、合計86人の東工大生が日本から世界に飛び立ちました。

派遣国またはプログラム名
訪問先の大学機関・施設・企業など
派遣期間(2019年)
参加者人数
イギリス
ヨーク大学、インペリアル・カレッジ・ロンドン、ロンドン大学クイーンメリー校、Hitachi Rail Europe(日立レールヨーロッパ)、国立物理研究所(NPL)など
3月4日 - 3月15日
12人
シンガポール・マレーシア
シンガポール/南洋理工大学、シンガポール工科・デザイン大学、横河エンジニアリング・アジア
マレーシア/マレーシア科学大学、SONY EMCS Malaysia (ソニーイーエムシーエス マレーシア)、花王ペナングループなど
2月20日 - 3月3日
14人
インド
インド工科大学マドラス校、L&T construction、Renault Nissan Automotive India Private Limitedなど
3月3日 - 3月12日
14人
オーストラリア
メルボルン大学など
3月7日 - 3月17日
10人
フィリピン
デラサール大学、フィリピン工科大学、国際協力機構(JICA)など
2月28日 - 3月9日
11人
アメリカ西海岸
ワシントン大学、Boeing(ボーイング)工場、マイクロソフト コーポレーション、 Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)など
2月20日 - 3月1日
14人
ジョージア工科大学・リーダーシッププログラム(アメリカ)
ジョージア工科大学、CNN、コカ・コーラ社など
3月5日 - 3月15日
8人
学生企画型(フィリピン)
デラサール大学など
2月19日 - 2月26日
3人

訪問先の大学機関では研究室を訪問し、実験装置や研究成果の紹介を受けました。海外大学の研究室に入室するのはどの参加学生にとっても初めての経験であるため、学生は熱心に質問をし、日本での研究環境との相違について理解を深めました。また、講義を聴講したり、東工大生のために特別に用意された講義に参加したりするなど、海外大学の授業を体験しました。

さらに訪問大学では、現地学生との交流の場が設けられ、アクティビティを通して両国の学生が意気投合する様子が見られました。プログラム外の時間も一緒に過ごし、キャンパスライフや将来について語り合うなど、良い友情関係を築く機会を得られたようです。

また企業訪問では、グローバル企業の本社、日本企業の海外拠点や工場を見学しました。事業説明を受けた後、その地で働く社員の方々との交流を深めました。世界をリードする技術、企業ビジョン、またグローバルにおけるキャリアパスや身につけるべきスキルなどを理解し、大きな刺激や学びを得ました。

南洋理工大学(シンガポール)の冷却原子に関する研究室にて
南洋理工大学(シンガポール)の冷却原子に関する研究室にて

アメリカ西海岸にあるボーイング社・エバレット工場にて
アメリカ西海岸にあるボーイング社・エバレット工場にて

プログラム参加学生による報告

イギリスでのホームステイ 優しいホストファミリーに支えられて
工学部 経営システム工学科 Sさん 学士課程4年

特に多くのメンバーが一番良かった体験として挙げているのは、イギリスに到着した日から5日間に渡るヨークでのホームステイです。英語力の向上を目指す中で、日本語が通じる相手が誰も存在せず、かつ会話の頻度が非常に多くなるホームステイは非常に有意義なものでした。

私がお世話になったホストファミリーはお父さん、13歳の息子、10歳の息子の3人家族でした。私は英語力に不安があったものの、お父さんはゆっくり分かりやすく話してくれ会話を順調に進めることができました。大学の行き帰りも行動を共にして、買い物や料理、テレビ鑑賞も一緒に行うことで、コミュニケーションの時間が多くとれ、意識的に英語を使うように努力しました。自分の英語が伝わらないときは、違う言い回しにすることで解決でき、英語力に対する自信がつきました。英語力に不安を感じていると、英語を使うことに消極的になってしまうので、“英語で言いたいことを伝える努力”そして“自信”がついたことは大きな収穫であると感じています。

また語学以外の側面では、イギリス文化を肌で感じることが出来たことが良かったです。イギリスと日本というバックグラウンドが全く異なる文化に成り立った考え方を、否定せずに尊重し合うことで、より実りのある会話ができたと思います。考えが異なってもそれを尊重し合う大切さを、ホームステイを通して強く感じました。

ホストファミリーとの生活を通してイギリス文化を学ぶ
ホストファミリーとの生活を通してイギリス文化を学ぶ

ヨーク大学で現地学生と一緒に受けたワークショップ
ヨーク大学で現地学生と一緒に受けたワークショップ

インドの成長を支える、真面目で親切な国民性を知る
第7類 Uさん、学士課程1年

インドで働く日本人駐在員の方々によると、現地社員の方々は真面目で親切な人が多いそうです。これは私もインド工科大学マドラス校(ITTM)で感じたことです。

授業中は、多くの学生が積極的に発言していました。研究室訪問でも、作業をしていた学生が手を止めて、何をしているのか丁寧に説明をしてくれました。IITMの廊下には学問を奨励する格言の数々が額縁に飾られていて、学生たちが真剣に学びに来ている様子が感じ取れました。工場で働く従業員やIITMの学生を見て、彼らのような真面目な人々がインドの経済成長の要なのだろうと感じました。

インド工科大学マドラス校の研究室にて
インド工科大学マドラス校の研究室にて

インド工科大学マドラス校でのヨガ体験
インド工科大学マドラス校でのヨガ体験

ジョージア工科大学で、リーダーシップについて徹底的に学ぶ
生命理工学部 生命科学科 Kさん、学士課程4年

アメリカの多様性と自由な文化、そこでリーダーシップについて学んだ経験は、本当にやりたいことは何かを考え直す機会をくれました。日本は、特に身内の恥や失敗に不寛容で、世間体や同調圧力も非常に強い傾向があるので、人目を基準とする行動規範にどうしても支配されがちです。失敗に厳しい社会で失敗を恐れずに!という方が無理というものです。

でも失敗を恐れて安全なことしかしなかったら、失敗によって学ぶことのできる本質的な教訓はいつまでたっても学べません。経験値は上がらないし、ものの見方を豊かにすることもできません。それなら、リスクを分割して小さくし、失敗を恐れずに、何にでも挑戦したらよいのではないか。ジョージア工科大学での研修を通じてそんなことに気づきました。

小さいステップに分けたなら失敗したところでそんなに失うものもなく、失敗から学んで改善していくことができます。これはこのプログラムのリーダーシップの教科書に書かれていたことです。プライベートにおいても、さまざまなことにチャレンジすれば交友関係も視野もぐっと広がります。

不安を感じている暇があったら、もっと身軽になって、手を動かし、頭を使い、新しい知識、ものの見方、スキルなど身につけられるものは何でも身につけた方がずっと楽しい人生になるのではないか、と思いました。

ジョージア工科大学リーダーシップ・ワークショップの授業風景
ジョージア工科大学リーダーシップ・ワークショップの授業風景

リーダーシップ・チャレンジ・コースの様子
リーダーシップ・チャレンジ・コースの様子

グローバル理工人育成コースとは

グローバル理工人育成コースは、世界でリーダーシップを発揮できる人材を育成することを目的として開設され、2013年度~2016年度は学士課程の学生のみを対象としていました。コース設置初年度に入学した学生が修士課程に進学する2017年度から、対象を修士課程、専門職学位課程の学生にまで広げ、初級、中級、上級の3つの段階的なコースで構成しています。

修士課程まで対象を広げた背景として、教育改革により「学修一貫」の教育課程を開始し、修士課程修了までに国際的な活動をすることを強く推奨していること、また、本学学士課程の学生の約9割が修士課程に進学することが挙げられます。本コースは、「国際基礎力」「国際実践力」「国際協働力」を段階的に発展させる国際性涵養に特化した教育カリキュラムです。専門性を基礎としたアイデンティティー・知識・経験・技術力を基軸とし、多様性を理解し、倫理観を持って、グローバル社会の未知な課題に対応できる「科学・技術の力で世界に貢献する人材」の育成を目的としています。

2016年度には1,000名を超え、2019年5月時点では所属生総数が2,133名(うち学士課程1667名、修士課程・専門職学位課程466名)となり、学士課程の学生の約3人に1人が本コー スに所属しています。

グローバル理工人育成コースの特徴

本コースの特徴は、将来国際的に活躍したいと希望する学生に対し、留学経験の提供に加えて、アクティブラーニング型の講義等の受講や、自身の専門性と社会を関連付け、視野を拡大する科目の履修、実践的な英語力を強化する支援等を通じ、総合的なカリキュラムを提供していることです。

本コースの所属生は、大きく2つのタイプに分けられます。1つは、国際的・グローバルな活動への希望や必要性を感じているがまだ具体的ではなく、本コースの活動や所属生・留学生との交流を通じその目的や学生時代にやるべきことを明確にする学生です。もう1つは、国際的・グローバルな活動について、長期留学、海外への就職、海外での研究、国際機関での勤務など明確な目的を持ち、本コースを自身の将来計画の準備として位置づける学生です。

本コースは、双方のタイプの学生にさまざまな学習・活動の場を提供しています。

お問い合わせ先

グローバル人材育成推進支援室

E-mail : ghrd.info@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3520

金属元素を精密に組み合わせ、新たな機能をもつ合金を創成 プレスセミナーを開催 超高分解能電子顕微鏡(TEM)で観察した金属原子画像を公開

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プレスセミナーの様子
プレスセミナーの様子

5月22日、科学技術創成研究院 ハイブリッドマテリアル研究ユニットの山元公寿教授、同研究院 化学生命科学研究所の塚本孝政助教が、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)による創造科学技術推進事業(ERATO:Exploratory Research for Advanced Technology)「山元アトムハイブリッドプロジェクト」のプレスセミナーを、本学すずかけ台キャンパスにて行いました。プレスセミナーには5社が参加しました。

アトムハイブリッド法は、「デンドリマー(樹状高分子)」と呼ばれるかごのような分子の中に、複数の種類の金属元素を様々な組み合わせで取り込ませ、「サブナノ」サイズ(約1 nm)の微小な金属粒子や合金粒子を創り出す方法で、従来技術では難しかった多種類の元素からなる合金の作製を実現しています。

山元教授は、サブナノ合金微粒子の模型や、3Dプリンタで作ったデンドリマーの模型を使いながら、アトムハイブリッド法についてわかりやすく紹介しました。塚本助教からは、デンドリマーを使うアトムハイブリッド法は「山元アトムハイブリッドプロジェクト」独自の技術で、同様の研究を行っているグループはまだないこと、さらに多種類の金属を組み合わせたサブナノ粒子を合成するために、デンドリマーの構造も工夫していることについて説明がありました。続いて、科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の今岡享稔准教授から、透過型電子顕微鏡を用いたサブナノ粒子観察のデモンストレーションを披露しました。

合金はいろいろな産業分野に応用できるため、新しい合金の創成技術へのメディアの関心は非常に高い様子で、質疑も活発に行われました。

開発の背景とポイント

物質をナノサイズ(10~100 nm)まで小さくしていくと比表面積が増大し、それにともない化学活性も向上することが知られています。このような性質から、ナノ粒子は触媒をはじめとした様々な分野で活用されています。ナノ粒子よりもさらに小さい1 nmほどのサブナノ粒子にすると、物質の性質が劇的に変化することがわかっています。

例えばアルミニウム原子13個からなるサブナノ粒子は、ハロゲンの性質をもつようになりますが、11個や14個の粒子では別の性質を示します。このような原子の数を精密に制御したサブナノ粒子を作ることができれば、卑金属元素に貴金属の性質を持たせたり、全く新しい機能をもたせたりすることが期待できます。

しかし、これまでの技術では、サブナノサイズの粒子を作る際、原子数を精密に制御することや、作製した粒子を安定的に保持することが困難でした。

山元教授らはデンドリマーに着目し、新たに開発したデンドリマーには、金属イオンと結合をつくるイミンと呼ばれるユニットが多数組み込まれています。そのため、このデンドリマーは金属イオンを取り込む能力を持っており、しかも、デンドリマーの内側から順番に金属イオンを配置できる仕組みになっています。このデンドリマーを使うことで、金属元素の種類、原子数、配合比を精密にコントロールできるようになったのです。最終的に、デンドリマーの中に集積した金属イオンを還元させることで、狙ったサブナノ合金粒子を作製することができます。

現在、元素は全部で118種類発見されていて、安定元素は81種類が知られています。この中から希ガス・毒物を除いた70種類がアトムハイブリッド法の対象になりますが、既に50種類以上の元素についてデンドリマーに集積させることに成功しています。

また、1つのデンドリマーの中に複数の種類の金属元素を集積することで、現在6種類の金属元素を混合した合金粒子を作ることに成功しています。

サブナノ粒子の模型を用いて説明する山元教授

サブナノ粒子の模型を用いて説明する山元教授

今後の展望

70種類の元素の合金を考えたとき、元素の種類と配合比の組み合わせは無限にあります。今後の展望として塚本助教から、卑金属元素から高付加価値材料を開発するといった、新しい機能をもつサブナノ粒子の創成の戦略について説明がありました。実際に合成して新しい機能をもつサブナノ粒子を探すという網羅的探索に加えて、コンピュータシミュレーションで、触媒活性や光学特性、磁性などを持つ高機能なサブナノ粒子を予測し合成することも併用していこうと考えていることにも触れられました。

高機能なサブナノ粒子の合成について説明する塚本助教

高機能なサブナノ粒子の合成について説明する塚本助教

透過型電子顕微鏡によるサブナノ粒子の観察

セミナーの場所を実験室に移して行われた透過型電子顕微鏡でのデモンストレーションでは、今岡准教授がカーボン担体上の白金/金/パラジウム三元素サブナノ粒子の実画像を披露しました。さらに原子分解能の実時間ムービー画像と、EDS分析(元素成分分析)データをPC画像(パソコン画像)で説明しました。

サブナノ粒子の分析データを説明する今岡准教授
サブナノ粒子の分析データを説明する今岡准教授

透過型電子顕微鏡
透過型電子顕微鏡

山元公寿教授のコメント

複数種類の金属元素を混ぜると新たな機能をもつことは以前から知られており、触媒、超電導物質、半導体などに使われています。しかし、従来技術での3元素を超える混合は、均一にならなかったり、相分離してしまうなどの問題があります。私たちのアトムハイブリッド法では、最大6種類の金属元素を精密に混合することに成功しています。合成したサブナノ粒子があらたな機能をもつこともわかってきました。サブナノの世界はナノスケールとは全く違う様相をみせ、研究としても産業応用としてもとても魅力的です。この世界の探究をさらに推進し、有用な物質の創成にチャレンジしていきます。

プレスセミナーを行った山元教授(左)と塚本助教(右)

プレスセミナーを行った山元教授(左)と塚本助教(右)

お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2975

メタゲノム・メタボローム解析により大腸がん発症関連細菌を特定 便から大腸がんを早期に診断する新技術

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研究成果のポイント

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授と大阪大学 大学院医学系研究科の谷内田真一教授(がんゲノム情報学、前国立がん研究センター研究所 ユニット長)、東京大学 医科学研究所 ヒトゲノム解析センター ゲノム医科学分野(国立がん研究センター研究所 兼任)の柴田龍弘教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授らの研究グループは、多発ポリープ(腺腫)や大腸がんの患者さんを対象に、凍結便を収集しメタゲノム解析やメタボローム解析を行いました。その結果、多発ポリープ(腺腫)や非常に早期の大腸がん(粘膜内がん)患者さんの便中に特徴的な細菌や代謝物質を同定しました。

これまで進行大腸がんの患者さんの便を用いたメタゲノム解析により、これらの進行大腸がんに特徴的な細菌は特定されていましたが、前がん病変である腺腫や粘膜内がん、すなわち大腸がんの発症のごく初期に関連する細菌については解明されていませんでした。

今回、谷内田教授らの研究グループは、メタゲノム解析により健常者と比較して、前がん病変や粘膜内がんを有する患者さんの便に特徴的な細菌を特定したことに加えて、メタボローム解析を行うことにより病期(病気の進行具合)に伴う腸内代謝物質の変動も検討し、大腸がん発症に関連する腸内環境を明らかにしました。これにより、大腸がんを発症しやすい腸内環境が明らかとなり、大腸がんの予防につながる食事等の生活習慣や腸内環境を改善することにより大腸がんを予防する先制医療が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Nature Medicine」に、 6月7日(金)0時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

大腸がんは胃がんを抜き、日本では一番多いがんとなりました。食事など生活習慣の欧米化がその原因と考えられていますが、そのメカニズムは明らかではありません。

ヒト一人の細胞数は約37兆個で、ヒト一人あたりの腸内細菌数はおよそ40兆個と言われ、重さにして約1~1.5 kgとされています。これらの腸内細菌叢の乱れが炎症性腸疾患など様々な疾患と関係することが、最近になって分かってきました。2012年に、口腔内で歯周病の原因菌として知られるFusobacterium nucleatum(フソバクテリウム・ヌクレアタム)が、大腸がんの患者さんの便中に特徴的に多数存在することが報告され、これまでに検証されています。

大腸がんは、大腸ポリープ(腺腫)、粘膜内がんを経て進行がんへと進展します(多段階発がん)(図1)。これまで、進行した大腸がんにおいて関連する細菌はいくつか特定されてきましたが、進行がんになる前のステージで、大腸ポリープ(腺腫)や粘膜内がんと関連する細菌や代謝物質は知られていませんでした。

がんの多段階発がんと腸内環境の変動

図1. がんの多段階発がんと腸内環境の変動


ポリープ(腺腫)から粘膜内がん、比較的早期のがん(Stage I/II)、進行がん(Stage III/IV)へと進むにつれて、増殖する細菌や代謝産物(Bile acids:胆汁酸、Amino acids:アミノ酸、Isovalerate:イソ吉草酸など)はダイナミックに変動する。本研究では、大腸がんの初期(腺腫・粘膜内がん)に関連する細菌や代謝物質が新たに特定された。

本研究の成果

研究グループでは、国立がん研究センター中央病院 内視鏡科(斎藤豊科長)を受診し、大腸内視鏡検査(大腸カメラ)を受けた616名の受検者を研究対象としました。食事等の「生活習慣などに関するアンケート」調査、凍結便、大腸内視鏡検査所見などの臨床情報を収集しました。東京工業大学(山田拓司准教授ら)や慶應義塾大学先端生命科学研究所(福田真嗣特任教授ら)と共同で、凍結便からメタゲノム解析とメタボローム解析を行い、がんのステージごとに腸内環境の特徴を調べました。

その結果、がんのステージによって便中に増減している腸内細菌が大きく異なることが分かりました(図1)。特に大腸がんの多段階発がん過程において、大腸がんと関連する細菌について大きく二つのパターンに分けることができました。

第一は、粘膜内がんの病期から増加し、病気の進行とともに上昇する細菌です。多くはFusobacterium nucleatumPeptostreptococcus stomatis(ペプトストレプトコッカス・ストマティス)など、既に進行大腸がんで上昇していることが報告されている細菌です。

第二は、多発ポリープ(腺腫)や粘膜内がんの病期でのみ上昇している細菌として、Atopobium parvulum(アトポビウム・パルブルム)やActinomyces odontolyticus(アクチノマイセス・オドントリティカス)が特定され(図2)、これらの細菌が大腸がんの発症初期に関連することが強く示唆されました。

発がんの早期(腺腫や粘膜内がん)に増加し、がんの進行とともに減少する細菌(代表例)

図2. 発がんの早期(腺腫や粘膜内がん)に増加し、がんの進行とともに減少する細菌(代表例)


健常者と比較した場合の有意差検定 +:P<0.05、++:P<0.01、+++:P<0.005(縦軸は便中の細菌相対量を示す)

Bifidobacterium属(ビフィズス菌)の細菌群は、粘膜内がんの病期で減少していました。また酪酸[用語5]産生菌として知られるLachnospira multipara(ラクノスピラ・マルチパラ)やEubacterium eligens(ユウバクテリウム・エリゲンス)は、粘膜内がんの病期から進行大腸がんに至るまで減少していました。

さらにメタボローム解析により、腸内細菌などによる代謝物質を大腸がんのステージごとに解析しました。その結果、多発ポリープ(腺腫)を有する患者さんには、デオキシコール酸という胆汁酸が腸管内に多いことが明らかとなりました。また粘膜内がんを有する患者さんは、健常者と比較して、アミノ酸であるイソロイシン、ロイシン、バリン、フェニルアラニン、チロシン、グリシンが便中に増加していました。一方、分枝鎖脂肪酸であるイソ吉草酸[用語6]は進行大腸がんで増加していました(図3)。

大腸がんの多段階発がんと代謝物質(代表例)

図3. 大腸がんの多段階発がんと代謝物質(代表例)


アミノ酸のうち分枝鎖アミノ酸(イソロイシン、ロイシンとバリンの3種類)と芳香属アミノ酸であるフェニルアラニンとチロシンは、粘膜内がん(S0)の病期で特に増加しているのが特徴的である。胆汁酸のうち二次胆汁酸であるデオキシコール酸は多発ポリープ(MP)、一次胆汁酸であるグリココール酸やタウロコール酸は粘膜内がん(S0)の病期で増加している。一方、分枝鎖脂肪酸であるイソ吉草酸は進行大腸がんで増加している。(縦軸は便中の代謝物質量のnmol/gを示す)
<略字> H:健常者、MP:多発ポリープ(腺腫)、S0:粘膜内がん、SI/II:Stage IとStage II、SIII/IV:Stage IIIとStage IV

これらの大量のメタゲノム解析とメタボローム解析のデータを組み合わせ、腸内細菌、腸内細菌由来遺伝子と腸内代謝物質から、粘膜内がんの患者さんを便で診断するための機械学習モデルを作成しました。このモデルでは、フェニルアラニンの合成に関与する遺伝子やDesulfovibrio longreachensis(デスルホビブリオ・ロングリーチェンシス)、Solobacterium moorei(サロバクテリウム・ムーレイ)などの細菌、ロイシン、バリン、フェニルアラニンなどのアミノ酸が寄与していました(特許出願中)。

また、進行大腸がんの患者さんを便で診断するための機械学習モデルも作成しました。こちらのモデルでは、主に細菌(Parvimonas micra(パルビモナス・ミクラ)、Peptostreptococcus stomatisFusobacterium nucleatumPeptostreptococcus anaerobius(ペプトストレプトコッカス・アナエロビウス))が寄与していることが分かりました。

このように同じ大腸がんにおいても、病気の進行度に伴い、腸内細菌や腸内代謝物質は大きく異なることが明らかになりました。加えて、メタゲノム解析とメタボローム解析を用いて「日本人健常者の腸内環境」も解明されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、個々人の腸内細菌叢の違いにまで踏み込んでがん予防や治療選択を行う「Microbiome-Based Precision Medicine」時代の幕開けになると考えています。また、食事などの生活習慣との関係を詳細に検討することにより、科学的根拠を踏まえた新たながん予防・治療、それに付随する産業(食品等)など、新たな需要の掘り起こしと成長分野を生み出す潜在性があります。

研究者のコメント

山田拓司准教授

本研究プロジェクトが目指す所は大腸がんの予防、治療、早期発見、作用機序の理解、など実際に実現させるにはまだまだ多くの壁があります。しかしながら、本研究報告は大腸がんと腸内細菌の関わりの一部を明らかにすることができました。ヒト腸内環境は複雑であり、その理解には多くの研究グループが協力して行うチーム型研究を進めることが必須です。本研究は臨床現場の医師、情報解析を行うデータ解析班、そして実際の実験を行う実験チームのそれぞれがうまく協力体制をとることができました。今後も多くの分野と融合していくことで大きな研究へと発展させていきたいと考えています。

谷内田真一教授(大阪大学)

メタゲノム研究は米国にはHMP(Human Microbiome Project)、欧州にはMetaHIT(Metagenomics of Human Intestinal Tract)という国を挙げた巨大プロジェクトがあり、本邦は後塵を拝してきました。がんは「ヒトゲノム(遺伝子)」の病気であるとともに「微生物」の病気であることが解明されつつあります。「がんゲノム医療」が注目されていますが、ヒトゲノムだけでなく、ヒトに住む微生物のゲノムを調べることにより、新たながん予防や治療法の開発が期待されます。

用語説明

[用語1] 粘膜内がん : 大腸がんは大腸の粘膜から発生し、発生して初期の段階では粘膜内にとどまっているが、大きくなるにしたがって次第に粘膜下層、筋層、漿膜下層へと達する。早期大腸がんは、がんの浸潤が粘膜下層までにとどまっているがんで、粘膜内がんと粘膜下層がんに分けられる。粘膜内がんは粘膜にとどまっているごく早期のがんで転移の報告はない。粘膜内がんの場合、大きな手術の必要はなく大腸内視鏡(大腸カメラ)での治療が可能である。

[用語2] メタゲノム解析 : 環境(例えば腸管内の便)中の細菌群集からDNAを丸ごと抽出し、ゲノム配列を次世代シークエンサーで徹底的に解読し(全ゲノム ショットガンシークエンス解析と呼ぶ)、情報解析専門家が系統組成解析(どのような種類の細菌がいるか?)と機能解析(遺伝子配列からどのような機能を有する細菌がいるか?)を行う技術。

[用語3] メタボローム解析 : 糖やアミノ酸など体内にある代謝物質(メタボライト)数百種類以上の含有量を、質量分析計を用いて一度に丸ごと分析する成分分析技術。

[用語4] 先制医療 : 個人のゲノム(遺伝情報)、タンパク質、代謝物質等のバイオマーカーを用いて、将来起こりやすい病気を発症前に診断・予測し、介入するという予防医療。

[用語5] 酪酸 : 腸内細菌による発酵代謝によって腸管内で産生される主要な最終代謝物質である短鎖脂肪酸の一つ。短鎖脂肪酸は大腸の粘膜細胞の主要なエネルギー源であり、粘液の分泌を促進し腸管粘膜のバリア機能に関与。食物繊維が多い食事を摂ると酪酸が増加し、大腸炎を抑制することが近年、報告された。

[用語6] イソ吉草酸 : イソバレリアン酸とも呼ばれる。ごく低濃度では魚、貝、牛乳などの香気成分として香料に用いられるが、臭気を感知できる濃度は非常に低く、悪臭防止法で特定悪臭物質の規制対象となっている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Medicine
論文タイトル :
Metagenomic and metabolomic analyses reveal distinct stage-specific phenotypes of the gut microbiota in colorectal cancer
著者 :
Shinichi Yachida1,2, Sayaka Mizutani3, Hirotsugu Shiroma3, Satoshi Shiba1, Takeshi Nakajima4, Taku Sakamoto4, Hikaru Watanabe3, Keigo Masuda3, Yuichiro Nishimoto3, Masaru Kubo3, Fumie Hosoda1, Hirofumi Rokutan1, Minori Matsumoto4, Hiroyuki Takamaru4, Masayoshi Yamada4, Takahisa Matsuda4, Motoki Iwasaki5, Taiki Yamaji5, Tatsuo Yachida6, Tomoyoshi Soga7, Ken Kurokawa8, Atsushi Toyoda9, Yoshitoshi Ogura10, Tetsuya Hayashi10, Masanori Hatakeyama11, Hitoshi Nakagama12, Yutaka Saito4, Shinji Fukuda7,13-15, Tatsuhiro Shibata1,16, Takuji Yamada3,15
所属 :
1大阪大学 大学院医学系研究科 がんゲノム情報学
2国立がん研究センター 研究所 がんゲノミクス研究分野
3東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
4国立がん研究センター 中央病院 内視鏡科
5国立がん研究センター 社会と健康研究センター 疫学研究部
6香川大学 医学部 消化器・神経内科学
7慶應義塾大学先端生命科学研究所
8国立遺伝学研究所 ゲノム進化研究室
9国立遺伝学研究所 比較ゲノム解析研究室
10九州大学 大学院医学研究院 細菌学分野
11東京大学 大学院医学系研究科 医学部 病因・病理学専攻 微生物学講座
12国立がん研究センター(理事長)
13神奈川県立産業技術総合研究所 腸内細菌叢プロジェクト
14筑波大学 トランスボーダー医学研究センター
15科学技術振興機構 さきがけ
16東京大学 医科学研究所 ヒトゲノム解析センター ゲノム医科学分野
DOI :

加えて、本研究グループはイタリアのNicola Segataらの研究グループならびにドイツのGeorg Zellerらの研究グループと共同研究を行い、多国間で共通する進行大腸がんに特徴的な細菌群を同定しました。その成果により、便から大腸がんを予測する診断法を開発し、米国科学誌「Nature Medicine」の2019年4月号に発表しました。

掲載誌 :
Nature Medicine
論文タイトル :
Metagenomic analysis of colorectal cancer datasets identifies cross-cohort microbial diagnostic signatures and a link with choline degradation
著者 :
Andrew Maltez Thomas, Paolo Manghi, Francesco Asnicar, Edoardo Pasolli, Federica Armanini, Moreno Zolfo, Francesco Beghini, Serena Manara, Nicolai Karcher, Chiara Pozzi, Sara Gandini, Davide Serrano, Sonia Tarallo, Antonio Francavilla, Gaetano Gallo, Mario Trompetto, Giulio Ferrero, Sayaka Mizutani, Hirotsugu Shiroma, Satoshi Shiba, Tatsuhiro Shibata, Shinichi Yachida, Takuji Yamada, Jakob Wirbel, Petra Schrotz-King, Cornelia M. Ulrich, Hermann Brenner, Manimozhiyan Arumugam, Peer Bork, Georg Zeller, Francesca Cordero, Emmanuel Dias-Neto, João Carlos Setubal, Adrian Tett, Barbara Pardini, Maria Rescigno, Levi Waldron, Alessio Naccarati, Nicola Segata
DOI :
掲載誌 :
Nature Medicine
論文タイトル :
Meta-analysis of fecal metagenomes reveals global microbial signatures that are specific for colorectal cancer
著者 :
Jakob Wirbel, Paul Theodor Pyl, Ece Kartal, Konrad Zych, Alireza Kashani, Alessio Milanese, Jonas S Fleck, Anita Y Voigt, Albert Palleja, Ruby P Ponnudurai, Shinichi Sunagawa, Luis Pedro Coelho, Petra Schrotz-King, Emily Vogtmann, Nina Habermann, Emma Niméus, Andrew M Thomas, Paolo Manghi, Sara Gandini, Davide Serrano, Sayaka Mizutani, Hirotsugu Shiroma, Satoshi Shiba, Tatsuhiro Shibata, Shinichi Yachida, Takuji Yamada, Levi Waldron, Alessio Naccarati, Nicola Segata, Rashmi Sinha, Cornelia M. Ulrich, Hermann Brenner, Manimozhiyan Arumugam, Peer Bork, Georg Zeller
DOI :

なお、上記の研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「医と食をつなげる新規メカニズムの解明と病態制御法の開発」、「地球規模保健課題開発推進のための研究事業 日米医学協力計画」、国立がん研究センター 研究開発費(25-A-4、28-A-4、29-A-6)、AMED-CREST「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」、JST戦略的創造研究推進事業「さきがけ」、日本学術振興会科研費、文部科学省科学研究費助成事業「新学術領域研究『学術研究支援基盤形成』」先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(先進ゲノム支援:PAGS)、東京大学医科学研究所共同研究拠点事業、大阪大学先導的学際研究機構生命医科学融合フロンティア研究部門、公益財団法人武田科学振興財団特定研究助成、公益財団法人鈴木謙三記念医科学応用研究財団調査研究の一環として行われ、ライフサイエンス統合データベースセンター 五斗進教授の協力を得て行われました。

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研究に関すること

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

准教授 山田拓司

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反強磁性交換相互作用に起因するダブロン―ホロン間引力の発見 テラヘルツパルスを用いたモット絶縁体の電場効果の精密測定と理論解析

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発表のポイント

概要

強相関電子系において電荷とスピンの自由度の相互作用(電荷―スピン相互作用)は重要な役割を果たすことが知られており、さまざまな特徴的物性が現れる要因となっています。例えば、銅酸化物高温超伝導体におけるクーパー対[用語9]の形成は、スピン間に働く反強磁性交換相互作用Jによる引力に起因することが指摘されています。高温超伝導体の母物質である二次元モット絶縁体では、光励起によってダブロンとホロンという電荷キャリアが生成しますが、この両者の間にもクーパー対の形成と同様の機構による引力の効果で励起子的な束縛状態が形成されると予想されていました。しかし、これまで、その実験的な証拠は得られていませんでした。

産業技術総合研究所 産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ有機デバイス分光チーム(兼東京大学 大学院新領域創成科学研究科 客員研究員)の寺重翼産総研特別研究員(研究当時)、東京大学 大学院新領域創成科学研究科の宮本辰也助教、貴田徳明准教授、岡本博教授(兼産業技術総合研究所 産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ有機デバイス分光チーム ラボチーム長)、産業技術総合研究所 電子光技術研究部門 強相関エレクトロニクスグループの伊藤利充研究グループ長、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授、東京理科大学 理学部第一部 応用物理学科の遠山貴巳教授らの研究グループは、テラヘルツパルスを利用した電場変調反射分光法[用語10]を異なるJの値を持つ三種の銅酸化物Nd2CuO4、Sr2CuO2Cl2、La2CuO4に適用することにより、二次元モット絶縁体中のダブロンとホロンの引力の起源を調べました。そして、三種の物質において、電場印加による反射率スペクトルの変化を解析することにより、Jの増加に伴いダブロン―ホロン間の引力(束縛エネルギー)が増加することを明らかにしました。実際に、このような傾向をt-Jモデル[用語11]による理論計算によって説明することができました。本研究の結果は、ダブロンとホロンが高温超伝導体のクーパー対と同様にスピン間に働く反強磁性交換相互作用の効果で束縛状態を形成することを明確に示しています。

この発見は、強相関電子系における光励起状態の非平衡ダイナミクスや高温超伝導体の発現機構など未解明の問題に対する深い理解につながることが期待されます。

本研究成果は2019年6月7日付けで、米国科学誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。

研究の背景・先行研究における問題点

強相関電子系では、電荷―スピン相互作用によって特徴的な物性が現れます。例えば、ペロブスカイト型マンガン酸化物の超巨大磁気抵抗効果や、銅酸化物の高温超伝導はその典型例です。また、電荷―スピン相互作用は光学的性質にも大きな影響を与えています。これまでの理論研究では、反強磁性的スピン配列を持つ二次元モット絶縁体において光励起された電子とホール(ダブロンとホロン)が、クーロン相互作用だけでなく、電荷―スピン相互作用を介して互いに影響し合い、励起子的な束縛状態を形成することが予想されていました(図1)。この機構は、ドープされた銅酸化物におけるクーパー対に働く引力相互作用の機構と似通っており、電荷―スピン相互作用による励起子効果が存在することが示唆されます。

励起子効果を調べるための有効な手法として試料に電極を付けて交流電場を印加し、反射率変化を測定する電場変調反射分光法がしばしば用いられています。しかし、銅酸化物モット絶縁体では、電気抵抗が比較的小さいため、強い電場を印加すると大きな電流が流れて試料が破壊されてしまいます。そのため、電場変調反射分光を適用することができず、励起子効果を詳しく調べることは行われていませんでした。

図1. 二次元モット絶縁体において、スピン間に働く反強磁性交換相互作用により生じるダブロン(D)―ホロン(H)間の引力の概念図。

図1. 二次元モット絶縁体において、スピン間に働く反強磁性交換相互作用により生じるダブロン(D)―ホロン(H)間の引力の概念図。

(A)基底状態。隣接サイト間のスピンが互いに反平行であり、反強磁性交換相互作用Jのエネルギー利得が生じている。(B)ダブロンとホロンが離れたサイトに存在する状態。ダブロンとホロンの位置でスピンが消滅することで、これらと隣接サイトとの反強磁性交換相互作用の利得がなくなり、エネルギーが8J上昇する。(C)ダブロンとホロンが隣接サイトに存在する状態。ダブロンとホロンが隣接しているため、スピンが消滅することによるエネルギーの上昇は7Jとなる。この値は、(B)の場合よりも小さい。このように、スピン間に働く反強磁性交換相互作用の効果でダブロンとホロンの間にJ程度の束縛エネルギーが生じる。

研究内容

上記の問題を克服するために本研究グループは、テラヘルツパルスをポンプ光として利用したポンプ―プローブ分光法を開発しました。時間幅がわずか1ピコ秒の電場パルスである、ほぼ単一サイクルのテラヘルツパルスを外部電場として利用することで、ほとんど電流を流さずに100 kV/cmを遥かに超える電場を印加することが可能です。この手法によって、従来の電場変調分光が適用できなかった物質においても電場を印加したときの反射率スペクトルの変化を測定することが可能となりました。

本研究では、スピン間に働く反強磁性交換相互作用Jが異なる三種の二次元モット絶縁体Nd2CuO4、Sr2CuO2Cl2、La2CuO4を対象とし、電場印加による反射率スペクトルの変化を系統的に測定しました。その結果を三次の非線形光学効果[用語12]の枠組みで解析し、三次の非線形感受率X(3)スペクトルを計算しました。得られたX(3)スペクトルを、基底状態|0⟩、奇の対称性を持つ一光子許容の励起子状態|1⟩、偶の対称性を持つ一光子禁制の励起子状態|2⟩の三つの準位を考慮したモデルを用いて解析しました。その結果、偶の対称性を持つ励起子状態は奇の対称性を持つ励起子状態の低エネルギー側に位置することが明らかとなりました(図2)。これは、スピンの自由度と電荷の自由度が分離される一次元モット絶縁体において二つの励起子状態のエネルギー準位がほぼ縮退することとは対照的であり、二次元モット絶縁体の特徴を表しています。この二つの励起子状態のエネルギー差は、偶の対称性を持つ励起子を構成するダブロン―ホロン対の束縛エネルギーに対応しますが、これがJの増加と共に増大することが明らかになりました(図3)。実際に、この傾向は、t-Jモデルを用いた理論計算によって再現することができました。t-Jモデルによる計算では、奇の対称性を持つ励起子はp波の対称性[用語13]を持ち、偶の対称性を持つ励起子がs波の対称性[用語13]を持つことが予測されていましたが(図2)、本研究の実験結果はそれに合致するものとなりました。

図2. 銅酸化物モット絶縁体のエネルギー準位構造と励起子の波動関数の概念図。

図2. 銅酸化物モット絶縁体のエネルギー準位構造と励起子の波動関数の概念図。

一光子禁制である偶の対称性の励起子状態がs波対称性を持ち、最低エネルギー励起状態となり、一光子許容である奇の対称性の励起子状態がp波対称性を持ち、より高いエネルギーの励起状態となる。後者はダブロン―ホロン連続状態に近接しているため、二つの励起子状態のエネルギー差が最低の偶の励起子状態の束縛エネルギーの目安となる。

図3. 三種類の銅酸化物モット絶縁体における奇と偶の励起子状態のエネルギー差。

図3. 三種類の銅酸化物モット絶縁体における奇と偶の励起子状態のエネルギー差。

これが最低エネルギーの偶の対称性を持つ励起子状態の束縛エネルギーの目安となる。反強磁性交換相互作用Jが大きいほど束縛エネルギーが大きくなることが分かる。

社会的意義・今後の予定

本研究では、二次元モット絶縁体において、スピン間に働く反強磁性交換相互作用を介してダブロン―ホロン間に引力が働くことを実証しました。これは、銅酸化物高温超伝導体のクーパー対に働く引力相互作用と類似した機構であるため、クーパー対の形成機構の理解につながると期待されます。

モット絶縁体においては、これまでに超高速の光非線形性や光誘起金属化など、興味深い光誘起現象が見いだされてきました。これらの現象を解明するには、光励起後の電子系の非平衡ダイナミクスに本質的な効果を及ぼす電荷―スピン相互作用の役割を明らかにする必要があります。さらに本研究グループでは、銅酸化物の一つであるNd2CuO4において、光キャリアの生成に伴って生じるスピン系の超高速ダイナミクスを捉えることにも成功しています。本研究で明らかとなったダブロン―ホロン対のエネルギー準位構造は、この非平衡ダイナミクスを解明するにも役立つと考えられます。今後は、情報科学的な手法を取り入れた理論解析手法を用いることにより、光照射や電場印加によって生じる反射率スペクトルの変化を可能なかぎり正確に再現し、電子(スピン)系の非平衡ダイナミクスの詳細な理解を目指します。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」(研究総括:雨宮慶幸 東京大学大学院新領域創成科学研究科 特任教授)における研究課題「強相関系における光・電場応答の時分割計測と非摂動型解析」(課題番号JPMJCR1661、研究代表者:岡本博 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授、研究期間 : 平成28~33年度)、および日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:JP25247049)の一環で実施されました。

用語説明

[用語1] モット絶縁体 : 固体において、価電子帯が半分または部分的にしか満たされていない場合、通常のバンド理論では金属状態となる。しかし、電子間に強いクーロン相互作用が働く場合は、電子は互いを避け合って各サイトに局在して絶縁体となる。この時、元のバンドは上部ハバードバンドと下部ハバードバンドに分裂し、エネルギーギャップが生じる。このような絶縁体を、モット絶縁体と呼ぶ。

[用語2] テラヘルツパルス : 本稿では、約1 テラヘルツ(1 THz=1012 Hz )の周波数、および、約1ピコ秒(=10-12秒)の時間幅を持つほぼ単一サイクルの電磁波パルスのことをテラヘルツパルスと呼ぶ。このパルスは、光子エネルギーに換算すると約4ミリエレクトロンボルト(meV)となる。

[用語3] ポンプ―プローブ分光法 : ある物質にポンプ光(強い光)を照射した場合に生じる電子状態変化を、プローブ光(弱い光)に関する光学定数(反射率や透過率)の変化で検出することにより調べる手法。プローブ光の光子エネルギーを変化させることによって過渡的な光学スペクトルの変化を測定することができる。ポンプ光とプローブ光にはいずれもパルス光を用いる。本研究ではポンプ光をテラヘルツパルスに、プローブ光を可視から中赤外域のフェムト秒パルスとしたポンプ―プローブ分光測定を行っている。

[用語4] ダブロンとホロン : 本研究で対象とした銅酸化物は一つのサイトに一つの電子が存在する系であり、モット絶縁体となっている。この系において、一つのサイトに二つの電子が存在する状態は負電荷を、電子が存在しない状態は正電荷を持つが、負電荷をダブロン、正電荷をホロンと呼ぶ。光励起すると、これらが対となって生成される。その状態をダブロン―ホロン対と呼ぶ(図1)。

[用語5] 励起子 : 電子とホールの間に引力が働くことによって生じる束縛状態。通常の半導体やイオン結晶では、電子とホールにクーロン引力が働くことにより励起子が形成される。本研究の結果から、モット絶縁体である銅酸化物では、スピン間に働く反強磁性交換相互作用の効果でダブロンとホロンの間に引力が働き励起子が形成されることが明らかとなった。

[用語6] 反強磁性交換相互作用 : 隣接サイト(原子や分子)にある電子のスピンの向きが、互いに逆方向になるように働く相互作用。これは電子が少しでも隣接サイトに飛び移れる方がエネルギー的に安定することによる。また、この相互作用によって隣接サイト同士のスピンが全て互いに逆方向に揃っている状態は反強磁性スピン配列と呼ばれる。

[用語7] 強相関電子系 : 電子間に強いクーロン相互作用が働く系の総称。絶縁体―金属転移や高温超伝導など、興味深い物性が現れるため、物性物理や物質科学の分野で盛んに研究されている。

[用語8] 光励起状態の非平衡ダイナミクス : 物質に光を照射すると、その物質は光照射前の平衡状態(基底状態)とは異なる電子状態となる。通常の半導体であれば、バンドギャップを超えるエネルギーを持つ光を照射した場合、電子キャリアとホールキャリアが生成する。その後、生成したキャリアが様々な過程を経て再結合し、元の基底状態へ戻る。このように、光励起後の物質の電子状態の動的挙動を光励起状態の非平衡ダイナミクスと呼ぶ。強相関電子系の場合は、電子間に強いクーロン相互作用や電荷―スピン相互作用が働くため、非平衡ダイナミクスは一般に複雑になる。例えば、モット絶縁体に光を照射すると絶縁体から金属への相転移が生じることが知られているが、その過程での電子やスピンのダイナミクスは極めて複雑なものになる。このような現象(光誘起相転移)は、新しい物性物理のパラダイムとして注目され、盛んに研究されている。

[用語9] クーパー対 : 超伝導状態の起源となる二つの電子(あるいはホール)の対のこと。二つの電子は、スピンが互いに逆向きで、合計の角運動量は0となっている。電子は、単独ではフェルミオンであるが、対になることでボゾンになる。そのため最低エネルギー状態に集団で凝縮することが可能となり、超伝導状態が実現する。二つの電子に働く引力は、通常の超伝導体ではフォノンによるが、銅酸化物高温超伝導体ではスピンの揺らぎによることが示唆されている。

[用語10] 電場変調反射分光法 : 電場印加による光の反射率変化を測定する非線形分光法。この手法を用いて、線形分光では検出できない一光子禁制の偶の対称性を持つ励起状態のエネルギーや三次の非線形感受率の大きさを決定することができる。

[用語11] t-Jモデル : ハミルトニアンに、電子の最近接ホッピングtと、隣接するスピン間に働く反強磁性交換相互作用Jを含めたモデル。本研究では、ホロンとダブロンのホッピング項として、最近接tだけでなく、第二最近接t’、第三最近接t”も含んでいる。t’t”はダブロンとホロンの非対称性を表すために必要な項である。また、このモデルに、ダブロン―ホロン間のクーロン相互作用(-V)を含めることも可能である。本研究において、銅酸化物モット絶縁体では、Vの効果は励起子効果の大きさに大きな影響を与えないことが示されている。

[用語12] 非線形光学効果 : 物質に光を照射すると、通常は光の電場に比例した分極が生じる(線形応答)。電場が大きくなると、電場の2乗あるいは3乗に比例した分極が現れる場合があるが、これは非線形光学効果と呼ばれる。銅酸化物のように反転対称性がある系では、最低の非線形光学効果は三次となる。この三次の非線形光学効果を利用すると、ある光に対する光学定数を、他の光や電場によって変化させることが可能となる。三次の非線形感受率は、三次の非線形光学効果の大きさを表す指標である。

[用語13] p波(s波)の対称性 : 軌道角運動量l = 0、1、2の状態をそれぞれs波、p波、d波という。ダブロンとホロンの2粒子の場合は、軌道角運動量は両者の相対角運動量を指す。通常の超伝導体におけるクーパー対はs波の対称性を持つ。一方、銅酸化物高温超伝導体におけるクーパー対はd波の対称性を持ち異方的であることが知られている。クーパー対は同種の粒子からなるが、励起子はダブロンとホロンという互いに反対の電荷を持つ粒子からなる。この電荷の符号の違いによって、最近接ホッピングtの符号がクーパー対の場合と異なる。この符号の違いが波動関数の位相に影響を与えることになりダブロン―ホロン対はs波対称性となる。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Doublon-holon pairing mechanism via exchange interaction in two-dimensional cuprate Mott insulators
著者 :
T. Terashige, T. Ono, T. Miyamoto, T. Morimoto, H. Yamakawa, N. Kida, T. Ito, T. Sasagawa, T. Tohyama, and H. Okamoto
DOI :

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東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻

助教 宮本辰也

E-mail : miyamoto@edu.k.u-tokyo.ac.jp
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「異分野融合研究支援」を創設 3チームに授与 東工大リサーチフェスティバル等から生まれた研究

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「異分野融合研究支援」の初回となる授与式が5月29日、東工大大岡山キャンパスにて行われました。

支援採択者との記念撮影

支援採択者との記念撮影
(前列左から坂本啓准教授、澤田敏樹助教、益一哉学長、渡辺治理事・副学長(研究担当)、近藤正聡准教授
後列左から岡田健一教授、佐藤伸一助教、門之園哲哉助教、オ ミン ホ助教、千々和伸浩准教授)

「異分野融合研究支援」は、学内における研究分野の多様性を活かした異分野融合研究を推進するため、第2回東工大リサーチフェスティバル(Tokyo Tech Research Festival 2018、TTRF)などから生まれた研究チームを支援する目的で東工大基金を活用して創設されました。

第1回目となる今回は厳正な審査の結果、3チーム 10名の研究者が選出されました。

「異分野融合研究支援」採択者一覧

所属
職名
氏名
研究課題
物質理工学院
応用化学系別窓
助教
小型バイオ医薬の高精度な病変部送達を実現する革新的ランチャー型デリバリーシステムの創製
生命理工学院
生命理工学系別窓
助教
科学技術創成研究院
化学生命科学研究所別窓
助教
科学技術創成研究院
先導原子力研究所別窓
准教授
資源循環型社会を実現する易融金属繊維補強コンクリートに関する研究
環境・社会理工学院
土木・環境工学系別窓
准教授
物質理工学院
材料系別窓
助教
工学院
機械系別窓
准教授
折り紙技術を用いた展開式・非平面アレーアンテナの試作と評価
教授
助教
助教

(敬称略)

授与式では、益一哉学長から採択者に証書を授与し、渡辺治理事・副学長(研究担当)より、今後いっそうの活躍を期待する激励の言葉がありました。次いで採択チームの代表者より、採択された研究についての研究紹介が行われました。

澤田敏樹助教チームと研究紹介

メンバー

左から佐藤助教、澤田助教、益学長、渡辺理事・副学長、門之園助教
左から佐藤助教、澤田助教、益学長、
渡辺理事・副学長、門之園助教

澤田敏樹助教(物質理工学院 応用化学系)

門之園哲哉助教(生命理工学院 生命理工学系)

佐藤伸一助教(科学技術創成研究院 化学生命科学研究所)

澤田チーム研究紹介

近藤正聡准教授チームと研究紹介

メンバー

左からオ助教、近藤准教授、益学長、渡辺理事・副学長、千々和准教授
左からオ助教、近藤准教授、益学長、
渡辺理事・副学長、千々和准教授

近藤正聡准教授(科学技術創成研究院 先導原子力研究所)

千々和伸浩准教授(環境・社会理工学院 土木・環境工学系)

オ ミン ホ助教(物質理工学院 材料系)

近藤チーム研究紹介

坂本啓准教授チームと研究紹介

メンバー

左から坂本准教授、益学長、渡辺理事・副学長、岡田教授 ※白根助教、戸村助教は欠席しました。
左から坂本准教授、益学長、渡辺理事・副学長、岡田教授
※白根助教、戸村助教は欠席しました。

坂本啓准教授(工学院 機械系)

岡田健一教授(工学院 電気電子系)

白根篤史助教(工学院 電気電子系)

戸村崇助教(工学院 電気電子系)

坂本チーム研究紹介

研究発表の後は、支援採択者と益学長、渡辺理事・副学長を始めとした審査員を交えた懇談が行われ、活発な意見交換がなされました。

澤田助教によるプレゼンテーション
澤田助教によるプレゼンテーション

懇談する益学長と各チーム
懇談する益学長と各チーム

お問い合わせ先

研究推進部 研究企画課 研究企画第1グループ

E-mail : kenkik.kik1@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2327

「すずかけサイエンスデイ2019」開催報告

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5月11日~12日の2日間、東工大すずかけ台キャンパスにおいて「すずかけサイエンスデイ2019」を開催しました。両日とも好天に恵まれ、過去最多の3,979人の来場者を迎えました。

行列ができた受付

行列ができた受付

すずかけ台キャンパスで毎年開かれ、昨年で40回を数えた「すずかけ祭」の名称を、今年から「すずかけサイエンスデイ」に変更して初めての開催です。例年同様、オープンキャンパスも同時に開催し、大学院全学説明会と学院・系の個別説明会を行いました。すずかけサイエンスデイでは、来場者が各種イベントや本学の各研究室で行われている最先端の研究紹介などを通じて、科学の面白さと楽しさを実感していました。また、科学技術への理解と、本学で行われている研究や本学への進学について、より興味を持っていただく機会になりました。

研究室公開には、先端材料、エネルギー、建築、メカトロニクス、バイオ・医療、情報サイエンスなどの多岐にわたる分野から50以上の研究室が参加しました。教員と学生が日々研さんを重ねている研究内容について、来場者へわかりやすく丁寧に説明し、中・高生からの鋭い質問にも真摯に答えていました。開催後のアンケートでは、「学生の説明が丁寧で特に素晴らしかったです」「各研究室で行っている最先端の研究の一部分を理解することができました」といった意見をあらゆる年代の方々から多数いただきました。

研究室公開(建築)
研究室公開(建築)

研究室公開(情報サイエンス)
研究室公開(情報サイエンス)

子どもたちに理科や科学に興味を持ってもらうため、東工大の同窓会組織である一般社団法人蔵前工業会の有志による児童向け体験型理科教室「くらりか」、学生サークル「東工大ScienceTechno(サイエンステクノ)」による「偏光万華鏡」などの工作教室、学生サークル「東工大BCS(バイオ・クリエイティブ・スタッフ)」による「レモンスタンプを作ろう!」「色素分離の実験をしてみよう!」という科学実験教室も開催されました。大勢の親子連れが教室を訪れ、実験の結果に歓声を上げていました。

くらりかの理科教室
くらりかの理科教室

バイオ・クリエイティブ・スタッフの科学実験教室
バイオ・クリエイティブ・スタッフの科学実験教室

音楽サークル「プラタナスの会」や「東工大管弦楽団」によるコンサート、ジャグリングサークル「ジャグてっく」によるパフォーマンスや各模擬店にも多くの来場者が訪れ盛況でした。

人気企画の1つ、女子美術大学(以下、女子美)の学生との恒例の連携企画「女子美ピクニック♪」では、昨年と同じように「ギャラリートーク」と「ボディシールアート」を行いました。「ギャラリートーク」では、J2・J3棟3階の「ペリパトス・オープンギャラリー」に展示されている絵画について、作者本人が作品の見どころを解説しました。また「ボディシールアート」は常時順番待ちが出る人気ぶりで、女子美の学生から手や顔にシールアートを描いてもらった来場者が、楽しげに構内の企画を見ている姿が多く見られました。

にぎわった模擬店
にぎわった模擬店

絵画を描いた女子美の学生本人が説明するギャラリートーク
絵画を描いた女子美の学生本人が説明するギャラリートーク

すずかけ通りを行き交う来場者
すずかけ通りを行き交う来場者

初めての「すずかけサイエンスデイ」に来場いただいた多くの方々に感謝いたします。

今後も本学で行われている最先端の教育・研究を分かりやすくお伝えし、本学に親しみを感じていただけるよう、教職員一同、「すずかけサイエンスデイ」のより一層の充実に努めますので、ぜひ来年もお出かけください。

お問い合わせ先

すずかけ台地区事務部 総務課総務グループ

Tel : 045-924-5904

2019年度大学院全学説明会 開催報告

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5月11日、すずかけサイエンスデイと同時開催のオープンキャンパスで、「大学院全学説明会」を開催しました。本説明会は、主に本学大学院(修士・博士後期課程)に興味のある学生や保護者、一般の方、同時開催のすずかけサイエンスデイ来場者等を対象とし、大学院課程での学修、経済的支援やキャリア支援について理解を深めていただくことを目的としたものです。2回目の開催となった今回は、97名の参加がありました。

全体説明の様子

全体説明の様子

はじめに井村順一副学長(教育運営担当)が、理工系の専門大学として本学が掲げる人材像や教育ポリシーなど東工大の教育の特徴や、修士・博士後期課程の年間スケジュール、主な活動の例、カリキュラムや修了要件など、スライドを用いて全体説明を行いました。

続いて、教育・国際連携本部 学生支援部門の岡村哲至部門長による経済的支援とキャリア支援についての説明がありました。経済的支援では、TA(ティーチング・アシスタント)・RA(リサーチ・アシスタント)制度や入学料・授業料の徴収猶予・免除の紹介、奨学金(本学独自奨学金を含む)についてなど、より具体的な話がありました。キャリア支援では、修士・博士後期課程在学生の就職活動のスケジュールや、博士後期課程修了者の進路状況などの説明があり、参加者は東工大大学院生のキャリアパスについて詳細な情報を知ることが出来ました。

TA(ティーチング・アシスタント)・RA(リサーチ・アシスタント)制度:TAとは教育や授業の補助準備など、教育に関わる業務補助を行う学生。RAとは研究実験の補助など、研究に関わる業務補助を行う学生のこと。

来場者アンケートに寄せられた意見・要望の一部をご紹介します。

  • 東工大の教育の独自性や理にかなっている点に興味を持ちました。
  • 院まで進むことは決めていたが、本説明会に参加して不安な気持ちが和らぎました。やらなければいけないことがよくわかりました。
  • 他大学院との違いがよく分かりました(特に学び方やゴール)。
  • 修士課程のみでなく博士課程の説明もあり今後の進路を考える上で参考になりました。
  • ホームページでは詳細までわからなかった部分が良くわかりました。
  • クォーター制により、インターンシップや留学がしやすいことが分かりました。
  • 国際化を図っているカリキュラムが理解できました。
  • 博士は企業の就職が不利だと考えていたが、東工大ではその支援が手厚いことがわかりました。
  • 学修とキャリア支援について詳細に説明して下さったので、入学後をイメージしやすくなりました。

その他アンケートでいただいた多数の意見・要望については、今後の教育支援に活用します。

当日の資料は下記URLよりご覧ください。

お問い合わせ先

学務部 教務課 すずかけ台教務グループ

E-mail : suz.kyo@jim.titech.ac.jp

東工大弓道部が東京地区国公立大学体育大会で男子団体二連覇、女子団体準優勝

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5月中旬に行われた第67回東京地区国公立大学体育大会弓道の部で、東工大弓道部は男子団体が昨年に続いて優勝し、女子団体は準優勝しました。また、個人戦においても女子個人で優勝し、ほかに男女計3名が入賞しました。

男子の部

第67回東京地区国公立大学体育大会弓道の部(男子)が、5月11、12日に東工大弓道場および東京大学(本郷キャンパス)弓道場にて行われました。1立(試合)5名の選手が、各自8射、計40射の矢を放ち、合計的中数を競います。A、Bブロックに分かれて総当たりを行い、各ブロック上位2大学の計4大学による決勝トーナメントで順位を決定します。

10大学が参加した本大会で、東工大弓道部は順調に勝ち進み、決勝戦で東京医科歯科大学と対戦しました。東工大31-東京医科歯科大学23で勝利し、昨年に続いて優勝を飾りました。また、予選ブロックでの個人の的中率により順位を決める個人戦では、土橋大介さん(工学院 機械系 学士課程3年)が5位入賞、安住龍さん(工学院 情報通信系 学士課程3年)が6位入賞となりました。

東工大弓道部 男子

東工大弓道部 男子

弓道部主将 樫村耕佑さん(理学院 数学系 学士課程3年)のコメント

昨年の東京地区国公立体育大会で男子団体は優勝し、今年の男子団体の目標は二連覇でした。しかし、今大会中は試合にはなんとか勝ってはいるものの個人的にも団体的にも的中が振るわず、苦しい試合が続きました。相手に勝たせてもらったような試合もあり、初日が終わった時点で目標が達成できないのではないか、という不安もありました。しかし決勝戦では、大会を通じて最高の的中で勝つことができ、優勝することができました。

この大会を通して、この弓道部は一段と強くなったと思います。また、勉強面においても個々人が部活と勉強に割く時間の配分を考え、両立を頑張っています。学生の本分である勉強も行いつつ、部活においても新人戦に続いて良い結果を残せたので勢いをそのままに、これからの公式戦も部一丸となってより良い結果を残せるように頑張っていきます。

女子の部

第67回東京地区国公立大学体育大会弓道の部(女子)が、5月18、19日に東京工業大学弓道場、東京大学(駒場キャンパス)弓道場および東京学芸大学弓道場にて行われました。1立4名の選手が、各自8射、計32射の矢を放ち、合計的中数を競います。A、Bブロックに分かれて総当たりを行い、各ブロック上位2大学の計4大学による決勝トーナメントで順位を決定します。

11大学が参加した本大会で、東工大弓道部は決勝戦まで進み、一橋大学と対戦しました。東工大19-一橋大学20で惜敗したものの、準優勝となりました。また個人戦では、竹内瑞希さん(工学院 電気電子系 学士課程3年)が32射26中で優勝し、伊藤恵さん(環境・社会理工学院 土木・環境工学系 学士課程3年)が5位入賞となりました。

東工大弓道部 女子

東工大弓道部 女子

弓道部女子責任者 竹内さんのコメント

女子部は今回の国公立大会において、優勝は逃したものの準優勝することができました。予選から準決勝まで順調に勝ち進めた分、決勝で負けてしまった時は悔しく思いましたが、練習では上下していた調子を本番では保つことができて良い試合ができました。今回の大会を通してそれぞれが成長できたと思っています。

新年度が始まり勉強も大変になったと思いますが、今のメンバーはほとんどがしっかりと両立ができています。これからもどちらも疎かにすることなく、目標に向けて練習に励んでいけたらと思っています。国公立大会が終わり私達3年生の引退まで半年を切りましたが、まだまだ公式戦は残っています。今のメンバーで戦えるのが残り半年弱と思うと寂しく思いますが、これからの公式戦も全員で良い結果を残していきたいです。

東工大弓道部とは

東京工業大学弓道部は日置流印西派として、礒部孝先生のもと、現在は男子30名、女子11名で活動しています。大岡山キャンパスの一角にある弓道場で週に3回練習しています。部員の3分の2以上が大学から弓道を始めており、誰にでも試合に出るチャンスがあります。また、週3回の練習以外では好きな時間に練習ができるので勉強との両立も可能です。現在、男女ともに2部昇格を目指しています。

お問い合わせ先

東工大弓道部

E-mail : titech.kyudo@gmail.com

6月18日から大岡山キャンパスにキッチンカーを導入

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かねてより本学学生の声を集めた学勢調査でも要望が上がっていた、昼食時の混雑を改善するため、大岡山キャンパスで2019年6月18日(火)から毎週火曜日の11時30分~13時30分にキッチンカーを導入します。本館北西側(本館横駐輪禁止スペース、スロープ脇)に毎週1台が出張します。

料理販売風景(イメージ)

料理販売風景(イメージ)

夏休みまでは、「ケバブ、ケバブ丼」と、「ザンギ(北海道名物の鶏のから揚げ)丼、スタミナ丼」の移動型店舗2店が大岡山キャンパスに出店します。単価は500円~650円程度です。夏休みまでは試験運用期間として毎週火曜日のみの実施となりますが、後学期からは曜日ごとに店舗が変わり毎日2台で出張する予定です。

曜日ごとに別の料理が楽しめる仕組み

曜日ごとに別の料理が楽しめる仕組み

今回、空きスペースと移動型店舗(フードトラック)を結びつけるTLUNCH(トランチ)というサービスを利用して、キッチンカーの導入を行いました。TLUNCHのアプリを使用することで曜日ごとの出店メニューが確認できるほか、夏休み明けにはアプリ内でのQR決済によりキャッシュレスでの支払いも実現予定です。

TLUNCHのアプリを使って、その日のメニューを確認可能(イメージ)

TLUNCHのアプリを使って、その日のメニューを確認可能(イメージ)

販売食数によっては出店台数の追加や大岡山キャンパスの別の地区での出店の可能性もありますので、皆様ふるってご利用ください。

お問い合わせ先

学務部学生支援課

E-mail : gak.sei@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3015

藤野公之 理事・副学長(財務担当)・事務局長 就任挨拶

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2019年4月1日付で就任した、藤野公之 理事・副学長(財務担当)・事務局長からの挨拶をご紹介します。

藤野公之 理事・副学長(財務担当)・事務局長

藤野公之 理事・副学長(財務担当)・事務局長

就任して早2ヵ月、華やかな桜の季節から梅雨に緑濃く輝く季節へと移り替わり、多くの新メンバーと同じく、いつの間にかキャンパスに慣れ親しみ、東工大の一員としての居心地のよさも感じるようになりました。

一方、世界最高の理工系総合大学という目標を実現し、本学が求められ期待されている役割を確実に果たすためには、現在進められている「Team東工大」(チーム東工大)の取組をスピード感を持って進めていくことの大切さを日々実感しています。そのような中で私の役割は、必要な経営基盤を強化し、「Team東工大」の取組実践の環境を整備すること、活き活きとして主体的・能動的に取り組む事務局と共に歩んでいくことだと思います。益一哉学長のもと、教職員と学生が一体となって、また、その他のステークホルダーの方々とも連携協働しながら「Team東工大」の一員として取り組んでいきたいと考えています。

そのような中で次の5点を心掛けてまいりたいと思っています。

第一は、目的と手段を混同せず、何のためなのかという目的に絶えず立ち返ってみること。第二は、人は見たいものしか見ないとも言われますが、多様性を大切にする本学だからこそ、多様な視点を持って臨みたいこと。第三は、実行に当たっては、実際に見て聞いて歩き、まずは現場目線から始めること。第四に、改めることに躊躇しないこと。前向きな失敗は恐れるに足らず、失敗しないことより失敗したときのリカバリーの方が重要。第五に、ネガティブな知らせが来た時もまずは笑ってみること。どんな場合でもにこやかにやっていきたいと考えています。

以上、実践はなかなか難しいのですが、皆様の温かいご指導とご支援をお願い申し上げます。


「ロボコン発祥の地」記念碑の建立と除幕式を開催

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東工大大岡山キャンパス大岡山南5号館西側緑地に「ロボコン発祥の地」記念碑が建立され、5月25日に開催されたホームカミングデイにおいて除幕式が執り行われました。

高専ロボコンやABUロボコン(ABUアジア・太平洋ロボットコンテスト)など、さまざまなロボットコンテストの様子がテレビで放映され、雑誌も発売されるなど人気を博していますが、その発祥の地が東工大だということをご存知でしょうか。

38年前、受験戦争に疲弊し切った学生たちに目の輝きを取り戻させようと、森政弘名誉教授は当時の工学部制御工学科の「制御工学設計製作」という授業で、与えられた課題に対して実際に手を汚してものを作り、競技会で競い合うことを発案しました。最初の課題は、乾電池2本で人を乗せて規定の距離を走りぬく機構を作り、タイムを競うというもの。その競技会のことをNHK(日本放送協会)が知ってコンテスト形式の番組を制作・放送したことが現在の多彩なロボコンの発展につながり、森名誉教授は「ロボコンの創始者」と呼ばれるようになりました。

そして制御系を専門とする清水優史名誉教授が、ロボコン発展に対する功績から第69回日本放送協会放送文化賞(2017年度)を受賞し、マサチューセッツ工科大学(MIT)と始めたIDCロボコン(IDCロボットコンテスト大学国際交流大会)が今年、30周年記念大会を迎えることなどから、記念碑の建立が企画されました。

2本の乾電池をかたどった記念碑には、ロボコンから生まれた「もの作りは人作り」の標語が刻まれ、第1回競技会のゴール地点である大岡山南5号館西側緑地に設置されました。

「もの作りは人作り」の標語が刻まれた記念碑
「もの作りは人作り」の標語が刻まれた記念碑

ホームカミングデイでは、まず初期の競技会のビデオが森名誉教授の解説と共に上映されました。競技会前夜に部品作りを指導されたエピソードなどが披露された後、森名誉教授、益一哉学長、水本哲弥理事・副学長(教育担当)、制御系OB・OG会である陽久会の永島晃会長、工学院システム制御系の三平満司教授などが参加して除幕式が執り行われました。

第一回競技会ビデオ上映
第一回競技会ビデオ上映

除幕式の光景
除幕式の光景

その後、イベントに参加した関係者の記念写真を撮影しました。

イベントに参加した関係者
イベントに参加した関係者

ぜひ記念碑をご覧になり、東工大の創造性教育の熱い息吹や、手を汚してものを作ることの大切さをお感じください。

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お問い合わせ先

広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

「ホームカミングデイ2019」開催報告

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学生のデザインによる正門の立看板
学生のデザインによる正門の立看板

今年で8回目となる本学主催による「ホームカミングデイ2019」が、本学同窓会組織である一般社団法人蔵前工業会(以下、蔵前工業会)との共催で、5月25日に大岡山キャンパスで開催されました。ホームカミングデイでは、同窓会主催の総会、講演会に加え、地域の方々にも楽しんでいただけるよう施設の見学会、小・中・高校生向けの理科実験教室、公認サークル有志による実演などさまざまなプログラムが用意されました。

当日は暑い1日となりましたが、各プログラムには多くの参加者が集い、活気溢れる催しとなりました。

学科等同窓会

多くの学科等同窓会が総会や講演会等を行い、サークルのOB・OG会も現役との交流戦や幹事会等を開催しました。

制御系OB・OG会である陽久会および工学院システム制御系による「ロボコン記念碑除幕式及び関連行事」として、「ロボコンの創始者」と呼ばれる森政弘名誉教授をはじめとした関係者らにより、南5号館西側緑地に設置された記念碑の除幕式が執り行われました。

ロボコン記念碑の除幕式
ロボコン記念碑の除幕式

リベラルアーツ講演会
リベラルアーツ講演会

サークル企画

本学学生サークルのロス・ガラチェロス、アカペラサークルあじわい、シュヴァルベンコールOB会などによるコンサートが行われたほか、ジャグリングサークルの「ジャグてっく」によるストリートパフォーマンスや東工大マジックサークルによるマジックの実演、東工大心身統一合氣道部による演武会、ものつくりサークルによる制作物の展示等が行われました。

ロス・ガラチェロス
ロス・ガラチェロス

ジャグてっく
ジャグてっく

学内施設見学会

博物館、附属図書館、スーパーコンピュータのTSUBAME、ものつくり教育研究支援センターでは施設見学が行われました。附属図書館では地下1階の図書館エリアと2階の学内者専用エリアで約20分の見学ツアーが行われ、図書館のあちらこちらに隠された謎を解きながらクリアを目指す「図書館謎解きゲーム」も行われました。

図書館見学ツアー

図書館見学ツアー

理科実験教室

毎年多くの小中学生で賑わう理科実験教室の企画では、東工大OB・OGが組織する「蔵前理科教室ふしぎ不思議」(くらりか)による実験教室が行われました。また、本学学生サークルである東工大ScienceTechno(サイテク)によるサイテクサイエンスフェスタでは、工作を作って遊んで、実験を見て体験する催しが行われました。

蔵前理科教室ふしぎ不思議(くらりか)
蔵前理科教室ふしぎ不思議(くらりか)

サイテクサイエンスフェスタ
サイテクサイエンスフェスタ

毎年高校生に人気の高い魔法教室では、「サバイバルサイエンスの挑戦」と題する講演や、物理実験の体験なども行われました。

魔法教室2019 レクチャーシアター講義
魔法教室2019 レクチャーシアター講義

魔法教室2019 物理実験体験
魔法教室2019 物理実験体験

学長主催昼食会

学科等同窓会代表、蔵前工業会役員、公認サークルOB・OG会代表を招き、益一哉学長主催による昼食会が東工大蔵前会館(ロイアルブルーホール)で行われました。学長から参加者に対して日頃の同窓会活動に感謝の意を伝え、大学と同窓会との連携を深めました。

昼食会での集合写真

昼食会での集合写真

全体交流会

各イベント終了後には、全体交流会が東工大蔵前会館で行われました。益学長と蔵前工業会の石田義雄理事長の挨拶に続き、伊賀健一名誉教授・元学長の乾杯で会がスタートしました。男声合唱団であるシュヴァルベンコールOB会による合唱が披露されたのち、益学長、三島良直名誉教授・前学長、伊賀元学長も交えて大学歌斉唱が行われ、会場は大いに盛り上がりました。約2時間の交流会の充実した時間は瞬く間に過ぎ、最後に佐藤勲総括理事・副学長による挨拶で閉会となりました。

益学長の挨拶
益学長の挨拶

石田蔵前工業会理事長の挨拶
石田蔵前工業会理事長の挨拶

伊賀元学長の乾杯の挨拶
伊賀元学長の乾杯の挨拶

司会の池嶋祥子さん(修士課程1年)
司会の池嶋祥子さん(修士課程1年)

全体交流会の模様

全体交流会の模様

来年のホームカミングデイは2020年5月23日(土)の開催を予定しています。皆さまのご来場をお待ちしています。

お問い合わせ先

東工大ホームカミングデイ事務局

E-mail : hcd@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2414

中温域で世界最高の伝導度を示すヒドリドイオン伝導体を実現 燃料電池や電解水素化反応の効率化などに貢献

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要点

  • 中温域(100-600 ℃)で世界最高の伝導度を示すヒドリドイオン伝導体を創出
  • ヒドリドイオンの振動の非調和性が大きいことがキーと解明

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の福井慧賀大学院生、元素戦略研究センターの飯村壮史助教、細野秀雄栄誉教授の研究グループは、中温域で世界最高のヒドリドイオン伝導度を示す化合物「酸水素化ランタン(LaH3−2xOx)」を発見した。

高伝導度実現の要因はしばしばみられる活性化エネルギーの低下ではなく、これまで大幅な変化に乏しかった前指数因子[用語1]が数桁にわたり増加したことによる。その原因はヒドリドイオンの特徴(小さな質量と大きな分極率)と水素同士の距離が極めて近くに来るという結晶構造に起因することを解明した。

水素の陰イオンであるヒドリドイオンは高い還元電位[用語2]イオン伝導[用語3]に適した小さなイオン半径と価数を持ち、次世代の電気化学デバイスや化学合成プロセスへの応用が期待されている。化学反応や燃料電池を用いた発電は高い反応効率と反応選択性、高電流密度などの利点を両立できることから中低温域(100-600 ℃)で作動するプロトンやヒドリドイオンの固体電解質が切望されていた。今回創出したLaH3−2xOxはこれを満たすものである。

研究成果は6月12日に英国科学誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」に掲載された。

研究の背景

水素はさまざまな化成品の原料となるだけでなく、燃料電池の原料として用いることでCO2を排出しないクリーンなエネルギー源にもなる有用な元素である。化学反応を用いるこれらのプロセスでは作動温度を上げるほど反応速度を高めることができる一方で、“効率”(選択率や発電効率)は低温ほど高くなる。そのため、100-600 ℃程度の中温域での運用が適しているとされている。

水素を利用するためにはプロトン(H+)伝導体など「水素を運ぶ材料」が不可欠である。しかし、低温で高いH+伝導度を示す酸水溶液や固体酸は高温では分解してしまい、逆に高温側では塩基である水酸基のプロトンが動き始めるが、低温では全く動かない。これはH+が非常に小さいイオン半径を持つために電荷密度が大きく、容易に陰イオンに束縛されてしまうためである。このH+伝導体における中温-高伝導度の領域は「ノルビーギャップ」と呼ばれ、効率的に水素を使う上で大きな技術障壁となっている(図1)。

プロトン伝導体におけるノルビーギャップ

図1. プロトン伝導体におけるノルビーギャップ[参考文献1]

この問題を解決する一つの方法として「ヒドリドイオン(H)」の利用があげられる。Hは一つの陽子と二つの電子から成る水素の陰イオンである。Hは酸化物イオン(O2−)と同程度のイオン半径を持っておりH+と比べて電荷密度が圧倒的に低い。そのため、H+とは異なる伝導を示し、ノルビーギャップを克服できると考えた。さらにHの酸化還元電位は−2.3 Vとマグネシウム(−2.36 V)に匹敵するほど還元力が高い。この特徴は水素化還元反応を促進する可能性を秘めており、燃料電池をはじめ多様な化学合成プロセスにおいてメリットが大きい。

研究成果

新規H伝導体の候補として酸水素化ランタン(LaH3−2xOx)に着目した。Laは分極率が大きく、H伝導の活性化エネルギーを低減させることができる。O2−は二つのHと置換し格子内にHの空孔を作る。酸素の置換量を変化させることでHと空孔の量を制御し、高H伝導を狙った。図2aにLaH3−2xOxの結晶構造を示す。近接した四面体サイト(T-site)と八面体サイト(O-site)の両方にHが部分的に占有しており、Hの伝導経路を形成する空孔が導入できていることが分かる。酸素量xは0 ≤ x ≤ 1の広い範囲で連続的に制御することができ、その間結晶構造はLaH3と同様に面心立方格子を保つ。

イオン伝導度および電子伝導度はそれぞれ交流インピーダンス法[用語4]直流分極法[用語5]を用いて評価した。図2bに340 ℃での電子伝導度とイオン伝導度およびイオン輸率[用語6]の酸素量依存性を示す。酸素量(x)の増加に伴って電子伝導度は急激に減少するが、イオン伝導度は0.125 ≤ x ≤ 0.5の範囲で10−2 Scm−1以上の高い値を維持した。その結果、x = 0.25、0.5においてイオン輸率は99%以上となった。また、第一原理分子動力学シミュレーション[用語7]を用いてHとO2−の伝導を解析したところ、O2−は350 ℃では全く動くことはできず、Hだけが伝導に寄与していることを確認した(図2c)。

(a)LaHLaH3−2xOxの結晶構造。T-site: 四面体サイト、O-site: 八面体サイト。(b)340 ℃でのイオン伝導度(青左三角)、電子伝導度(青右三角)およびイオン輸率(赤)の組成依存性。(c)第一原理分子動力学 シミュレーションにおけるH-とO2−の平均二乗変位
図2.
(a)LaH3−2xOxの結晶構造。T-site: 四面体サイト、O-site: 八面体サイト。(b)340 ℃でのイオン伝導度(青左三角)、電子伝導度(青右三角)およびイオン輸率(赤)の組成依存性。(c)第一原理分子動力学 シミュレーションにおけるHとO2−の平均二乗変位

図3aにLaH3−2xOxと既報のヒドリドイオン伝導体のイオン伝導度のアレニウスプロット[用語8]を示す。x = 0.25、0.50におけるLaH3−2xOxのH伝導度はノルビーギャップを克服し、340 ℃で2.6×10−2 Scm−1とこれまでに世界で報告された中で最も高い値を示した。図3bに活性化エネルギー(Ea[用語9]とアレニウス式の前指数因子(A)のx依存性を示す。Eaxに依存せず1.2 eVほどと既報のヒドリドイオン伝導体より2倍程度大きい。一方、Axの減少に伴い4桁以上上昇し、通常のイオン伝導体の前指数因子(105-108)と比べ極端に大きい。これは強い非調和性によりEaが温度に依存して変化したためと考えた。

(a)イオン伝導度のアレニウスプロット。(b)活性化エネルギー(Ea)とアレニウス式の前指数因子(A)のx依存性
図3.
(a)イオン伝導度のアレニウスプロット[参考文献2] [参考文献3]。(b)活性化エネルギー(Ea)とアレニウス式の前指数因子(A)のx依存性

まとめると、この系で世界最高のヒドリドイオン伝導度が得られた要因として以下の3つが挙げられる。1つ目は水素の軽さにある。質量の小さい水素の振動は振幅が大きく非調和性をまといやすい。しかし、これはH+にもHにも共通した特徴である。2つ目は柔らかいHイオンが持つ大きな電子分極であり、これは電子を持たず硬いイオンとみなされるH+とはまったく異なる性質である。そして3つ目は、LaH3−2xOx中のH間距離がLa- H間距離よりも有意に短いために、H副格子がより分極しやすいことがあげられる。

今後の展開

今回の結果から、LaH3−2xOxがノルビーギャップを克服する中温域高速H伝導体として有望であることを示すことができた。今後Hを用いた新たなエネルギーデバイスや化学合成プロセスへの応用が期待される。

用語説明

[用語1] 前指数因子 : イオン伝導度の温度依存性を表すアレニウスの式(σT = Aexp(−Ea/RT))の指数の前に現れる温度に依存しない定数項。イオンの振動数、ホッピング距離、イオンの濃度などの物理量から構成される。

[用語2] (酸化)還元電位 : 電子のやり取りの際に発生する電位。電子の放出しやすさ、あるいは受け取りやすさを定量的に評価する尺度となる。

[用語3] イオン伝導 : 電場下でイオンが伝導すること。金属の電気伝導は主に電子の伝導が支配的だが、イオン伝導体では、イオンの伝導が支配的になる。

[用語4] 交流インピーダンス法 : 電極間に交流を印加し、交流の周波数を変化させた時のインピーダンスを測定することでイオン伝導率や誘電率、化学反応の追跡などを行う測定手法。

[用語5] 直流分極法 : 試料の電極に電圧を印加し、電流値と印加電圧から伝導度を測定する手法。片方の電極には主たる伝導種であるイオンを透過しない電極を用い、イオンの流れ止めることでその他の伝導種に起因する電流を測定する。

[用語6] イオン輸率 : 全伝導度(電子伝導度とイオン伝導度)に対するイオン伝導の割合。

[用語7] (第一原理)分子動力学シミュレーション : 原子ならびに分子の物理的な動きの時間発展を計算するコンピューターシミュレーション手法。原子や分子、電子の相互作用を第一原理計算から求める手法を特に第一原理分子動力学シミュレーションと呼ぶ。

[用語8] アレニウスプロット : 縦軸にσTの対数(ln(σT))、横軸に温度の逆数1/Tをとりアレニウスの式(σT = Aexp(−Ea/RT))をプロットしたもの。この時、傾きは−Ea/R、切片はlnAになる。σAEaRは、イオン伝導度、前指数因子、活性化エネルギー、気体定数。

[用語9] 活性化エネルギー : イオンが拡散する際に飛び越えなければならないエネルギー障壁。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Characteristic Fast H Ion Conduction in Oxygen-Substituted Lanthanum Hydride(酸素置換水素化ランタンにおける特徴的な高速ヒドリドイオン伝導)
著者 :
Keiga Fukui, Soshi Iimura, Tomofumi Tada, Satoru Fujitsu, Masato Sasase, Hiromu Tamatsukuri, Takashi Honda, Kazutaka Ikeda, Toshiya Otomo, Hideo Hosono(福井慧賀、飯村壮史、多田朋史、藤津悟、笹瀬雅人、玉造博夢、本田孝志、池田一貴、大友季哉、細野秀雄)
DOI :

参考文献

[1] T. Norby; Solid-state protonic conductors: principles, properties, progress and prospects; Solid State Ion., 125, 1 (1999).

[2] M. C. Verbraeken, C. Cheung, E. Suard, and J. T. S. Irvine; High H ionic conductivity in barium hydride; Nat. Mater. 14, 95 (2015).

[3] G. Kobayashi, Y. Hinuma, S. Matsuoka, A. Watanabe, M. Iqbal, M. Hirayama, M. Yonemura, T. Kamiyama, I. Tanaka, R. Kanno; Pure H– conduction in oxyhydrides; Science 351, 1314 (2016).

お問い合わせ先

東京工業大学 元素戦略研究センター

助教 飯村壮史

E-mail : s_iimura@mces.titech.ac.jp
Tel : 0045-924-5197

東京工業大学 元素戦略研究センター

栄誉教授 細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

「キャンパス環境整備基金」ネーミングファニチャー第1号を設置

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キャンパス環境整備基金に寄附いただいた寄附者のお名前・メッセージを入れた記念ファニチャー(以下、ネーミングファニチャー)の第1号が、4月に東工大大岡山キャンパスに設置されました。本館前のウッドデッキ脇に木製のベンチが置かれ、広々としたスロープを前にくつろいでいただけます。

ネーミングファーニチャーで談笑する、ホームカミングデイで来学した寄附者の大保氏と益一哉学長

ネーミングファーニチャーで談笑する、ホームカミングデイで来学した寄附者の大保氏と益一哉学長

ネーミングファニチャー(ベンチ)全景
ネーミングファニチャー(ベンチ)全景

記念プレート
記念プレート

寄附者の大保勇人氏からのメッセージ

東工大の大岡山キャンパスには、修士・博士後期課程を含めて5年間お世話になりました。私は元々都立の高等専門学校で電気工学を学び、東工大の大学院に編入しました。本学大学院の入試制度は学生の多様性を尊重しており、高い専門性を志す多くの学生が国内外から集まっていました。そのため東京の住宅街にありながら四季折々の景色をのぞかせる大岡山キャンパスは、私の専門性をより高めてくれる学びの場であり、また、妻との出会いの場にもなりました。

記念プレートのメッセージには、専門性を追求するためには徹底した基礎教育が重要であるとの想いを込めて「When The Roots Are Deep There Is No Reason To Fear The Wind(根を深くすれば、風を恐れる理由はない)」と刻みました。これからも学生が心地よく過ごせる美しいキャンパスで、多様性と専門性あふれる教育研究活動が行われることを願いつつ、緑あふれるキャンパスの整備に少しでも貢献できれば幸いです。

キャンパス環境整備基金とは

キャンパス環境整備基金は、世界に誇れる豊かで魅力的なキャンパス環境の整備充実を目的として東京工業大学基金の中に設置された基金です。本基金の趣旨に賛同いただける個人及び企業等からいただいたご寄附は、キャンパスの緑化、広場整備、その他の環境整備に活用されています。ご寄附への感謝として、100万円(法人は500万円)以上をご寄附いただいた方にはネーミングファニチャーをキャンパスの広場等に設置します。その他、大学施設内への芳名刻印レンガの設置、感謝状の贈呈、学長主催の感謝の集いへのご招待などを行っています。

東工大基金

この取り組みは東工大基金によりサポートされています。

東工大への寄附 > 東京工業大学基金

お問い合わせ先

総務部 広報・社会連携課基金室

E-mail : bokin@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2415

未来社会DESIGN機構「未来のシナリオを考えるワークショップ」開催

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東京工業大学の未来社会DESIGN機構(以下、DLab)は5月18日、東工大大岡山キャンパス百年記念館において「未来のシナリオを考えるワークショップ」を開催しました。DLabは「人々が望む未来社会とは何か」を、東工大と社会が一緒になって考えデザインするための組織で、2018年9月、発足しました。今回のワークショップでは、東工大の教職員、学生、卒業生のほか学外の方の参加もありました。約30人の参加者は4つのチームに分かれて、真剣に未来について語り合いました。

今回のワークショップは4チームに分かれて開催
今回のワークショップは4チームに分かれて開催

まずはワークショップの進め方について説明
まずはワークショップの進め方について説明

DLabでは、未来を俯瞰できる装置としての「東工大未来年表(仮称)」の作成を通じて、「未来社会像」を検討していきます。今回のワークショップは、「東工大未来年表(仮称)」を構成する数十の未来シナリオの作成にチャレンジしました。その際は、現在から連続するような未来だけではなく、想定外の変化も考えながら未来を発想する方法で行いました。

チームごとに「未来要素」の内容を共有

チームごとに「未来要素」の内容を共有

当日は、DLabや研究者のワークショップなどで出たアイデアを基にした「未来要素」のカードを見ながら、チームごとに意見を交換することから始まりました。未来要素のカード1枚には、たとえば、「覚えていたいことをしっかり記憶し、忘れてしまいたい記憶を選択して消去できるようになる」という未来要素と、その説明が記載されています。各チームは約60枚のカードを確認し、それぞれの未来要素の意味するところや可能性について議論をして、「記憶を作ることもできるようになる」といった新しいアイデアや意見をふせん紙に書き込み、未来要素のカードに貼付けていきます。

未来要素に対してふせん紙でコメントを付していく

未来要素に対してふせん紙でコメントを付していく

次にKJ法(ケージェイ法。多種多様な情報を効率良く整理し、その過程を通じて新たなアイデアの創出や本質的問題の特定を行う手法)を用いて、未来シナリオを作成していきました。複数の未来要素で共通する人々の期待や、社会の変化の兆しなどを見つけ出して、未来の変化の仮説を作成するというものです。たとえば、「学習しなくても知識や記憶が脳にインストール・アンインストールできるようになる」「直接会って話すよりも、お互いに言いたいことや感じていることが分かり合える遠隔コミュニケーションが実現する」などの未来要素からは、「自分の理想の思考をデザインでき、他者への妬みを感じない1億総幸せ社会」というシナリオができました。未来要素を単純な属性だけでまとめず、参加者同士が意見を出し合って新しい未来の在り方を考えることが新しい仮説を導き出すことにつながりました。

まとめた仮説を未来シナリオシートに記入

まとめた仮説を未来シナリオシートに記入

まとめた仮説を未来シナリオシートに記入

チームごとにいくつかの仮説をまとめたら、未来シナリオシートへ記入していきます。あるチームでは「現実・仮想にしばられず、生きる世界を自分で選ぶことができる」との仮説を立てました。未来シナリオシートには、その仮説がどの未来要素のカードから導かれた結果であるか、さらに仮説の概要と変化のポイント、アクションプランと課題を記入します。たとえば、先ほどのシナリオでは「生まれた場所、文化、経済状況、性別などに左右されることなく、自分のやりたいことを自分のやりたい場所で行うことができる」と概要をまとめ、変化のポイントは具体的に「病院で出産していたのが、思い出の場所で出産」としました。さらにアクションプランとして、「行きたい世界と選べない理由・障害の洗い出し」「現実と仮想の境界を良い感じになくす技術の実現」などを挙げました。さらに課題は「境界がなくなったときのリスク洗い出しにある」と指摘しました。

未来シナリオの内容を発表し全員で共有

未来シナリオの内容を発表し全員で共有

未来シナリオの内容を発表し全員で共有

最後に全体共有とシナリオの相関性を検討しました。各チームがシナリオを発表して、それがいつ頃実現しそうかを検討し、壁一面に未来シナリオシートを貼っていきます。たとえばシナリオ毎に、「ホールアース課題解決社会」は2040年、「現実・仮想にしばられず、生きる世界を自分で選ぶことができる」は2050年、「スーパー平等社会」は2100年といった具合です。シナリオ同士の相関性は、健康、教育、資源再生などのキーワードとその方向性によって関連づけられました。

未来シナリオ間の相関性についても検討

未来シナリオ間の相関性についても検討

これで完成にこぎつけたわけではなく、ここから既存のシナリオとの統合、さらなる相関性の検討などを行う必要があり、2019年6月16日(日)に再びワークショップを開催し、シナリオの精緻化や新たなシナリオの作成を行います。

当日の参加者からは「あっという間に終わってしまった。楽しかった」「頭を使わずしゃべっている感じが従来の予測とは違っていた」「いろんなメンバーがいて刺激になった。ネットでは得られない情報の広がりがあった」などの感想が寄せられました。

ワークショップの様子を見学にきた益学長(前列左から5番目)と参加者

ワークショップの様子を見学にきた益学長(前列左から5番目)と参加者

お問い合わせ先

総務部企画・評価課総合企画グループ

E-mail : kik.sog@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2011

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